バロセロナ・ガウディの足跡を訪ねて
ガウディ
ガウディの建築を観るためにバロセロナを訪れる方もいらっしゃるでしょう。また、そうでなくても街を歩けばそこかしこでガウディの作品に出会うに違いありません。バロセロナの風景はガウディ抜きには語れないのです。アントニ・ガウディ・イ・コルネットは、1852年にカタルーニャ地方のレウスで金物細工師の子として生まれました。バロセロナの建築学校を卒業後、初めて世間に認められたのは、1878年のパリ万国博に出品したショーケースのデザインでした。これに目をとめたエウセビ・グエルは、グエル邸やグエル公園などの建築を彼に依頼し、スポンサー役を務めることになります。
19世紀末のバロセロナでは、強い経済力を背景に、カタルーニャ独自の文化を創ろうという運動が起こっていました。これが世紀末芸術として、フランスのアール・ヌーヴォーと並ぶモデルニスム(近代主義)という様式です。なかでもガウディは『建築の詩人』と呼ばれ、モデルニスモを代表する建築家でした。しかし、晩年のガウディはサグラダ・ファミリアの建築に専念し、質素な生活を送りました。1926年に市電にはねられて死んだ時には、あまりのみすぼらしい服装に浮浪者に間違えられたそうです。死後60年以上経った今なお、ガウディの建築は多くの人を魅きつけてやみません。バロセロナの空にそびえ立つサグラダ・ファミリアの塔を仰ぎ見るとき、あなたは何を感じるでしょうか?
飛行機はバロセロナ・プラット空港に向け高度を落としていきます。地中海の長い海岸線に沿って道路が延び、沢山の車がバロセロナを目指して走っています。あぁ、最初のプランだったら今ごろはバレンシアのはるか手前で行き倒れになっていたかもしれません。飛行機にして良かったとつくづく思います。プラット空港は、バロセロナの市内から15kmほどの距離にあります。ターミナルが一直線に並んでいるせいか、空港自体は割と大きく見えますが巨大というほどではありません。空港の建物はとてもきれいで、その上スペースもたっぷりとってありますので快適です。ターミナルから出ますと、海に近いせいかちょっと蒸しますね。タクシーに乗ってホテルまで急ぎましょう。。。という訳で、プラット空港を飾るミロの大壁画を見落としてしまいました。。。
途中、殆ど渋滞がなかったせいか、空港からホテルまでは20分ほどしかかかりませんでした。そういうことで、ホテルに着いたのは午後の2時です。日曜日ですがまだまだたっぷり遊べます。今日と明日泊まるホテル・ロイヤルは、バロセロナきっての繁華街ランブラス通りに面し、また高級ショップが立ち並ぶカタルーニャ広場に近い最高のロケーションにあります。旅行のプランを立てた時にはバロセロナについては何の知識もありませんでしたので、HISさんのホテル・リストから鉛筆を倒す要領でこのホテルを選びました。建物は新しいという訳ではありませんが、4つ星のまずまず快適なホテルです。ランブラス通りには、BARやレストランが沢山軒をつらねており、食べまくり・飲みまくり・観光しまくりの贅沢三昧が楽しめます。チェックインを済ませましたら早速市内観光に繰り出します。今日は日曜日ですから、週一回のチャンスである闘牛を観ない手はありません。その前にサグラダ・ファミリア聖堂も観たいですね。どうせならグエル公園にも行ってみましょう。おーーー、忙ぴい。。。
最初にグエル公園に向かいます。タクシーで行ってもいいのですが、バロセロナの地下鉄にも興味がありますので、グエル公園の最寄駅である3号線のLesseps駅まで地下鉄で行くことにします。ホテルから50m位のところに、カタルーニャ広場に面したカタルーニャ駅があります。この駅で1号線と3号線が交わりますので東西南北どこに行くにも大変便利です。カタルーニャ駅からLesseps駅まではたったの4駅ですから何と云うこともありません(地球の歩き方によりますと、もう一つ先のVallcarca駅で降りればエスカレーターに乗ってグエル公園の裏手に出るそうなのですのでこの方が楽でしょう)。
バロセロナの地下鉄の切符です。料金は全線均一で100円位です。いろんな図柄があって面白いですね。
地下鉄の構内は広々としていますが、とても蒸し暑いですね。でも電車に乗ると冷房が効いていてなかなか快適です。それに、車内はそんなに混んでいないのでゆっくり座れます。
