- @中野駅〜哲学堂公園周遊コース(中野通り経由)
- コース 踏破記
- 今日は中野区の中野駅〜哲学堂公園周遊コース(中野通り経由)を歩きます。中野駅北口をスタート地点として、哲学堂公園を中心にした中野区の北半分を巡ります。「@中野駅〜哲学堂公園周遊コース(薬師あいロード経由)」と重複する区間がありますので、その区間の見どころは適当に振り分けることにします。また、哲学堂公園については、この後の「A哲学堂公園周遊コース」で詳しくご紹介します。
中野駅〜哲学堂公園周遊コース(中野通り経由)
中野駅〜哲学堂公園周遊コース(中野通り経由)の歩行距離は約7.0km(約10,000歩)、歩行時間は1時間45分、消費カロリーは約315kcalです。
スタート地点:中野駅北口
↓ (約1.1km:約17.0分)
@新井薬師梅窓院
↓ (約1.3km:約20.0分)
A哲学堂公園
↓ (約1.2km:約18.0分)
B山崎記念中野区立歴史民俗資料館
↓ (約1.0km:約15.0分)
C沼袋氷川神社
↓ (約2.4km:約36.0分)
ゴール地点:中野駅北口
スタート地点の中野駅北口から歩き始めます。中野駅は、明治二十二年(1889年)4月11日に甲武鉄道の新宿〜立川駅間の鉄道開通に合わせて駅が開業しました。当時の駅舎は現在よりも約100mほど西側にあったそうです。昭和四年(1929年)に現在の場所に移転し、昭和四十年(1965年)3月に現在の駅舎が改築竣工しました。JR中央線や東京メトロ東西線が乗り入れ、1日当たりの平均乗車人数はJRだけで約15万人にものぼっています。駅前北口にはサンモール商店街や中野ディープ飲み屋街が広がり、その奥にはサブカルの聖地として知られる中野ブロードウェイが続いています。南口の直ぐそばにあるマルイは中野駅前が創業の地で、いまも本社は中野にあります。
そんな中野駅ですが、改築後60年近くなり、駅舎の老朽化が目立ちます。更に、中野駅を挟んだ南北の通路は中野通りに沿ったガード下の狭い歩道しかなく不便をかこってきました。駅の北西側で進められてきた警察大学校などの跡地を再開発した「中野四季の都市」が完成し、中野通りの西側へのアクセスの改善が急務となってきました。既に、バスターミナルや中野通りを跨ぐ歩道橋などの第1期整備は完了しており、昨年から中野駅の駅舎を含む周辺の大規模な整備を行う第2期整備が令和八年(2026年)頃の完成を目標に始まりました。計画では、中野駅の西側に新しい橋上駅舎を新設するとともに、中野駅の南北を結ぶ新たな連絡通路の整備が行われる予定です。現在のバスターミナル付近に新しい北口出入口が設けられる計画で、電車とバスの利用もスムーズになることが期待されます。橋上駅舎周辺には線路上空を利用した駅ビルを整備する計画もあります。さらに中野駅北口では、さまざまなイベントに使われて中野のシンボルとして親しまれている中野サンプラザも建替えの計画があります。中野サンプラザは、旧労働省所管の雇用促進事業団が勤労者向けの福祉施設として建設し、昭和四十八年(1973年)に「全国勤労青少年会館」として開業しました。その後、中野サンプラザにリニューアルされ、ホテル・結婚式場の運営やカルチャーセンターの開催・スポーツ施設の運営などを行ってきました。何より有名なのはライブ・コンサート会場としての利用で、客席数は2222席と小ぶりですが、アーティストと観客の距離が近いことや音響設備の良さで知られ、日比谷野外音楽堂や日本武道館と並び、都内のライブ会場として人気を誇っています。しかしながら近年は施設の老朽化が進んでいて、隣接する中野区役所や中野税務署、NTT中野ビルも含めた合計4.85ヘクタールという広大な用地を確保し、現在の中野サンプラザよりも3倍以上の規模となる収容人数7000人の大規模なホールを備えた複合施設を整備する計画です。完成は令和九年(2027年)の予定となっています。新しい街区の名称は「NANANOサンプラザシティ」と命名され、高さ200m級の超高層棟「シンボルタワー」の高層階は展望フロア・オフィス、中層階は住宅、低層階は商業施設として整備されることになっています。
早稲田通りと中野通りが交差する新井交差点の手前のビルの入口に、「なかの芸能小劇場」という看板がかかっています。未来を夢見る芸能人の卵達が芸を高める場として中野区が設置した区民ホールです。有料ですが、入場料を徴収することによって収入を得ることができます。若い芸人さんにとっては有り難い施設ですね。
小劇場の楽しみ
中野にはスターを目指す芸人や、舞台に情熱を燃やす劇団員も多く集まります。様々な公演が行われる小劇場で夢を追いかけるエネルギーを感じてみては?
