バロセロナ・闘牛
チケットの中央に表示してある『SOL』は日向(ひなた)席、『GRADA』は2階席という意味です。
闘牛
闘牛を人間と牡牛の殺し合いと見るならば、長い伝統と歴史を持つスペインの国技を卑小化するものだし、見物していても何ら感興は起こらないでしょう。牧畜農業の豊穣を祈願して、神に牡牛の死を捧げる供犠が闘牛の淵源である以上、現代の闘牛も全て美しく進行しなければなりません。闘牛士が牡牛に向かい、死力と技を尽くすさまは、歌舞伎の所作事か、バレエのパ・ドゥ・ドゥにも似ています。確かに、闘牛においては殺しは不可欠の要素ですが、見物中の最高の見せ場ということではありません。あくまで闘牛士と牡牛の駆け引き、つまりパセが至高のものです。これは百万言費やすよりも、一見してもうらうより他に方法はありません。闘牛の公式戦は、3月のバレンシアの火祭りに始まり、10月のサラゴサのピラールの祭りで幕を閉じます。つまり、その町の例大祭に合わせて催される連続闘牛興行こそが面白い闘牛を観る不可欠な要素です。この他、都会や地中海岸の保養地では日曜日毎に闘牛が行われています。
入場チケット
入場チケットは2つの要素の組み合わせで決まります。ひとつは、席の場所が『SOL(ソル:日向)』にあるか、『SOMBRA(ソンブラ:日陰)』にあるかです。もうひとつは、闘技場から近い場所か、遠い場所かです。この2つの組み合わせで、チケットの値段も席の良し悪しも決まります。ソルとソンブラ、このスペイン文化を象徴するのに余りにも有名になり過ぎた言葉は闘牛世界にも生きています。こればかりはスペインの夏の太陽を体験した人でなければ理解してもらえないでしょうが、午後の太陽とは云え、闘牛場のソルに照りつける日差しは強烈に厳しいのです。紳士方は大体がソンブラで見物します。庶民はソルから声を枯らして声援を送ります。闘牛は、一般的にソンブラに近いところで、つまり闘牛士達のスポンサーが陣取る席近くで行われますが、その日の風具合でソルの近くで行われることもあります。観客席は闘技場に近い席から、パレラ、テンディド、グラダ、アンダナーダと分けられ、この他にバルコンシーリョ(ボックス席)もあります。
闘牛の形式
一般的な闘牛の形式は、3人のマタドール(闘牛士)が各2頭の牡牛を相手に交代で戦います。つまり、1回の闘牛で6頭の牡牛が殺されるわけです。さて、各々のマタドールは配下に3人のバンデリリョ(銛撃ち)と2人のピカドールを従えています。1頭の牡牛に対し、牡牛の出、ピカドールの場、銛の場、ムレータの場、そしてオラ・デ・ベルダー(真実の瞬間)と呼ばれる殺しの場へと進行していきます。こういった順序で、整然とあるいは混沌のうちに6頭の牡牛の死の儀式が行われ、完結していくのです。
地下鉄の出口に行きますと、雨がざあざあ降りになっています。どうしようかと暫く待っていましたら少し雨脚が弱くなってきました。意を決して、駅のすぐ近くにある闘牛場に向かって歩き出します。闘牛場の周辺は人でごったがえしています。日本の競馬場のような雰囲気で、あんまり上品そうな人は見かけません。とりあえず、チケット売り場に行ってみます。闘牛場は初めてですので、どのチケットがいいのか分かりません。お値段からして3000ベセタ位が適当ではないかと思い、『ソル』で『グラダ』のチケットを買い込みます。場内に入りますと、中は観客でごった返しています。もみくちゃになりながら係りの人にチケットを見せ、2階席への階段を上っていきます。突然視界が開け、円形の闘技場とスタンドが目に飛び込んできます。日本の野球場とはまた違った独特の雰囲気です。闘牛は7時から始まりますので、今は砂場をきれいに整えているところのようです。巨大な土俵を清めているような感じと思えばいいでしょう。
野球見物では『お煎にキャラメル』がつきものでしょうけど、闘牛場では『セルベッソ』が欠かせません。背中にビッショリ汗をかいた売り子のおじさんが、『セルベッソ〜〜〜、セルベッソ〜〜〜』と声を張り上げながら観客席を回ってきます。これは飲むしかありませんね!『おじさ〜〜〜ん!セルベッソ〜〜〜を頂戴!』。かくして、冷え冷えのおいぴいセルベッソを飲みながら闘牛が始まるのを待ちます。
売り子さんには制服はないようです。
7時きっかりに入場門が開き、正装した男女の乗った2頭の馬がしずしずと進み出てきます。血なまぐさいイメージの闘牛とは全く異質の静寂な雰囲気が漂います。
続いて、今夜の闘牛に出演する主役・脇役・裏方が全員出てきます。馬に乗っている人もいるのですが、その馬がやけに太っています。。。というか、馬に重そうな鎧がかけられているのです。何故なのでしょうね?
