11.都バス沿線を歩く(番外編)




都バス沿線を歩く(ランキング編)に引き続いて、番外となった路線を歩きます。こちらにも面白い路線が多く、歩くのが楽しみです。



コース名起点停留所終点停留所踏破日
所要時間
(時)
所要時間
(分)
万歩計の歩数
距離換算
(km)
番外:橋63コース新橋駅前小滝橋車庫前 3月26日5615、48811.2
番外:亀26コース今井亀戸駅前 4月06日5610、5677.6
番外:品98コース品川駅東口大田市場 4月08日4915、53511.2
番外:国展03コース浜松町駅東京ビッグサイト 4月13日1311、8728.5
番外:錦28コース錦糸町駅前東大島駅前 4月18日186、8134.9
番外:反90コース五反田駅前都営三田駅 4月19日237、3405.3
番外:井96コース大井町駅東口大井町駅東口 4月19日368、6506.2
番外:上26コース亀戸駅前上野公園 4月21日3913、3749.6
番外:西葛26コース船堀駅前葛西臨海公園駅前 5月02日5416、91612.2
番外:錦13コース錦糸町駅前晴海埠頭 5月04日1214、27310.3
番外:錦11コース築地駅前亀戸駅前 5月04日4011、5448.3
番外:上46コース上野松坂屋前南千住駅東口 5月05日4414、42010.4
番外:墨38コース東京都リハビリテーション病院前両国駅前 5月05日2011、6338.4
番外:上60コース上野公園池袋駅東口 5月09日5415、19910.9
番外:都02乙コース池袋駅東口一ツ橋 5月09日10、2187.4
番外:品93コース大井競馬場前目黒駅前 5月10日1011、4538.2
番外:黒77コース目黒駅前千駄ヶ谷駅前 5月10日399、3686.7
番外:都05丙コース東京駅丸の内南口東京テレポート駅前 5月13日2712、6699.1
番外:東16コース東京ビッグサイト東京駅八重洲口 5月13日5114、17910.2
番外:草43コース浅草雷門足立区役所 5月14日1211、9188.6
番外:端44コース北千住駅前駒込病院前 5月16日309、1986.6
番外:梅78コース(廃止済)蜆沢成木小学校前 5月17日4215、54011.2
番外:門19甲コース門前仲町深川車庫前 5月21日5510、2337.4
番外:江東01コース潮見駅前潮見駅前 5月21日1417、37512.5
番外:高71コース小滝橋車庫前九段下 5月25日2712、1758.8
番外:王46コース王子駅前王子駅前 5月27日2424、24217.5
番外:王41コース王子駅前新田一丁目 5月27日464、3643.1
番外:飯64コース小滝橋車庫前小滝橋車庫前 5月28日0020、84215.0
番外:上58コース早稲田上野松坂屋前 5月28日2513、0519.4
番外:宿75コース三宅坂新宿駅西口 5月30日529、8007.1
番外:CH01コース新宿駅西口新宿駅西口 5月30日373、4792.5
番外:学06コース恵比寿駅前日赤医療センター前 5月30日262、3571.7
番外:上69コース小滝橋車庫前小滝橋車庫前 5月31日2123、93317.2
番外:学05コース目白駅前日本女子大前 5月31日231、9771.4
その他:波01出入コース東京テレポート駅前品川駅東口 2月09日2215、26111.0
踏破コース累計   8118427、256299.1



番外コースのご紹介

番外:橋63コース  

選定理由: 国会からコリアンタウンまで変化に富んだ東京の街を巡る路線!  

今日はランキング番外の「橋63」を歩くことにします。私が参考にしている都バスのランキングには、全部で51の路線が選ばれているのですが、番外となった中にも面白い路線が沢山あります。これら番外の路線も組み合わせてランキングの残りの路線を歩きたいと思います。「橋63」は、新橋駅から都営バス小滝橋営業所までの路線です。小滝橋車庫行きのバスはよく見かけますが、小滝橋ってどこにあるかご存知の方は少ないのではないかと思います。「小滝橋」は神田川に架かる橋で、車庫は橋のたもとにあって早稲田通りに面しています。新橋から車庫まで通して乗る人は殆どいないと思いますが、霞ヶ関の官庁街とか永田町の国会議事堂とかに行く人には便利な路線と思います。国会議事堂前に停まるのは恐らく「橋63」のみでしょう。議員さんには用はないでしょうけど、国会の見学者とか陳情団の方々には重宝かもしれません。もっとも、1時間に2−3本しか運行されませんので、タイミングが合えばの話ですが。国会議事堂の裏門辺りに人垣ができていました。カメラとか照明が見えますので、有名議員の即席会見が行われているのかもしれません。野次馬根性でのぞいてみようかと思ったのですが、なんとか自制しました。夜のニュースには出なかったので、大物議員ではなかったようです。大久保駅を過ぎた頃からポツリポツリと雨粒が落ちてきました。小滝橋あたりの神田川は桜の名所ですが、未だ1−2分咲きの感じでした。来週は満開になり、お花見の人達で賑わうことでしょう。  



番外:亀26コース  

選定理由: トロリーバス時代から引き継ぐ地元密着路線!  

今日はランキング番外の「亀26」を歩くことにします。起点となる今井は都バスの折り返し所を兼ねていて、先日歩いた「葛西22」の終点である一之江駅の手前にあります。新中川と旧江戸川が合流する都境の地点で、今井橋で旧江戸川を越えれば千葉県です。旧江戸川は東京湾に直結していますので、両岸には屋形船とかヨットが沢山係留されています。瑞江大橋を渡って今井街道を進みますと、すぐに都営地下鉄新宿線の一之江駅となります。明治時代には、今井街道は千葉街道と共に東西を結ぶ幹線道路だったそうです。沿道にはハナミズキが植えられ、別名「はなみずきロード」とも呼ばれています。私には桜のように見えましたが。船堀街道から京葉道路に入る交差点角に「宝くじセンター」なる建物があります。宝くじ専門の販売所で、当たりくじがよく出るとのことです。看板には、今までに3億円の当たりくじが5本出て、億万長者を24人輩出したと大書きされていました。ジャンボの発売時期なら私も即買い込んだのですが。。。京葉道路を進み、新小松川橋で中川・荒川を渡ります。広大な川面には漁船が何艘も浮かんでいます。どんな魚が獲れるのでしょうか?気温はどんどん上がって春の陽気となっています。川面を渡るそよ風は頬に心地よく、気持ちいいですね。荒川土手の桜も満開で、春爛漫といったところです。今日は小学校の入学式があったのか、ピッカピカの服を着込んだ新一年生とご両親の親子連れが目立ちます。ここのところの寒さで満開が遅れた桜ですが、入学式を待っていたのでしょうか?  



番外:品98コース  

選定理由: 非日常の世界を走る都バス!  

今日はランキング番外の「品98」を歩くことにします。「品98」は、築地魚市場・品川食肉市場と並んで東京の胃袋(だけではありませんが)を賄う大田市場へのアクセス路線です。大田市場(「おおたいちば」でなく、「おおたしじょう」と読みます)は、都内に11ケ所ある東京都中央卸売市場のひとつで、青果物・水産物・お花を取扱っています。都内でもヘンピな場所にあるので、実際に行かれた方は少ないのではないでしょうか。品川駅東口広場にあるバス停からスタートします。路線運行図を見ますと、途中の停留所名には一般の路線と違った名称が多いのに気がつきます。「大井火力発電所前」とか「2号バース前」とか「ダイトー大井物流センター前」とか、この路線が都心を走っている路線ではないことは一目了然です。オフィス街のど真ん中にある品川食肉市場前を通り、旧海岸通りを進みます。天王洲運河を新東海橋で渡り、品川埠頭橋で京浜運河を渡りますと、あたりの風景は一変します。オフィスビルに変わって、倉庫とか発電所とかが続きます。でも、対岸のJALビルを眺められる運河脇の歩道には、殺風景な眺めを和らげるような満開の桜の並木が続いています。3週間ほど前に「クラシック海01」コースを歩いた時は今にも蕾がはじけそうでしたが、満開の桜に会えるとは思ってもみませんでした。若潮橋付近の首都高中央環状品川線の大井地区トンネル工事現場は更に大規模になっています。巨大なクレーンが林立し、ダンプカーが唸りをあげています。まさに地図に残る大仕事です。湾岸線を跨ぐ都道316号線に入りますと、道路の上はコンテナ車で溢れています。一車線は路上駐車のコンテナ車に占有され、もう一車線を大型トラックが爆走しているのです。この先には大井コンテナ埠頭がありますので、その荷待ちをしているのでしょう。ちなみに、停留所名で「X号バース」とあるのは、コンテナ埠頭の区画番号のようです。2号バースを過ぎますと、更に殺風景な風景に変わっていきます。見えるのは鉄条網を張り巡らせた保税区画、SF映画に出てくるモンスターを思わせる埠頭に並ぶクレーン、窓のない巨大な倉庫、それに爆走する大型トラックです。たまに目にする人といえば、お弁当売りのおじさんだけ。こんなところで働く方も大変ですね。コンテナ埠頭を過ぎますと、今度は巨大な倉庫群の中をぐるぐる回ります。ここにも桜並木があって、歩道は満開の桜のトンネルになっています。大田市場は運河(というか東京湾)に突き出た突端にあります。隣接する京浜島・城南島の先は羽田空港です。そのためか、離陸したばかりの航空機のお腹が間近に望めます。大田市場への入口は正門と北門ですが、「品98」は北門から入ります。ところが、この通路は車両専用らしく歩道がありません。止むなく野鳥公園への入り口から入りこみます。市場の敷地は38万平米もあるとかで、とにかく広大です。青果棟と水産棟の2つの巨大な建物が並び、周囲を場内道路が走っています。既に業務を終えたのか、場内は閑散としています。朝の取り引き時間帯には、トラックを押し分けて走る「品98」の雄姿が見られることでしょう。  



番外:国展03コース  

選定理由: レインボーブリッジと湾岸アンダーの高低差は?  

今日は、ランキング番外の「国展03」を歩くことにします。「国展・・」とは、お台場のビッグサイトでイベントが開かれる時にだけ運行される非定期路線です。今までに、国展01から国展08まで運行されているそうですが、現在では01〜03だけが生き残っているようです。イベント来場者限定の運行ですので、殆どの便が途中ノンストップの急行となっています。「国展03」は、浜松町駅からレインボーブリッジを渡って東京ビッグサイトに直行します。私は乗車したことがないので、浜松町駅のどこから出発するのか分かりません。同様の定期路線である「虹01」の発着所である浜松町バスターミナルから歩き始めることにします(ここはスペースが狭いので、恐らく別の臨時発着所が使われると思いますが)。「国展03」と「虹01」のルートは殆ど重複しています(と思います)。違いは、「国展03」はレインボーブリッジから降りた後で、東京湾岸アンダーという地下トンネルを通ることです。お台場を半周する「虹01」のルートに比べれば、随分と距離が短縮できます。私は東京湾岸アンダーなる道路を知らなかったので、レインボー入口交差点から歩道を歩いたのですが、途中で湾岸道路に突き当たってしまいました。変だなぁと地図を見たのですがよく分かりません。新都橋を渡って夢の大橋まで戻り、橋の上から眺めて謎が解けました。湾岸道路の下がトンネルになっていました。レインボー入口(出口ともなりますが)交差点の手前にトンネルの入口があるので気が付かなかったのです。東京湾岸アンダーには歩道はありませんので、迂回して歩くしかないですね。レインボーブリッジの遊歩道(プロムナード)の海面からの高さは52.4mといいますから、東京湾岸アンダーの地下深度と合わせると、その高低差はどれ位になるのでしょうか?恐らく、23区内では一番高低差のある路線ではないかと思います。一度乗ってみたいものです。  



番外:錦28コース  

選定理由: 大島・北砂・東砂の巨大団地を巡る地元密着路線!  

