- 楓川・築地川連絡運河コース
- コース 踏破記
- 入船川に引き続いて楓川・築地川連絡運河を歩きます。楓川・築地川連絡運河は、先ほど歩いた入船川とほぼ同じくらいの長さで、入船川から西へ300mほど離れたところを平行して掘られた運河です。ただ、入船川が埋め立てられた後に掘られたので、両者が共存したことはありません。入船川が新大橋通りの造成に伴って埋め立てられ、楓川・京橋川・桜川と築地川の間の連絡水路がなくなったので、楓川・築地川連絡運河はその代わりになったのかもしれません。
楓川・築地川連絡運河
楓川・築地川連絡運河は、昭和五年(1930年)に関東大震災後の帝都復興事業として、楓川・桜川・京橋川の合流点から中央区役所付近の築地川までの区間を掘割してできた連絡運河です。この運河ができたことによって楓川・桜川・京橋川と築地川が繋がることになり、水運の利便性が大いに向上しました。築地川は中央区役所付近で直角に向きを変えているため、その地点に合流した楓川・築地川連絡運河との間に三つ叉の三吉橋が架けられました。後に楓川・築地川連絡運河は埋め立てられ、首都高速道路都心環状線になっています。
写真を見て分かりますように、楓川・築地川連絡運河は楓川・桜川・京橋川の合流点から築地川が直角に向きを変えるところまでまっすぐに掘られています。
ちょうど、都心環状線が二股に分かれる地点がかっての楓川・桜川・京橋川の合流点になるのですが、そこは首都高の高架と周辺の建物で近づけません。
なので、京橋ジャンクシン手前の新金橋を楓川・築地川連絡運河の始点と定めます。運河沿いの側道はありませんので、一番近い一般道を歩きます。
歩き始めて直ぐのビルの1階にパン屋さんの暖簾がかかっていました。最近流行の高級食パン専門店のようです。高級食パンはいいお値段なので、私は乃が美と俺のベーカリーのパンを1回食べたきりです。「に志かわ」の名前は聞いたことはありますが、こんなところにもお店があるんですね。川に関係する屋号なら、「東京の河川を歩く」にも縁があるというものです。
高級食パン専門店の「銀座に志かわ」は、株式会社銀座仁志川が運営しており、2020年4現在62店舗が営業している。販売している商品は二斤で一本の食パンのみで、価格は税込み864円と通常の食パンよりかなりの高価格となっているが、高級食パンとしては同業他社と同程度の価格である。「銀座に志かわ 水にこだわる高級食パン」は2019年9月27日に商標登録された。店名の由来は社長の高橋仁志の名前部分を「にし」と呼び、水にこだわっていることから水を意味する川「かわ」を付け「にしかわ」としたと記載されている。
楓川・築地川連絡運河に架けられていた橋は、新金橋・新富橋・三吉橋の三つです。新金橋は始点、三吉橋は終点ですから、間には新富橋があるだけです。新富橋には小さな公園が併設されています。その名前は「楓川新富橋公園」となっています。この区間も楓川の一部とされているようです。
新富橋の橋詰めに石造りのミニ五重塔が建っていました。何か謂れでもあるのかなと帰ってからネットで調べて見ましたが、それらしい情報はありませんでした。何だろう?
あっという間に終点の三吉橋に着きました。相変わらず写真では三叉の感じが掴めません。
そこでネットで見つけた三吉橋が架けられた当時の写真をお借りしました。パステル画のような美しい写真ですね、最初見た時は誰かが描いた絵画かと思いましたよ。ひょっとして写真ではなく、絵画なのかも。
楓川・築地川連絡運河は築地川と合流し、川筋の変わった築地川と一本になって南の方向に繋がって延びていきます。半地下になった運河跡の底には首都高が通っています。片側2車線でも余裕のある幅ですから、如何に運河が大きかったかが想像できます。
三吉橋の袂に石碑がありました。碑文には三吉橋の成り立ちと、橋を題材にした小説の一節が書かれています。ふたつの碑文の間には、築地川の川筋と楓川・築地川連絡運河の位置関係が描かれています。
三吉橋
この橋は築地川の屈曲した地点に楓川と結ぶ水路(楓川・築地川連絡運河)が開削され、川が三叉の形となった所に関東大震災後の復興計画の一環として、昭和四年12月に三又の橋が架けられました。ここに川が存在し、人々の暮らしも川を中心に宮まれ、川筋を酒荷の船などか通った情緒ある風景も今は埋立てられ高速道路と化し、陸橋となりました。区では、平成四・五年にわたり、高欄には水辺に映える木立ちの姿を採り人れ、照明は架設した当時の鈴蘭燈に、又ー時期高速道路のランプとなり一部撤去された歩道も復元して古き風情を感じさせるテザインで修景しました。
三島由紀夫「橋づくし」
四人は東銀座の一丁目とニ丁目の堺のところで、昭和通りを右に曲った。ビル街に、街燈のあかりだけが、規則正しく水を撒いたように降っている。月光はその細い通りでは、ビルの影に覆われている。程なく四人の渡るべき最初の橋、三吉橋がゆくてに高まって見えた。それは三叉の川筋に架せられた珍らしい三叉の橋で、向う岸の角には中央区役所の陰気などルがうずくまり、時計台の時計の文字板がしらじらと冴えて、とんちんかんな時刻をさし示している。橋の欄干は低く、その三叉の中央の三角形を形づくる三つの角に、おのおの古雅な鈴蘭燈が立っている。鈴蘭燈のひとつひとつが、四つの燈火を吊しているのに、その凡てが灯っているわけではない。月に照らされて灯っていない灯の丸い磨硝子の覆いが、真っ白に見える。そして灯のまわりには、あまたの羽虫が音もなく群がっている。川水は月のために擾(みだ)されている。
