01.日光街道コース
[芭蕉の足跡を辿って奥の細道を歩く!]
日光街道は江戸時代に設けられた五街道のひとつです。日本橋を起点として、日光坊中(日光東照宮)に至る143kmの街道です。道中には21の宿場が置かれました。日本橋から宇都宮までの区間は奥州街道と重なっているため、奥州街道と呼ばれるのは宇都宮から陸奥白川(福島県白河市)までとなっています。
お散歩で日光まで歩くわけにはいきませんので、コースの終点は埼玉県久喜市の利根川橋南詰までとしました。
日光街道コース(一日目:日本橋から埼玉県草加市谷塚交差点まで)
- 所要時間:4時間37分
- 歩数: 24、534歩
- 距離: 17.7km
今週は6月とは思えないような晴天が続いています。日差しは強いのですが、空気が乾いているので殆ど汗をかきません。今日は最初の街道を歩くということで、どうせならと五街道の起点である日本橋に降り立ちます。日本橋は三越本店の直ぐ横に架かる橋で、橋の下には日本橋川が流れ、橋の上には首都高C1(環状線)が走っています。
橋の袂には元標広場があり、日本国道路元標の碑が置かれています。
五街道とは、東海道・中山道 (中仙道とも表記)・甲州街道・奥州街道・日光街道ですが、奥州街道と日光街道は日本橋から栃木県宇都宮市までは共通となっています。どの街道も魅力がありますが、最初に日光街道を歩くことにします。私がお散歩の元祖と信じている芭蕉の足跡を少しでも辿りたいとの思いからです。芭蕉が「奥の細道」で実際に歩いたのは千住大橋から岐阜県の大垣市までですが、私の場合は日帰りで帰れるところまでにしようと思います。日光街道の起点が日本橋であることは周知の事実ですが、その先どのようなルートになっているのかが分かりません。昭和通りを北上すれば自然に日光街道に入るのですが、出来るだけ交通量の少ない旧日光街道を進むことにします。日本橋から三越本店の前を通り、日本橋三井タワー角の交差点を右折します。江戸通りのひとつ手前の、何ということもないビルの路地ですが、これが旧日光街道の本通りなのだそうです。昭和通りを地下道で渡った先にあるギンモントというホテルの植え込みに石碑が建っていますので間違いないでしょう。ところがこのホテル、4月末をもって廃業したのだそうです!あの石碑はどうなるのでしょうか?
そのまま進みますと、衣料品の卸が建ち並ぶ横山町問屋街に入ります。京葉道路を越えた先で江戸通りと合流し、浅草橋に進みます。浅草橋の下を流れる神田川は、この先で隅田川に合流します。そのためか、両岸には何隻もの屋形船が係留されています。
吾妻橋の先にある松屋浅草は、5月末で4階以上のフロアから撤退したのだそうです。私は知らなかったのですが、屋上には日本最古の遊園地があったそうで、またひとつ古き浅草の名物が消えてしまいました。
言問橋西五差路で吉野通りに入ります。南千住駅手前でJR線を越えますと、首切り地蔵のある延命寺の前に出ます。この辺りは江戸時代に小塚原刑場があったところで、火炙り・磔・獄門(打ち首にして台に晒すこと)などの刑罰が執り行われたのだとか。首切り地蔵はこれらの刑死者の菩提を弔うために造立されたそうです。
尚、憂国の志士である吉田松陰とか盗賊の鼠小僧とかのお墓は隣の回向院にあります。
千住大橋までは日本橋から歩いて2時間ちょっとでした。芭蕉は深川から船で来たそうですが、どうして日本橋から歩かなかったのでしょうかね?
千住大橋を渡った先で、足立市場前から旧日光街道に入ります。
荒川手前まで商店街が長〜〜〜く続いています。途中には、毎度おなじみの「かざま」という惣菜屋さんがあります。お弁当は250円、焼き鳥は1本40円。最近は激安店が増えたので、あまり驚かなくなりましたが。
荒川土手の手前の分岐路に「北西へ 旧日光道中」という石碑が建っていました。となると、ここまでは間違いなく旧日光街道ということになります。
千住新橋を渡り、梅田五差路を北西に進みます。地図には、足立九中から先の道路に旧日光街道との表示があったのでそうかと思いましたが、実際は違っていました。足立九中前の三叉路にも石碑が建っていて、荒川土手下の川田橋交差点から真北に進むのが本来のルートのようです。ま、細かいことは気にしないで真っ直ぐに北上します。
旧日光街道は足立清掃工場の先の毛長川橋前の交差点で日光街道(国道4号線)と交差します。4号線を進めば草加バイパスですが、旧日光街道は水神橋で毛長川を渡って北上します。毛長川は東京都と埼玉県の境界をなしています(所々で入り組んでいますが)。水神橋の袂には「武蔵野の路 舎人コース」の標識があります。5年ほど前に通ったところですが、橋を越えると埼玉県草加市です。遂に埼玉県内にまで足を踏み入れました。毛長川がルビコン川に思えてきます。
谷塚交差点の手前に、古河まで47kmという道路標識が見えます。芭蕉は出立の翌日には古河の先まで進んでいたそうですが、夕方になりましたし、今日はこの辺りで中断するのが適当でしょう。日本橋から谷塚交差点までは18km弱でした。この先、どこまで行けるのでしょうか?
戻る