13.愛称名の付いた道路を歩く




このシリーズでは、愛称(通称)名が付けられた都内の道路(国または都が認定した幹線道路に限ります)を歩いてみたいと思います。山手通りとか明治通りとか、愛称名で呼ばれる幹線道路は都内に120もあるそうです(伊豆諸島と小笠原諸島は除きます)。通常、道路には区間毎に識別のための固有の番号が付けられますが、愛称名には歴史的な意味合いとか地域の人達の想いとかが込められているように感じます。沿道の名所・旧跡も辿りながら、のんびりと歩きたいですね。120路線全ては無理でしょうけど、都心部を中心に出来るだけ多く踏破してみたいと思っています。



コース名起点終点踏破日
所要時間
(時)
所要時間
(分)
万歩計の歩数
距離換算
(km)
明治通りコース(一日目)夢の島交差点王子駅前2010年11月11日4424、67317.8
明治通りコース(二日目)王子駅前古川橋交差点2010年11月12日4922、09415.9
山手通りコース天王洲アイル交差点板橋区仲宿交差点2010年11月14日1527、64519.9
内堀通りコース祝田橋交差点祝田橋交差点2010年11月15日338、2766.0
外堀通りコース八重洲中央口交差点八重洲中央口交差点2010年11月16日4319、36713.9
中央通りコース新橋交差点上野駅前2010年11月16日367、9325.7
浅草通りコース上野駅交差点福神橋交差点2010年11月16日136、1734.4
桜田通りコース桜田門交差点西五反田一丁目交差点2010年11月18日469、8027.1
中原街道コース中原口交差点丸子橋交差点2010年11月18日439、5196.9
丸八通りコース小村井交差点南砂六丁目交差点2010年11月21日5、9954.3
四ツ目通りコース東陽町駅前交差点押上駅前交差点2010年11月21日106、1254.4
三ツ目通りコース言問橋東交差点辰巳交差点2010年11月21日11、0367.9
蔵前橋通りコースサッカーミュージアム入口交差点江戸川交差点2010年11月24日5620、13414.5
篠崎街道コース一里塚交差点今井橋北詰2010年11月25日10、9967.9
新大橋通りコース(一日目)葛西工業高校前交差点江東区民センター前交差点2010年11月25日177、2295.2
新大橋通りコース(二日目)江東区民センター前交差点汐先橋交差点2010年11月26日5810、3187.4
昭和通りコース新橋交差点大関横町交差点2010年11月26日11、7178.4
清澄通りコース豊海水産埠頭吾妻橋一丁目交差点2010年11月29日10、9627.9
墨堤通りコース(一日目)吾妻橋一丁目交差点桜橋2010年11月29日241、5761.1
墨堤通りコース(二日目)桜橋千住桜木町交差点2010年11月30日368、7056.3
尾竹橋通りコース鶯谷駅前交差点伊興白播交差点2010年11月30日2213、2649.6
青山通りコース三宅坂交差点渋谷署前交差点2010年12月01日237、3195.3
玉川通りコース渋谷署前交差点二子玉川交差点2010年12月01日1813、5309.7
平和橋通りコース千住新橋北詰交差点八蔵橋交差点2010年12月02日2713、1769.5
船堀街道コース東小松川交差点臨海一丁目交差点2010年12月02日268、8476.4
環七通りコース(一日目)葛西橋公園前交差点葛西駅前交差点2010年12月02日373、1302.3
環七通りコース(二日目)葛西駅前交差点満願寺前交差点2010年12月06日3525、84618.6
環七通りコース(三日目)満願寺前交差点松原橋交差点2010年12月07日2341、95430.2
環七通りコース(四日目)松原橋交差点環七大井ふ頭交差点2010年12月08日187、5125.4
海岸通りコース南海橋北詰逢菜橋交差点2010年12月08日0016、60812.0
奥戸街道コース奥戸街道入口交差点蔵前橋通り交点2010年12月09日554、9183.5
水戸街道コース言問橋東交差点新葛飾橋西詰2010年12月10日1312、9119.3
柴又街道コース金町三丁目交差点篠崎街道交点2010年12月10日1512、7969.2
春日通りコース栗原橋西詰六ツ又陸橋交差点2010年12月12日4414、62610.5
川越街道コース六ツ又陸橋交差点東埼橋交差点2010年12月12日2413、6079.8
世田谷通りコース三軒茶屋交差点水道橋西詰2010年12月16日5114、54310.5
井ノ頭通りコース井ノ頭通り入口交差点関前五丁目交差点2010年12月17日5922、48416.2
多摩湖自転車道コース(一日目)関前五丁目交差点小平駅南口交差点2010年12月17日287、7695.6
多摩湖自転車道コース(二日目)小平駅南口交差点多摩湖町三丁目下堤北2010年12月19日5222、94716.5
新宿通りコース半蔵門交差点新宿大ガード東交差点2010年12月20日105、9244.3
靖国通りコース新宿大ガード東交差点浅草橋交差点2010年12月20日11、2848.1
外苑東通りコース鶴巻町交差点飯倉交差点2010年12月24日439、7687.0
外苑西通りコース白金台交差点富久町西交差点2010年12月24日429、7117.0
清洲橋通りコース東砂六丁目交差点入谷交差点2010年12月27日1613、0469.4
永代通りコース日曹橋交差点大手門交差点2010年12月28日348、5006.1
江戸通りコース丸の内一丁目交差点言問橋西交差点2010年12月28日136、3664.6
池上通りコース技術専門校交差点千鳥町一丁目交差点2011年01月11日469、9677.2
日光街道コース大関横丁交差点水神橋南詰2011年01月12日1112、6899.1
尾久橋通りコース舎人二ツ橋交差点根岸小学校前交差点2011年01月12日3315、22811.0
言問通りコース言問橋西交差点本郷弥生交差点2011年01月13日136、3214.6
京葉道路コース両国橋東詰江戸川大橋西詰2011年01月14日3915、76211.3
中山道コース戸田橋南詰西巣鴨交差点2011年01月17日5210、6447.7
白山通りコース西巣鴨交差点平川門交差点2011年01月17日479、5396.9
葛西橋通りコース永代二丁目交差点浦安橋交差点2011年01月19日11、9178.6
不忍通りコース上野公園前交差点目白台二丁目交差点2011年01月20日5110、8217.8
本郷通りコース飛鳥山交差点神田橋交差点2011年01月21日5210、6527.7
日比谷通りコース神田橋交差点芝五丁目交差点2011年01月21日116、7384.9
目黒通りコース清正公前交差点多摩堤通り交点2011年01月23日1313、5669.8
駒沢通りコース二子玉川交差点渋谷橋交差点2011年01月23日1313、1379.5
六本木通りコース渋谷警察署前交差点国会前交差点2011年01月25日6、5554.7
晴海通りコース祝田橋交差点東雲交差点2011年01月25日429、6206.9
千葉街道コース東小松川交差点江戸川交差点2011年01月26日116、5024.7
北本通りコース王子駅前交差点新荒川大橋南詰2011年01月27日596、0664.4
環八通りコース(一日目)赤羽交差点四面道交差点2011年01月27日3420、72514.9
環八通りコース(二日目)四面道交差点蒲田陸橋西詰2011年01月29日1430、35021.9
環八通りコース(三日目)蒲田陸橋西詰弁天橋交番前2011年02月02日585、8794.2
多摩堤通りコース東蒲田二丁目交差点喜多見七丁目交差点2011年02月02日1023、70117.1
目白通りコース九段下交差点北園交差点2011年02月03日2925、11018.1
第一京浜コース(一日目)新橋交差点鶴見駅入口交差点2011年02月04日1929、60521.3
第一京浜コース(二日目)鶴見駅入口交差点青木通交差点2011年02月06日268、9296.4
第二京浜コース青木通交差点西五反田一丁目交差点2011年02月06日3728、41220.5
新目白通りコース江戸川橋交差点西落合一丁目交差点2011年02月07日6、4004.6
新青梅街道コース(一日目)西落合一丁目交差点東村山市栄町一丁目交差点2011年02月07日5427、96220.1
新青梅街道コース(二日目)東村山市栄町一丁目交差点瑞穂松原交差点2011年02月08日18、75313.5
千川通りコース豊島区南長崎六丁目鮫洲大山線交点関町一丁目交差点2011年02月13日1412、5179.0
吉祥寺通りコース関町交番前交差点給田交差点2011年02月13日5310、9637.9
甲州街道コース(一日目)給田交差点四谷四丁目交差点2011年02月13日3916、51111.9
甲州街道コース(二日目)給田交差点日野郵便局南交差点2011年02月18日3325、75518.5
甲州街道コース(三日目)給田交差点明神町交差点2011年02月21日4634、20724.6
甲州街道コース(四日目)明神町交差点東柏木橋2011年02月22日3914、93010.7
湾岸道路コース(一日目)舞浜大橋西詰潮風公園北交差点2011年02月25日2214、22110.2
湾岸道路コース(二日目)東京湾トンネル出口羽田空港北トンネル入口2011年03月02日187、6305.5
産業道路コース穴森橋東詰大森警察署前交差点2011年03月02日524、9823.6
旧海岸通りコース新東海橋交差点芝四丁目交差点2011年03月02日524、9913.6
早稲田通りコース田安門交差点井草八幡前交差点2011年03月03日3420、63614.9
大久保通りコース大久保通り入口交差点飯田橋交差点2011年03月03日11、7768.5
人見街道コース浜田山駅入口交差点新小金井街道交点2011年03月04日17、37312.5
中野通りコース笹塚交差点南長崎六丁目交差点2011年03月08日328、9356.4
中杉通りコース貫井二丁目交差点杉並区役所前交差点2011年03月08日6、5334.7
方南通りコース西永福交差点清水橋交差点2011年03月08日6、1304.4
高島通りコース志村坂下交差点三国二丁目交差点2011年03月09日585、5474.0
新大宮バイパスコース川越街道交点笹目橋南詰2011年03月09日524、9583.6
笹目通りコース笹目橋交差点環八南田中交差点2011年03月09日5911、5068.3
三鷹通りコース武蔵野中央交差点布田駅前交差点2011年03月10日4710、0077.2
武蔵境通りコース下石原交番前交差点田無町三丁目交差点2011年03月10日2512、9229.3
旧白山通りコース白山上交差点白山下交差点2015年10月20日07  5500.4
踏破コース累計   222101、247、790873.5