今日は、ランキング番外の「錦28」を歩くことにします。「錦28」のルートに沿って錦糸町駅前から東大島駅前を目指します。江東区は人口の増加が著しいとのことですが、特に亀戸駅から荒川までの範囲には沢山の団地があります。「錦28」は、都営地下鉄新宿線が開通した後に多少の路線変更がありましたが、現在でもこれら地域の団地住民にとっては便利な路線です。住吉駅と横十間川の間には、広大な猿江恩賜公園があります。今は手入れの行き届いた春の草花が咲き乱れていて、とてもきれいです。小名木川を越えますと、巨大なショッピングセンターが姿を現わします。建物はほぼ完成し、今年の6月にオープンするとのことです。入口の交差点の名称が「小名木川駅前」となっているのは、この敷地がJR貨物の総武本線貨物支線(越中島支線)の貨物駅であったためです。約十万平米の広さがあったといいますから、その規模の大きさに驚かされます。この辺りには、小名木を冠した名前があちこちにあります。小名木川の名前は、徳川家康が小名木四郎兵衛に命令して開削させた運河にちなんで名付けられたそうです。北砂五丁目にある団地の中に、「精製糖工業発祥の地」の記念碑と案内板が建っていました。明治時代、この地で精製糖(白砂糖)の工業化に初めて成功したのだそうです。白砂糖五丁目という地名にしたら、もっとイメージが変わっていたと思うのですが。  



番外:反90コース  

選定理由: 高輪消防署のレトロな櫓は文化財級!  

今日は、ランキング番外の「反90」を歩くことにします。「反90」の停留所は11ケ所しかなく、歩いても大した時間はかからないだろうと思っていたのですが、五反田駅前のバス停に行きますと、行先表示に「三田駅前(循環)」と書いてあります。とすると、三田から五反田に戻ってくるのでしょうか?だとすると結構な距離になります。桜田通りの緩い坂を上った先に高輪台駅があります。駅に隣接していたスーパーの杉の木屋は既になく、常連客だった私には寂しい限りです。高輪三丁目交差点を左折して、二本榎通りを進みます。高輪の地名の由来は、高台に縄手のように延びる細い道が通っていたことからきているそうです。高輪署交差点脇には「二本榎の由来」なる碑が建っています。江戸時代には、ここに2本の巨大な榎が立っていて、東海道を行き交う旅人の良き目印になっていたそうです。交差点の向かいにはレトロな外観の高輪消防署二本榎出張所があります。昭和8年に落成した庁舎は歴史的建築物として有名であり、とりわけ火の見櫓からは東京市全体が一望に見渡せたそうです。建物は4階建ほどの高さしかありませんが、高台に位置したからなのでしょう。現在では周辺に高層マンションが建ち並んでいるため、火の見櫓としての機能は果たせそうにありません。高松宮邸の手前のマンション敷地内に、「大石良雄等自刃の跡」の石碑が建っています。高輪は赤穂浪士の縁の地ですが、こんなところで最後を迎えたのですね。で、最初の疑問に戻るのですが、田町駅前を過ぎた先のルートが分かりません。日本電気本社の周囲を周回してみたのですが、東京港口というバス停が見当たりません。散々探して、芝四丁目交差点の手前でバス停を見つけました。ここを左折し、東京女子学園の角を回った日本電気本社の反対側が終点の都営三田駅でした。五反田駅まで戻っていたら日が暮れていたでしょう。  



番外:井96コース  

選定理由: 坂本竜馬と共に日本海軍創設に尽力したゼームスを偲ぶ!  

今日は、ランキング番外の「井96」を歩くことにします。「井96」は、大井町駅東口から天王洲を経由して大井町駅東口に戻る周回コースです。大井町駅には東西にバス乗り場があります。都営バスは主に東口広場から出発します。駅周辺の風景は最近様変わりし、西口にあった大井町阪急店は既に取り壊され、現在は高層ホテルに生まれ変わろうとしています。東口には、マルイの跡地にヤマダ電気LABI品川大井町店がオープンしました。大井町阪急は建物は古かったのですが、1階の食品売り場には人情味溢れる店員さんとの触れ合いがありました。大井町の庶民的なイメージは段々と薄れてきつつありますが、今でも変わらないのが、東急大井町駅前を通る大井銀座商店街から北側に一歩入った超細い横丁に密集する50店舗程度の小料理屋・居酒屋・スナック・中華料理・洋食などのお店です。手前側が東小路、ゼームス坂通りの先が平和小路となっています。どちらも戦後の闇市の雰囲気を引きずっているような感じで、通路には雑多な品が置かれ、お店は古ぼけて倒壊しそうです。夜間に通ったことはありませんが、相当にディープな飲み屋街になることでしょう。でも、昼間は大衆的な食事処を求めて周辺のサラリーマンが集います。東小路にはブルドックという洋食の名物店があります。「お食事は大井一うまい・やすい」と書かれた大きな看板がかけられていますので、狭い横丁では一際目立ちます。このお店の名物は草鞋のような特大のメンチカツです。一度食べたことがありますが、あまりのボリュームに二度と食べる気にはなりませんでした。東口の牛八と共に、デカ盛りグルメの代表格です。平和小路の一番奥には「むら上」といううなぎ屋さんがあります。以前立ち寄った時は休業中でしたが、今は「三代目むら上」として営業しています。元は鰻串だけの超シンプルな立ち飲み屋だったそうですが、代替りとともに酒肴から食事までを含めたうなぎ居酒屋に生まれ変わったのだそうです。一度行ってみたいですね。大井町駅から第一京浜に下るゼームス坂は、元々は浅間坂と呼ばれていた非常に急な坂でしたが、明治時代にこの坂下付近に住んでいたゼームスという英国人が私財を投じて緩やかな坂に改修してからゼームス坂と呼ばれるようになったそうです。ゼームスは坂本竜馬と共に日本海軍創設に尽力したことでも知られています。竜馬は土佐藩の下屋敷があった立会川で砲台要員として仕えていたことがあり、何かの因縁を感じますね。ちなみに、「井96」はゼームス坂ではなく、仙台坂を通りますので念のため。  



番外:上26コース  

選定理由: 東京スカイツリー展示館は業平橋駅前で下車!  

今日はランキング番外の「上26」を歩くことにします。今日は東京でも今年初めての夏日でした。でも、湿度が低かったためか、それほど暑いとは感じませんでした。それでも薄手のコートが邪魔になるくらいの暖かさでしたが。「上26」のルートは、亀戸駅前から横川三丁目までが日曜日に歩いた「草24」と同じになっています。「上26」は四ツ目通りを更に北上し、押上駅で左折して浅草通りを進みます。何度も話題にして恐縮ですが、東京スカイツリーに一番近い路線のひとつです。今までの路線は清澄通りに進んでいたのですが、「上26」は業平橋駅方向に右折します。ここを通るのは、「上26」と「墨38」、それに業平橋駅前を終点とする「業10」の3路線だけです。東京スカイツリーは業平橋駅と北十間川に挟まれた東武鉄道の敷地に建設中なのですが、北十間川にかかる東武橋が絶好のビューポイントなのです。今では橋のたもとに見物(見学?)用のスペースが設けられ、記念写真を撮る人たちでいつも混雑しています。工事中のため、他には見物人のための施設はありませんでしたが、東武橋を渡ったところに小さな展示館がオープンしていました。中からはツアーの団体と思われる人たちがゾロゾロ出てきています。ヤジ馬根性で入ってみますと、10畳ほどの小部屋の壁にスカイツリーの解説資料が貼りだしてあります。完成時の模型とか今後の予定とが詳しく解説してあって、興味深々です。夏頃までに地上350mの第一展望台、冬には地上450mの第二展望台が出来上がり、来年春には予め地上で組み立てられたアンテナ部のゲイン塔を伸ばすみたいです。外観は来年春には完成し、竣工は来年暮れなのだとか。建設途上のスカイツリーは今しか見れませんので、是非ともご覧頂きたいものです。展示館には、解説資料の他にビデオも放映されていますので、こちらもお忘れなく。尚、浅草から歩いて行かれる方は言問橋を渡られるとスカイツリーの雄大な姿を堪能することができます。中入谷バス停の手前に、明治屋酒店という古びた酒屋さんがあります。あまり聞いたことがない銘柄の日本酒(焼酎?)を扱っていますが、店頭には1本1本丁寧にラップしたワインボトルが並べてあります。荷物になるので買いませんでしたが、改めて来たいものです。下谷二丁目バス停の先には河内屋さんのお店がオープンしていました。お酒と業務用食品を扱っているようですが、こちらも改めて来てみたいですね。上野桜木バス停の先のお寺の前に、「八萬四千體地蔵尊安置」と刻まれた大きな石碑がありました。八万四千体のお地蔵さんとは尋常な数ではありません。中に入ってみましょう。正面にはコンクリート造りの洋風の本堂がありますが、奥を見ますと地蔵・地蔵・地蔵・・・。全部で八万体以上もあるかどうかは定かではありませんが、驚くべく数です。芝増上寺にある子育て地蔵も圧巻でしたが、こんなに沢山の地蔵さまにお会いできるとは思いませんでした。お寺の名前は「浄名院」とのことですが、境内には青銅製の大きな地蔵菩薩坐像もあります。江戸六地蔵の中で唯一現存しない深川永代寺の幻の六地蔵を明治時代に再建したのだそうです。他の五地蔵と比べますと大きさで随分見劣りがしますので、江戸六地蔵には入れないようです。台座には「六地蔵尊 六番」と彫りこんでありましたが。上野桜木交差点角には、「旧吉田屋酒店」の建物が保存・公開してあります。明治末期に建てられ、昭和初期のお店の様子が再現してあります。今と違って、お酒は量り売り主体だったようです。谷中六丁目交差点角には、キリンラガーの大瓶を冷蔵ケースに数十本も並べた酒屋さんがあります。いつ通っても不思議に思うのですが、1本も欠けていないところを見ますと、展示目的かなとも思えます。本当のところはどうなんでしょうか?今日は暑かったせいか、お酒にばかり目が向いてしまいました。帰ったらよく冷えたビールを飲みたいですな。  



番外:西葛26コース  

選定理由: 江戸川区臨海地区の団地群を巡る!  

今日はランキング番外の「西葛26」を歩くことにします。「西葛26」は新旧団地の入り混じる葛西臨海地区を巡る路線です。そのため、大型バスにはかなり窮屈な道路も通ります。船堀駅前から真っ直ぐに船堀街道を南下すれば分かり易いのですが、船堀スポーツ公園手前で右折し、新川手前で左折します。更に、新渡橋から宇喜多通りを進みます。よく地図で確かめておかないとルートを間違えてしまいます。行船公園前交差点でジャスコに沿って進み、スポーツセンター前を通って西葛西駅前広場に至ります。この通りはバスが頻繁に行き交っています。西葛西地区には東西に走る地下鉄東西線以外に鉄道路線がなく、南北に移動するにはバスが頼りです。それに加えて、東京一過密な(?)人口密集地域なのでバスの需要もそれだけ高いわけです。西葛西駅前を出て区営野球場手前で右折し、更に健康サポートセンター前で左折し、団地群の中に入っていきます。緑の多い素晴らしい住環境ですが、同じような形状の建物が多いので、酔っ払って帰ったら我が家を見つけられないかも。新左近川を越えますと、左近通りが東に延びています。川沿いは新左近川親水公園とマリーナになっていて、歩道もよく整備されています。お散歩にはこれ以上ない最高のコースです。日曜日とあって、公園に併設されたデイキャンプ場はバーベキューを楽しむグループで大賑わいです。大型店舗が直ぐ近くにありますので、お肉を食べつくしてもお酒を飲み干しても直ぐに調達できます。それに、酔い潰れたら這ってでも帰れますし。でも、子供連れの若いファミリーが多いせいか、お酒はほどほどのようです。環七を超えてなぎさニュータウンで右折します。旧江戸川の向こうは千葉県です。堤防内側の真新しい道路に沿って歩き、南葛西三小の前をぐるっと回って付き当たりが舞浜大橋になります。橋を渡ると東京ディズニーランドですが、京葉線の高架に沿って葛西臨海公園を逆方向に進みます。平日は閑散とした広大な公園ですが、今日は人で溢れています。水族館と大観覧車と人工砂浜が売りですが、隣のディズニーランドよりは遥かに安上がりな施設です。更に、水族館の入園料は5月4日は無料、5日は中学生以下が無料になるそうです。鮪の回遊を見て、砂浜で遊んで一日を過ごせば、節約ファミリーにはGWの最高の過ごし方と思います。  



番外:錦13コース  

選定理由: 名探偵コナン号離陸す!  

