エピローグ

さあ、バンコク滞在最後の日になりました。午前中は用事があったので観光には午後半日しか使えません。雨季が近づいているためでしょうか、時折パラつく小雨の間隙を縫ってホテルを出発します。さて、今日は何処に行きましょうかね?勿論シリラート病院ですよね!今日は博物館が開いているかどうか確認していませんが、明日は早朝に帰国の途につきますのでもうどっちみち今日が最後のチャンスです。どうやって行きましょうか?あの調子のいいハイヤーの運転手さんに、またまた600バーツ+300バーツも払うのはシャクですねぇ。そうだ、船で行きましょう!でも一人で船に乗ったことはないので何処からどうやって乗ったらよいか分かりません。とりあえず、半日ツアーの時に乗り込んだ船着き場に行ってみますと、ここはホテル専用でチャオプラヤ川を行き来する水上ボートは利用できないとのこと。どうやら一般のお客さんが利用できる船着き場はホテルに隣接した桟橋のようです。

で、そちらに行きますと丁度何人かの観光客が王宮に行く船に乗り込んでいます。まるで急病にでもなったかのように、『シリラート病院!シリラート病院!シリラート病院!』と叫びますと、チケット売り場のおばさんが可哀相に思ったのか、その船に乗れるように船頭さんに取り繕ってくれました。でも、せいぜい料金は20バーツ位のところ、ちゃっかり200バーツも取られてしまいましたが。。。まア、それでもハイヤーよりは安いと急いで船着き場から離れかかったボートに飛び乗ろうとします。ボートはユラユラ揺れて中になかなか乗り込めません。先に乗った乗客が一斉に私を見るのでグズグズしてもおられません。チャオプラヤ川のモクズとなるかもしれませんが、意を決して飛び乗ります。ガッチャーーーーーーーーーーーン!凄まじい音がしました。ジャッブーーーーーーーーン!でなかったのが不幸中の幸いでしたが、何と私の左足が炊飯釜の中に突っ込んでいたのです。丁度お昼を食べ終えた後だったのでしょう、釜の中には食器しか入っていませんでしたが、そこいらじゅうにお皿とか何とかが散らばってしまい、もうタイ変。。。でも、あれが食事前だったら。。。私はそのままチャオプラヤ川の中に放り込まれていたかもしれません。直ぐにボートは船着き場を離れ、猛烈なスピードで走り始めましたので、私は食器を片づけることも出来ず乗っている間中小さくなっていました。。。船頭さん、ゴメンナチャイ。。。



こうやって見ますと、のんびりと走っているように思えますが、実際は猛烈な水飛沫で前に座っていた人にしがみつくように丸くなっていたのです。



ボートは王宮前の船着き場で他の乗客を降ろし、私だけを乗せてシリラート病院のあるトンブリの船着き場に向かいます。程なく見覚えのある巨大な白い建物が見えてきました。シリラート病院は船着き場の直ぐ近くのようです。と、と、と、船着き場の高さはボートよりもかなり上の位置にあります。えーーーっ、どうやって降りるの?と思いましたが、乗客は私一人なので誰も手伝ってくれません。しょうがなく、思い切って船から船着き場に飛び上ったら勢い余って前のめりになり、両手を船着き場のバッチイ床にペタリ。。。ま、TGVの時のように転んで擦りむかなかっただけマシでしたが、手の平は真っ黒。。。チョー気持ち悪い。。。

船着き場から出ますと、そこは露店のオンパレード。トンブリ地区はバンコクでも下町の感じで、よりバイタリティが感じられる反面かなり庶民的な雰囲気です。露店街を抜けますとシリラート病院の長い壁が続きます。とても大きな病院ですね。大学の付属病院のような感じです。『博物館』の標識に従って入口横の建物に入ってみましたが、どうもそれらしい部屋は見つかりません。インターンっぽい若い女性に尋ねてみますと、博物館は病院の奥にあるとのこと。なるほど、『博物館』の標識は更に奥に向かって続いています。ようやっとそれらしき建物を見つけました。どうやら2階の一室が博物館になっているようです。シリラート病院には、『シーウイー博物館』と言われる法医学関係の展示と『解剖学博物館』の2つがあります。ここは法医学博物館のようです。階段を上がって2階に行きますと、いきなり目の前に4体の死体が。。。