コースのご紹介

明治通りコース(一日目)  

 



明治通りコース(二日目)  

 



山手通りコース  

 



内堀通りコース  

 



外堀通りコース  

 



中央通りコース  

 



浅草通りコース  

 



桜田通りコース  

 



中原街道コース  

 



丸八通りコース  

 



四ツ目通りコース  

 



三ツ目通りコース  

 



蔵前橋通りコース  

 



篠崎街道コース  

 



新大橋通りコース(一日目)  

 



新大橋通りコース(二日目)  

 



昭和通りコース  

 



清澄通りコース  

 



墨堤通りコース(一日目)  

 



墨堤通りコース(二日目)  

 



尾竹橋通りコース  

 



青山通りコース  

 



玉川通りコース  

 



平和橋通りコース  

 



船堀街道コース  

 



環七通りコース(一日目)  

 



環七通りコース(二日目)  

 



環七通りコース(三日目)  

 



環七通りコース(四日目)  

 



海岸通りコース  

 



奥戸街道コース  

 



水戸街道コース  

 



柴又街道コース  

 



春日通りコース  

 



川越街道コース  

 



世田谷通りコース  

 



井ノ頭通りコース  

 



多摩湖自転車道コース(一日目)  

 



多摩湖自転車道コース(二日目)  

 



新宿通りコース  

 



靖国通りコース  

 



外苑東通りコース  

 



外苑西通りコース  

 



清洲橋通りコース  

 



永代通りコース  

 



江戸通りコース  

 



池上通りコース  

 



日光街道コース  

 



尾久橋通りコース  

 



言問通りコース  

 



京葉道路コース  

 



中山道コース  

 



白山通りコース  

 



葛西橋通りコース  

 



不忍通りコース  

 



本郷通りコース  

 



日比谷通りコース  

 



目黒通りコース  

 



駒沢通りコース  

 



六本木通りコース  

 



晴海通りコース  

 



千葉街道コース  

今日は千葉街道を歩きます。「街道を歩く」の時は日本橋から千葉市まで歩きましたが、今回は現在の千葉街道なので、東小松川交差点から市川橋手前の江戸川交差点までとなります。京葉道路を東小松川交差点で右折すれば船堀街道ですが、左折して千葉街道に入ります。八蔵橋交差点まで北上し、それから江戸川交差点まで北東方向に真っ直ぐに進みます。これだけの区間、ほぼ一直線に延びる道路は珍しいですね。江戸川区総合文化センター前には千葉街道の案内板が建っています。それによりますと、江戸時代の初めに開かれた元佐倉道が前身となっているのだそうです。東金街道と同じように将軍の鷹狩の道でもあったため、交通の便を最優先させ、村落や耕地を無視して造ったため、今も直線道路としてその名残を残しているのだそうです。江戸川橋交差点手前の総武線ガード下に「小岩の一里塚」の案内板が建っています。ここは昔は小高い丘になっていたそうで、旧千葉街道と岩槻街道の分岐点になっていたのだそうです。現在の岩槻街道のルートとは随分離れているように思えるのですが。。。千葉街道は江戸川交差点で右に折れ、市川橋を渡って千葉県に入りますので、千葉街道はここで終点とします。  