今日はランキング番外の「錦13」を歩くことにします。明日でGWは終わりです。今年のGWはお天気に恵まれ、しかも暖かくて初夏の陽気が続いています。4月の天候不順は遠い過去のように記憶から消え去ろうとしています。今日も東京は夏日一歩手前まで気温が上がり、今年初めて長袖のシャツだけでお散歩しました。半袖でも十分でしたが、この時期は紫外線が強いもんでね。「錦13」は、江東地区から晴海埠頭に一本で行ける貴重な路線です。といっても、晴海埠頭の客船ターミナルはいつ行ってもカモメの代わりに閑古鳥が鳴いていますので、終点まで乗車される方はいないと思いますが。随分昔に晴海に見本市会場があった折には需要は多かったかもしれません(当時運行されていたかどうかは知りませんが)。錦糸町駅前から四ツ目通りを南下し、新大橋通りに入って住吉一丁目交差点から大門通りに進みます。大門通りは四ツ目通りと並行していますが、道幅は狭く、交通量は遥かに少ない裏道的存在です。途中で仙台掘川を越えますが、この辺りは木場公園から続く緑に覆われた公園になっています。名前の由来は、川岸に仙台藩伊達氏の蔵屋敷があったからとのことです。この辺り一帯の地盤が低かったために、水害防止のため植樹を行い、区民の森が造成されたのだとか。災い転じて福を為すの格言通りですね。深川八中の先で道路はT字型に分かれますが、その先には東京メトロの広大な検車区が広がっています。操車場と違って、4両くらいに分割された東西線の車両が勢ぞろいしている風景は鉄道マニアには堪えられませんね。終点のひとつ手前のバス停は「ほっとプラザはるみ入口」なのですが、今までの標識には覆いがかけられ、ルートが変わっていました。3月末から清掃工場前を通る新しい道路が開通したので、こちらを通るようになったらしいです。東京オリンピックの主会場になる筈だった広大な空き地は簡易舗装が行われ、一部はバイクの練習場になっていました。看板も取り払われ、これからどうなるのでしょうか?その先の広大な空き地に巨大な飛行船が係留されていました。胴体一杯に「名探偵コナン・・・」という文字と似顔絵が大書きされていました。単なる広告でしょうか、あるいは期間限定のイベントでしょうか?地上で飛行船を見るには初めての経験ですが、ちょうど離陸する準備をしているようでしたので見物することにしました。飛行船の長さはジャンボジェットくらいでしょうか?胴回りはツイッギーと山本山くらいの違いがあります。キャビンは前方下部に取り付けられていますが、定員はせいぜい20人くらいと思われます。前方と最後尾に小さなプロペラが付いていて、これで進むようです。飛行船はフワフワして安定しないため、離陸するまでは長い鉄塔が付いた車両に鼻先を係留されています。片方のプロペラが回りだしましたが、なかなか離陸しませんね。そのうちにマイクロバスみたいな車がキャビンに横付けされて乗客が乗り込み始めました。離陸準備が終わるまで車の中で待機していたのですね。ようやく艫綱が外され、爆音が大きくなったと思ったら、急角度で上昇していきました。それにしても凄い轟音です。飛行船は音の出ない乗り物だと思っていたのですが、プロペラ機と変わりませんね。「錦13」は何もない地味な路線だと思っていたのですが、最後に人生初の飛行船の離陸の様子が見れて大満足でした。こういうハプニングに出会えるのもお散歩の楽しみです。  



番外:錦11コース  

選定理由: 人影のない休日のオフィス街を黙々と走るけなげな路線!  

今日はランキング番外の「錦11」を歩くことにします。「錦11」は江東地区から築地に一本で行け、年末の買い出しには便利な路線です。GWの最中なのでさすがの場外市場も閑散としているだろうと思っていましたら、午後の2時過ぎにもかかわらず、場外市場の中の狭い通路は人で溢れています。芋の子を洗うような混雑です。私は芋ではありませんから今日のところはパスします。後で調べてみましたら、GW期間中は築地市場はお休みですが、4日のみ臨時に開いていたそうです。皆さん、やみくもに築地にお出かけになったのではないのですね。「錦11」は手持ちの資料では錦糸町駅前が終点だったのですが、4月のダイヤ改正で一部が亀戸駅前まで延伸するようになったとの看板が立っていました。同時にルートも少し変わったみたいです。錦糸町から亀戸までなら大した距離ではないのでいいのですが、平井あたりまで延伸されたら今日の予定が狂ってしまいます。築地駅を出ますと、新大橋通りを築地三丁目交差点で左折し、直ぐに右折して平成通りに入ります。蛎殻町交差点で新大橋通りと再び合流しますが、割と交通量の少ない歩きやすい通りです。東京証券取引所とか水天宮の前も通りますので、観光にもいいですね。でも、ビルが建ち並ぶ八丁堀辺りのオフィス街は休日ともなると人影が途絶えてしまいます。歩いていても、何となく寂しいですね。隅田川に架かる新大橋を渡って新大橋通りを進み、住吉一丁目交差点で左折して大門通りを北上します。江東橋で京葉道路に出ますと、錦糸町駅は直ぐです。錦糸町は千葉、北千住は埼玉、八王子は山梨の関門に当たるなんて失礼なことをバラエティ番組で言っていましたが、錦糸町は確かに一大商業エリアです。デパートこそなくなりましたが、専門店・飲食店は数知れず、何でも揃います。京葉道路に面した魚寅は有名ですが、南口広場の入り口にも店舗を出しています。焼き物なんかが主ですが、名物の鮪のブツ切りも並んでいます。100g250円ですが、夕方になるとねじり鉢巻きのおじさんが結構いい加減に量り売りしてくれます。有難いですけど、タバコを吸うのは止めてくんないかなぁ。。。  



番外:上46コース  

選定理由: ドナウ川と隅田川はお友達!  

今日はランキング番外の「上46」歩くことにします。今日も良いお天気でした。先月の29日にお天気が回復してから今日まで素晴らしい五月晴れの日が続いています。今日は初夏を通り越して真夏のような暑さでした。ただ、空気が乾燥しているためか、殆ど汗はかきませんでした。汗を拭きながらのお散歩はみっともありませんからね。「上26」は、御徒町の松坂屋前から南千住までの短い路線です・・・と思っていました。直線距離では大したことはないのですが、歩いてみますと、これが結構あるんですね。一旦南千住駅入口まで行ったあとで、隅田川沿いの団地を大回りするのです。それに、同じ名前のバス停がかなり離れた場所にあって、地図を見ただけではバスのルートが判別しません。3回ほど道を間違えたために、かなり時間を食ってしまいました。西浅草三丁目交差点で国際通りを右折し、言問通りを進みます。観音堂裏交差点を左折して浅草四丁目バス停を探しますが見当たりません。ヘンだなぁと思いながら地図を見ますと、千束通りにも同じ名前のバス停があります。結局、大回りして本来のルートに戻りました。千束通りには商店街が連なっています。浅草地区ですので、あちこちのお店の軒先には三社祭の提灯が吊るしてあります。来週の木曜日(13日)から日曜日(16日)まで行われるとのことですが、浅草の初夏の風物詩です。GWのように、良いお天気に恵まれればいいのですが。吉原大門交差点脇に「見返り柳」の碑があります。吉原遊郭の遊び帰りの客が後ろ髪を引かれる想いを抱きつつ、この柳の辺りで遊郭を振り返ったことから名付けられたのだそうです。刑場に赴く罪人の心情とは偉い違いですな。元々の柳は山谷掘の脇にあったそうですから、今振り返っても殺風景な建物以外何も見えませんので念のため。ついでにいいますと、案内板に書かれている英文がなかなか面白いです。外人さんが理解できるかどうか分かりませんが、川柳もついでに訳して頂きたかったです。バスのルートは吉原大門交差点で右折するのですが、そのまま土手通りを直進してしまいました。かなり行き過ぎてから間違いに気が付き、戻る途中に壊れかけた年代物の木造家屋が目に入りました。「いせや本店」の看板と天麩羅の提灯がかかっています。こんなお店に来るお客さんはいないだろうと思ったのですが、グループ連れが入っていきます。結構名の知れた老舗のようです。お勧めは「天丼のハ」だとか。サクサクカラッと揚った天ぷらが丼からはみ出すほど乗っかっているのだそうです。一度食べてみたいもんですな。東浅草二丁目交差点で左折し、吉野通りを進むべきところ、そのまま直進してしまいました。今日は暑さで注意力が散漫になっているんでしょうか?南千住駅の直ぐ前まで来たのですが、ここからバスは汐入団地(という名前かどうか知りませんが)方面に大回りします。南千住駅の東側には初めて来たのですが、道路も建物も公園も学校もお店も何もかも真新しい未来都市です。住民は若いファミリーが多いようで、公園には子供たちの歓声が溢れています。どこが少子化?って感じです。特筆すべきは緑の多さで、はなみずき通りとか、けやき通りとか、とちのき通りとか、名前からも見てとれます。この時期の一番の見どころは何といっても、「ドナウ通り」を赤・白・ピンクに染めるさつきの花でしょう。これほどさつきが密集した場所は他にないと思えるほどです。ドナウ通りは、南千住駅東口広場から延びる道路ですが、ウイーンのドナウシュタット区との交流の一環として名付けられたのだそうです。ところで、ドナウシュタット区と荒川区との接点は何だったのでしょうか?荒川区の資料によりますと、ヨーロッパ最長のドナウ川が流れるウィーンは東京都と同じく23区から成る街で、ドナウ川に最も接しているのがドナウシュタット区で、水辺の町ということもあって荒川区とは友好都市の間柄になったのだそうです。かなりこじつけの気がしないでもないですが、誰がそこまで調べたのでしょうかね?  



番外:墨38コース  

選定理由: 英国王室御用達のワインでハンバーグ!  

