- 呑川・九品仏川コース
- コース 踏破記
- 今日は、呑川の支流のひとつである九品仏川を歩いてみたいと思います。同じ呑川の支流である柿の木坂支流と駒沢支流と違って、九品仏川は源泉(水源)が明確です。九品仏川の名称は世田谷区奥沢に広大な敷地を有する九品仏浄真寺に由来しています。ちなみに、「九品仏(くほんぶつ)」とは、このお寺に安置されている9体の阿弥陀如来像のことです。また、九品仏は最寄りの大井町線の駅名にもなっています。蛇足ですが、自由が丘駅は開業当初は「九品仏前駅」という駅名だったそうです。で、九品仏川の源泉は浄真寺の裏手にある「ねこじゃらし公園」の中にあるそうです。ということで、九品仏駅に降り立ちました。駅前にある浄真寺の参道に入ります。ねこじゃらし公園に行くには浄真寺の境内に入る必要はないのですが、折角なのでお寺の中を見物してみようと思います。
浄真寺の敷地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城の城跡でした。奥沢城は室町時代の16世紀中頃に吉良氏により出城として築かれ、豊臣秀吉による天正18年(1590年)の小田原征伐後に廃城となりました。今でも境内を囲むように土塁が残っています。1793年に建立された二体の仁王像が睨みをきかす山門を潜ると、左手に1708年に建立された鐘楼が鎮座しています。更に進みますと、本堂に向かって同形の阿弥陀堂3棟(三仏堂)が一列に並んで建っており、珍しい伽藍配置となっています。九品仏の名称は、この阿弥陀堂3棟に各3体安置されている計9体の阿弥陀如来像に由来しています。お寺の見物を切り上げ、城壁を思わせる塀に沿って裏手にあるねこじゃらし公園に向かいます。
ねこじゃらし公園とはちょっと奇妙な名前ですね。いろいろ調べてみたのですが、ねこじゃらしとは、ブラシのように長い穂の形が独特なイネ科のエノコログサ属の雑草のことをいうそうです。夏から秋にかけて付ける花穂が犬の尾に似ていることから、犬っころ草(いぬっころくさ)が転じてエノコログサという呼称になったとされ、漢字でも「狗(犬)の尾の草」と表記されています。ネコジャラシの俗称は、花穂を猫の視界で振ると猫がじゃれつくことからきています。きっと、この地にはネコジャラシの草が大量に植わっていたのでしょう。昭和30年代までは、浄真寺の北側に九品仏池が存在していましたが、埋立により消滅し、跡地にねこじゃらし公園が造られました。従って、厳密に言えば九品仏川の源泉がねこじゃらし公園の中にあるという訳ではありませんが、そこは良しとしましょう。
公園の入口近くに石造りのモニュメントが設置されています。一見するとガウディの作品のようにも見えますが、子供の水遊び場のようです。中央の窪地から水が流れ出しています。既に九品仏池は埋立てられていますので、この水は湧き水というより水道水と考えた方が良いでしょう。モニュメントから流れ出た水は、その先で小さな小川となって公園の外に流れ出ています。僅かな水量ですが、子供達の水遊びにはちょうど良いでしょう。ここで、九品仏川について以下にまとめてみます。
九品仏川
九品仏川は、世田谷区と目黒区を流れる二級河川です(でした)。総延長は2.61kmで、呑川水系の支流であると共に 、玉川上水の品川分水のひとつになっています。現在は下水道幹線となっていて、世田谷区奥沢の九品仏浄真寺付近を水源として、東横線自由が丘駅南口付近を通っています。この付近はマリクレール通りと称される商店街になっていて、春には桜並木に花見客が賑わいます。その後、住宅地を進み、大井町線緑が丘駅と大岡山駅の中間付近(東京工業大学付近)で呑川に合流します。現在、九品仏川は全て暗渠化されていて、その上には緑道が設置されています。
公園の出口付近に排水口があり、その延長線上に板張りの遊歩道が続いています。
遊歩道は一般道とは分かれて住宅地の中に延びています。少し先で住宅地を抜けますと、一般道の中央に九品仏川緑道が現れます。街の風景によくマッチしたお洒落な遊歩道です。
少し歩いた先の遊歩道に「鷺草の里」と彫られた石柱が立っていました。その名前のいわれは以下のようです。
鷺草の里
鷺草(さぎそう)とは、ラン科の多年草で、高さは約30cm位です。夏になるとすらりと伸びた細い茎の頃に、空を舞う白鷺にも似た純白の小さな花を2から3個つけます。その姿の可憐さ、不思議さから幾つかの説話が生まれ、今日にまで語り伝えられています。
悲劇のヒロイン 常盤姫
