妙正寺川コース  

コース 踏破記  

今日も朝からどんよりとした梅雨空です。天気予報では、午後3時頃に雨が降るかもといっています。今日歩く妙正寺川は今まで2回ほど歩いたことがあり、3時間20分ほどかかりました。ま、何とかなるでしょう。妙正寺川の名前の由来となった妙正寺は、荻窪駅からバスに乗って清水二丁目で下車してから歩いて数分で着けます。妙正寺川の源流(水源)である妙正寺池は妙正寺の直ぐ近くにあります。妙正寺川についてネットで調べてみますと、終点(神田川との合流地点)がどこになるのかはっきりしません。

妙正寺川は、かつて西武新宿線の下落合駅の東側で流路を南に変え、今の神田川の滝沢橋〜落合橋間の地点で神田川と合流していた。この周辺の地名である「落合」とは、この二つの川がかつて合流していたことからその名が付いた。だが、大雨の度にこの合流地点は川の水が氾濫したため、神田川高田馬場分水路の建設に合わせて流路を変更し、現在の妙正寺川に架かる辰巳橋で神田川高田馬場分水路に合流するよう流路改築が行われ、現在の形になった。妙正寺川はこの先暗渠区間となり、豊島区高田3丁目の高戸橋付近で再び開渠となって神田川の本流と合流する。つまり神田川のバイパス路(高田馬場分水路)と先に合流し、さらに下流で神田川の本流と合流している。

ということは、妙正寺川の終点を神田川高田馬場分水路との合流点である辰巳橋とするか、神田川本流との合流点である高戸橋とするか悩ましいところです。参考までにですが、東京都建設局のHPには、次のように書かれています。

妙正寺川は、東京都杉並区にある妙正寺池を源として、中野区北部を東に流れ、途中、江古田川と合流し、新宿区下落合一丁目で神田川(高田馬場分水路)に合流する延長9.7kmの一級河川である。

ですが、私としては妙正寺川の終点は辰巳橋でなく高戸橋にしたいと思います。高田馬場分水路はあくまで神田川の分流であり、高戸橋で本流と合流する地点まで妙正寺川は続いていると思いたいからです。



妙正寺池から流れ出た水は落合橋(下落合駅近くにも同じ名前の橋があります)の先からコンクリートで固められた妙正寺川になります。今は殆ど水量はありませんが、大雨時には増水するのでしょうね。



善福寺川には10ケ所の案内板が立てられていましたが、妙正寺川には落合橋先に1ケ所あるだけでした。

妙正寺川 の水源
妙正寺公園の中にある妙正寺池が妙正寺川の水源です。現在は地下水を汲み上げて放流しています。かつては清水がみられ、池の中島には水の神「弁天様」が祀られていました。戦前までは、この池の湧水と千川上水 の分流により人々は水田を耕し、生活を営んでいました。




更に歩くと、遊歩道の脇にドングリの実のようなものを載せた石碑が立てられていました。「宇宙 人間 素粒子」と書かれています。ノーベル物理学賞を受賞した小柴博士が杉並区に住んでおられるようで、この石碑が立てられたようです。その隣には「科学と自然の散歩道」という案内板も立っています。

ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士が平成15年1月7日の杉並名誉区民の称号贈呈式で「気持ちよく散歩できる近所の遊歩道を周回できるようにして欲しい。区民の人たちがのんびりと歩き、すれ違う人と「いいお天気ですね」とあいさつする、子どもも遊んでいる、そうしたなかで一回りできたら楽しい。」と述べられました。このことを受け、区では小柴博士のノーベル賞受賞と杉並名誉区民の称号贈呈の記念事業として「科学と自然の散歩みち」の整備を進めることとしました。科学館・妙正寺公園・妙正寺川・井草川遊歩道などの地域の貴重な資源を活かし、小柴博士や地域のみなさんの意見を伺いながら事業を行うこととしました。



妙正寺川は鷺ノ宮駅前で大きく向きを変えます。その先で都営鷺の宮アパートの高層集約化により生まれた用地の地下に鷺宮調節池が整備され、上部には白鷺せせらぎ公園が造られています。妙正寺は、環七手前の太陽橋から宮下橋までの区間、中野区立第四中学校の敷地で側道が途切れています。環七に架かる新昭栄橋手前の妙正寺川は巨大な建造物で覆われています。前から通る度に何の建物だろうかと不思議に思っていましたが、「環状七号線地下広域調節池」を造っているみたいです。環七には既に善福寺川や神田川の調節池があり、この石神井川区間も合わせると総延長は9.8kmになるそうです。地下40m前後の深土の中を巨大なシールドマシンで掘り進む壮大な工事です。



環七を歩道橋で渡りますが、新昭栄橋から三谷橋までは側道がありません。少し先に平和の森公園があります。中野区は平和への思いが強いようで、「憲法擁護・非核都市の宣言」なるものも発表しています。新沼橋で西武新宿線に突き当たり、旧新井小学校に沿って中野通りまで線路沿いに進みます。ついこの間まで校舎があった旧新井小学校は既に取り壊されて更地になっていました。現在、旧新井小学校は高田小学校に統合され閉校になりましたが、跡地に令和小学校が新設され、統合された上高田小学校がここに移ってくることになっているそうです。中野通りに出た後で西武新宿線の踏切を渡り、左折して第15号橋で妙正寺川に戻ります。第15号橋とはヘンな名前ですね。昔は番号が付された橋が各所にあったそうですが、何故かこの第十五号橋だけが、そのままの名前で残っているとのことです。