北本通りコース  

今日は最初に北本通りを歩きます。起点はJR王子駅前で、明治通りとT字型に交差しています。北本通りはバスの過密路線です。停留所の時刻表も超過密で、バス停の表示塔も1つでは足りません。駅前から環七と交差し、北区の清掃工場あたりまでは真っ直ぐに北上します。志茂駅あたりから北西に向きを変え、赤羽交差点で右折します。ここから先は岩槻街道のルートと重なりますが、北本通りは新荒川大橋の南詰までです。通常、都・県境は川の中心に引かれるものなのですが、どういう訳か橋の手前まで埼玉県に属しています。橋を渡る前に埼玉県の標識が現れるのはちょっとびっくりです。  



環八通りコース(一日目)  

引き続いて環八通りを歩きます。北本通りを引き返して赤羽交差点に戻ります。環八通りが何故に赤羽交差点から始まっているのかよく分かりません。それはともかく、計画された全線が開通したのは2006年だそうです。昔から馴染みのある道路なのに、つい最近完成したとはちょっと不思議な感じがします。環八通りは東京区内の西半分を環状に通っていますので、放射状に延びる幹線道路とあちこちで交差しています。中山道(国道17号線)と平面交差した後、首都高5号池袋線の下を通り、トンネル区間になります。ここは最後まで未通の区間だったそうで、地下高騰のあおりを受けて用地買収が進まず、一部トンネルにせざるを得なかったのだそうです。歩道は地上部を通る道路にありますので、歩くには支障ありません。川越街道と交差する交差点角に道標を兼ねた古い庚申塔が建っていて、「従是(これより)大山道」と刻んであります。その脇に「ふじ大山道」の案内板がありました。「ふじ大山道は大山街道・富士街道・道者街道とも呼ばれ、阿夫利山とも云われた大山へ、また大山から富士山へ道者たちが通った道です。ここから石神井・田無を経て、現在の神奈川県伊勢原市まで延びていました。旧暦の六月は俗に祭月と云われていましたが、江戸や関東の各地で祭礼が盛んに行われ、阿夫利山も「水の無い月に雨降る山は開き」とあるように、この時期は連日関東の村々から集まった大山講や富士講の人々で賑わい、その道者たちがこの道を通りました。」といったことが書かれていました。環八通りにも歴史があるもんですね。目白通りと交差した先で、環八通りは再びトンネルに入ります。ここも最後まで未通だった区間です。千川通り・新青梅街道・早稲田通りと交差し、青梅街道と交わる四面道交差点まで来たところで空模様が怪しくなり、今日の歩きを終えることにしました。  



環八通りコース(二日目)  

今日は四面道交差点から環八通りの歩きを再開します。現在はここで環八通りと青梅街道が立体交差していますが、かっては上荻窪村・下荻窪村・下井草村・天沼村の四村の境界にあったのだそうです。四面道という妙な名前はここから由来しているものと思われます。この先で環八通りはJR中央線の下をくぐります。歩道はありませんので線路伝いに光明院というお寺の中に入り、「萩の小径」という風流な名前の通路から地下道を抜けて再び環八通りに戻ります。ちなみに、光明院は「荻寺」とも呼ばれ、「荻窪」の地名の由来になったのだそうです。五日市街道・井の頭通り・人見街道と交差し、京王高井戸駅の先で神田川を渡ります。この辺りは神田川でも有数の桜の名所です。更に南下して京王線を超えた先で、左手に水のない堀が始まっています。かっては烏山川が流れていたのだそうですが、今は暗渠化され、廃用になった開渠が遺っているのだそうです。芦花公園・砧公園の横を通り、瀬田交差点で玉川通りと交差します。第三京浜の玉川インターを過ぎたあたりから環八通りは東に向きを変えます。等々力渓谷を渡り、東横線を越えたところから再び南下し、中原街道と交差したあたりで夕闇が迫ってきました。今日はJR東海道・京浜東北線を跨ぐ蒲田陸橋手前で環八通りの歩きを中断することにします。  



環八通りコース(三日目)  

今日は環八通りの残りの区間を歩きます。環八通りの終点は羽田空港の敷地地下に通る湾岸道路との交点だそうです。空港の敷地内には入れないでしょうから、行けるところまでとしましょう。蒲田陸橋の西側から階段を上がって環八通りに復帰します。陸橋を渡った先で第一京浜(国道15号線)と交差します。更に、京浜急行の大鳥居駅で産業道路と交差します。といっても線路は見えません。以前は踏切と2本の幹線道路が交差して交通渋滞が発生していたようですが、今はスムースに流れています。首都高速横羽線の高架をくぐった先に広大な敷地の荏原製作所羽田工場があります。とと、、いつの間にか工事用の塀でかこまれ、空き地になっています。本社は残っているようですが、工場は千葉県に移転したのだそうです。東京はちょっと見ない間にこうも変わるものなのでしょうか?ちなみに、跡地はヤマト運輸の物流拠点になるのだそうです。穴森橋で海老取川を渡りますと、目の前に羽田空港が広がります。東京モノレールと京急の天空橋駅を過ぎてもまだ先に進めます。でも、環八通りが地下トンネルに入る手前に立ち入り禁止の標識がありました。その先には弁天橋交番があります。職務質問をされても困りますので、環八通りの歩きはここまでとします。  



多摩堤通りコース  

京急で蒲田駅まで戻り、多摩堤通りを歩きます。多摩堤通りの起点は東蒲田二丁目交差点で、第一京浜とT字型に交っています。真っ直ぐに進みますと、JRの蒲田駅にぶつかります。道なりに左に折れてなおも進みますと環八通りにぶつかって行き止まりとなります。多摩堤通りは、呑川を渡った先の蒲田五丁目交差点を右折し、御成橋の手前ですぐに左折してクランク状に進まなければならなかったのです。よく地図を見ておけばよかったのですが。JR線を地下道でくぐり、すずらん通りを西に進みます。多摩川一丁目交差点で環八通り、その先で第二京浜(国道一号線)と交差します。矢口南交差点から北に向きを変え、下丸子交差点を右折して千鳥三丁目交差点で環八通りに突き当たります。普通ですとここで終点になりますが、100mほど進んだ区民プラザ入口交差点を左折して再び多摩堤通りとなります。丸子橋までは東急多摩川線に沿って進み、その先は多摩川の河川敷に沿って進みます。多摩堤通りには歩道は殆どありませんが、通りの下にも並行して細い道路がありますので、こちらを歩きます。第三京浜の高架下から多摩川の堤を歩き、二子玉川交差点を直進してそのまま進みます。多摩川から離れ、野川に沿って進み、東名高速の高架をくぐり、世田谷通りとの交点(喜多見七丁目交差点)が多摩堤通りの終点となります。  



目白通りコース  

今日は昨日までの凍えるような寒さとは打って変わってポカポカ陽気でした。都心の道路には「2/27(日)東京マラソン都心部通行止」の標識が目立ちます。東京マラソンはこれまで4回開催されましたが、私が参加した2回目を除いてお天気には恵まれませんでした。1月開催なら快晴間違いないのですが、今年のお天気はどうなるのでしょうか?ところで、目白通りの起点は九段下交差点なのですが、終点はどこになるのでしょうか?私が信頼するウィキペディアでは、関越自動車道と東京外環自動車道への導入路となる高架が始まる三軒寺交差点になっています。ところが、地図を見ますとその先にも目白通りの名前が記されています。今日、実際に歩いてみたのですが、明確な標識は見当たらなかったものの、大泉学園通りと交差する北園交差点が本来の終点ではないかと思います。さて、目白といえば学習院ですね。今日は中等科の入試が行われていました。明日は立春ですが、受験生に春は訪れるのでしょうか?