なかの芸能小劇場
社会福祉会館「スマイルなかの」の2階にあり、邦楽・日本舞踊のほか、落語やお笑いライブ、朗読会・演劇公演・講演会など多目的に活用されている施設です。座席数は110席。多くの芸人がここでのライブを経験しており、次代のスターを発掘する場でもあります。
中野駅北口から新井薬師の横を抜けて新青梅街道までの約2キロメートルの区間は、桜並木が途絶えることなくずっと続いています。その数約300本にも及び、平成6年に新日本街路樹百景にも選ばれました。「まちかど庭園 さくらの辻」は中野通りの新井五差路附近にある小公園で、ソメイヨシノとは違う種類の桜の木が植えられており、開花期の異なる里桜も長期間楽しむことができます。公園の植え込みの中に2体の像が立っています。男の子は「桜雲と童子」、女の子は「桜もちと童女」といいます。視線が合っていませんね。
新井薬師(梅照院)は中野区最大の寺院であり、西武新宿線の駅名にもなるなど、都内でも有数の著名寺院です。駅前から山門にかけては「薬師あいロード」という商店街の続く門前町となり、地域住民からも古来より親しまれています。高尾山薬王院・日向薬師・峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられています。天正四年(1586年)に僧・行春によって創建され、本尊は空海作の伝承を有する薬師如来と如意輪観音像です。本尊は表を薬師如来・裏を如意輪観音とする二仏一体の像であるとされ、秘仏であるものの、12年に一度の寅年のみに開帳されます。江戸幕府二代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところたちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益に関して有名になりました。その他子育てなどにも利益があるとされています。境内にある井戸水(白龍権現水)は一般に開放されていて、飲用水として多くの人がこの水を汲みに来ます。毎月8のつく日は縁日が開催されていて、境内に多くの露店が並び、たくさんの人々で賑わいを見せています。
新井薬師アンティーク・フェア(骨董市)は、昭和五十一年頃から始まり 乃木神社骨董市と並んで関東では最も歴史のある骨董市になっています。骨董市では新物を扱う業者は出店させませんので、安心して本物の骨董を探すことができます。古伊万里を中心として唐津・李朝などの陶磁器のお店や時代着物・古布のお店などが たくさん出店しますので、お気に入りのお宝が見つかることでしょう。
哲学堂公園には、妙政寺川を挟んで入口が2ケ所あります。梅林口から入る妙政寺川の南側にある公園には「哲学の庭」があります。下田橋口から入る北側部分は哲学堂公園の本体となります。「哲学の庭」は写真撮影禁止とのことですので、概要のみ引用します。
宗教・哲学・法を代表する人がそれぞれ同心円上に配置されており、世界の異なった場所の人々が、より相手に近づくことが出来るようになるためには、プラスマイナス(土1)の原点に返ることが必要という作者の考えが反映されています。また作品には民族や歴史、文化などは違っても西洋と東洋をつなぎ、人間社会の本質を考察し、人類の恒久平和の理想を追求した作者ワグナーナンドール(和久奈 南都留)の思いが込められています。この彫像群は平成二十一年(2009年)に日本とハンガリー外交関係開設140年・国交回復50周年の記念事業の一環として中野区に寄贈されたものです。同様のものがハンガリーの首都ブダペストにも設置されています。
第一の輪
第一の輪は、中心点に集まる完全な輪で、異なった文化を象徴する思想を作り、世界の大きな宗教の祖となった人物たちが配置されています。
- 老子(道家の祖)
- イエス・キリスト(キリスト教の基礎を築いた)