今日はランキング番外の「墨38」歩くことにします。「墨38」は水神大橋たもとの「東京都リハビリテーション病院前」からスタートします。リハビリの必要な方がバスに乗れるのかどうか分かりませんが。鐘ヶ淵陸橋から墨堤通りを南下します。隅田川沿いには都営白鬚アパートの長〜〜〜い高層住宅が連なっています。明治時代に鐘淵紡績工場(のちのカネボウ)があったところで、災害時には避難拠点となるように建てられたのだとか。長〜〜〜く連なって建物は防火壁の役目も果たすそうです。住んでいる人はたまったものではありませんが。水神前バス停の先に「ビストロ リヨン」というこじゃれたお店があります。何度も前を通ったのですが、何となく心引かれる外観です。ワインの品揃えも良さげで、推奨の「モメサン メルロー」は英国王室御用達なんだそうです。フランスワインかと思いましたが、スペイン北東部のカルターニャ州にあるモンサン産のワインらしいです。山形にも同じ名前のワインがあるそうですが、そちらかも?ちなみに、お勧めのメニューはデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグだそうです。「墨38」は業平橋駅前を通りますので、またまた恐縮ですが東京スカイツリーの話を。GW中とあって、駅前の道路とか北十間川沿いの狭い道路はツリー見物の人で溢れています。皆さんカメラを構えていますが、現在は368mの高さになったもので、アングルの調整に苦労されているようです。記念写真を撮ろうにも全景が入らないんですな。デジカメのない時代だったら、写真屋さんは随分と繁盛したでしょうけど。ちなみに、今日から第一展望台(350m)の組み立てが始まったようです。今までは真っ直ぐに延びていたのですが、展望台のふくらみが見てとれるようになりました。GW中は工事は休みだと思っていたのですが、今日見物した人はラッキーですね。夜のNHKニュースでも紹介していましたが、これから頂上部のアンテナゲイン塔の組み立てが始まるそうです。本当に持ち上がるのでしょうか?「S−1」路線を歩いた時に謎だった両国駅周辺のルートが判明しました。石原一丁目バス停を出た後、横綱(よこあみと読みます)町公園前の交差点を右折して安田庭園方向に進むのです。その後、国技館通りを通って両国駅前に着くのですが、まさかこんなに狭い道路をバスが通るとは思ってもみませんでした。謎が解けてスッキリです。ついでにいいますと、国技館正門前の「ワールドちゃんこ朝青竜」は健在でした。自分を引退に追い込んだ相撲協会の真正面にお店を構えているのは、何とも皮肉なことですが。。。  



番外:上60コース  

選定理由: プラタナスの並木道は南仏の薫り!  

今日はランキング番外の「上60」を歩くことにします。今日は風が少々あったものの、薄曇りの爽やかな一日でした。長袖のシャツ1枚で十分でしたが、紫外線が強かったのか、無防備な手の甲が随分と日焼けしてしまいました。手袋や日傘で防御するわけにもいかず、困ったものです。「上60」の起点は、不忍池に面した下町風俗資料館近くにあります。下町風俗資料館の前は何度も通ったのですが、未だに中に入ったことはありません。次の上野広小路のバス停は中央通りではなく、春日通りに入ったところにあります。先日歩いた「上26」と同じルートです。バス停が中央通りに面していないので、知らないと探すのに苦労します。天神下交差点を右折し、不忍通りを根津駅まで北上します。近くには旧岩崎邸庭園や横山大観記念館などがあるのですが、こちらも未だ中に入ったことがありません。有料の表示で腰が引けてしまうからなのでしょうか?根津一丁目交差点を左折して言問通りに入ります。本郷通りを越えて更に進みますと、菊坂下に至ります。樋口一葉とか石川啄木とか宮沢賢治の住居跡があって、若き日の文豪たちの暮らしが偲ばれます。西片交差点で左折し、白山通りを進みます。春日駅とか文京シビックセンターを経由するために大回りして千川通りに入るのですが、ここは迷いやすいところです。千川通りに入った先に、こんにゃくえんま様で知られる源覚寺があります。お正月に小石川七福神詣でをした折に毘沙門天様にはお参りしたのですが、こんにゃくえんま様と境内にある塩地蔵様にはお参りしませんでした。それぞれ、眼病平癒と歯痛緩和に効能があるとされていますが、確かにご利益は授かっていませんね。千川通りは、並行する春日通りに比べますと交通量は格段に少ないようです。いわば裏通りといった感じです。緑溢れる小石川植物園の脇を通りますが、この季節にはいろんな植物が一斉に花開くためか、花粉の一大飛散源になります(と推測します)。先ほどからクシャミが止まらないのはそのせいでしょうか?南大塚一丁目バス停の先は、プラタナス通りと呼ばれています。何年か前に訪れた南仏エクス・アン・プロヴァンスのミラボー通りとまではいきませんが、道路の両側には枝打ちされたプラタナスの並木が続いています。「ドゥー・ギャルソン」のようなカフェがあれば、ワイン片手に一休みしたいところですが。。。  



番外:都02乙コース  

選定理由: 学士会館コースとラタンコースはどちらがお勧め?  

今日はランキング番外の「都02乙」を歩くことにします。「都02乙」は、都バスのランキングで第一位になった「都02」の派生系統のようですが、大塚三丁目から春日駅前の間が重なっているものの、殆ど別路線といっていいくらいです。他の都バスが走らない区間が多く、地味な路線ですが沿線には名所が多く存在します。有名人のお墓を巡るのなら雑司ヶ谷霊園とか護国寺とか伝通院、大学を巡るのならお茶の水女子大学とか中央大学理工学部とか共立女子大学、エンタメを巡るのなら東京ドームシティとか後楽園遊園地、古本街を巡るのなら神保町などがあります。終点の一ツ橋バス停前には学士会館があります。赤絨毯が敷かれた階段以外に内部の様子を窺い知るものは見えませんが、学術の最高峰に相応しい重厚な建物です。何故か、通りに面して日本野球発祥の地なる碑があります。ここは東京大学発祥の地でもあり、教師として赴任したホーレス・ウイルソン氏によって野球が持ち込まれたのだそうです。学者先生にはグルメな方が多いようで、学士会館にも和洋中のレストランとパブが入っています。LATINはフレンチのお店らしく、シェフのお勧めコースなるメニューが出ていました。どちらも前菜・お魚・お肉・デザートのコースですが、「ラタンコース」は3、800円で「学士会館コース」は4、800円とのことです。ランチにしてはお高め、ディナーにしてはお手頃といった感じです。「カルチェ・ラタン」はお馴染みですが、「ラタン」とはラテン語という意味らしいです。ラテン語を話すくらいに教養があるということでしょうか。してみると、学士会館はそれ以上の教養人ということになります。もっとも、その差は僅か千円分ですけどね。  



番外:品93コース  

選定理由: トゥインクルレース、当てればタクシー、外せば都バス!  

今日はランキング番外の「品93」を歩くことにします。今日は曇り時々晴れ、後小雨のはっきりしないお天気でした。ちょっと肌寒く感じましたが、長袖のシャツ1枚で大丈夫でしょう。今日は忘れずにマスクを持参します。「品93」の始点(終点)である大井競馬場に向かいます。今まで大井競馬場の前は何回も通ったのですが、正門がどこにあるか知りませんでした。バス停は北門辺りだろうと探しましたが見つかりません。ようやく見付けた案内図によりますと、首都高羽田線に沿ったところにあるようです。北門から500mも離れています。大井競馬場の広さが実感できます。新浜川橋交差点で左折し、首都高の高架下を進みます。月曜日の朝ということもあって、どこにも人影は見当たりません。暫く歩きますと、急に視界が開けます。遊園地の入口のようなカラフルな正門が細長〜〜〜く続いています。正門前の広場には数台の都バスが所在なげに駐車しています。入場口は閉じられ、建物の中には2−3人の清掃のおじさんがいるだけです。府中の東京競馬場の正門はもちょっと華やかさが感じられましたが、大井競馬場はイマイチですね。目黒駅前行きのバス停は広場の奥にあります。時刻表を見ますと、平日・土日の本数に殆ど違いはありません。1時間に10本くらい運行されていますので、かなりの頻度です。曜日に関係なく、始発は早朝6時30分、最終は22時42分となっています。そんな時間帯に乗客はいるのでしょうか?ちなみに、汚く暗い地方競馬のイメージを払拭し、ジリ貧の一途をたどっていた大井競馬を蘇らせたトゥインクルレースの最終発走時刻は20時50分になっています。大外れの観客の頭を冷やすには2時間は必要なんでしょうね。海岸通りを北上し、勝島運河を越えますと東京の三大運転免許試験場のひとつである鮫洲試験場があります。バス停には、「東京運輸支局前(鮫洲試験場前)」と表示されています。利用客の多さからすると逆の表示の方が適切と思うのですが。もっとも、試験場に行く人は殆ど京急の鮫洲駅を利用しますので、あんまり関係ないのかも。目黒近辺に住んでいる人には便利な路線ですがね。天王洲橋バス停の先で山手通りを経由し、狭い八ツ山通りに入ります。バスが走るとは思えないような鄙びた通りです。八ツ山橋で京急の開かずの踏切とJRの陸橋を渡ります。陸橋の上からはJRの山手線・京浜東北線・東海道線・横須賀線、それに東海道新幹線の計5本の線路が見えます。京急も含めて、6本の電車が重なる瞬間ってあるのでしょうか?陸橋先の第一京浜を渡りますと、ペアシティ・ルネッサンスの赤褐色の全面タイル張りの建物が聳えています。山口百恵さんはどの階に住んでいたのでしょうか?高輪の高野山別院は「御府内八十八箇所」の一番札所ですが、境内に入ってみますと、以前はなかった「四国八十八ヶ所お砂踏霊場」ができていました。完成したばかりのようで、ピカピカの御本尊の石碑は第一番の霊山寺から第八十八番の大窪寺まで4つのグループに分けられています。石神井の三宝寺にある霊場は狭い通路を回るのですが、ここは殆ど歩く必要はありません。有難味は多少落ちますが。どうでもいいのですが、第九番の法輪寺だけが涅槃像になっています。涅槃とは、お釈迦様が80歳になられ、沙羅双樹の下で最後の説法をして入滅された時のお姿とのことです。いつか本物の御本尊を拝んでみたいものです。八芳園から目黒通りに入りますと、長い間続いていた拡幅工事が終わり、中央分離帯の付いた片側二車線の道路に生まれ変わっていました。目黒のサンマもびっくりですね。  



番外:黒77コース  

選定理由: シロガネーゼからトラキチまで乗客はいろいろ!  

今日はランキング番外の「黒77」を歩くことにします。「黒77」は、大半の区間で外苑西通りを走ります。白金・広尾・西麻布・南青山など、沿線にはお洒落な街が続きます。神宮外苑の西側を通りますので外苑西通りの名前が付いたのですが、実は青山墓地の西側も通っているんですね。「墓地西通り」という名前だったら随分とイメージが変わっていたことでしょう。目黒通りを白金台交差点で左折し、通称プラチナ通りに入ります。どうでもいいことですが、白金は「しろかね」と読むそうです。ところが、有閑マダムの代名詞でもあるシロガネーゼは発音が濁ります。雑誌から生み出された人造語だそうですが、造った人は白金をシロガネと読むと信じ込んでいたのかもね。青山通りを越えた先には広大な明治神宮外苑が広がります。銀座線の外苑前駅から続くスタジアム通りは、神宮球場で阪神戦がある日はタテジマのユニホームを着たトラキチで埋まります。でも、応援の前に腹ごしらえするファンは外苑西通りまで出向いてホープ軒のラーメンをかき込みます。トラキチには何故かラーメンが似合います。どちらもコテコテですからね。  



番外:都05丙コース  

選定理由: ドリームジャンボとミリオンドリームで一攫千金!  