挨拶が終わりますと、とりあえず出番のない人達は退場し、闘技場となる砂場には最初に牡牛と戦う3人のバンデリリョだけが残ります。場内には段々と緊張感が漂ってきます。
入場門とは別のところから牡牛が勢いよく飛び出してきました。日本で見慣れた乳牛とは違い、筋肉隆々としています。牡牛は大観衆の視線を浴びて暫く戸惑っている様子でしたが、バンデリリョがかかげるピンクのカポーテを見つけますと、それをめがけて一目散に突進してきます。さあ、闘牛が始まりました。
牡牛の出
牡牛が走り出てくるのを見た観客からは驚嘆のため息が漏れます。闘牛用に特別に飼育された牡牛は、それほど雄々しく美しいのです。角は大きく左右に張り、胸板は厚く、肚から腰にかけての筋肉は締まり、四肢は力強く安定しています。トーロ・ブラボー(勇敢な牡牛)は、肉牛や乳牛とはまるで異なる野生の獣なのです。牡牛の走りを見て、ベテランの闘牛士は忽ちにしてその性癖を知ります。そして最初に仕掛ける技を組み立てるのです。ピンクのカポーテを使って披露される最初の闘牛技はランセと総称され、なかでも両手でカポーテの襟を持って牡牛をかわすベロニカが代表的な技です。このランセで牡牛のスピード、力、性癖などが解明されることになります。
牡牛は1頭ですが、バンテリリョは3人います。1人が危なくなりますと、他の2人がカポーテを振って牡牛の注意をそらします。それでも牡牛が突進してきますと、バンテリリョは闘技場の壁に設けられた避難口に逃げ込みます。牡牛も思い通りに戦えないためか段々とストレスが溜まってきたようです。今度は強力な角を立てて、鎧をかけられた馬をめがけてドスン・ドスンと突きかかります。馬は目隠しをされていますので、何が起きたかよく分からない様子ですが、鎧をかけられているとは云え、あんなに突きかかられたのではたまったものではありません。馬にはピカドールが乗っていて、牡牛が馬の横腹を突いている間に牡牛の首筋を手に持った槍で突きまくります。牡牛もたまったものではありません。角で馬を突けば自分もピカドールの槍で刺されるということが学習できたのでしょう、やがてまたバンテリリョのカポーテに向かって突進します。でも、そのスピードは大分落ちています。
ピカドールの場
次に、馬に乗ったピカドールの出番です。一見道化じみた太っちょのピカドールは観客の笑いを誘います。しかし、この場なしには闘牛は成立しないのです。何故なら、牡牛の体力とスピードは人間よりも遥かに上回り、この場なしに戦うとすると牡牛と人間の殺し合いになってしまいます。そこで牡牛の首筋を槍先で突いて体力を消耗させ、首を下げさせてグラン・ファエナ(偉大なる闘技)の下準備をするのです。
3人のバンテリリョに翻弄され、ピカドールに槍を突き立てられ、さすがの牡牛も足元がふらついてきます。そこにバンデリリョが牡牛に走り寄って銛を牡牛の背に突き立てるのです。何本もの剣が突き立てられた牡牛は最後の力を振り絞って主役であるマタドールに挑みます。しかし、満を持して登場したマタドールに対して、既に手負いとなった牡牛は足元がふらつき容易には挑みません。マタドールは牡牛の鼻先に赤いムレータを振りかざし挑戦を促します。牡牛は、『モー、疲れたよぉ。。。』という感じですが、それでも時折ムレータに向かって突進します。牡牛の頭がムレータを跳ね上げ、宙を空しく切るたびにオーレ・オーレの大歓声が沸き起こります。
銛の場
出血と傷のために牡牛の動きが緩慢になり過ぎてもいけません。そこでバンデリリョが登場し、牡牛の背に長さ70cmほどの飾り銛を一対ずつ3組を撃ち込みながら牡牛を走らせ新たな刺激を与えます。黒い牡牛の背から鮮血が流れ落ち、牡牛の激しい動悸に合わせて飾り銛が震えます。
ムレータの場