確か、右から2番目の標本が『シーウイー』だとか。。。



ヒエーーーッと思いながらも、そこは恐いもの見たさに近づいてみますと、殆どミイラのようになった死体標本です。昆虫の標本は原形を留めていて鑑賞にも堪えますが、こういったグロテスクな標本は見るに耐えません。解説によれば、4体とも何らかの犯罪を犯した人が標本にされたようです。この博物館の名称ともなったシーウイーは、1950年代に不老長寿を願うあまり5人の幼児を殺害し、その内臓を食べたとか。。。身の毛もよだつ犯罪ですが、そういう犯罪を犯すこと自体が自らの命を縮めることになるということに気が付かなかったのでしょうか?博物館には、この他に拳銃で撃たれた頭蓋骨の標本とか、刺青の入った切断された腕の標本とか、犯罪被害者の生々しい写真とかが数多く展示されています。また、犯罪だけでなく、いろんな事故に会った人達の写真も展示してあり、あまりの生々しさにとても正視できません。交通事故の写真なんか見ますと、車のハンドルを握る気にもなりません。恐いですけど、日本ではなかなか見れない展示ばかりです。そのためか日本人の観光客も結構沢山訪れるようです。日本人の好奇心も相当なものですね。

法医学博物館は割と目立つ場所にあるのですが、解剖学博物館を見つけるのは至難の技です。私も場所が分からず何人かの病院関係者の方に尋ねてみたのですが、誰も知っている人はいません。あちこち探し回って諦めかけた頃、お医者さんらしい白衣の男の人が歩いてきました。思い切って聞いてみますと、暫く考えてから病院の外れにある建物を教えてくれました。とても分かり難い場所にあるみたいです。教えられた通りに歩いていきますと、あった!ありました。ごく普通の大学の研究棟のような建物に『MUSEUM』の標識がありました。職員とおぼしき方にお聞きしたら、もう閉館の時間だということ。懇願したら、残された15分の時間でよければと案内して下さいました。解剖学博物館はこの建物の3階の一番奥にあり、内部は標本室そのものです。あらゆる骨格の標本とか、人間の全身の輪切りの標本とか、いろんな臓器の標本とかがあります。中でも、シャム双生児や水頭症の子供の標本はあまりに残酷でまともに見ていられません。また、成人のホルマリン漬け標本も容器ごと床に置いてあります。何だか夢の中に出てきそうで背筋が寒くなり、15分どころか数分で部屋を出てしまいました。。。



この写真は一番差し障りのない角度から撮ったものですが。。。



さて、病院の中を随分あちこち歩き回ったもので、大分遅くなってしまいました。時計をみますと5時近くになっています。もうボートに乗るのはコリゴリですので、運を天に任せて流しのタクシーを捕まえます。最後の夜ですので豪華夕食を頂こうと思い、飲食店の立ち並ぶ『Sala Daeng』まで乗せてくれるようにタクシーの運転手さんに交渉します。今回はあっさり150バーツで交渉成立です。途中、正月休みが終わってすっかり賑わいを取り戻したチャイナタウンを通り過ぎ、タクシーは律義にも大回りして『Sala Daeng』の駅前につけてくれました。バンコクにはこういう運転手さんもいらっしゃるのですね。さて、何を食べましょうかね?タイスキ。。。という声もないではなかったのですが、足は自然と『酒の店』へ。。。このお店はガイドブックで見つけたのですが、最初は世界中のお酒を集めた酒屋さんかと思っていました。実際はタニヤ通りの入口にある普通の居酒屋さんで、何故かたこ焼きとか焼き鳥とかを看板に出しています。急に日本食が恋しくなってお店の中に入ります。板前さんが2人とお給仕の女性が3−4人の小さなお店です。カウンターはお寿司屋さんのようになっていて、寿司ネタや小鉢などいろんなのが入っています。最初、板前さんは日本人かと思いましたが、タイの方のようです。日本語もうまく、お料理の腕前も大したものです。懐石風に細かな細工もしてくれます。節約観光をしたために、お金も随分余っています。ここは豪勢に最後の夜を楽しみましょう!先ずビール。次に握り。更に天ぷら。続いて焼き魚。それに鉢物。ビールをもう一本。。。板前さんの呆れ顔を横目に食べること食べること。。。気前よく全部で千バーツ以上も使ってしまいました。どれも美味しかったし、もうすっかり満腹ですぅ。。。



前日の恐怖の夜歩きに懲りて今夜はタクシーでホテルにご帰還です。今度も真面目な運転手さんで、タニヤ通りからホテルまでメーター通りに乗せてくれました。何と、料金は100バーツもしなかったんですね。前の日にケチッてSkytrainに乗ったばかりに悲惨な目に会ったのですが。。。

という訳で、今回のタイ旅行も無事何事もなく(?)終了です。期待していた程、WineにもDineにも巡り会えませんでしたが、私にとってはバンコクは何となく親しみの持てる街です。また来れるかどうか分かりませんが、ひとまずお別れしましょう。ラーコーナ,バンコク!









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