蛇崩川コース  

コース 踏破記  

「東京の河川を歩く」の第一回目で烏山川コースを選びましたが、第二回目はどこにしましょうかね?実は民営バス路線の反11コースを歩いた際に、環七の駒留陸橋と交差する緑道を見つけました。案内板にはこの緑道が「蛇崩川(じゃくずれがわ)緑道」と書いてありました。このおどろおどろしい緑道の名称は遠い記憶の彼方から突然やってきました。10年位前だったでしょうか、「東京山手下町散歩」で蛇崩川緑道の一部を歩いたことがあります。その時は小泉公園手前の蛇崩川に架かっていた親和橋から緑道に入り、中目黒駅まで歩きました。今回は源流から目黒川の合流点まで忠実に歩こうと思います。ところが、ネットでいろいろ調べたのですが、蛇崩川の源流がどこなのか明確に記述したものが見当たらないのです。馬事公苑付近の弦巻五丁目辺りだということはどれも言及しているのですが、正確な場所は不明とのことです。一説では馬事公苑の中にあった泉とも言われていますが、これは少数意見のようです。そこで私なりに地図を見て、馬事公苑に近いJRA弦巻公園ではないかと推測しました。理由としては、かって流れていた川の源流である以上、その跡地が住宅になっているとは思えないことです。とりあえず、JRA弦巻公園を目指します。馬事公苑の近くには電車の駅がありません。バスなら東京農大前を通る便が幾つかありますので、その手も考えてみたのですが時間がかかりそうです。今日は梅雨空でいつ雨が降ってくるか分かりません。駅からちょっと歩きますが、小田急線の経堂駅まで電車を使うことにします。小田急線の駅舎はどこも垢抜けていますが、経堂駅も綺麗でいいですね。駅前の農大通りを進みます。城山通りにぶつかる経堂駅入口交差点までは賑やかな商店街になっています。ところが、城山通りを渡った先は住宅街の細い道路が分岐していて、どれが農大通りなのか分かりません。地図をろくに確かめないまま進んでいきましたら、道に迷ってしまいました。行きつ戻りつでようやっと世田谷通りの農大前に出るまでに30分ほどロスしてしまいました。気を取り直してJRA弦巻公園を目指します。公園はJRAの社宅裏に見つかったのですが、どうも川の源流らしき痕跡はありません。とりあえず、ここを源流と仮定して蛇崩川コースを歩き出します。



弦巻公園の直ぐ隣りに世田谷区立の松丘公園がありました。こちらも源流のイメージはなかったのですが、可能性を考えて時刻と歩数を記録しておきます。



そのまま進んでいきましたら、弦巻五丁目交差点の脇に小さな公園がありました。草に覆われた石碑には「蛇崩川洗い場跡」と書かれています。ということは、ここが源流かどうかはさておき、蛇崩川が流れていたことは確かです。隣の案内板には、この公園の名称が大山道児童遊園であること、かって大山街道がここを通っていたことが書かれています。遂に蛇崩川の痕跡を確認できました。



帰宅後に改めてネットで調べてみますと、どうやらJRA弦巻公園の前にジジとババと呼ばれたふたつの溜池があり、そこの湧き水が蛇崩川の源流であるという記述がありました。JRA弦巻公園を源流としたことは当たらずとも遠からずといった感じです。そういえば、昔大山街道を歩いた際に、この大山道児童遊園には立ち寄っていました。大山街道の旅人が一服する様子を模した銅像と当時の旅の様子を書き記した銅板もそのまま残っています。旅人は驚くほど身軽で、肩にかける小さな行李以外は何も持っていません。中には巨大な木太刀を担いで大山詣でをした旅人もいたそうですから、着替えなどの身の回りの品はどうやってまかなったのでしょうね?



大山道児童遊園からやけに広い歩道が東急バスの弦巻営業所まで延びています。見た感じ、これは蛇崩川を暗渠化したものと思われます。歩道の曲がり具合も川の流れと似ています。



そのまま進んで都道427号に突き当たります。その脇に東急バスの弦巻営業所があります。営業所脇にも蛇崩川の痕跡があるという情報もありましたが、確認できませんでした。



営業所の斜め向かいから蛇崩川緑道が始まります。両側に木々が生い茂り、遊歩道は綺麗に手入れされています。入口には立派な解説板が置かれていました。解説板には、蛇崩川の名称の謂れは幾つかありますが、そのひとつとして、蛇崩川が小砂利混じりの赤土が崩れた中を蛇のように曲がって流れていた。。。蛇崩川には56もの橋が架けられていた(確かに多かった)。。。下流の下馬では、水輪の直径が3.6mもある水車が米や麦などを挽いていた(見逃した?)。。。蛇崩川の全長は5kmあり、最終的に目黒川に合流していた。。。などが書かれています。



緑道を少し進みますと遊歩道のあちこちにいろんな形をした鋼管が地面から延びています。蓋がされているものもありますが、水が流れ出ているものもあります。下水ではないようですが、どこからきた水なのでしょうか?



遊歩道は弦巻中西交差点で弦巻通りに出て、一旦遊歩道は消滅します。しかし、弦巻通りの歩道は幅が広く、左半分が暗渠化された蛇崩川だというのが歩道の植え込みに置かれた標識で分かります。



駒沢公園通りと交差し、駒沢中手前の交差点で再び脇道っぽい感じの蛇崩川緑道に入ります。そのまま進んで小泉公園の中を通り抜け、環七と交差する駒留陸橋に出ます。環七を渡り、駒留橋から蛇崩川緑道が再開します。



蛇崩川緑道の植栽は本当に綺麗に手入れされています。今までに歩いた緑道の中ではベストではないかと思います。



玉川通りを越えますと、橋の名前が一之橋・二之橋・三之橋と続きます。四之橋以降はありませんね。



更に緑道を進みますと、右の方に緩やかにカーブしています。このカーブは?10年近く前に歩いた記憶が蘇ってきます。確かこの先に神社があったよな。。。ありました。朱の欄干の橋が今は暗渠化された蛇崩川を跨ぐように架けられています。駒繁神社かぁ、懐かしいですね。しかし、人間の記憶は大したものです。10年近く前に一度通ったきりの欄干の朱色まで覚えているんですからね。



三宿通りを越えたところに蛇崩橋と書かれた標柱が立っていて、そのとなりに蛇崩川の名前の由来が幾つか書かれた説明板がありました。大蛇伝説もありますが、やはり蛇のように田園地帯をうねうねと流れていたのでこの名前が付いたというのが妥当なところでしょう。



緑道はやがて歩道と一体となり、東横線の高架に突き当たります。この辺りの高架下にはこじゃれたレストランとかファッションのお店が入居し、かっての小汚い雰囲気が一掃されています。それはいいとして、蛇崩川の川筋はどこに消えたのでしょうか?反対側に回って高架の下を見ましたが、それらしき痕跡は見つかりません。地図を参考にして高架に沿って歩いていきますと、山手通りを越えた先のアトラスタワー脇で目黒川に流れ込んでいるのが確認できます。ちなみに、目黒川に合流する数メートル手前のみが蛇崩川の開口部となっているそうです。



目黒川に面したアトラスタワーの一階には居酒屋が何軒か入っていて、一時足繁く通った晩杯屋も相変わらず元気に営業しています。ちょっと一杯。。。と思ったのですが、雨が降り出してきそうだったので誘惑を断ち切って帰宅することにしました。残念!

 




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