第十五号橋から妙正寺川は急激に向きを変え北上します。江古田大橋で先日歩いた江古田川と合流します。



そこから再び南下しますが、その袂に江古田公園があります。この付近で昔戦があったそうで、公園内に石碑と案内板が立っています。

このあたり、哲学堂公園から野方六丁目にいたる新青梅街道沿い一帯は、文明九年(1477年)、太田道灌と豊嶋泰経らが激戦をしたところです。ここでの合戦は享徳の乱(1454年〜1482年)という長期にわたる内乱の中の戦でした。享徳の乱は、古くからの豪族に支持された関東公方足利成氏と、太田氏が仕える関東管領上杉氏とが対立するなかで、結城・武田氏により管領上杉憲忠が殺害されたことがもとで起きました。この乱により関東は二分され、幕府などの支持をうけた上杉方は、武蔵・相模・西上野をおさえましたが、そのとき江戸城を根拠地とした道灌は武蔵国の領主たちを支配下にまとめ、戦を有利にすすめるために重要な役割を果たしました。ここでの合戦は武蔵野を開発を行ってきた豊嶋氏にかわって、太田氏が武蔵野支配を確立するうえで大きな意味をもっていました。



下田橋で中野通りを越えた先に哲学堂公園があります。明治37年にこの公園を開園したのは、哲学館(現東洋大学)創立者で、妖怪学博士としても有名な哲学者の井上円了です。井上円了は、ソクラテス・カント・孔子・釈迦を祀った「四聖堂」を建設し、この四聖堂を当初哲学堂と称しましたが、それがそのまま公園の名になりました。園内には77ケ所の施設があり、公園の入口に「七十七場名称案内」として紹介されています。ちなみに、小さな石碑の半月臺とは「その星界洲の中に月が見えることから、その月を半月で表しています」、星界洲は「川の対岸の地域を星の世界に例えて表しています」とのことです。ん?



公園の中央には「哲学の庭」があります。ハンガリーの首都ブダペストにあるものと同じで、古代からの宗教・哲学・法を代表する人がそれぞれ同心円上に配置されており、釈迦やイエス・キリスト、古代エジプト王イクナートン、達磨、アッシジのフランチェスコ、聖徳太子、古代バビロニアの王ハンムラビ、東ローマ皇帝ユスティニアヌスなどの像だそうです。手前はガンジーの像でしょうか?円上に並んだ像でただ一人突っ伏している人は誰でしょうか?



妙正寺川は上高田公園の先で西武新宿線と交差しますが、ここでは線路の下に遊歩道が通っています。回り道しなくていいので便利です。その先の落合公園には、妙正寺川落合調節池が設置されています。落合調節池は、地下箱式の調節池というユニークな構造をしています。貯留部が上部と下部の二段階で貯留する構造となっていて、調節池に流れ込んだ水はまず上部貯留部に流入し、それを超える場合には下部貯留部に流入する仕組みとなっているそうです。増水の状況に応じて清掃の負担を軽減させるなど、維持管理にも配慮された構造になっています。



中井駅近くで山手通りの高架下を通ります。見上げると巨大な橋桁です。



中井駅の先で西武新宿線と交差するために妙正寺川の側道は途切れます。迂回するように駅前通りを進んでいましたら、一軒の洋食屋さんの前にシェフに掲げられた看板がありました。それには、「赤塚不二夫一押しの料理 和風ハンバーグ、ヒレ肉の串カツ、ライス、みそ汁、お新香で800円」と書かれていました。ここからほど遠からぬ豊島区南長崎三丁目(当時は椎名町五丁目)に1982年に取り壊されるまで存在したトキワ荘という木造アパートがあり、手塚治虫・藤子不二雄・石ノ森章太郎達と共に赤塚不二夫が居住していたことから、お食事に訪れていたのかもしれませんね。



妙正寺川は新目白通り近くの辰巳橋で暗渠区間に潜ります。ここで神田川高田馬場分水路と合流するのですが、暗渠区間の入口は仕切り壁で2つに別れ、カーテンみたいなもので先が隠されています。いろいろネットで探してみたのですが、その理由は分かりませんでした。



辰巳橋から新目白通りに出ますと、カラー舗装された歩道が延びていますが、この下に暗渠化された妙正寺川が流れているのでしょうか?



山手線の高架下を通り、新目白通りに架かる高田橋で妙正寺川は暗渠区間から姿を現す。。。と思ったら、この川は神田川でした。



明治通りに出て、高戸橋の中央部分まで行きますと、左手に神田川の本流、右手には妙正寺川(正式には、神田川高田馬場分水路)の二股の開口部が見えます。何となく違和感は残りますが、ここで妙正寺川の歩きを終えることにします。



家に帰ってワインを飲みながら今日のお散歩を振り返ります。ん?この赤ワインは結構美味しいなと思ったら、業務スーパーで買ったものでした。日本発上陸というシールが貼ってありました。

CRISTALINDA PREMIUM EXTRA OAK CABERNET SAUVIGNON

高い品質と圧倒的な存在感で、同クラスノワインを凌駕するクリスタリンダ。生産拠点のマウレ・ヴァレーは、アンデス山脈と太平洋に囲まれたチリ最大のワイン産地。果実の業種味とブラックベリー、カシスの芳醇な香り。アクセントのあるタンニンと特有のディープな余韻がインプレッシヴ。丁寧にダブル・トーストされたフレンチオークの樽香漂うワンランク上のワイン。

日本のみなさまへ

私どものワイナリーでは、ブドウは自家栽培にこだわり、収穫、醸造、そして瓶詰めに至るまで全て自社で行なっております。時代に逆行しているように思われるかもしれませんが、常に変化する環境に対応し、他人に依存せず徹底した”トレーサビリティ”を構築することは、ワイン造りの生命線であると信じて止みません。どうぞ、安心して私たちの生産したCRISTALINDAをお楽しみください。
オーナー兼醸造家 Juan Ignacio Mena


 




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