あっという間にLesseps駅に到着しました。グエル公園はここから7−8分歩いた住宅地の中にあります。ところどころに案内の標識はあるのですが、アップダウンの道を右に左に歩いていきますと方向感覚がなくなってしまいます。でも、観光客風のグループの後について行けば大丈夫です。ようやく、道路から一段高くなった丘の上にグエル公園が見えてきます。小雨のパラつく生憎のお天気でしたが(今回の旅行で初めて傘をさしました)、公園の入口の前の狭い道路には観光バスやタクシーが並んでいます。入口の階段は世界中からやって来た観光客で一杯です。さすがに、バロセロナでも人気のある観光スポットのようです。階段を上がった先は広場になっています。広場の先にはもうひとつの階段があり、ここに有名なワニ。。。いやトカゲ。。。恐竜?あれ、何でしたっけ?何かのモザイク像が置かれています。写真のアングルとしては最高の場所ですので、観光客には特に人気があります。モザイク像の口からは水が流れていますので、つい手を出してしまいます。おーーー、これで私もガウディにあやかれる。。。とか何とか感慨にふけっていますと、『ちょっとーーー、写真の邪魔だからどいてよぉ!シッ、シッ』と娘さんに怒られます。犬じゃあるまいし、シッ、シッはないでしょうに。。。しょうがない退散しましょう。
どれどれ、私が撮って進ぜましょう!ふーーーむ、やっぱしこのアングルを独り占めにしたい気持ちも分かりますねぇ。。。
ついでにガウディ記念館を観ることにします。広場の横の一段低くなったところに小じんまりとした建物があります。昔ガウディが住んでいた住居をそのまま残して記念館にしたようです。建物の中は、ガウディが住んでいた頃と同じ状態に保存されていて、家具なども当時と同じようにセットしてあります。どれも奇妙な形状をしていて、いわく言い難いのですが、7次元の物体のように直線がないのです。しかも左右対称のバランスがないのです。何もかもグニャグニャした不均衡な形状になっています。長椅子に座ると(勿論座るのは禁止ですが)椅子の足が簡単に壊れてしまいそうです。この椅子に座ってガウディは何を想ったのでしょうか?『ワインのボトルは何故グニャッとしていないのか。。。けしからん!こんなボトルがいい(→)。。。』
小雨がパラついていますので、次のサグラダ・ファミリア聖堂まではタクシーで行くことにします。サグラダ・ファミリア聖堂は、バロセロナの市街地にニョキッと建っていて、グエル公園からもよく見えます。結構遠そうですが、タクシーで行きますと意外と短時間で着きます。
サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)
サグラダ・ファミリア聖堂は、1882年に礎石が置かれ、翌1883年からガウディに引き継がれて現在に至っています。熱心なキリスト教徒であったアントニオ・ガウディは、1925年に御誕生の正面の最初の鐘塔が頂華で飾られるのを見るまで、40年以上もの間工事に関わりました。全般的な図面と、自然界からインスピレーションを受けた新しい構造や身廊を形成する幾何学的な形、柱や大窓、丸天井や屋根に関する深く掘り下げた研究を残しています。直立思想から、キリストの弟子であり、キリスト教の最初の伝播者である十二使徒を表す100メートルの12の鐘塔が立てられ、イエス・キリストに捧げる170メートルの中央のドームが母親のマリア(高さ125メートル)とイエスの教えを伝えた福音書記者の4つの塔に両側を挟まれて立てられています。贖罪聖堂であることから、最初から個人のお布施により建設されています。信者の人々やこの建築物に感服する人々から受ける寄付によって工事が続けられることが望まれています。
晩年をキリスト教徒として生き、この教会の建築にすべてを賭けたガウディは、それこそ着のみ着のままの姿で建築中の教会内に寝泊りし、たまに町に出たときなどはそのあまりのみすぼらしさに道行く人が浮浪者と間違えて小銭を投げつけるほどだったといいます。彼はその僅かなお金も拾い集めて寄金として大切に扱ったそうです。そのガウディが事故で亡くなってから既に60年以上が過ぎました。建築は引き続き進められていますが、観光客の支払う見学料(見物料ではありませんぞ)が主たる財源だといいますから、200年後とも云われている完成のときが果たして本当に迎えられるかどうか危ぶむ声もあります。また、一瞬の閃きと共にひとつひとつを作り上げていくガウディのやり方を没後その当人の閃きなしに続けられていることに対し、同郷の天才画家ミロなどのように否定的な立場をとる芸術家もいるといいます。
