- 神田川コース(1)
- コース 踏破記
- 日曜日は夕方になって晴れ間が見えたものの、ほぼ雨の一日でした。今年の梅雨は本当に雨の日が多いですね。6月で晴れた日はほんの数日しかなかったような気がします。でも、おかげで藤井聡太七段と渡辺明三冠との棋聖タイトルを懸けた第二戦をじっくりと観ることができました。それにしても、藤井聡太七段が繰り出した5四金と3一銀の妙手には驚きました。臆病でケチな私には到底考えつけない指し手です。7月9日の最終局(恐らくそうなるでしょう)が楽しみです。それはさておき、今日は朝から久しぶりに太陽が拝めました。梅雨の合間の貴重な晴れの日なので、お散歩に出掛けることにします。今日歩く神田川は都内における中小河川としては最大規模で、流路距離は24.6kmあります。側道のない区間もありますので、通して歩くと7時間位はかかると思われます。なので、本当はお天気の良い日に一気に歩こうと思っていたのですが、まぁいいでしょう。今日は午後になってお天気は下り坂との予報なので、無理せずに源流から中間地点位まで歩くことを目標とします。ということで、今日は神田川コースの(1)を歩きます。
神田川は、東京都三鷹市井の頭恩賜公園内にある井の頭池に源を発し東へ流れ、台東区、中央区と墨田区の境界にある両国橋脇で隅田川に合流する。流路延長は24.6kmで、東京都内における中小河川としては最大規模である。都心を流れているにも拘らず全区間にわたり開渠であることは極めて稀である。かつては平川と呼ばれ、現在の飯田橋付近から日本橋川を通って日比谷入江に流れていたが、江戸幕府による度重なる普請と瀬替えが行われ、現在の流路となった。江戸市中への上水が引かれてからは上流を神田上水、下流を江戸川と呼び、さらに開削された神田山から下流は神田川と呼ばれるようになった。明治になり神田上水が廃止されてからは上流も神田川と呼ばれるようになり、昭和の河川法改正によって全て神田川の呼称で統一された。
神田川の源流(水源)はどこになるのでしょうか?神田川は井の頭池から流れ出ているのは間違いありません。何か証左はないかと思って井の頭池の出口あたりを探してみましたら、水門橋の袂に「ここが神田川の源流です 神田川は善福寺川・妙正寺川と合流して隅田川にそそいでいます」と書かれた案内板が立っていました。井の頭公園は何度も訪れたのですが、こんな案内板があるとは知りませんでした。水門橋から先を見ると、狭い川幅を塞ぐように大きな石が転がっています。水量が増えると川が氾濫するんじゃないかと気になります。
その先は多少川幅は広がりますが、大小取り混ぜた石があちこちに見られます。このような石は小魚類の住処になるのか、川のあちこちで子供達が網を使って何か獲ろうとしています。大人の人もいますね。月曜日の朝なのにお仕事はどうしたのでしょうか?
井の頭公園を抜け、神田川の側道を歩いていきます。京王井の頭線の三鷹台駅のところで側道は一旦途切れます。仕方がないので住宅地の中の道に迂回します。信号の先に立教女学院のベージュ色の瀟洒な建物が垣間見えます。関東大震災を機にこの地に移転してきたのだそうです。卒業生には、女優の野際陽子・市毛良枝とかシンガーソングライターの松任谷由実など、そうそうたる顔ぶれの有名人がいます。これほど多くの芸能人を輩出している学校は他には堀越学園くらいしかないでしょう。
神田川沿いには他の河川と比べて案内板が少ないように感じます。でも、杉並区の区間では、200m(?)位の間隔で源流と区境や隅田川からの距離を記した表示板や石柱が置かれています。
杉並区では、主要河川にその見所を記した流域案内板が立てられているようですが、(中野区境で見たのか7番目だったので)神田川では7ケ所設置されているようです。
神田川は井の頭池の水だけが流れているのかと思っていましたが、あちこちに下水の排水溝からが設けられているんですね。下水は雨水を集めたものと思いますが、今日のような晴れた日に流れ出ている水って何なんでしょうか?まさか汚水ではないと思いますが。。。
浜田山駅方向に延びる道路に架けられた橋の名前が鎌倉橋となっています。昔、「歴史と文化の散歩道」を歩いた折に通ったところです。五日市街道からこの神田川を渡って上北沢へ抜ける道が旧鎌倉街道にあたるといわれています。旧鎌倉街道の名残を残す名称は都内のあちこちで見られますが、その道筋は幾つもあったようで、どうつなげば一本の道になるかはパズルを解くような難題です。
神田川の側道にはところどころに空き地が設けられています。川遊びの子供の像が置かれているところもありますが、コロナ渦を反映してか、殆どの像にマスクがかけられています。気持ちはわかりますが、私的にはそこまでしなくてもと思います。
神田川の遊歩道は、よく手入れされた植樹で緑一杯です。高井戸辺りの桜並木も素晴らしいですが、四季を通じて咲き乱れる草花も綺麗です。
神田川沿いの浜田山周辺には、かって三井生命・日本興業銀行・千代田生命・明治生命・郵政省など有力企業の運動場が多くありましたが、今ではその多くがマンションとか公園になっています。神田橋から先の広大な敷地を占めていた旧東京電力総合グラウンドは杉並区に売却され、今では下高井戸おおぞら公園になっています。広い芝生(草地)には障害物がないので、格好の凧揚げ場になっています。空を見上げると100m以上もあろうかと思われる高さに凧が浮かんでいます。余程の達人が作ったのでしょう。
環七の手前には神田川地下調節池への導水路があります。水位が一定の高さを超えると自動的に川の水が調節池に流れ込むようになっています。と素人的に思ったのですが、実際は担当者がゲートを開け閉めしつつ、水の取り込みを制御しているのだそうです。
神田川は和田廣橋で善福寺川と合流します。どちらも同じくらいの大きさなのですが、ネームバリューで神田川が勝っているようで、ここから先も引き続き神田川となります。
中野富士見町駅の向かいにある富士見橋から中野新橋駅手前の本郷橋までは、民家やバスの車庫などに阻まれて側道がありません。また本郷橋から柳橋の間は護岸工事中で今は通れません。柳橋から神田川の側道に戻りますが、3つ先の中野新橋に着いたところで切りの良い時間になりましたので神田川の一日目の歩きを終えることにします。ちなみに、中野新橋は神田川に架かる140の橋の69番目に当たるそうです。橋の数でいうとちょうど半分のところになりますね。特徴的な朱色の欄干の橋ですが、もともとは「新橋」という名前でした。かっては花街として知られていましたが、港区の新橋にある花街と区別するために中野新橋という呼び名にしたのだそうです。
戻る