第一京浜コース(一日目)  

今日は立春らしく、暖かなお天気でした。今日は第一京浜(国道15号線)を歩きます。大昔のヒット曲で、フランク永井さんの「夜霧の第二国道」というのがありましたが、これは現在の第二京浜を素材にしたものだそうです。第一京浜は残念ながらムード歌謡曲とは縁遠い殺風景な国道です。第一京浜の起点は新橋交差点なのですが、交差点の反対側は銀座・日本橋に続く中央通りになっています。第一京浜は昔の東海道と重なる区間も多く、史跡があちこちに散在しています。高輪大木戸跡、勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城会談が行われた薩摩藩邸跡、八百屋お七が処刑された鈴ヶ森刑場跡などなど。終点は横浜駅手前の青木通り交差点ですが、今日は鶴見駅入口交差点で中断としました。  



第一京浜コース(二日目)  

今日は薄曇りではありましたが、暖かな一日でした。季節は春へと舵を切っています。梅の花もあちこちで見かけるようになりました。天気予報によりますと、今週の金曜日(建国記念日)は雨のマークが付いています。冬晴れもあと少しで終わりになるようです。今日は金曜日の続きを歩きます。鶴見駅入口交差点から第一京浜に入り、第二京浜との合流点である青木通交差点までです。日曜日の午前中とあって、第一京浜は閑散としています。生麦のキリンビール工場を横目に見ながらひたすら歩きます。青木通交差点に着いたのは正午過ぎ。第一京浜はここで五反田から来た第二京浜と合流して国道一号線となります。殺風景な国道でしたが、歩道は広くて歩きやすかったです。排気ガスの影響もそれどほではなく、思ったよりも快適なお散歩でした。  



第二京浜コース  

引き続いて、青木通交差点から五反田まで逆方向に第二京浜を歩きます。フランク永井さんの「夜霧の第二国道」という曲がありますが、ロマンチックな響きに聞こえる「夜霧」の正体は当時最盛期だった京浜工業地帯の汚染された空気が核になって霧になったのだとか。第二京浜は第一京浜よりもかなり山側を通っているのですが、それだけ空気が汚れていたのでしょうか?青木通交差点から終点の五反田までは20kmほどあります。日没までには辿り着きたいものです。第一京浜では多摩川を渡ると直ぐに川崎市街でしたが、第二京浜では川崎から多摩川まで結構距離があります。歩道の拡張工事が行われている多摩川大橋を渡って東京都に入ります。最初に出会うのは先日歩いた多摩堤通りです。続いて環八通り、池上通りと交差します。池上通りの終点は環八との交点だと思っていましたが、本当は第二京浜との交点である千鳥一丁目交差点のようです。山手通りと交差する終点の西五反田一丁目交差点に着いたのは17時過ぎでした。未だ夕暮れの明るさが残っていましたが、ひところに比べると日の入りが随分と遅くなっているのが実感できます。春は遠からじ。。。ですね。  



新目白通りコース  

今日は昼過ぎまで快晴だったものの、北風が強くて寒かったです。気温は13度とのことでしたが、体感的には5度くらいに感じました。寒サニモマケズ、北風ニモマケズ、今日は新目白通りを歩きます。江戸川橋交差点から下落合あたりまで、神田川と付かず離れず進みます。大した距離ではないのですが、神田川の風情は随分と違っています。面影橋あたりは桜の並木があって未だ昔の風情が残っていますが、江戸川橋になると高速道路の高架の下になってドブ川の様相を呈してきます。山手通りを超えると、直ぐに西落合一丁目交差点に至ります。右手から来た目白通りと合流し、ここで新目白通りは終点となります。  



新青梅街道コース(一日目)  

西落合一丁目交差点から左手に新青梅街道が始まります。西多摩郡の瑞穂町で青梅街道に合流するまでの長丁場です。北西に向かって進む感じなので、風を正面に受けてますます寒く感じます。青梅街道に比べて史跡は少ないのですが、途中の公園に江古田原古戦場跡の碑と案内板が建っていました。1477年に、太田道灌と豊島泰経・泰明親子の戦いの場となった場所なのだそうです。新青梅街道は東京を横断していますので、南北に縦断する道路とあちこちで交差します。環七、中杉通り、旧早稲田通り、千川通り、所沢街道、小金井街道、新小金井街道などなど。田無では、鎌倉街道(古道)とも交差していました。練馬区を越えると、路線バスを殆ど見かけなくなりました。鉄道も近くを走っておらず、中断地点を見つけるのに苦労します。小平霊園で日没になったら悲劇ですが、その先の栄町一丁目交差点の近くに西武新宿線の久米川駅がありました。今日はここで中断とします。  



新青梅街道コース(二日目)  

今日の天気は、午後は曇りとなり、夕方から雨、青梅地方は雪が混じるかもとの予報でした。迷いましたが、昨日の続きを敢行しました。厚手のシャツにセーターを着込み、ジャンパーを重ねて出発です。勿論、折り畳み傘も持参します。午前中は確かに寒かったのですが、午後は青空が広がって日差したっぷりでした。気温は8度にも達しなかったそうですが、風が弱かったせいか暖かくさえ感じました。昨日の中断地点である栄町一丁目交差点から終点の瑞穂町へ向かいます。標識によりますと、残り12−13km程のようです。東大和市に入った先に、東京街道入口なる交差点があります。道路の脇には「江戸街道」なる標識も立っています。名前の割には由緒不明の謎の街道です。奈良橋庚申塚という交差点で青梅街道と交差します。終点を除けば新旧青梅街道の唯一の交差地点です。ちなみに、路線番号は共に同じDとなっています。芋窪街道との交差点は多摩モノレールの終着駅である上北台駅傍です。芋窪街道の名前の由来は、現在の東大和市の西部にあった芋窪村に通じていたからなのだそうです。新青梅街道の終点にあたる瑞穂町といってもあまり馴染みはありませんが、米軍横田基地の北半分がかかるところです。新青梅街道の上に滑走路の誘導灯が設置されていて、基地の存在を感じさせられます。瑞穂松原交差点で青梅街道と合流し、新青梅街道は終点となります。青梅に近いだけに、梅の花が結構咲いていました。早春の息吹を感じます。青梅街道に戻って少し歩きますと、岩蔵街道の標識が建っています。瑞穂町長岡地区の沿道には多数の温室ハウスがあり、中でもシクラメンは東京都内で最多の生産量を誇っていることから「シクラメン街道」とも呼ばれています。歩いてはみたいのですが、この先には鉄道の駅がなく帰りの足が確保できません。記念に3D写真を撮っておきましょう。パチョリ。。。  



