07.大山道コース
[江戸庶民の息抜きともなった大山詣!]
相模国大山は雨降山(あふりやま)とも呼ばれ、そこにある大山阿夫利神社は農民から五穀豊穣や雨乞いの神として古来から信仰を受けていました。江戸時代中期以後は庶民の大山詣りが盛んになり、関東各地から大山阿夫利神社への道が多く存在しました。中でも、江戸の赤坂御門を起点として、青山、渋谷、三軒茶屋より瀬田を経て、多摩川を二子で渡り、多摩丘陵、相模野の中央部を横切り、足柄峠手前の矢倉沢関所に至る矢倉沢往還は、途中で大山付近を通ることから大山道または大山街道とも呼ばれていました。大山道は 西に向かっては厚木街道、東に向かっては青山街道とも呼ばれ、現在の国道246号線が近似したルートを辿っています。東海道と甲州街道の中間に位置するこの街道は、タバコ、鮎、生糸、炭など相模地方の産物を江戸に送る道でもあり、沿道には伊勢原、厚木、国分、下鶴間、長津田、荏田、溝口、二子などの人馬継ぎ立場が置かれました。
大山道コース(二日目:溝口駅入口交差点から青葉台駅前まで)
- 所要時間:4時間50分
- 歩数: 21、129歩
- 距離: 15.2km
正式な発表は未だありませんが、少なくとも関東地方南部では梅雨明けしたようです。天気予報を見ても、この先一週間は晴れマークが並んでいます。7月はお天気が不安定でお散歩の回数が減り、最近デブ症(出不精)になってきつつあります。今日は雨の心配はないとのことで、大山道の続きを歩くことにします。先日中断した溝口駅入口交差点にやってきました。この先のルートはよく分かりませんが、とりあえず道なりに進んでみます。
南部沿線道路と交差する栄橋交差点の角に、「久地円筒分水」という史跡があります。「円筒分水」とは、円筒状の設備の中心部に農業用水などを湧き出させ、一定の割合で水を正確に分配するために用いられた利水施設のことです。現在は緑地となっていますが、当時の写真でその様子が偲ばれます。敷地の中には大山街道の案内板もあり、街道の歴史などが解説されています。大山街道の多くの標識には、長い太刀を担いだ参詣者の姿が描かれています。これは「納太刀」と呼ばれるもので、参詣の際に自分の背丈よりも長い木太刀を奉納する習慣があったためだそうです。宅急便がない時代の歩きの旅ですから、さぞやお荷物になったことでしょう。
溝口村と二子村には大山街道の宿場が置かれたためか、街道のあちこちに道標を兼ねた庚申塔や石柱が残っています。これらを探しながら歩くのも街道巡りの楽しみのひとつです。大山街道の別名でもある厚木街道には四十八もの坂があったといわれていますが、溝口から先はアップダウンの坂道が続きます。灼熱の日差しを浴びながら坂道を歩くのはかなり辛いものがあります。大山街道は道なりに進めば、概ねルートを辿れるのですが、幾つか迷いやすい箇所があります。宮崎団地前の交差点は道路が左に急カーブしていますが、そのまま直進して坂を下りるのが本来のルートです。この坂は庚申坂といい、この付近にあった庚申堂で大山参りの旅人が道中の安全を祈ったのだそうです。
宮前平駅のガード下をくぐって住宅地の道を進みます。この辺りには小じゃれたマンションが多いのですが、多摩丘陵ということもあってとにかく坂が多いです。住民の皆さんは毎日がフィットネスですね。ふーふー言いながら進みますと、国道246号線と再会します。直ぐに鷺沼二丁目交差点で左折しますが、その先に馬頭観音堂と大山街道の記念碑が建っています。字が小さくて読みづらいのですが、大山街道の詳細な説明が書かれています。矢倉沢往環(大山街道)は、大名行列に出会って土下座したり雲助の難に遭うことが多かった東海道と違い、気楽に往来できたために一般庶民には好まれたのだそうです。
高台に瀟洒な住宅が立ち並ぶあゆみが丘の住宅街の先の崖下に「霊泉の滝(不動の滝)」があります。現在でもパイプから水が出て飲み水に使われているとのことですが(煮沸してから使うよう注意書きがありましたが)、水場の乏しかった大山街道では旅人の貴重なオアシスだったそうです。
早淵川を鍛冶橋で渡った先の曲がり角に古ぼけた庚申塔が建っています。昔、この地区の婦人たちが庚申の日に集まって眠らずに祈願し、一夜を過ごす習わしがあったのだとか。庚申信仰は各地にあったのですね。
荏田村には大山街道の宿場が置かれ、江戸を発った旅人が一日目の夜に泊まったのだそうです。起伏の激しい砂利道を草鞋履きで歩いたのでしょうから、今から思えば驚異的なスピードです。国道246号線と交わる荏田交差点手前の民家の庭に、「荏田宿常夜燈」が保存されています。柵があって道路からよく見えないのが残念です。
東名高速の高架下をくぐり、江田駅前を抜けて、荏田北一丁目交差点から新興住宅地の緩やかな坂道を進みます。坂道を下りたところに「市が尾おさかな広場」という交差点があります。さては横浜の河岸かっ!と期待してそれらしき建物を探しますが、どこにも見当たりません。帰ってから調べてみますと、単に交差点脇の公園にお魚のオブジェが置いてあるだけのことのようです。もっとも、魚市場があったらお散歩は即終了したことでしょうけど。
次の交差点脇に地蔵堂があります。何体か立ち並んでいるお地蔵様の中に、「右江戸、左大山ミち」と書かれていましたので、街道の道標にもなっていたのでしょう。
総合庁舎入口交差点の先で鶴見川と出会います。昔は全国ワースト河川の常連でしたが、橋脚の下では子供たちが水浴びしていましたので、少なくともこの付近の水はきれいなのでしょう。大人たちは魚釣りをしてましたが、ちょうど大きな鯉を釣り上げたところでした。食用になるわけでもなし、さっさと放してもらいたいものです。
鶴見川を越えますと、道路の両側に畑が広がります。まだ青い小さな実をつけた柿の木があちこちに見られます。地名が柿の木台というそうですから、昔から柿の産地なのでしょう。
柿の木台から先のルートがよくわかりませんので、直進して「もえぎのこかげ道」を進みます。原生林のようなもえぎ野公園横を通って青葉台駅に向かう道路に出ます。青葉台には久しぶりに来ましたが、随分と垢抜けしたおしゃれな街になりましたね。こんな街なら気の利いたワインのお店もあるかもと思って探しますが駅前には見当たりません。ファッション関係のお店はあちこちにあるのですがね。青葉台の駅ビルにもモールが幾つかありますが、ワインはどこで売っているのでしょうか?
探し疲れたので、今日はここで中断とします。今夜はビールかな?
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