- 釈迦(仏教の開祖)
- アブラハム(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じる聖典の民の始祖)
- エクナトン(エジプト第18王朝第10代の王アメンホテプ4世の別名で、アモン信仰を捨てアトン崇拝を開始した)
第二の輪
第二の輪は、文化や時代が違っても、同じように悟りの境地に達してそれぞれの社会で実践し、成果を得た人物たちが配置されています。
- 達磨大師(禅宗の開祖とされている人物で中国で活躍した仏教の僧侶)
- 聖フランシス(フランシスコ修道会の創設者でカトリック修道士)
- ガンジー(インド独立の父で弁護士・宗教家・政治指導者)
第三の輪
第三の輪は、法の輪で、異なった時代において各々が法をつくり、現存する法律の主流をつくった人物達が配置されています。
- 聖徳太子(冠位十二階などの他、憲法十七条を制定し、仏教の興隆に力を尽くしました)
- ユスチニアヌス(ローマ法大全を編纂し、ローマ法の集大成を図りました)
- ハムラビ(バビロン第一王朝第六代の王で慣習法を成文化した「ハムラビ法典」を制定しました)
下田橋口から入ります。哲学堂公園は中野区立の公園ですが、公園の南東部(面積の7%程度)は新宿区にあります。令和二年(2020年)に国の名勝に指定されました。哲学堂公園は、東洋大学(旧哲学館大学)の創始者として知られる井上円了が明治三十七年(1904年)に文部省から大学公称の許可が下りたことを記念して建立した公園でした。井上の死後、昭和十九年(1944年)に東京都へ寄付されて都立公園となり、その後中野区へ移管されて現在の区立公園となりました。井上円了がソクラテス・カント・孔子・釈迦を祀った「四聖堂」を建設したのが公園の始まりとなりました。この四聖堂は当初哲学堂と称され、それがそのまま公園の名になりました。当初は当地に大学を造成する案もありましたが、精神修養のための公園にすることになり、明治四十二年〜明治四十五年・大正元年(1909年〜1912年)の間に哲理門・六賢台・三学亭などの建築物が逐次整備されました。当時の建築物は現在も公園内に現存していて、普段は外観しか見られないものの、毎年4月と10月に限り建築物の内部も一般に公開されます。内部には哲学者の像が祀られ、この他にも園内には到る所に哲学に由来するユニークな名前の坂や橋などが点在し、井上円了の思想と世界観を垣間見ることができます。
哲学という学問は、「哲学とは何ぞや?」を追求するらしく、凡人にはなかなか理解しがたいものです。「光輝ある霊性」は極めて抽象的な概念ですが、「腹中に燈籠」となると急に現実界に戻されます。それにしても、人間の心情が狸と同じとは。。。確かにナントカのタヌキと言われる人はいますけどね。
狸燈(りとう)
人間の心情には狸に類するものがあり、しかも、時には光輝ある霊性を発することもあるとして腹中に燈籠を仕込んである。
哲学堂の中は自然の山を思いおこさせます。起伏のある地形に池や階段が配置され、緑が豊かなので昼なお暗いというところもあります。小さな池の岸辺に奇妙な石像が立っています。人の心中に宿る鬼を具現化したものだそうです。狸は腹の中に燈籠が入っていましたが、この鬼像は頭に燈籠を載せていたのだそうです。「。。。いた」というのは造られた当時のことで、今は頭の上にあった燈籠は欠けています。なんか窮屈な格好をしているなと思ったら、そういう事情があったんですね。
鬼燈
唯物園の狸燈に対した燈籠で、人の心中に宿る鬼にも良心の光明は存することを示(?)している。
右の写真は灯篭をのせていた頃の鬼燈です。
森が開けたところに「菖蒲池」があります。梅雨時には菖蒲の花がみられるのでしょうけど、今は未だのようです。「人間は考える菖蒲である」と言わんとしているのかな?