千川通りコース  

折角の三連休でしたが、金・土は悲惨な天気でした。雨が降っているのを見たのは今年になって初めてです。東京では粉雪が舞いましたが、都心部では積もるところまではいきませんでした。今日は一転して朝から快晴!久しぶりに富士山がくっきりと見えました。手前の丹沢の峰々は冠雪を頂き、春は未だ先のようです。今日は千川通りから歩きます。千川通りは、正式には豊島区南長崎六丁目の鮫洲大山線交点(ジョナサン前)から関町一丁目交差点までの都道439号椎名町上石神井線を云うそうです。但し、文京区富坂下交差点(春日通り交点)から文京区千石三丁目交差点(不忍通り交点)までの区間も千川通りとなっています。道路としては連続していないものの、この二つの都道は共に現在暗渠化されている千川上水に沿っているために、このように同じ「千川」の名前を冠しているものと思われます。ちなみに、千川上水は、玉川上水を水源とし、江戸城まで22kmにわたって引かれた用水路でした。井草四丁目で先日歩いた新青梅街道と交差しますが、よくよく見ますとこの交差点は六差路になっています。西武新宿線の踏切で千川通りはクランクのように折れ曲がり、だんだんと道幅が狭くなります。関町一丁目交差点で青梅街道に突き当たり、終点となります。  



吉祥寺通りコース  

関町一丁目交差点から500mほど行きますと、関町交番前交差点となり、ここから吉祥寺通りが始まります。ほどなく、東京都の清流復活事業によって復元された千川上水を渡ります。中央線の高架下を抜けますと、左手に広大な井之頭公園が広がっています。途中で玉川上水にも出会えます。人見街道と交差した先で左斜めの道路に入り、中央道の高架を抜けますと、甲州街道と交差する給田交差点で吉祥寺通りは終点となります。  



甲州街道コース(一日目)  

時刻は15時前です。このまま帰ろうかと思いましたが、折角ですので甲州街道を歩いてみようと思います。変則的ですが、給田交差点から新宿まで逆方向を歩きます。道路標識では、新宿まで10km位だそうです。日没までに辿り着けるでしょうか?「街道を歩く」では、上高井戸から千川までの区間は甲州街道の旧道を歩きましたが、今回は欅の並木が続く国道20号線を歩きます。中央道の高架が合流するところに、鎌倉街道入口という信号があります。昔は鎌倉街道が通っていたのでしょうけど、今は標識以外には何も痕跡を残していません。井の頭通り・環七通りと交差し、新宿を目指します。背後からの夕日で長〜〜〜い影が前を進みます。笹塚交差点は中野通りの起点になっています。山手通りを越えますと、新宿の高層ビル街に入ります。日没前に終点に着けそうです。ところが今日は甲州街道を歩くつもりはなかったので、終点がどこか調べてきませんでした。新宿駅の南口辺りだろうと思ったのですが、それらしき標識が見当たりません。そのまま進みますと、新宿四丁目交差点の先から甲州街道は新宿御苑トンネルに入ってしまいます。結局、新宿御苑の先の新宿通りとの分岐点で甲州街道の起点の標識を見つけました。  



甲州街道コース(二日目)  

今朝起きたら雨。予報では午後晴れるとのことでしたが、その通り10時過ぎから天気は急速に回復しました。富士山もくっきりと見え、これから出かけてもお天気の心配はないでしょう。予報では、風が強くなるとも云っていましたが。。。今日は、先日の続きの甲州街道を歩きます。京王線の千歳烏山駅で下車し、中断地点の給田交差点に向かいます。給田交差点から仙川を渡った先の千川三叉路で旧甲州街道と合流します。暫く歩きますと、千川二丁目交差点に差し掛かります。「街道を歩く」で見逃した瀧坂旧道が始まるところです。入り口には「馬宿 川口屋」の碑がありますが、奥の民家にはその末裔の方が住んでおられるのだとか。瀧坂旧道は旧甲州街道の面影を一番よく保存しているとのことで、てっきり藪の中の砂利道かと思っていました。雨上がりに歩くのは如何なものかと心配していたのですが、歩いてみたらごく普通の道でした。ちゃんと舗装もしてあるし、沿道には民家とか工場も立ち並んでいます。旧街道の雰囲気を感じさせるものといえば、道路の独特の緩やかな曲がり具合でしょうか。多少坂道かなと思いましたが、新宿から八王子間の甲州街道で最も急坂で、荷車の押し屋が繁盛したほどだそうです。「滝坂」の名の由来は、大雨が降ると滝のように雨水が流れるからだとか、馬が登る時に滝のごとく汗を流すからとか、いろいろ言い伝えがあるそうです。私には日野駅先の大坂がよほど急峻に思えますが。何はともあれ、念願の瀧坂を歩けてよかったです。中央道の調布インターを越えますと、右手に味の素スタジアムが姿を現します。調布飛行場の南端に位置していますが、初めて見たように思います。その前が1964年に開催された東京オリンピックのマラソンコース折り返し地点と表示されていました。神宮外苑の国立競技場をスタートし、ここで折り返したのだそうです。優勝したのはエチオピアのアベベ。ローマ大会では素足で走りましたが、東京大会では靴を履いていたそうです。当時の甲州街道は砂利道?そんなことはないでしょう。。。ついでにいいますと、京王府中駅手前で小金井街道と交差する辺りが50km競歩の折返し地点だったそうです。こちらにも表示板がありました。本宿町交差点で旧甲州街道と合流します。見覚えのある風景です。そのまま進んで国立インター入り口のT字路で左に行くと日野バイパスとなります。前回は迷うことなく直進したのですが、甲州街道=国道20号線のイメージが固まっていたのか、左に曲がってしまいました。ちゃんと地図で確かめればよかったのですが。。。日野バイパスは道が広くて歩きやすいのですが、どこにも甲州街道の表示がありません。開けたところに道路を造ったので、今日のような強風の日には歩くのが大変です。畑のビニールハウスや倒れた壁が道路を塞いだり、イヤハヤもうタイヘン。中央高速の高架下を抜ける辺りから、さすがに道を間違えたのではないかという疑念がわいてきました。改めて地図で確認しますと、やはり日野バイパスは甲州街道と別のようです。今更引き返す訳にもいかず、多摩川を渡って日野市に入ります。強風はいよいよ荒れ狂い、決して軽くない私の体でさえも吹き飛ばしそうな勢いです。日野郵便局南交差点に差し掛かった時には完全に歩く気力をなくしていました。時刻は16時前。八王子までは未だ7kmの表示が出ています。日没までには八王子に到底辿り着けませんので、今日は諦めて帰ることにします。せっかく歩いたのですが、記録がとれませんでしたので今日の歩きはチャラ。また改めて給田交差点から歩き直すか、甲州街道を放棄するか、それが問題だぁ。。。  



甲州街道コース(三日目)  