いよいよマタドールの登場です。剣とムレータ(赤い布)を持って祭りの主催者に歩み寄り、牡牛の死を我に与え給えと許しを乞います。一瞬の静寂が闘牛場を支配します。
闘牛が盛り上がるにつれ、スタンドの一画からは勇ましいブラスバンドの音と、時には物悲しいトランペットの音が響いてきます。ちょうど、歌劇の一場面を観ている感じです。
垂れ幕の下のところに10人位の楽団が陣取って、見せ場になると演奏を始めて闘牛を盛り上げます。
オラ・デ・ベルダーの場
トランペットが鳴り渡り、最大限15分の見せ場が始まります。牡牛の死か、闘牛士の死か、神にどちらかが召されるまで死のパ・ドゥ・ドゥが続きます。このことから、闘牛は『死の舞踊』と例えられます。
殆どこれ以上勝負にならないとなった時点で、マタドールはとどめの一突きをします。そうはいっても相手は牡牛です。並みのマタドールでは一突きでは仕留められません。何回も失敗を重ねますと、場内からはブーイングが巻き起こります。逆に、一突きで仕留めたマタドールには大変な称賛が送られます。牡牛が倒れた後にマタドールが最後のトドメを刺し、哀れ牡牛は絶命します。先ほどまで夕日が差していた闘技場に雨が降ってきました。まるで牡牛の死を悼むかのようです。
マタドールによってとどめを刺された牡牛は、角にロープを巻きつけられ、馬に引かれて退場します。
牡牛はその死を賭けて戦った闘技場の砂場を半周ほど引きずられた後で退場門に向かいます。門に近づきますと、引き子達は急に駆け出し、あっという間に門の中に消えていきます。その駆け出す様子が何ともユーモラスなのですが、死んでしまったとは云え、引きずられる方の牡牛はたまったものではありません。ひーーーっ、痛いよう。。。
今夜の闘牛のトリを務め、ひと突きで牡牛を倒したマタドールはまるで英雄のような扱いです。熱狂した観客が闘技場になだれ込み、マタドールを肩車にして行進し、大観衆の喝采を浴びます。日本人の目から見ますと、目の前で牡牛が何頭も殺されるわけですから、このような観客の熱狂さは何とも理解しがたいところです。しかし、闘牛は今までに観たどんな見世物よりも感銘を与えるのは事実です。闘牛が終わった後も暫くは席を立てない人が多いのではないかと思います。。。
エピローグ
闘技場の端に太陽の落す影が伸びてきたときに始まった闘牛は、円形の砂場から光が消えていくときに、2時間にわたった生と死の交錯するドラマが終わります。現在でも、中世の遺香ともいうべき生と死のドラマを続けているスペイン人は、特異な民族性と価値観の持ち主といえるでしょう。しかし、死を直視する目が優しさを生むといえないこともありません。たまには異郷の闘牛場で死を凝視することもいいかもしれません。
さて、闘牛場を出ましたらもう9時を大分回っていました。急がnight今夜のディナーにありつけません。今夜はバロセロナでも有名な『シエテ・ポルタス』でパエリアを食べまくろうと思います。闘牛が終わったばかりですので、闘牛場の近くは大変な混雑です。タクシーを拾おうにも空車は1台も走っていません。20分ほどタクシーを捜しましたが、どうしても拾えません。スペインといえども観光客が深夜の町中をウロウロ歩き回るのは危険です。仕方がありません、地下鉄で行くことにします。昨年のマルセイユでの『地下鉄駅構内閉じ込め未遂事件』の出来事が脳裏をかすめますが、時刻表を充分にチェックして終電までは余裕があることを確かめてチケットを買い込みます。地下鉄のホームは狭い上に超蒸し暑く、その上電車を待つ人たちで溢れています。電車が遅れていたのと、乗り換えが必要でしたので、『シエテ・ポルタス』の近くの駅に着いたのは10時を回っていました。わたちのパエリアは未だ残っているのでしょうか。。。
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