世はまさに戦国時代。各地の大名が兵を起こし、群雄割拠の様相を呈していたころのこと。世田谷から衾村(ふすまむら)、碑文谷郷一帯は、世田谷城主吉良頼康の支配下にありました。頼康は奥沢城主大平出羽守の娘常盤ときわ姫を側室として迎えました。やがて、常盤姫は子をみごもったため、頼康はことのほか常盤姫をいつくしむようになりました。血筋を絶やしてはならない大名のしきたりに従って、頼康には常盤姫のほかに12人の側室がいました。彼女たちは頼康を一人占めにする常盤姫をねたみ、「常盤姫様のお子は殿のお子かどうか疑わしい」などと、まことしやかに頼康につげ口し、常盤姫への愛情を妨げようとたくらみましだ。頼康は常盤姫の悪いうわさを否定しながらも、心の中にはいつの間にかどす黒い疑惑の霧がたち込めていきました。自然と常盤姫へも冷たい仕打ちをするようになりました。とりなしてくれる者も無く悲しみに暮れた常盤姫は、「いっそ死んで、身の潔白の証しにしよう」とまで思いつめました。奥沢城の父にあてて遺書をしたためると、小さいころからかわいがって輿入れの際にも一緒に連れて来た1羽の白鷺の足に結びつけ、奥沢の方角へ放ちました。主人のただならぬ様子をさとったかのように、白鷺は奥沢城目指してまっしぐらに飛び去りました。ちょうどそのころ、衾村で狩りをしていた頼康は、この白鷺を見つけ射落としてしまいました。みると、足に何やら結びつけてあります。不審に思って開いてみますと、姫から父へ覚悟の自殺を報じた文でした。驚いた頼康は急ぎ城に帰りましたが、時すでに遅く常盤姫は自害し果てた後でした。傍らには死産の男の子の姿がありました。疑いは晴れましたが、もう常盤姫も子も戻ってはきません。深く後悔した頼康はせめてもの償いにふたりの霊を慰めようと、領内の駒留八幡宮に若宮と弁財天を祀ったのでした。一方、使命半ばにして倒れた白鷺はよほど無念だったのか、その地に鷺の飛翔する姿の花を咲かせる草になったということです。
宅地開発が進み、住み家である湿地が無くなって鷺草は伝説上の花となりました。九品仏浄真寺の一角には鷺草園があります。花の見ごろは、8月上旬から中旬です。緑陰に映える純白の鷺草の花は、伝説のイメージを彷彿とさせるほど美しいのです。
「風が吹き 鷺草の皆 飛ぶが如」高浜虚子
緑道は自由が丘駅の手前で学園通りと大井町線と交差します。学園とは自由ヶ丘学園高校のことです。学園の歴史によれば、昭和5年(1930年)に自由主義教育を目標に掲げ、手塚岸衛により自由ヶ丘学園として創立し、その後町名および駅名が自由ヶ丘(現在は自由が丘)と改称するに至ったそうです。
回り道をして大井町線の反対側の緑道に戻ってきました。東横線のガード下を通りますと、壁に自由が丘の歴史を記したポスターが何枚か貼ってありました。女神祭り、懐かしいですね。私が住んでいた頃は、春のマリ・クレール祭りと秋の女神祭りが自由が丘の一大イベントでした。街中の路地に屋台や出し物が出店され、ワイン片手にベロベロになるまで歩きまわったものです。最近はご無沙汰していますが、今年は行ってみようかな?と思ったら、2020年は中止が決まったそうです。残念!自由が駅南口のマニ・クレール通りからひとつ奥に九品仏川緑道が延びています。ベンチが設置されていて、お祭りの時は屋台で調達したおつまみを肴にワインのグラスを傾ける人達で満席になります。
九品仏川はかって丑川と呼ばれていたそうです。案内板には次のように書かれていました。
九品仏川緑道 旧名丑川
ここは目黒と世田谷の区境線で、昭和49年に暗渠になる前は九品仏川と呼ばれ、九品仏浄真寺の裏を流れて緑が丘駅の先で呑川に合流していました。旧名の丑川の名は、九品仏城を建設する材を船で運びあげる途中、近くにいた牛がひっかかって川へ落ちてしまったことに由来するともいわれています。サクラ・サツキなどの花木が散策の目を楽しませてくれます。
自由が丘駅南口の商店街を抜けた先にも緑道が続いています。再び大井町線と交差する手前に自由が丘スイーツフォレストへの階段が延びています。
自由が丘スイーツフォレスト
「自由が丘スイーツフォレスト」は、2003年11月にオープンした日本初のスイーツのテーマパークです。“ハピネス・オブ・スイーツ”をコンセプトに、スーパー・パティシエの作りたて出来たてのスイーツをお楽しみいただけます。15周年を迎え、さらにスイーツの美味しさで日常が“特別”な記憶に残る、よりフォトジェニックな上質な施設への進化を目指し、2019年4月18日リニューアルオープンしました。“スイーツの美味しさ”で笑顔があふれる、夢と楽しさが詰まった心豊かなライフスタイルをお届けします。
自由が丘スイーツフォレストの先で再び大井町線と踏切で交差します。緑道はその先も続き、大井町線の高架下を通って緑が丘駅前の交差点に至ります。緑道は右手の住宅の間を通って呑川本流の合流地点に向かいます。
九品仏川は、柿の木坂支流や駒沢支流と同様に、呑川本流に直角に合流します。合流地点の流入口はカーテンで隠されて見えませんでしたが、ここまで九品仏川の流れの跡を辿ることが出来て私としては大満足です。呑川本流はここから開口部となり、東京湾まで続きます。呑川本流プラス旧呑川、それに柿の木坂支流・駒沢支流・九品仏川の完全踏破が完了しました。面白い歩きだったのですが、距離は結構ありましたね。ま、お暇な方は挑戦してみて下さい。
戻る