今日の天気予報は一日中曇り、所によって小雨がパラつくそうです。明後日からは気温が上がって、いよいよ花粉が飛び出すのだとか。甲州街道をどうするか迷いましたが、中途半端に止めたくないので歩き通すことにしました。再び、給田交差点から再スタートします。今日は先日に比べて風はさほど強くはないのですが、北風がとっても冷たかったです。もうすぐ3月とは思えない寒さでした。先日は千川二丁目の先から瀧坂旧道を歩きましたが、今日は現在の甲州街道をそのまま進みます。ゆるやかな下り坂ですが、脇道の瀧坂旧道は確かに急な下り坂になっています。甲州街道随一の急坂というのも頷けます。ずんずん進んで、府中市の西側の本宿町交差点で旧甲州街道と合流します。旧甲州街道を歩いた時は、武蔵野台地のハケ下を流れる府中用水に沿った甲州古道を通って西府橋交差点に出ました。甲州街道にもいろんなルートがあるんですね。国立市に入り、谷保という地区を通ります。先日間違えて日野バイパスに入り込んだところです。今日は一本松歩道橋を渡って256号線を進みます。谷保は「やほ」と読みますが、ローマ字表記では「YAHO」となります。ひょっとして「YAHOO」の語源はここの地名かも?このあたりの甲州街道沿いには常夜灯が今でも保存されています。常夜灯は江戸時代に村を火難から守るために火伏せの神を祀った秋葉神社の常夜灯を各村の油屋付近に立てたもので、「秋葉灯」とも呼ばれています。国立市には3基の常夜灯が残されていますが、大正時代までは実際に使われていたのだそうです。日野橋交差点を直進すると新奥多摩街道、右折すると立川通り、その間の道は旧奥多摩街道となります。旧甲州街道は旧奥多摩街道に入って途中で左に折れて立日橋を渡りますが、現在の甲州街道は左折して日野橋で多摩川を渡ります。渡った先で多摩モノレールと交差します。左手の駅名は甲州街道駅というのだそうです。日野市に入ります。街道沿いには日野宿本陣があります。中央線の日野駅を過ぎたところで大坂が始まります。勾配はさほどきつくはないのですが、距離が長いのでかなり堪えます。坂を上りきったところに広大な日野自動車の本社と工場の敷地が広がっています。本社・工場併せて43万平米あるそうですが、工場部分を10年後に茨城県に移転するそうです。日野市の代名詞がひとつ消えていきますね。高倉町西交差点で日野バイパスと合流し、大和田橋で浅川を渡ります。甲州街道はここから西に向かいますが、日没が迫ってきましたので、今日は明神町交差点で甲州街道の歩きを中断とします。今日は雨がパラつくどころか、夕空には雲一つ見当たりませんでした。明日も晴れるといいのですが。。。  



甲州街道コース(四日目)  

今日も良いお天気でした。八王子の空気はさすがに冷たかったですけど、雲ひとつない青空が寒さをカバーしてくれました。甲州街道は今日が最終区間なのですが、終点をどこにするか迷っています。都内の境界であれば、大垂水峠辺りだと思いますが、歩道は整備されているのでしょうか?ま、行けるとこまで行こうと、八王子市の明神町交差点から甲州街道の歩きを再開します。八王子市内の甲州街道はいろんな道路の起点になっています。横山町郵便局前交差点は野猿街道、本郷横丁交差点は秋川街道、東浅川町では町田街道と高尾街道などなど。いつか歩いてみたいものです。JR高尾駅前・京王高尾山口駅前を通って、なおも進みます。これから先は相模湖駅まで鉄道の駅はありません。ちなみに、相模湖駅は神奈川県の相模原市に属するのだそうです。私はてっきり山梨県だと思っていたのですが。京王高尾山口駅から先は山の中の一本道になります。6年前に武蔵野の路で「梅の木平コース」を歩いた時にコンクリートの土台がポツンと建っていた圏央道の建設現場は今や巨大なインターチェンジと化しています。八王子南インターチェンジになるとのことですが、山は削られ、トンネルが掘られ、風景は一変しています。緑溢れていた山は鉄とコンクリートで造り変えられています。以前立っていた建設反対のノボリはどこにも見当たりません。首都圏の外側を環状につなぐ総延長300kmの圏央道ですが、今のところ完成しているのはごく一部のようです。現代版の万里の長城にならなけれいいのですが。梅の木平の風景もまるで変っていました。ここは関東地方の一都六県1,655kmを周遊する「関東ふれあいの道」の起・終点になっています。前に訪れた時には小川沿いの長閑な風景でしたが、畑は潰されて巨大な工事用の建物に代わっています。赤いチャンチャンコのお地蔵様は健在でしたが、どのような思いで時代の変遷を見てこられたのでしょうか?日没までには十分な時間があるので、思い切って相模湖駅まで行こうと思います。国道20号線といえども、道幅はどんどん狭くなり、遂には歩道すらもなくなってきました。上りカーブが続き、おまけに大型車がひっきりなしに通るので歩行は困難です。運転手さんにも余計な気を遣わせてしまいそうで、東柏木橋というところで甲州街道の歩きを断念することにしました。京王高尾山口駅前から3km先あたりです。今日は歩数も少ないし、なんか物足りませんなぁ。。。  



湾岸道路コース(一日目)  

今日は気温が急上昇して薄手のジャンパーでも暑いくらいでした。南風が強く、杉花粉も飛び始めたようです。お散歩には受難の季節到来です。今日は湾岸道路を歩きます。大型車両が爆走する産業道路ですので、あまりというか全く風情はありません。湾岸道路には首都高速と一般道路がありますが、私が歩くのは勿論一般道路(国道357号線)です。国道357号線は千葉市から横須賀市まで延びていますが、都内に限ると舞浜大橋からお台場までと八潮から京浜島までの2区間となります(京浜島から先は羽田空港の敷地になるので入れません)。東京湾トンネル部分は高速専用道路ですから歩くことはできません。どうしてもということであれば、「都バス路線を歩く」で使った京急バスの「井30」または「井32」でトンネルを通ることができます。高速道路を通るバスですが、運賃は210円です。シートベルトが付属している専用バスで東京湾の下をくぐるのも面白い体験です。さて、舞浜大橋の東京側にやってきました。目の前には南葛西陸橋があります。いつもは道路の左側を歩くのですが、今日はお台場まで歩道が続いている右側を歩きます。直ぐに環七の起点である葛西橋公園前交差点を歩道橋で渡ります。葛西臨海公園の大観覧車は強風下でも動いています。荒川を荒川河口橋で渡ります。中央部が盛り上がっていて、東京スカイツリーが遠望できます。プレスリリースによりますと、2月28日(月)の13時頃に高さ600mを超え、自立式電波塔として世界一の高さになる予定なのだそうです。天気予報では雨とのことですが、その瞬間は地上から見られるのでしょうか?新木場が明治通り、東雲が晴海通りの起点になっていますので、湾岸道路が如何に海沿いにあるか実感させられます。お台場のフジテレビ向かいには巨大なビルが建設中です。1万坪という途方もない広さの敷地に商業施設およびオフィスビルからなる複合施設が来年の春にオープンするのだそうです。国道357号線は潮風公園手前でいったん終了します。続きは八潮からということで、今日のお散歩を終えることにします。  