台地の中腹に三対の石像が立っています。煉瓦造りの台が二段あり、石像の前に腰を下ろす人が後を絶ちません。三賢人にあやかろうとしているのでしょうか?
哲学堂七十七場23 三祖苑
三祖碑には、中国の黄帝、印度の足目(アクシャ・パーダ)、ギリシャのターレスの三人が刻まれている。
多礼須(タレス)
むかし、ギリシアに七賢人があり、多礼須がその一番最初の位に居て、西暦紀元前七世紀の人である。早くから数学を究め並行して星学(天文学)を修めた。当時の神話を破り物理原則に依ることを進めて、天地の太初にさかのぼって、最終的には原初存在を水とした。世界の真、森羅万象の元、皆水より生ずと言った。これより後、諸家が輩出して甲論乙駁して遂に西洋哲学の大観(大きな学問)を成した。よって始めて開く、その取っ掛かりが、即ちタレスその人である。
足目仙人(アクシャ・パーダ)
足目はインドの昔の仙人である。その年代は不詳。或いはいう、今の宇宙の始まりに大梵天主がこの仙人を作り上げたと、或いはいう、その人とは即ち帝釈天であると、両説とも荒唐無稽で、信じることはできない。まさにこの仙人は遠く釈迦以前にあって、始めて因明(物事の正邪を見極める論理)の法を説き、九句(正邪の判断基準9種類)のおおもとを立て、十四過(論理立ての過ち14種類)の類に及ぶ。これらを論理の物差しとする。それ以来、諸学派は皆、これに従って論争の邪正の是非を判断するそうである。故に今、アクシャ・パーダを印度哲学の鼻祖にすることを推すのである。
黄帝
伝えられて言うところには、黄帝は有熊氏で名は軒轅である。霊長の神であって、聡明で、五気を察し、五運を立てる。天地の決まりごとに従順で、幽明の占めるところを決定する。又、言うところには、黄帝が岐伯に与えたものは、上には天の規則を究めて、下には地の道理を極め、遠くは諸物を取得し、近くは諸身を取得する。さらに互いに問うことが難しいことには、大経を作った。よって、中国哲学が発する源となり、これよりその後、歴史は千年以上百家が競って立ち上がり、あるものは栄え、あるものは衰えて、今日に至るので、黄帝は、実にその先祖で始まりとなったのである。
哲学堂には77ケ所の「哲学の場」が設けられています(案内板には75ケ所しか書いてありませんが)。この門を通ると哲理の世界から常識の世界に戻れるそうです。ホッ。。。
哲学堂七十七場6 常識門
正門の哲理門に対して普通の出入口の意味で与えられた名称である。
「哲学の一元的見解」って何?