今日はランキング番外の「都05丙」を歩くことにします。今日は風があってちょっと肌寒く感じましたが、爽やかな一日でした。最近新手の花粉が飛んでいるようで、今日も忘れずにマスクを持参します。東京駅の丸の内南口はあちこちで工事中です。東京駅自体が建て替えの真っ最中で、完成した暁には駅舎が創業当時の優雅な姿に復元されるのだとか。南口の象徴でもあった東京中央郵便局は旧館の一部を残し、未だ基礎工事中のようです。どちらも来年には完成するそうですが、間に合うのでしょうか?「都05」には幾つかの系統があり、大別すると、晴海埠頭行きの「都05甲」、深川車庫前行きの「都05」、そして土・休日のみ運行される東京テレポート駅前行きの「都05丙」です。「都05乙」もあるようですが、よく分かりません。ただ、バスの表示は「都05丙」以外は「都05」になっているようです。東京国際フォーラムをぐるっと回って有楽町のガード下をくぐり晴海通りに出ます。案内板によりますと、有楽町の地名は織田信長の弟である織田有楽斎の屋敷跡の「有楽原」に由来するのだそうです。また、この辺りには、大岡越前の南町奉行所もあったそうです。江戸時代の古地図では、有楽町一帯は外堀で隔てられ、数寄屋橋で渡るようになっていたとか。地名を辿ると面白いものですね。ちなみに、案内板は有楽町町会が江戸開府400年を記念して設置したようです。有楽町に町会があるとは驚きですが。昨日からドリームジャンボの発売が始まったとかで、高額の当たり券が出ると評判の数寄屋橋の宝籤売り場には長蛇の列ができていました。一番窓口が人気だそうで、45分待ちのプラカードを持ったおじさんが最後尾を案内していました。平日の朝だというのに、働きもせずに行列して一獲千金を夢見るとは。。。ちなみに、私は縁起をかついで「勝どき」で買いましたが。建設中だった銀座三越の新館は外壁がほぼ完成し、この秋に本館と併せてオープンするのだそうです。床面積で現在の1.8倍の広さになるのだとか。ライオン君も大きくしないとね。東銀座の歌舞伎座は取り壊しが始まるようで、工事用の白い塀で囲まれていました。よくよく見ますと建物の傷みが目につきますが、彫りものの装飾などは日光の東照宮を想わせ、壊すのがもったいないですね。「都05丙」の売りは、晴海大橋と新魚市場を通ることです。晴海大橋は前に歩きましたが、船舶を通すためか中央部が盛り上がています。かなりの急勾配ですので、バスが喘ぎながら登る姿が目に浮かびます。西側の歩道はレインボーブリッジの絶好のビューポイントになりますので、念のため。新魚市場の建設予定地は一面の草っ原です。魚のサの字さえも連想させるものはありません。ただ、ゆりかもめの立派な駅だけは既に完成済みです。「市場前駅」とあるのは魚市場の名前が未だ決まっていないからでしょうか、それとも別の種類の市場になるからなのでしょうか?  



番外:東16コース  

選定理由: ホテルカリフォルニアinお台場!  

今日はランキング番外の「東16」を歩くことにします。「東16」は東京ビッグサイト発着の3つの路線の中のひとつです。大きな展示会が開催される時は、臨時の系統(国展XX)が運行されます。臨時便は始点・終点と「急行」の表示しかありません。つまり、ノンストップ便なわけです。途中の停留所で乗り降りする人は定期便を利用するしかありません。でも、大半の人はゆりかもめに乗って来場します。今日は国際展示場前駅から沢山の人たちが吐き出されています。何か大きな展示会があるのでしょうか?スーツを着た若い人が多いのでIT関連の展示会が開催されているのかもしれません。埠頭入り口で右折した先にパルティーレ東京ベイウエディングビレッジなる瀟洒な結婚式場があります。敷地の中心に建つチャペルの塔はイーグルスのホテルカリフォルニアのレコードジャケットを想わせます。夕暮れ時の風景を見てみたいものです。有明一丁目バス停の先には巨大なマンションが建設中です。以前はペンペン草しか生えていなかったお台場の有明地区ですが、最近高層マンションが続々と建っています。駅まではかなり距離があるのですが、皆さん通勤はどうなさっているのでしょうか?有明地区にはマンションだけでなく、学校もできています。二丁目には「かえつ有明中高」が建設中で、その隣には「東京有明医療大学」が開校しています。段々と街らしくなってきましたね。豊洲・東雲地区も大変貌中です。15年前は、豊洲は造船を中心とする一大工業地帯だったのですが、50haに及ぶ広大な敷地は、オフィスビルや高層マンションやショッピングモールに生まれ変わりました。何もかもスケールが違います。月島駅前の先に、「肉のたかさご」なる肉屋さんがあります。ド派手な看板がイヤでも目につきますが、今度の日曜日から1ケ月間改装のためにお休みするそうです。もっとド派手になって再開するのでしょうか?新川と八丁堀をつなぐ亀島橋の袂に「銀座の柳四世」と伊能忠敬没の地の案内板があります。芭蕉の句碑とか写楽の居住記なんかもあって、妙な取り合わせですね。  



番外:草43コース  

選定理由: 三社祭りは初夏の風物詩!  

今日はランキング番外の「草43」を歩くことにします。今日はちょっと肌寒く感じましたが、爽やかな一日でした。都バス沿線を歩くシリーズの番外編も残り少なくなり、ローカルな路線が目立つようになりました。「草43」は、始点は浅草雷門でアクセス容易なものの、終点は足立区役所になっています。足立区は23区の中でも三番目に広い面積を持ち、六番目に多い人口をかかえています。区役所は交通便利な駅近辺にある筈と思って、北千住駅の近くを地図で調べてみますが場所がわかりません。「草43」のルートを辿って、ようやく所在地を突き止めました。千住新橋で荒川を渡って、国道4号線(日光街道)を北上したところにありました。一番近い駅は、東武伊勢崎線の梅島駅になるようです。次のコースとの接続が良くないので、今日は1路線だけを歩くことにします。浅草雷門は平日の朝でも大変な混雑です。ナンカいつもより人が多いなぁと思っていましたら、商店とかマンションの入り口に「三社祭」の提灯がぶら下がっています。浅草今半の入り口には細いしめ縄まで張ってありました。三社祭りの提灯は氏子の軒先にだけ下げることができるのだそうですから、浅草の人たちが如何に三社祭を楽しみにしているか分かりますね。今日は初日で、大名行列があるのだとか。お散歩なんかやってる場合ではないのですが、祭りの詳細が分からないので今日はパスします。帰ってから調べましたら、明日の土曜日は「町内神輿連合渡御」、明後日の日曜日は「本社神輿宮出し」があるとのこと。テレビでしか観たことはありませんが、お天気も良さそうだし行ってみますかね。隅田川に架かる千住大橋は奥の細道の矢立初めの地として知られていますが、アーチに取り付けられたプレートには「大橋」としか書いてありません。今までは「千住」の文字がはげ落ちていたのだろうと思っていましたが、「大橋」が正式な橋の名称らしいです。隅田川に最初に架けられた橋だったので「大橋」で通用したのですが、その後架けられた橋と区別するために「千住」の名を冠したのだそうです。プレートを書き換えないのは元祖の拘りでしょうか?芭蕉は旧日光街道を歩いた筈なのでほんの数百メートルですが、お散歩の偉大なる先駆者の足跡を辿れて大満足です。ちなみに、芭蕉は江戸深川から大垣までの2、400kmを140日ちょっとで歩いたとのことですので、一日平均17−8kmを踏破したことになります。実際は途中の支援者宅などに滞在したのでしょうから、距離はもっとあったのでしょう。ウォーキングシューズも自動販売機も舗装された道路もない時代にしては大変な距離です。20km毎に温泉付きの宿があり、ワイン付きフルコースが毎晩供されるのであれば、私もいつか奥の細道を歩いてみたいと思っていますけど。  



番外:端44コース  

選定理由: 赤紙で覆われても阿吽の呼吸でお守り!  

今日は日差しが強く、初夏を通り越して夏のような暑さでした。今日が三社祭の最終日ということで、事前にスケジュールを調べてみました。早朝6時に本社神輿の氏子宮出しとあります。朝の6時?そんなに早く神輿を担ぐのかな?「宮出し」の内容が分かりませんが、どうせ神社の中の儀式か何かだろうと思い込みます。多分、お神輿の渡御(とぎょ)は午後からだろうと推測しましたが、それでも朝の10時頃に浅草に着きました。交通止めになる筈の雷門通りと馬車道。。。でなく馬道通りも車が通っています。ハッピを着込んだ担ぎ手らしき人たちものんびりと集まってきています。お神輿が動き出すまでには1−2時間はかかりそうです。時間潰しに「端44」を歩くことにします。つくばエクスプレスの浅草駅に行ってみますと、構内でハッピ姿に着替えしている人たちが目立ちます。浅草外からでも参加されている人がいるんですね。でも、帰る人もいるのは何故?北千住駅前から商店街を西に進みます。前にも通ったことがあるので迷うことはありません。千住竜田町交差点で右折し、墨堤通りを北上します。千住桜木町交差点で左折し、尾竹橋通りを南下します。尾竹橋で隅田川を越え、荒木田交差点を右折して狭い道に入ります。広大な尾久の原公園の隣に美術館のような建物があります。首都大学東京の荒川キャンパスとのことです。健康福祉学部が主体らしく、医療系の人材養成を行っているそうです。昔は専門学校の領域だったのですが、医療の内容が高度になったためでしょうか?田端駅前を通って動坂に向かいます。折角ですので、東覚寺の赤紙仁王尊を見ていきます。区画整理に伴う工事は完全に終わったようで、お寺はピカピカに光り輝いていました。仁王様の全身は赤紙で覆われ、顔も形も判別不能の状態になっています。ますます多くの参拝者の苦しみを救っておられるのでしょう。仁王像の前には解説板があり、そこに本来の姿の阿像(あぞう)と吽像(うんぞう)の写真があります。二人以上で何かひとつのことをする時に、多くを語らずピタリと決まることを「あうんの呼吸」と表現しますが、ネットで調べてみますと阿像と吽像に由来するとのことです。「あうん」は「阿吽」と書き、神社の狛犬・獅子や寺の仁王像のコンビは、一方は口を開けた阿像で、もう一方は口を閉じた吽像となっています。これは阿と吽で万物の始まりから終わりまでを象徴したものです。つまり「あうんの呼吸」と言えば、最初から最後まで呼吸の合う、心の通じ合った関係というわけです。再び浅草に戻ってお神輿の渡御を見物します。雷門通りと馬道通りはホコ天状態になっていて、何台かのお神輿が練り歩いています。ソイヤ・セイヤの掛け声と手拍子、それにお神輿の独特のリズムは三社祭りならではです。でも、なんか迫力がイマイチですねぇ。後で調べたのですが、最も迫力のある本社神輿の宮出しは朝の6時に行われ、1万人の担ぎ手が集まったそうです。午前中に駅で見かけた人達は、早朝の宮出しだけに参加したのでしょう。午後の渡御は、各町会のお神輿なので行儀が良かったのかもしれません。来年は早起きして本社神輿の宮出しを見物しますかね。  



番外:梅78コース(廃止済)  

選定理由: バス停は小学校の中!  