湾岸道路コース(二日目)  

今日は晴れの予報でしたが、ほとんど曇りで雨もパラつきました。北風が吹いて寒い一日でした。先日中断した湾岸道路の続きを歩きます。お台場の東京湾トンネル入口から八潮の出口までは自動車専用道路なので歩いて通ることはできません。京浜急行の青物横丁駅から以前歩いた池上通りを経て、大井北埠頭橋で京浜運河を渡ります。ちなみに、青物横丁から大井北埠頭橋までの区間は池上通りでなく、ジュネーブ平和通りという説もあります。道路標識もそのようになっていますので、池上通りの起点は第一京浜との交点である青物横丁交差点とするのが正しいようです。さて、東京湾トンネルを出た湾岸道路には当然のことながら歩道は付いていません。どこから歩き始めたらよいのでしょうか?京浜運河を渡った先は湾岸道路と新幹線車両基地への引き込み線を跨ぐ北部陸橋になっています。そこまで行くと車両基地の東側を大きく迂回することになりますので湾岸道路から離れてしまいます。再び大井北埠頭橋に戻って品川清掃工場の前に降りていきます。清掃工場の南側を回り込んだ先から歩道が始まっていました。湾岸道路に沿って「大井緑道公園」が細長く延びていて、歩道もそれに沿っています。いろんな灌木が植えられ、冬枯れのこの季節でも常緑樹が歩道を覆っています。交通量は多いですけど、歩きやすですね。環七大井ふ頭交差点には何故かヤシの木が植えられています。葛西臨海公園駅近くの臨海町交差点から始まる環七はここが終点となります。歩数計換算で全長56kmほどもあり、私が歩いた愛称付き道路の中では最長です。太鼓橋のような京浜大橋を渡って京浜島に入ります。ここは「武蔵野の路:大井・羽田コース」でも立ち寄ったところです。道なりに進みますと、湾岸道路は空港北トンネルに入っていきます。対岸は羽田空港でこれ以上は歩けませんので、湾岸道路の歩きはここまでとします。ちなみに、京浜島の突端には展望台があり、羽田空港の全景を眺めることができます。飛行機の離陸風景を間近で見るのであれば、城南島がお勧めです。離陸方向の関係で、京浜島よりも断然迫力があります。  



産業道路コース  

引き続いて、産業道路を歩きます。起点は穴森橋東詰とのことですが、大鳥居交差点までは環八と重なっています。穴森橋が起点というのも合点がいきませんが、これは羽田空港が沖合に移動する前に設定されたとかで、今とは事情が異なっていたようです。それはそれとして、天空橋駅から穴森橋に向かう途中で、金網越しにYS11が駐機しているのを見かけました。胴体には、「おつかれさま YS11」と書かれていましたので、先日引退した最後のYS11と思われます。これから機体はどうなるのでしょうか?大鳥居交差点で横浜方向から北上してきた産業道路と合流し、環八から離れて北に向きを変えます。そのまま真っ直ぐに進めば、大森警察署前交差点で第一京浜と交差して終点となります。  



旧海岸通りコース  

時間がありますので、旧海岸通りを歩くことにします。京浜急行の新馬場駅から山手通りを進み、新東海橋交差点から旧海岸通りを歩きます。ちなみに、この交差点は山手通りの起点となっています。私は天王洲アイル交差点が山手通りの起点だと思って歩いたのですが、間違いだったようです。旧海岸通りというとお洒落な雰囲気を思い浮かべますが、実際に歩いてみますとそうでもありません。品川駅の東側は最近でこそ開発されて近代的なビルが立ち並んでいますが、品川食肉市場とか芝浦水再生センターとか、昔は訪れることが少なかったところです。高浜橋を渡った先も以前は広大な空き地でしたが、いつのまにか超現代的なデザインの小学校に変わっていました。品川から田町にかけてのベイエリアの変わりようには驚かされます。芝浦二丁目交差点で左折し、ヤナセ前を通って芝浦一丁目交差点を左折すると、芝四丁目交差点で第一京浜に交わって旧海岸通りは終点となります。  



早稲田通りコース  

今日はこの冬一番の寒さだったのではないかと思います。予報では日差しが北風に負けると云っていましたが、正にその通りになりました。セーターを着込んでも冷たい北風が肌を刺し、手は悴んで手袋も役にたちません。それでもサムサニモマケズ、今日は早稲田通りを歩きます。九段下の靖国神社入口に位置する田安門交差点が早稲田通りの起点とされていますが、標識はその先の三叉路が起点と表示してあります。どちらが正しいのでしょうか?最初は北西に進みますが、この区間は「神楽坂通り」とも呼ばれています。弁天町交差点で外苑東通り、馬場口交差点で明治通りと交差します。馬場口という名前は、徳川三代将軍家光により旗本達の馬術の訓練や流鏑馬などのための馬場がこの辺りに造営されたことに由来しているのでしょう。小滝橋交差点で神田川を渡り、上落合二丁目交差点で山手通りと交差します。中野ブロードウェイ北口の先で中野通りと交差します。環七・中杉通りと交差し、本天沼二丁目交差点で旧早稲田通りが分岐します。中瀬中学校前に、早稲田通りの由来が書かれた案内板がありました。歴史的な古道の案内板は見かけますが、現代の道路で案内板があるのは珍しいことです。それによりますと、当初の早稲田通りは先ほどの本天沼二丁目交差点から北上し、下井草駅を通って石神井台まで延びていたのだそうです。昭和59年に旧早稲田通りを分離し、そのまま西に向かって青梅街道に至る現在の路線に変更されたのだとか。ということは、早稲田通りは比較的新しい道路ということになります。尚、旧早稲田通りの終点は石神井台ではなく、保谷街道との交点だという説もあります。これは実際に歩いて確かめてみようと思います。清水三丁目交差点で地下に潜った環八と交差します。ここから道路の北側は上井草、南側は今川という町名になります。ちなみに、井草はかってこの辺りが葦草の植生地だったことに由来し、今川は江戸時代にこの地を今川義元の子孫が治めたことに由来しているのだそうです。今川家は桶狭間の合戦で滅亡したのかと思っていたのですが、その後も続いていたんですね。早稲田通りは青梅街道との交点である井草八幡前交差点で終点となります。結構距離がありましたね。  



大久保通りコース  

引き続いて、大久保通りを歩きます。全長は早稲田通りの半分くらいで、弟分みたいな感じです。環七の大久保通り入口交差点が起点となっています。今度は逆向きに中野通り・山手通りと交差します。神田川を渡り、小滝橋通りを越えたあたりから街の様子はアジアンチックになります。かってはコリアンタウンと呼ばれていましたが、今ではアジアのいろんな国の雰囲気がごっちゃに混じり合っています。飲食店が多いので、夕方に歩くとアジアンテイストの誘惑にかられます。明治通りと交差する大久保二丁目交差点角の八百屋さんは今でも立ち退きを拒んで歩道の真ん中に残っています。ビルの一画を占めていたと思われますが、壁だけを残して他は取り壊され、異様な感じです。家主さんはよほど根性の座った方なのでしょう。先を急いで、日没前に終点の飯田橋交差点に着きました。今日は本当に寒かったですぅ。  