哲学堂七十七場5 一元牆
この垣根によって世間の多元的見解と哲学の一元的見解の境界としている。
「哲学堂公園」の案内板は何カ所かに立てられていますが、井上円了の考えをまとめたものとしては分りやすいです。数学が科学を学ぶ上での基礎になるのと同じように、哲学は世の中を生きていくのに欠かせない論理的な思考を育成するのに役立つのでしょう。
哲学堂公園(国名勝)
哲学堂公園は井上円了(1858年〜1919年)が、その独特な哲学思想をもとに、全財産を投じてつくった社会教育のための公園です。円了は「諸学の基礎は哲学にあり」とし哲学堂公園を開きました。それは、様々な理由で教育を受けられない「余資なく、優暇なき者」老若男女誰でもが学べる場、すなわち「精神修養的公園」と考えました。ここで目指したのは、多様な価値観を理解し、先入観・偏見にとらわれない、論理的・体系的に深く考える人間の育成でした。その方法とは「問う」ことであり「真理の追求」だったのです。そして、このような素養に満ちた人々による、社会の実現が円了の願いでした。哲学堂公園は、現代にも通じる円了の思想を物語る歴史的遺産です。
公園内には幾つかの門がありますが、この門は妖怪門と呼ばれているのだそうです。哲学の世界もいよいよ妖怪の域に達したということなのでしょうか?この地にあった天狗松と幽霊梅に因んでいるとはちょっとこじつけが過ぎるような。
哲理門 明治四十二年(1909年)11月築
哲学堂の本堂である「四聖堂」の正面にあたる門で、「妖怪門」とも呼ばれている。門の両側には、仁王尊の代わりに左右それぞれ「幽霊」と「天狗」の木彫を納めている。木彫の写真は無尽蔵2階に展示している。また、軒瓦に使用されている(丸)哲瓦は絶対城1階に展示している。
哲学堂七十七場4 哲理門(妖怪門)
本堂の正門に当り左右の天狗と幽霊は、もと、この地に天狗松と幽霊梅があったことにちなむとともに、前者を物質界、後者を精神界に存する不可解の象徴とみなしたものである。
通常であれば門の左右には、阿形と吽形が対になった金剛力士像が置かれるのですが、哲学の世界では天狗像と幽霊像でも問題ないようです。
哲理門の天狗像・幽霊像について
哲理門の中に存置されていた天狗像・幽霊像は経年による破損・劣化が著しいため、平成三十年度の哲理門の修復に併せて修復及びレプリカの製作を行いました。
- オリジナルの像は修復後、劣化防止の為、歴史民俗資料館で保管しています。
- 現在存置されているものはレプリカになります。レプリカは、当時の古写真、およびオリジナルの像に残っていた塗料の分析結果を元に、創設当初の色を再現しています。
怖々と網戸越しに天狗像と幽霊像を眺めてみます。表情が感じられない幽霊像が不気味ですね。なんか夢に出てきそう。
本当はこの門から哲学堂公園に入るのが正しいのでしょうけど、今日は逆の道順を辿りました。やっと世俗界に出られます。お酒を飲まなくっちゃあ!
哲学堂七十七場1 眞理界(左柱)・哲學關(右柱)
本園開設当時の門柱であって、これより境内に進むことにより、哲学的に宇宙の真理を味わい、かつ、人生の妙趣を楽しむ所であることを標示している。
哲学堂公園
哲学堂公園は、哲学館大学(現東洋大学)創始者である井上円了が、文部省より大学公称の許可を得たのを記念し四聖堂を建立(明治三十七年)したことに始まります。その後、自らの退隱所及び一般人に対する「精神修養的公園」として私費を投じて整備しました。台地部分の広い範囲は「時空岡」と称する中心広場とし、四聖堂などの主要施設を設けています。南側低地部に「唯物園」と「唯心庭」を配し、道筋には「経験坂」や「二元衢」などの思考状況を示す場所を設定しています。舌状台地先端の立地と崖、川や泉の自然地形を利用し、哲学的空間・概念を巧に配した特異な公園です。四聖堂や六賢台、宇宙館などの建物は、并上円了の哲学的思想と奇抜な意匠により、哲学堂公園の代表的な建造物となっています。井上円了の死後は財団による管理を経て、昭和十九年(1944年)に東京都へ寄付されました。昭和二十一年(1946年)に「哲学堂公園」として開園、その後中野区へ移管され、現在の「中野区立哲学堂公園」になりました。
Tetsugakudo Koen (Philosophy Hall Park)
The history of Philosophy Hall Park (Tetsugakudo Koen) started with the construction of a sanctuary called Shiseido (Philosophy Hall of Four Sages) in 1904 by a philosopher Inoue Enryo, who was the founder of Tetsugakukan University (the predecessor of Toyo University). He constructed the hall to commemorate obtaining a license for establishment of his university from the Ministry of Education. Later he created the park with his own expense to provide for public as a place for "Mental Training based on Philosophy". The most part on the terrace in this park is the main space called "Jikuko", which expresses philosophical time and space. Main facilities such as "Shiseido" are built there. In the southern lower land, philosophical spaces called "Yuibutsu-en" and "Yuishin-tei" are arranged. Along the trail, it is arranged the "Keiken-zaka" slope and "Nigenku" space that indicate philosophical thought. This is a specific park that is located at the edge of a tongue-shaped plateau, and used the natural geographical features such as cliff, river and spring with philosophical concept. "Shiseido", "Rokukemdai" and "Uchu-kan" are representative buildings in this park that Inoue's philosophical thought and original idea are well reflected on them. After his death, the park has been managed by the foundation and in 1944 it was donated to Tokyo Metropolitan Government. It opened as Philosophy Hall Park in 1946. After the jurisdiction was moved to Nakano Ward, the park was called Nakano Ward Philosophy Hall Park.