今日は真夏の日差しでした。空気が乾燥していたので汗は出ませんでしたが、紫外線は強烈だったと思います。昨夜は三社祭り見物の疲れで早く就寝したもので、今朝は5時過ぎに目が覚めました。空を見ますと快晴です。今日は雨の心配はないでしょう。急遽、都バス沿線を歩くシリーズで残った難関コースに挑戦してみようと思い立ちました。先日、ネットを見ていましたら、「梅78」が今年4月1日のダイヤ改正で既に廃止されたと書いてありました。4月に「梅76甲」を歩いていたときに路線廃止の告知文を見ましたが、私は来年から廃止されるのだと思っていました。よく考えてみれば、来年の告知文を1年前に貼りだすことなんかないですよね。あの時点で既に「梅78」は廃止済みだったんです。そうなるとバス停の表示が書きかえられる前に是非歩いてみたいなと思った次第です。「梅76甲」を東の正横綱とすれば、西の正横綱は「梅78」と私は思っています。といっても、両者のルートは殆どの区間で重なっています。「梅76甲」の北小曽木経由便ですと、蜆沢⇔北小曽木と上成木⇔成木市民センターが「梅78」と全く同じルートです。「梅78」は、元々1996年に青梅市立成木小学校への通学目的として開設された路線で、同校は通学範囲が非常に広いうえに学区内に採石場が点在することから大型ダンプカーの通行量が多く、児童の登下校が徒歩などでは非常に困難・危険であるために新設されたそうです。「梅78」のダイヤは成木小学校の始業・終業時間に合わせて設定されていましたので事実上のスクールバスとなっていましたが、一般の系統として路線が設定されていたことから成木小の児童以外の一般客の利用も可能になっていました。他の路線と異なる点は、都内や交通局発行の路線図にはこの路線の記載が一切なかったこと(ネットの都バス案内にも出てきません)、運行ダイヤが前日にならないと決まらないために、各バス停の時刻表には朝の発車時刻のみ記載され(記載のないバス停もありましたが)、帰りは学校の終業時刻によって日々変わるためバス停には表示されていなかったこと、土・休日・春休み・夏休み・冬休みは運休、学校が休校の日は運行が中止されていたこと、整理券を発行しないために一般客が乗車した場合は降車の際にどこから乗ったかを運転士に申告して料金を支払っていたことなどです。青梅駅に降り立ち、朝8時14分発の北小曽木経由上成木行きに乗車します。乗客は地元の方が数人と山歩きスタイルのご老人グループです。前回乗った時は整理券だけとって下車時にSUICAを提示して運転手さんに怒られました。乗車区間によって運賃が変わる路線でも、乗車時(後扉)にSUICAに記録すれば、下車時(前扉)には電車と同じように機械にかざすだけで料金が払えることが分かりましたので、今日は乗車時にちゃんとSUICAを機械にかざしておきます。念のため整理券もとっておきます(下車時に運転手さんから整理券はとらないようにまた怒られましたが)。恐怖の新吹上トンネルを通り、成木八丁目交差点を左に折れて北小曽木方面に向かいます。最初のバス停が「梅78」の起点となる蜆沢です。この地名はなかなか読みづらく、関東地方の難読地名一覧にも出ています。「えびさわ」と読むのだそうです。歩きだしますと、前後からダンプが疾走してきます。すれ違うのも困難な道路ですので、歩道ギリギリを猛スピードで走ります。追い越しの瞬間には帽子なんか吹き飛ばされるような風圧です。北小曽木までは前回と同じルートです。そこから先が「梅78」の独自区間で、夕倉と佐藤塚の2つのバス停があります。北小曽木バス停の先に最後の採石場があります。ここから先は殆どダンプカーは通りませんので、ウグイスの声を聞きながらの山(でもないのですが)歩きとなります。ちなみに、何故青梅に採石場が多いかといいますと、関ヶ原の戦いの後の慶長11年(1606年)に幕府の命により、北小曽木村と上成木村の窯主が江戸城普請のために白壁材などの建築資材として石灰を上納したのだそうです。むき出しの山肌に露出する岩は石灰石だったんですね。夕倉(ゆうぐら)バス停から更に山道を登っていきますと、道路が左右に分岐しています。ここで間違えると後が大変ですので慎重に地図を見て確認します。というか、その必要もなく、右手の道路にバス停が見えます。佐藤塚という名前のバス停なのですが、何かいわれがありそうです。分岐点に聳える檜の大木の下に案内板があり、北条家落魂の佐藤助十郎が石灰を焼き出すことを始めたり・・・とのことが書いてありました。歴史のロマンを感じますね。佐藤塚から成木街道までは「松ノ木通り」という道路が通っています。両側を急峻な山肌に囲まれた道路なのですが、片側の山肌は広範囲に渡って杉の木が伐採され、地肌がむき出しになっています。所々に岩が露出していますので、新たな採石場を造るのでしょうか?梅雨時に山崩れが起きないかと心配です。成木街道に入る手前にかなり長いトンネルがあります。トンネル内に歩道はあるのですが、車道と隔てる柵がありません。他に山越えの道路はありませんので覚悟して中に入ります。ナンカ、物凄い轟音が響きわたっています。今までに聞いたこともないような騒音です。戦車かジェット機が通っているのかと思いきや、軽自動車が一台通り過ぎます。車が通るたびに轟音が響き渡るのですが、トンネルの構造上の問題なのでしょうか?ここをダンプカーが走ったら耳栓なしでは歩けませんね。松ノ木トンネルを出ますと、直ぐに成木街道に合流します。「梅78」は一旦、上成木バス停まで行った後で「梅76甲」と同じルートを辿ります。大指(おざす)バス停の先には「青梅市立第九小学校」の校舎が建っています。かなり大きな学校ですが、今は廃墟となっています。途中のバス停横の掲示板には、「だい15回うんどう会 とき:5月22日(土) ばしょ:成木小」というポスターが貼ってありました。今週の土曜日ですか、今日のようなお天気になってくれればいいのですが。成木市民センター先の交差点を左折し、最後の区間を歩きます。青梅七中の先の高台に成木小学校がありました。運動会の練習でしょうか、校庭から楽器の音が聞こえてきます。道路に面したバス停の名前は「成木小学校前」なのですが、実はその先の校庭脇にもバス停があるのです。バスの折り返し所も兼ねているのでしょうけど、学校の敷地内にバス停があるのは「梅78」だけだと思います。廃止されたのは残念ですが、痕跡の残っている間に歩くことができて良かったです。成木小の生徒の皆さん、運動会頑張って下さいね!  



番外:門19甲コース  

選定理由: IHI社員の昼休みは道路のゴミ拾い!  

今日はランキング番外の「門19甲」を歩くことにします。今日は東京の都心でも30度を越えました。いわゆる真夏日といわれるものですが、日差しは強かったものの、湿気が少なかったためか、それほど汗はかきませんでした。例年のことですが、梅雨入り前には今日のようなお天気が出現しますので、そろそろ梅雨入りも間近になってきたようです。「門19」には3つの系統があり、門前仲町が起点になるものの、「門19甲」と「門19乙」は終点が深川車庫前、同じ路線番号ながら「門19甲」の一部は国際展示場駅前が終点になっています。深川車庫前行きの「門19甲」と「門19乙」の違いは、都立三商前から豊洲駅前までの区間が異なるルートを通ることです。いっそのこと、甲・乙・丙と3つに分けてもらうとスッキリするのですが。尚、バス停の表示には甲・乙は使われておらず、行き先と時刻表の添え字でどのルートを通るのかが分かるようになっています。起点の門前仲町バス停は、東西線の門前仲町駅に近いにも関わらず「駅前」が付いていません。何か理由があるのでしょうか?清澄通りに入って直ぐに大横川を渡りますが、黒船橋の袂に江戸時代の火の見櫓が再建されています。3階建の櫓ですが、上部には半鐘も吊るされています。時代劇の映画なんかに出てきますが、非常時にはやみくもに打ち鳴らしているのではなく、災害の種類とか火災のおおまかな場所が分かるように打ち方が決められていたそうです。合戦時の合言葉と同じですが、予め打ち方を勉強しておかないととんでもないことになったことでしょう。余談ですが、黒船橋の名前の由来は深川からペリーの黒船が眺められたからということではないそうです。櫓から黒船の来航を見付け、半鐘を鳴らしたのであればピッタシ合致するんですがね。越中島の東京海洋大学のキャンパスは、昔は東京商船大学があったところだそうです。2003年に東京商船大学と東京水産大学が統合されて東京海洋大学が誕生したそうですが、表札のプレートが光り輝いているのも当然ですね。豊洲橋の先に現代的な外観の建物があります。何だろうと思っていましたら、芝浦工業大学の豊洲キャンパスでした。田町の古めかしい校舎は昨年春までに全面的に建て替えられましたが、本部は豊洲に移ったようです。そのうちに豊洲工業大学に改称されるのでしょうか?ちょうどお昼休み頃にIHIの前を通ったのですが、建物に面した道路のあちこちでIDカードを首から下げたIHIの社員らしき人達がビニール袋とトングを持ってゴミ拾いをしています。環境問題への取り組みの一環として、全国の事業所で周辺地区のゴミ拾いを行っているとのことです。周辺には不心得者がいないのか、ゴミを見付けるのが大変なように見えましたが。辰巳三丁目バス停から新末広橋を渡って新木場に行くのですが、橋の上から建設中の東京港臨海大橋(仮称)が間近に見えます。航空機の進入ルートに当たるため高い塔が建てられず、中央部が独特の形をしています。トラス構造と云われるそうですが、来年開通の予定ですが、東京スカイツリーと共に、東京の新しい名所になることでしょう。都バスが通れば、是非歩いてみたいですね。  



番外:江東01コース  

選定理由: レムニスケートの原点は潮見駅!  

今日はランキング番外の「江東01」を歩くことにします。「江東01」は今まで歩いたバス路線と異なる点があります。都バスのHPには「江東01」で掲載されているのですが、使用される車両もバス停の標識も都バスとは全く異なります。位置づけが江東区のコミュニティバスということで、最近都心でも見かける地元住民向けのミニバスなのです。バスには「しおかぜ号」という愛称が付き、料金は大人・子供共に100円均一です。日中のみ、1時間に1−2本程度運行されますので決して便利ではないのですが、ヘンピな場所も通るので地元の方には重宝なのでしょう。「江東01」は、木場ルートと辰巳ルートの2つから成っています。潮見駅前から木場ルートを巡り、再び潮見駅前に戻ってから辰巳ルートを巡るのです。両ルート共に周回コースですので、大半のバス停では行きか戻りのどちらかしか停車しません。乗車時間はそれぞれ25分と11分ですから、反対方向に乗っても大して時間のロスはないのですが。バス停の表示はカラフルで目立ちますが、都バスが通らないところが多いので、探すのに骨が折れます。潮見二丁目バス停先のT字路で、木場ルートは右に、辰巳ルートは左に進みます。枝川二丁目や塩浜二丁目など、同じ名前のバス停が離れたところにあるので、地図を見ただけでは本当のルートは分かりません。実際に行って確かめないと先に進めないのです。木場ルートでは深川ギャザリアに行く道を間違え、大回りをしてしまいました。暑さもあって、今日はギブアップしようかとも思ったのですが、何とかリカバリーして潮見駅前まで戻りました。日が傾いてきたので辰巳ルートは諦めようかと思ったのですが、それではレムニスケートが完結しません。レムニスケートは8の字型の曲線で、木場ルートと辰巳ルートが潮見駅で交差しているようなものです。やはり辰巳ルートも歩いてレムニスケートを完結させないと「江東01」を踏破したことにはなりません。漣橋を渡って辰巳に入ります。シドニーのオペラハウスを連想させる(というか、そのまんまの)辰巳国際水泳場の丸い屋根が見えます。この辺りは今でも貯木場になっているんですね。実際に木材が浮いていたかどうかは見えませんでしたが。ちなみに、「木場」の地名は貯木場から由来しているそうです。云われてみればナルホドですね。漣橋南交差点から先は広大な辰巳の森海浜公園になっています。辰巳ルートはこの公園をぐるっと回って都営辰巳団地の中に入ります。辰巳団地は1968年に入居が始まったそうですが、今では随分と建物の老朽化が進んでいます。入居当初はいろいろな問題があったそうですが、却って住民の団結を生み、地道に改善されてきたのだそうです。辰巳駅や新木場駅が開設された今でも交通の便はよくありませんが、鉄道路線がなかった当時は陸の孤島と云われていたのも頷けます。団地住民にはご老人も多いようですし、もちょっと本数が増えればいいのですが。  



番外:高71コース  

選定理由: 九段下は終点、それとも折り返し点?  