人見街道コース  

昨日ほどではなかったのですが、今日も北風が冷たくて寒かったです。こういう日には北から南に向かって歩くのが楽です。ですが、諸般の事情から西に向かって歩くことになりました。今日は人見街道を歩きます。人見街道の起点は井の頭線の浜田山駅入口交差点です。横断歩道橋の先で井の頭通りから分岐し、三鷹市を経て府中市の若松町四丁目で新小金井街道に交わります。道幅は狭く、歩道がない区間もありますが、都心とは思えないほど緑に包まれています。昔の街道を歩いているような錯覚に陥ることもあります。杉並区は道路の案内板が充実しているようで、人見街道についても案内板が設置してありました。それによりますと、全長は約12kmで、名称は府中の人見村に因んだと云われています。昔は杉並区の南西部を通っていましたが、昭和59年に久我山街道と呼ばれていた道筋を新たに組み込んで現在のルートになりました。久我山街道はもともと武蔵国府府中から大宮に行く大宮街道や下総の国府へ通じる下総街道の道筋だったと云われています。江戸時代に入って甲州街道が整備されると、人見街道は脇街道的な性格を強めて府中道とも呼ばれました・・・などのことが書かれていました。結構歴史のある街道なんですね。久我山五丁目の辻には「これよりみぎいのかしら三ち」・「これよりひだりふちう三ち」と彫られた庚申塔が建っています。享保七年(1722年)建立で、当時から場所は今と同じだそうです。300年近くも道筋が変わらないなんて驚きですね。武蔵境通りと交差する野崎十字路から大沢十字路までの区間は、昔は欅が両側から覆いかぶさり、その間は竹藪でトンネルのような形状をしていたために、別名暗闇街道とも云われたそうです。野川を越えた先に新撰組局長だった近藤勇の生家跡と墓所があります。産湯を使った井戸も残っていますが、ゆりかごから墓場まで同じ場所にあるとは。。。新小金井街道に突き当たったところで人見街道は終点となります。地図を見ますと、近くの浅間山公園に人見四郎のお墓があるそうです。人見街道と何らかのつながりがあるのではないかと思い、立ち寄ってみることにしました。公園内の浅間山は標高79.6mだそうですが、その山頂広場脇に墓跡の石碑が建っています。人見四郎は鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍した武人とのことですが、石碑には人見街道との関連については何も書かれていません。どうやら街道名とは関係なさそうです。残念!  



中野通りコース  

昨日は「四月の雪」ならぬ「三月の雪」。短時間でしたが都心でもうっすらと雪が積もりました。一夜明けて、今日はよく晴れて暖かかったです。気温は平年並みなんでしょうけど、昨日の寒さに比べたらポカポカ陽気にさえ感じます。今日は中野通りを歩きます。先日甲州街道を歩いた際に、笹塚交差点で中野通りの起点となる標識を見つけました。今日はここからスタートです。歩きだして間もなく、方南通りと交差します。何時間か後にはここを再び通ることでしょう。青梅街道と交差する手前に杉山公園があります。3体の地蔵尊を彫った石碑と共に、公園の由来を記した案内板が建っています。明治の実業家だった杉山栽吉氏が令嬢の病気療養のため、自然環境の豊かな田園風景を求めてこの地に居を構えられたのだそうです。しかし、令嬢はそのかいもなく25歳の若さで世を去られ、その後夫人も亡くなられたのを機に邸宅・土地を当時の中野町に寄付され、今の杉山公園になったのだそうです。JR中野駅のガード下を抜け、真っ直ぐに北上しますと哲学堂公園脇を通ります。哲学をテーマにした公園は、日本広しと云えどもここだけかも。中野通りは新青梅街道に突き当たった後、右折して次の信号で左折します。少し進みますと、左手に巨大なドームが現れます。今は機能を停止した野方配水塔ですが、震災時には災害用給水槽として使われるのだそうです。目白通りと交差する南長崎六丁目交差点が中野通りの終点となります。標識がないのがちょっと寂しいですね。ちなみに、交差点を越えた先から先日歩いた千川通りが始まっています。  



中杉通りコース  

引き続いて、中杉通りを歩きます。起点となる貫井二丁目交差点は目白通りにありますので、南長崎六丁目交差点から歩いていくことにします。貫井二丁目交差点まで1時間もかかりました。今度は南に向かって歩きます。午後の太陽がまぶしいですね。西武池袋線の中村橋駅までの道路は路地裏のように狭いですね。千川通りを越えた先からバスも通っていますが、すれ違うのに苦労しています。ところどころにお地蔵様が祭られています。中杉通りを含む東京都道427号瀬田貫井線は、旧大山街道の一部でもあるらしいです。ですが、それらしき案内板は見つけられませんでした。早稲田通りを越えますと、道路の両側に高い木が並んでいます。中杉というくらいですから杉の並木道のようにも思えるのですが、欅が植えられています。ちなみに、「中杉」という名前は、中野区と杉並区を結んでいるからという理由で命名されたのだとか。そんなら練馬区は?「馬中杉通り」って如何?  



方南通りコース  

引き続いて、方南通りを歩きます。方南通りの起点は西永福交差点ですので、杉並区役所前交差点から南に向かって路地を歩きます。路地の先に恐ろしく古びた団地があります。廃墟のようでもあり、人が住んでいるようにも見えます。住宅公団が50年以上も前に建てた分譲住宅とのことですが、3−4階建てのコンクリートの建物だけでなく、(見たことはありませんが)進駐軍の住宅のようなテラスハウスの建物もあります。今でいうデザイナーズマンションの先駆けのような感じです。敷地58、000平米に350戸といいますから、随分ゆったりした配置です。何でも、老朽化のために全ての住宅を取り壊して立て直す計画が進んでいるのだとか。6階建てにして580戸に増やすようですが、近隣の住民は高層化に反対のようです。善福寺川公園に面して環境は素晴らしいのですが、どうなりますやら。善福寺川に沿って歩いていましたら、公園の中に桜が咲き始めているのを見つけました。植物に疎い私ですが、間違いなく桜の花です。お花見の時期にまた訪れたいものです。さて、西永福交差点から方南通りを歩きます。大宮八幡宮の巨大な鳥居を過ぎ、方南町交差点で環七と立体交差します。丸ノ内線の中野検車区を過ぎた先で今朝歩いた中野通りと交差します。拡張なった山手通りに突き当たったら、方南通りは終点となります。  



高島通りコース  

 



新大宮バイパスコース  

 



笹目通りコース  

 



三鷹通りコース  

 



武蔵境通りコース  

 



旧白山通りコース  

 










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