この奇妙というか、異様というか、何とも形容しがたい教会にまつわるエピソードは、未だ建築中にもかかわらず事欠きません。そうしたエピソードを拾い集めるのもいいのですが、ともあれ百聞は一見にしかずといいます。まずは自分の目で見るのが一番です。天空に向かってそびえ立つ8本の塔の曲線もさることながら、御誕生の門の前に立ってキリストの降誕を描いた彫刻を眺めていますと、とてもそれが石で出来たものとは思えません。まるで生き物のように血が流れ、心臓が脈打ち、今にも飲み込まれそうになります。建物内にはエレベーターもありますが、石段を踏みしめて登っていきますと、途中に幾つもある石窓からバロセロナの街が見渡せます。夕暮れの街の美しさに見とれていますと、この異様な石の建物に自分がしっかり包み込まれているような錯覚に陥ることでしょう。
いやーーー、テレビでは観たことがありますが、実際に自分の目で間近に見上げますと。。。これは感動です。巨大!高い!それもあります。でも、それだけでは感動は生まれません。不協和音のような曲線、長いこと海底に埋もれていたような壁面のざらつき。。。異様としかいいようがありません。
サグラダ・ファミリア聖堂の入り口は2ケ所にありますが、それぞれにキリストの生と死を描いた精緻なモニュメントが飾られています。ひとつはキリストの『御誕生』を、もう一方は『御受難』を意味しています。『御誕生』のモニュメントが中世風の描写的な作風であるのに対し、『御受難』のモニュメントはどこか抽象的な作風のように思えます。サグラダ・ファミリア聖堂が200年後に完成した暁には、建築のそれぞれの時代を反映したいろんな作風のモニュメントが混在することでしょう。
左が御誕生の門で、右が御受難の門だと思いますが。。。
観光地としては異例の未だ工事中ということもあって、建物の中はいろんな資材で雑然としています。でも、観光客はそんなことには無頓着です。未完成というところがまたひとつの魅力になっているのでしょう。解説にもありますように、塔の上部へは階段を歩いて登ることも、途中までですがエレベーターで行くこともできます。なにせ、サグラダ・ファミリア聖堂は教会の建物ですので観光に便利なようには建てられていません。階段は子供がすれ違うのも難しいほど狭く、しかも急な石段になっています。蒸し暑い上に、混雑している中を地上から登っていくのは大変です。私はエレベーターで行くことにします。エレベータの前には観光客が押し寄せ大変な混雑です。要するに行列がないのです。ドアが開けられますと、皆な勝手に乗り込みます。うまく人の流れに乗れればそんなに待つことはありません。エレベーターはおよそ観光客が乗るようなシロモノではありませんが、満員の乗客を乗せてギーコと不気味な音を立てながら上昇します。50mも登ったでしょうか、エレベーターが停止して扉が開きますと、狭い石造りの通路の前に出ます。ここで階段組と合流して更に石段を登っていきます。。。と云いたいところですが、階段には人が溢れ列に潜り込むのが精一杯です。一旦列に入ってしまいますと、進むに進めず、戻るに戻れず、ハムレットの心境です。夕方の蒸し暑さと共に、雨が少し強くなったのか、何も覆いのない窓から容赦なく雨が降り込んできます。汗が噴出してきてもう観光どころではありません。ひーーーっ。
塔の内部は空洞になっていて、その周囲に螺旋階段が取り付けられています。
やっとのことで観光客が登れる塔の最上部に着きました。ここから更に巨大な塔が延びています。でも、よーーーく見ますと、この塔の形はなんだか『土筆(ツクシ)』に似ていますね。。。春の息吹を感じさせるオブジェクトです。
下を見ますと工事用の巨大なクレーンが唸りをあげて忙しく動いて。。。はいないのです。それどころか、ひっそりと佇んでいるようにも見えます。ガウディも言っていますように、この工事は決して急いではいないのです。
感動のサグラダ・ファミリア聖堂の次は?雨は未だ降り止みませんが、丁度6時になりましたので、闘牛を見物しようと思います。えーーーと、闘牛場は何処にあるのでしょうね?地図でチェックしますと、サグラダ・ファミリア聖堂から歩いても大したことはなさそうです。でも、雨が降っていますので地下鉄で行くことにします。闘牛のチケットはどうやって買うか分かりませんが、とにかく着いてからのことです。さあ、出発しましょう!それにしても蒸し暑い。。。
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