今日は都内でも気温が28度まで上がったそうです。日差しも紫外線も強く、梅雨間近でちょっと蒸し暑いのですが、お散歩には長袖のシャツと帽子は欠かせません。今日はどの路線を歩きましょうかね?残った「都バスを歩く」の番外編の中に小滝橋車庫前発着の路線が3つあります。小滝橋車庫は神田川と早稲田通りが交差する小滝橋の脇にあります。都バスでも主要な車庫のようで、発着する路線は多くあります。都バスの車庫にはいろいろあって、鉄道駅の近くに位置するものもあれば、そうでないものもあります。小滝橋車庫は戦前から存在したそうで、用地難ということはなかったと思いますが、鉄道駅からは少し離れています。一番近い駅は東西線の西落合ですが、歩いて10−15分かかります。心理的に後回しにしたい気持ちもあってか、最後まで残ってしまいました。それに加えて、3つの路線の内の2つが循環路線ということもあります。「上69」は上野広小路、「飯64」は九段下をそれぞれ経由して小滝橋車庫まで戻ってくるのです。せっかく鉄道駅の近くまで行くのに、また折り返して駅から遠い小滝橋車庫に戻るのは気分的に疲れます。もうひとつの「高71」は九段下が終点なので、「上69」か「飯64」と「高71」とを組み合わせると帰りが楽になります。最初に九段下折り返しの「飯64」を歩くことにします。高田馬場駅までは以前歩いたルートと同じですが、駅前からビッグボックスを回り込むようにして駅通りを進みます。シェーキーズのランチバイキングは800円になっていますが、30年前は確か500円くらいだったと思います。物価の水準からすると今の800円は随分とお得ですね。学習院女子大の先に、「新宿コズミックセンター前」というバス停があります。建物の前を通る度に、何の施設だろうかと気になっていましたが、新宿区のスポーツセンターとのことです。「コズミック(宇宙?)」という名前を付けた経緯は分かりませんが、事業仕分けの対象から外すためなのでしょうか??明治通りの拡幅工事は殆ど完了し、広い歩道にはカラーレンガが敷かれてとても歩きやすくなりました。でも大久保通りと交わる交差点脇の八百屋さんは依然として健在です。明治通りもここだけは建物を迂回してぐにゃっと曲がっています。察するに用地買収を拒み続けた結果、一軒だけが取り壊しを免れたようです。建物の外壁も削り取ったような跡が残っていますから、八百屋さんだけ強硬に立ち退きを拒んだのでしょう。結構激安の野菜が並んでいますのでお客さんは多いようですが、このまま商売を続けられるのでしょうか?余市町バス停の傍に「大久保の犬御用屋敷跡」の案内板があります。四谷・中野と並んで、江戸三大犬屋敷となったところですが、2万3千坪の敷地にお犬様が10万匹も収容されていたそうです。何を食べさせたか分かりませんが、10万匹分のエサ代だけでも大変な財政負担だったことでしょう。「飯64」は、九段下で再び小滝橋車庫を目指す筈ですが、どこで折り返すのでしょうか?ちょうどバスが来たので見ていましたら、日本橋川の上を通る首都高5号線(池袋線)の高架手前で路地に入って行きます。バスが通るには狭い道路ですが、南堀留橋で日本橋川を渡って、靖国通りの反対側に出るようです。なるほど、こうやって循環しているのかと納得です。でも「降車専用」の標識があるのは何故?小滝橋車庫前から九段下までは、1万2千歩・2時間半ほどかかりました。循環路線とは云え、同じルートを戻るのは面白くありませんね。午後の日差しは更に強くなり、その上風も帽子を吹き飛ばすほど強くなってきています。何度も帽子を飛ばされ、ジュースで水分を補給し、2時間半かけてようやっと小滝橋車庫まで戻ってきました。ヤレヤレです。ちょっと遅くなりましたが、これから「高71」を歩くことにしましょう。印刷しておいた運行ルートを確認しますと、九段下でルートが繋がって循環しています。あれぇ〜〜〜っつと思ってよくよく見ますと、「飯64」のルート図になっています。してみると、最初に歩いたのが「高71」のようです。「高71」は九段下が終点ですから、何も往復する必要はなかったのです。ガックリというか何というか、一気に歩く気力が失せてしまいました。撤退、テッタイ。。。  



番外:王46コース  

選定理由: 住まいをお探しなら、アパート・団地・マンション全てが揃ったこの路線!  

今日はランキング番外の「王46」を歩くことにします。今日は朝から晴れて暑くなりそうです。少し湿気があって、梅雨入りが近いことを感じさせます。「王46」は王子駅から北上し、埼玉県境の加賀団地を経由して再び王子駅に戻る循環路線です。先日、小滝橋車庫から九段下までの路線を循環路線と勘違いして無駄足を踏んでしまいました。今日は慎重にルートを確かめてから出発します。王子駅前から江北橋までのルートは、以前歩いた「王40甲:池袋駅東口→西新井駅前」と同じです。「王40甲」は江北橋を渡ると直ぐに荒川土手を左に折れて江北バス通りを進みますが、「王46」はそのまま直進し、江北橋下から左折して北上します。この通りはさほど広くはないのですが、沿線には江北アパートと上沼田アパートという巨大な都営住宅が広がっています。上沼田アパートは築50年とのことですが、緑豊かな団地ではあるものの、建物のペンキは剥げ落ち、ベランダには無理やり増築した跡が残って奇妙な外観をしています。一部は建て替えが行われていますが、これからどうなるのでしょうか?環七を経由して尾久橋通りを進みますと、URの港北六丁目団地があります。こちらも巨大な団地ですが、築浅なのか上沼田アパートに比べれば建物はきれいです。今でこそ舎人ライナーが通っていますので便利になりましたが、バス路線しかなかった時代の通勤の苦労が偲ばれます。東京北部病院前から加賀団地に向かいます。加賀という地名は板橋区を流れる石神井川近辺にもあります。板橋区の加賀は前田利家を藩祖とする加賀藩の藩邸跡地ということらしいですが、足立区の加賀の地名の由来は諸説あるようです。現在の石川県南部にあった加賀国から移住した人々が開墾したという説もありますので、どちらも北陸地方に何らかの繋がりがありそうです。加賀団地は首都高川口線の高架と境界を接していますが、その先は埼玉県になります。この辺りの県境はかなり出入りが激しく、新芝川という格好の境界がありながら複雑な境界線が引かれています。何か歴史的な経緯があるのでしょうか?加賀団地の母体が何かよく分かりませんが、高層の建物が並んでいるところをみますと、民間のマンションのようです。加賀団地をぐるっと回って復路に向かった頃、真っ黒な雲が上空を覆い、雨粒が落ちてきました。こんなところで中断したら、後日再開するのが大変です。傘を買ってお散歩を続行します。幸いに通り雨だったようで、30分ほどで雨は止みました。雨雲が去ると、今度は午後の太陽が照りつけます。これからのお散歩には折り畳み傘が欠かせませんね。  



番外:王41コース  

選定理由: 新田学園は足立区の希望の星!  

今日はランキング番外の「王41」を歩くことにします。「王41」は以前歩いた「王55:池袋駅東口→新田一丁目」の王子駅以降とほぼ同じルートですが、ハートアイランド地区のルートが異なっています。「王55」が新豊橋を渡って南側からハートアイランドを半周するのに対して、「王41」は新田橋からハートアイランドの入口をかすめて新田一丁目に向かいます。超未来的な団地を巡る「王55」に対して、「王41」のルートには狭い道路を挟んで昔ながらの商店が並んでいます。新旧の落差が感じられる対照的な路線です。環七の先にあった「新田小学校前」のバス停は「環七新田」に変わっていました。青梅の成木小学校みたいに、子供が少なくなったために閉校・統合されたのかなと思いましたが、マンションが続々と建っているのにヘンです。帰って調べてみましたら、今年から新田学園という最近はやりの小中一貫校になって移転したのだそうです。足立区には既に小中一貫校として興本扇学園がありますが、小学校・中学校の校舎が一つにまとまったのは新田学園が初めてだそうです。ハートアイランドの子供たちに対する足立区の期待の高さが感じられます。  



番外:飯64コース  

選定理由: 車窓の下には神田川♪  

今日はランキング番外の「飯64」を歩くことにします。昨日はお散歩の途中で通り雨に逢いましたので、今日は念入りに天気予報を確認してから出掛けます。でも、昨日も予報では雨は降らないと云っていたのですがね。ま、今日は都心のコースだし、どこで突然の雨に逢っても対処できるでしょう。先日歩いた「高71」では、小滝橋車庫前から九段下までの片道路線を循環路線と間違えて無駄足を踏みましたが、今日の「飯64」は正真正銘の循環路線です。両者は、始点・折り返し点(終点)は同じものの、高田馬場駅から先のルートが異なります。「高71」は高田馬場駅前広場を右折し、駅通りを南下しますが、「飯64」はそのまま直進し、早稲田通りを進みます。西早稲田交差点で左折し、甘泉園公園横を通って新目白通りに入ります。甘泉園公園の中心には野球少年のような形をした池があり、回遊式庭園(大名庭園)となっています。今は枯れていますが、庭園の中心から湧き出た水がお茶に適していたことから甘泉園と呼ばれるようになったそうです(甘泉とは、美味しい水という意味です)。「飯64」の往路には「グランド坂下」のバス停がありますが、復路にはありません。昔、坂の途中に戸塚球場があり、六大学リーグ戦に向けて練習中の学生さんの声が響いたことからグランド坂という名前になったそうです。麻雀屋さんがあったら、ポンチーロン坂になったかも。。。新目白通りに沿って流れるのは神田川です。今ではコンクリートで固められた味気ない都市河川になっていますが、昭和40年くらいまでは江戸川と呼ばれていたそうです。先日、BSの番組でかぐや姫の歌った「神田川」の誕生秘話が紹介されていましたが、作詞をした喜多条忠さんによると、女性の気持ちを表現した詩の中に1ケ所だけ男性の気持ちを入れたのだそうです。さらっと聴くと分かりませんが、「何も怖くなかった」までが女性の気持ちで、「ただ あなたのやさしさが怖かった」が男性の気持ちなんだそうです。男性とは大学時代の喜多条忠さんで、女性は同棲していた相手をイメージしたとのことです。当時学生運動にのめり込んでいた喜多条忠さんは、女性のやさしさに学生運動への闘志が鈍ることを恐れたのだとか。南こうせつさんも教えてもらうまで気が付かなかったそうです。フォークの詩にも深い意味が込められているんですね。東五軒町の次の大曲バス停が見つかりません。大曲とは、かって神田川がこの辺りで大きく蛇行していたことから名付けられたのだそうですが、散々探した挙句に、首都高の高架の反対側の道路脇で見つけました。「飯64」は、白鳥橋あたりで神田川を渡り、飯田橋に向かうようです。飯田橋の地名の由来は、徳川家康が関東入りしてこの辺りを視察した時に、案内役をかって出た飯田喜兵衛の案内が懇切丁寧だったことから、喜兵衛を名主に任命し、地名も飯田としたのだとか。明治時代になって町の北側の江戸城外堀に橋が架けられ、飯田橋となったのだそうです。目白通りに沿って区の案内板が沢山設置されていて、見るだけでも面白いです。榎本武揚の北辰社牧場があって、40−50頭の乳牛を飼育していたとか、東京女子医大を始め多くの大学の発祥の地だとか。飯田橋一丁目交差点を左折し、首都高池袋線下の日本橋川を渡って直ぐに右折して細い道路に入ります。このルートは非常に分かりずらいのですが、「高71」の経験が役に立ちました。まないた橋というバス停があるのですが、靖国通りに架かる「俎板橋(まないたばし)」の名前が珍しかったので場所を覚えていました。九段下を経由して復路を戻りましたが、同じルートでも発見がいろいろあります。東五軒町バス停の先には、国産飛行機発祥の地なる案内板がありました。明治末期に日野熊蔵大尉が独力で飛行機を制作し、戸山ケ原で初飛行を行ったのだとか。明治の世の東京は、牧場あり、原っぱありの長閑な風景が広がっていたのでしょうか。  



番外:上58コース  

選定理由: しのぶしのばず無縁坂♪  

今日はランキング番外の「上58」を歩くことにします。「上58」は、都バスの早稲田車庫から上野松坂屋前までの路線です。江戸川橋までは「飯64」と同じルートですが、江戸川橋を渡って音羽通りを北上します。音羽一丁目バス停の向かいには、鳩山会館(音羽御殿)に続く急な坂道が延びています。門前には大型の観光バスが停車していて、未だに見物(見学)の人が絶えません。以前と違うのは、塀に「はとやま太郎」と大書きされたポスターが貼ってあることです。鳩山邦夫元総務相の長男だそうですが、いよいよ国政に進出するらしいです。20年後は総理大臣になられるのでしょうか?音羽二丁目バス停の先に、「K−Square」という青い看板が立っています。講談社のショールームで入場無料とのことですが、時間がないので今日はパスします。護国寺前から不忍通りに入り、池の端までずっと不忍通りを進みます。護国寺から御徒町まで直線だとそんなに距離はないのですが、不忍通りは田端近くまで北上してから半円状に南下しますので結構距離があります。半円状をしていますので、途中で都心部から放射状に延びる道路とあちこちで交差しています。その中には動坂とか団子坂とか無縁坂があります。団子坂はかなり狭い急坂で、しかも不忍通りとはほぼ直角に交わっています。「草63」がこの交差点を曲芸のように右折する際の運転手さんの腕が見ものですが、今日はタイミングが悪く見れませんでした。残念!東大附属病院から岩崎庭園の北側を通って不忍通りにつながる無縁坂は、1975年にさだまさしさんが作詞・作曲したテレビドラマ「ひまわりの詩」の主題歌のタイトルとして知られています。昔、坂の上に無縁寺(現在の講安寺)があったことから名付けられたのだとか。歌詞の中の「・・・忍ぶ忍ばず無縁坂・・・」とは、母親が苦労を忍んだということと、不忍通りを掛けたのでしょうか?  



