- 呑川・駒沢支流コース
- コース 踏破記
- 今日は、呑川の支流のひとつである駒沢支流を歩いてみたいと思います。ネットでいろいろ調べてみましたが、駒沢支流の源泉(水源)がどこかについてはイマイチはっきりしません。駒沢地区は1964年に開催された東京オリンピックを機にして大きく変貌し、今では駒沢支流の流れの跡を辿ることが難しくなったこともその要因です。オリンピック関連施設の新設とか、大規模マンション群の造成によって元の地形が失われてしまったのです。駒沢支流の存在が明確に認識できるのは、自由通りを越えた先から始まる緑道です。駒沢支流は今では完全に暗渠化され、緑道になっていますので、この緑道の下を流れていたのは間違いありません。駒沢支流の源泉について諸説ある中で私が最もそれらしく思えたのは、駒沢一丁目にある自由通りに面した駒沢ガーデンハウスという大きなマンションの前です。ここから駒沢オリンピック公園に向かって延びる遊歩道の形状が川の流れのように見えます。ということで、私の独断で駒沢支流の源泉を決めましたので早速歩き始めることにします。
駒沢ガーデンハウスの敷地に沿って歩いて行きますと、遊歩道の手前に駒沢オリンピック公園全体の案内板が立っています。北の方角が上でなく、右になっているので道順を間違えそうになります。電通のグランドを右手に見ながら左右を木々に覆われた遊歩道を進んで行きます。
オリンピック公園の敷地に入りますと、左手にぶた公園という名称の広場が見えてきます。その名の通り、広場の中央には巨大な豚君の形をした遊具が置かれています。蛸の滑り台は定番ですが、豚の遊具は珍しいですね。
それはそうとして、仮にここに駒沢支流が流れていたとしても、その痕跡を辿るのは不可能です。公園の外周に沿って設けられたジョギングコースとサイクリングコースを併用した道路を進みます。オリンピック公園の南端に出ますと、その先は住宅街になっています。
オリンピック公園を出た直ぐ先の右手に巨大なマンション群が見えてきます。全体をまとめて深沢ハウスというのだそうです。
深沢ハウス
深沢ハウスは、世田谷区深沢にあった東京都立大学理学部と工学部の跡地に建設された集合住宅です。駒沢オリンピック公園の南側に隣接しており、13棟からなっています。既存樹木および敷地の高低差を最大限利用し、水をテーマとした「深沢」の原風景の再生を試み、周辺の住宅と接する住棟の足元回りは駒沢公園と連続化する形で公園化し、地域住民へ開放を図るようにしました。
建設当時は周辺住民と一悶着あったようですが、今では広尾ガーデンヒルズを思わせる高級マンションの佇まいをしています。それはそれとして、外からは見えませんが、敷地の中央には高低差を利用した水の流れが造られています。人工的というよりか、昔からそこに存在したかのような自然な流れです。今でもかなりの水量がありますので、恐らくはここに水源があるのでしょう。流れの方向からして駒沢支流の源泉とは思えませんが、ここから流れ出た水が駒沢支流に注ぎ込んでいた可能性はあります。
自由通りを越えて駒沢支流緑道に入ります。この辺りは昔衾村と呼ばれていたのだそうです。当時架かっていた衾橋の跡に案内板が立っていました。
衾の地名のいわれ 呑川衾橋跡
●村の地形が衾と呼ばれた夜衣の形に似ていた●牛馬の飼料である衾の産地だった●伏馬といわれた馬の病院があったなどの説があります。今では衾町公園に名を残すのみになっています。
駒沢支流は目黒区の八雲二丁目で呑川に合流します。現在はどちらも緑道になっていますが、ほぼ直角に交差しています。川の流れがあった時代もそうだったのでしょうか?
駒沢支流は源泉がどこだったかにもよりますが、呑川の支流の中では比較的短く、かつ歩きやすいので朝夕のお散歩にはちょうどよいコースですね。
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