概要
『橋づくし』は三島由紀夫の短編小説です。銀座や築地界隈を舞台に、陰暦8月15日の満月の夜に7つの橋を渡り願掛けをする4人の女たちの悲喜交々を、数学的な人工性と古典的な美学とを巧妙に組み合わせて描いた作品です。誰が最後まで橋渡りに成功するかの道行からオチの意外性、優れた技巧と構成で、多くの文芸評論家や作家から短編の傑作として高い評価を受けました。
あらすじ
第1・第2橋: 三吉橋
陰暦8月15日の夜、新橋の料亭「米井」の娘・満佐子は、芸妓の小弓、かな子と一緒に願掛けに出かける。それは、満月の深夜、無言で後戻りすることなく、7つの橋を渡って祈ると願いが叶うというものだった。満佐子の願いは、「俳優のRと一緒になりたい」。満佐子と同い歳の22歳の芸妓・かな子の願いは、「好い旦那が欲しい」。42歳の小太りの芸妓・小弓は、「お金が欲しい」のである。この3人と、満佐子の家の新米女中の田舎娘・みなが、お供として願掛けに加わった。願掛け参りのルールは、「7つの橋を渡るときに同じ道を二度通ってはいけない」、「今夜の願事(ねぎごと)はお互いに言ってはならない」、「家を出てから、7つの橋を渡りきるまで、絶対に口をきいてはいけない」、「一度知り合いから話しかけられたら、願(がん)はすでに破られる」、「橋を渡る前と渡ったあと、それぞれ合計14回、手を合わせてお祈りをする」などである。4人は願掛けの橋に向かって歩きだした。月が出ており、街は寝静まり、4人の下駄の音が響いている。最初に渡る橋は向う岸に区役所のビルが見える三吉橋である。この橋は三叉の橋で、2つの橋を渡ったことになる。満佐子は手を合わせて祈っている時、ふと女中のみなを見ると殊勝に何かを祈念していた。自分と比べて、どうせろくな望みを抱いていないのだろうと満佐子は思ったりした。
第3の橋: 築地橋
築地橋を渡る時、はじめて汐の匂いに似たものが嗅がれ、生命保険会社の赤いネオンが海の予告の標識のように見えた。芸妓のかな子は出る前から少しあった腹痛が激しくなってきた。何かに中ったらしい。次の橋を目前にして、かな子は脱落してしまった。
第4の橋: 入舟橋
残りの3人は入船橋を無事に渡った。第5の橋まで大分道のりがあり、左方の川むこうに聖路加病院の頂きの巨きな金の十字架が見えた。
第5の橋: 暁橋
暁橋は毒々しいほど白い柱の橋だった。もうすぐ渡り切ろうというところで、銭湯帰りの浴衣の女が小弓に気さくに声をかけた。小弓は脱落した。いくら返事を渋ってみたところで、「一度知り合いから話しかけられたら、願(がん)はすでに破られる」のであった。
第6の橋: 堺橋
堺橋は緑に塗った鉄板を張っただけの小さな橋であった。駆けるように渡ると、まばらな雨粒が降ってきた。満佐子はみなと2人だけになり、この見当のつかない願い事を抱いた岩乗な山出し娘の存在が不気味になってきた。
第7の橋: 備前橋
備前橋の川向うの左側は築地本願寺である。橋の前で祈念している時、満佐子はパトロールの警官に不審尋問されてしまった。満佐子は代わりにみなに答えさせようと、そのワンピースの裾を引っ張ったが、みなも頑なに黙っている。満佐子は先に駆け出して逃げようとしたが警官に腕をつかまれ、思わず、痛いと声を発してしまった。橋の先を見ると、一緒に駆け出したみなが14回目の最終の祈念を黙々とこなしていた。
家に帰った満佐子は泣きながら母親に、みなの気の利かなさを訴えた。一体おまえは何を願ったのかとみなに聞いても、みなはにやにや笑うだけであった。数日後、いいことがあった満佐子が機嫌を直して、再び、みなに同じことを訊ねたが、みなは不得要領に薄笑いをうかべるだけであった。
似たような数学上の問題で、「ケーニヒスベルクの七つの橋問題」があります。
18世紀の初め頃にプロイセン王国の東部の東プロイセンの首都であるケーニヒスベルク(現ロシア連邦カリーニングラード)という大きな町があった。この町の中央には、プレーゲル川という大きな川が流れており、七つの橋が架けられていた。あるとき町の人が、次のように言った。「このプレーゲル川に架かっている7つの橋を2度通らずに全て渡って、元の所に帰ってくることができるか。ただし、どこから出発してもよい」
「橋づくし」に出てくる橋の数は7つですが、橋の配置と一筆書きのルールの適用は異なります。三叉橋である三吉橋も条件が異なりますね。でも一筆書きで渡れそう。ただ、今は現存しない橋があるから実証は無理か。
ということで、短い区間でしたが、楓橋・築地川連絡運河を歩き終えました。次は京橋川を歩きます。
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