番外:宿75コース  

選定理由: ユニカビジョンって何?  

今日はランキング番外の「宿75」を歩くことにします。今日は一日中曇りの肌寒いお天気でした。「都バス沿線を歩く:番外編」もあと5コースを残すのみとなりました。「宿75」は新宿駅西口が起点ですが、東京女子医大を終点とする系統と、三宅坂を終点とする系統の2つがあります。また、新宿車庫前から新宿駅西口までの「宿75出入」も枝系統として存在します。今日歩く「宿75」は三宅坂までの系統です。便宜上、三宅坂から歩くことにします。日曜日の早朝の三宅坂は閑散としています。国立劇場は未だ眠りの中で、最高裁判所は訪れる人もありません。例外は皇居を周回する遊歩道です。カラフルなウエアを着用したジョギング愛好家が列をなして走っています。東京マラソンの効果もあってか、皇居マラソンは大変な人気なんだそうです。私も東京マラソンに挑戦する前に何回か練習で走ったのですけど、その当時よりも更に過密になっているようです。暗黙の了解といいますか、走る方向は反時計回りになっています。時計回りだと桜田門の先から三宅坂あたりまで長い上り坂になっていますので、初心者のランナーには結構苦しいのです。上級者のランナーなら反時計回りでもいいかというとそうでもありません。遊歩道はかなり狭い場所が多いので、走りながらすれ違うのは難しいのです。まれに、そんなことを気にしないで走るランナーも見かけますが。半蔵門交差点を左折して麹町通り(新宿通り)を進みます。オフィス街に人はまばらですが、道路上には警察の車両が何台も駐車しています。デモか何かあるのかなと思いましたら、中国の温家宝首相が今日来日するのだとか。警備のお巡りさんも日曜日なのに大変ですね。四谷駅前の上智大学構内には何張りかのテントが建っていました。学園祭かと思って中に入ってみたのですが、科学技術関係の交流会だったようです。東京大学の五月祭では今日矢沢永吉さんがサプライズ出演したそうですが、本郷通りの都バス路線を歩くべきだったかも。四谷二丁目バス停の先で新宿通りから離れ、津の守坂通りを進みます。昔、坂上に松平摂津の守の屋敷があり、短縮して津の守坂となったのだそうです。ちょっと短くし過ぎじゃありませんこと?合羽坂下から東新宿の明治通りに入るまでのルートは先日歩いた「高71」と同じです。というか、最近何回も通ったルートです。余丁町小学校では運動会が行われていました。昔は秋と相場が決まっていた運動会ですが、最近は5月に(も?)開催する学校が多いですね。梅雨間近の5月末は雨天の可能性が高くなりますが、今日は幸いにして雨は降らなかったようです。花園神社の前の歩道には神輿と太鼓が鎮座していました。山車を引いた行列も見かけましたので、何かのお祭りが行われているのでしょうか?先日通った時は何のお店か分からなかったのですが、JR大ガード手前の半円筒形の新築ビルはLABI−新宿東口館になっていました。ユニカビジョンというのだそうですが、壁に取り付けられた592インチの3つのハイビジョン画面を連動させての映像は圧倒的な迫力です。何でも日本最大の街頭ビジョンなんだとか。ちなみに、ユニカはビルのオーナーで、パチンコ・スーパー・不動産などの事業を展開するアミューズメント会社だそうです。映像装置の製造は兵庫県の尼崎市にある赤見電機という従業員60名のLED表示装置のメーカーが担当したのだそうですが、中小企業でこのようなシステムを実現するとは大したものです。日本のモノ造りもまだまだ捨てたものではありませんね。  



番外:CH01コース  

選定理由: 停留所は地下、それとも地上?  

今日はランキング番外の「CH01」を歩くことにします。「CH01」は変わった系統番号ですが、どのような意味なのかよく分かりません(正式には「C・H01」と書くようです)。起点は新宿駅西口広場の地下になります。地下といっても青天井ですから、地上といっても間違いではありませんがね。新宿駅西口発着の他のバスの停留所は地上にあるのですが、「CH01」のみ地下のタクシー乗り場の先にバス停があります。「CH01」は都庁専用の路線です。停留所は、第一本庁舎・第二本庁舎・都議会議事堂の3つだけとなります。歩いても行けるじゃんと思われるかもしれませんが、都庁に用事のある方にはお年寄りとか体に障害のある方もいらっしゃいます。それにしては停留所から庁舎までのアクセスがイマイチ不便とは思いますが。ちなみに、運賃は大人180円です。中央通りを新宿中央公園に向かって進み、第一本庁舎横に停まります。第一本庁舎の角を曲がって公園通りを進み、直ぐに左折して第一本庁舎と第二本庁舎の間の道路に入ります。第二本庁舎のバス停は見付けやすいのですが、都議会議事堂のバス停が見つかりません。メービウスの帯じゃあるまいし、地上部分に上がったのかなと思いましたが見つかりません。散々探して、第一本庁舎地下の駐車場の中にバス停を見つけました。「反96」の六本木ヒルズほどではありませんが、分かりずらいですね。  



番外:学06コース  

選定理由: 東京女学館前から終点まで乗車することは可能?  

今日はランキング番外の「学06」を歩くことにします。「学XX」の付いた系統番号は全部で7つあります。そのうち、「学04」は1979年に東京教育大学の移転と共に廃止され、現在でも欠番になっています。「学03」と「学06」以外は、いずれも終点が大学なので通学用の系統といえます。「学03」と「学06」は途中に学校があるものの、終点は共に日赤医療センターとなっています。適当な折り返し場所がなかったからでしょうか?以前歩いた「学03」は渋谷駅前が起点となっていますが、「学06」は恵比寿駅前が起点となっています。短距離のためか、学割のためか、運賃は大人170円です。駅前広場から駒沢通りを進み、広尾三丁目交差点を右折して細い道路に入ります。バスがすれ違うのも困難な狭い道路ですが、「学06」のハイライトは東京女学館横の急な坂道です。路面には滑り止めの凹凸が刻まれ、積雪時には難儀しそうです。「学06」の終点は日赤医療センター前になっていますが、実際は東京女学館前のバス停が降車専用となっています。日赤通りを挟んだ反対側(距離にして20−30mくらい)が終点となっていますので、日本一間隔の短いバス停といえるかもしれません。  



番外:上69コース  

選定理由: なんで「騨の守坂」じゃないの?  

今日はランキング番外の「上69」を歩くことにします。「上69」は、最近足繁く立ち寄っている小滝橋車庫前から上野公園を経由して再び小滝橋車庫前に戻る循環路線です。片道でもそこそこ距離はあるのですが、往復となると結構歩きます。それに、大曲まではつい先日歩いた「飯64」と全く同じルートで、安藤坂を上った先の伝通院前から上野広小路まではランキング編で最初に歩いた「都02」と同じルートになっています。つまり、「上69」の独自区間は大曲から伝通院前までの安藤坂のみとなります。安藤坂の由来は、坂の西側に安藤飛騨守の上屋敷があったことから、戦前は安藤殿坂、戦後は安藤坂と呼ばれるようになったのだそうです。なんで戦争によって「殿」がなくなったのかは分かりませんが。四谷の「津の守坂」は松平摂津の守の屋敷に因んで名付けられたそうですが、その命名方法からすると「騨の守坂」となってもよかったのではないかと思いますけど。  



番外:学05コース  

選定理由: 終点は男子禁制の花園!  

今日はランキング番外の最後の「学06」を歩くことにします。「学05」はノンストップ便で、目白駅向かいの川村学園前のバス停には「途中の停留所には止まりません」との注意書きが貼り付けてあります。また、休日には運行休止となりますので、月間の休止日の表も掲示してあります。ルートは単純で、目白通りを真っ直ぐに進み、千登世橋で明治通りと交差し、不忍通りと分岐した先の日本女子大が終点となります。都バス沿線を歩くシリーズでは、全ての停留所の写真を撮るのが決まりでしたが、最後の最後でこの決まりが果たせませんでした。バスは日本女子大の校内に入り、終点の停留所は正門から入ったかなり先にあるのです。普通の大学ならちょっとお邪魔して写真を撮らせてもらうのですが、女子大ともなるとそうはいきません。おまけに下校時なのか、正門からは色とりどりのカジュアルな服装をした女子学生がぞくぞくと出てきます。とても中に入れる雰囲気ではありません。門の外からパチリと写真を撮って早々に引き揚げました。日本女子大の近くには地下鉄の駅がありません。目白駅までは大した距離ではないのですが、歩くのも面倒なのでバスで帰ろうかと思ってバス停を探します。どういうわけか、日本女子大発のバス停は目白通りを挟んだ反対側にあります。校内から発車するんではないのですね。バス停には立て看板が置いてあって、「この停留所は学05系統目白駅直通専用です。運行時間外または目白駅以外にお越しの際は100m後方の白61系統バス停をご利用下さい」と大書きしてあります。素直に読めば誰でも乗れると分かるのですが、女子大のイメージが強烈に残っていたためか、日本女子大専用のバス路線だと思い込んでしまいます。バス待ちの人達も女子大生ばかりです。小学生らしき女の子もいましたが、付属校の生徒なのでしょう。立て看板を見ないでバスに乗りこんでいたら、非難の視線に耐えられなかっただろうなと冷や汗ものです。成木小学校のスクールバス「梅78」は一般客も乗れましたが、乗車した人の話では小学生たちの好奇のまなざしにさらされたのだそうです。小学生の視線でもそうなんですから、うら若き女子大生の視線は好奇を通り越して非難の視線に決まっています。ま、それも得難い体験にはなると思いますが。でもよくよく立て看板の文言を思い起こしてみると。。。  



「都バス沿線を歩く」シリーズは、ランキング編が52路線・約83万歩(600km)、番外編が34路線・約43万歩(307km)となりました。都バスの路線の数がどのくらいあるか分かりませんが、」おおざっぱに数えたところ、約240路線でした。つまり、全体の1/3くらいを歩いたことになります。如何に都バスが巨大な路線網を持っているか改めて実感できます。ご参考までにですが、都バスだけでなく、都内のバス路線を網羅した書籍が人文社から刊行されています。「東京都内乗合バス・ルートあんない」という小冊子で、地図付きのルートマップやターミナル駅の乗り場案内、それに事業者別の系統案内など、都内のバスに関するデータが満載です。またいつの日か、他のバス会社の路線も歩いてみたいものです。








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