公園を出て左折した先に新青梅街道が通っています。蓮華寺下交差点付近で中野通りと短区間ではありますが、路線が重なっています。中野通りはここでクランク状に曲っているのです。
そのまま新青梅街道を進みますと、右手に山崎記念中野区立歴史民俗資料館の大きな屋根が見えてきます。この日は休館で入れませんでしたが、中野区に関わる歴史的な展示が多くなされているとのことです。隣接する醤油屋の話は次の「薬師アイロード経由」のところでご紹介します。
資料館から少し戻って住宅地の中を南西方向に進みます。突き当たりで左に折れ、沼袋商店街に入りますが、この沼袋駅に向う商店街の道路は極狭で、通行する人も多く小型車がすれ違うのがやっとです。それでも大型のバスが通っているんですね。皆さん、慣れた感じですれ違っているみたいですけど。
西武新宿線沿いに進みますと、左手に沼袋氷川神社があります。この神社にも見どころはたくさんあるのですが、それは次の「薬師アイロード経由」のところでご紹介します。
中野区のウォーキングマップには見どころだけでなく、グルメどころも紹介されています。名所を巡りながら美味しいものも頂けるのなら一石二鳥ですね。運動もできるから一石三鳥かも。
Kyle’s Good Finds
キャロットケーキ
シナモンなどスパイスを効かせた生地と、レモン風味のフロスティングのハーモニーが絶妙な「キャロットケーキ」など、本場のアメリカンケーキをぜひ。
電話 03-3385-8993
中野区新井2-7-10
サンファスト中野新井1階
営業時間 10時〜18時(祝日は12時〜16時)
休業日 日曜日、不定休
中野サンクォーレタワーは高級分譲賃貸タワーマンションですが、1階にブックファースト、地下にヨークフーズ中野店など、いろんなお店が入っています。丸井の本社もここにオフィスがあるとのことです。地下には郵便局もあって、局番はナント「00001」なんだそうです。全国に2万4、395局あるうちの1番ですが、何で?
CLOCHETTE CAFE
ワッフル
人気のワッフルは注文を受けてから焼き上げ、外はサクッと中はふんわりな食感。ストロベリーやブルーベリーなどのフレーバーを用意。
電話 03−5343−5088
中野区中野4−3−1
中野サンクォーレ1階
営業時間 10時〜19時
休業日 土曜日
中野駅北口に戻ってきました。距離はそこそこあったのですが、まあまあ手軽なお散歩コースでした。渋谷区のコースと比べますと、名所・旧跡という点では見劣りしますが、気楽に歩けるのがいいですね。
今日は「@中野駅〜哲学堂公園周遊コース」の(中野通り経由)を歩いたのですが、順番は逆になりましたが3日前に(薬師あいロード経由)」を歩いています。今日と重複する見どころにかなり時間をかけましたので、今日は同じところは軽く流しています。「(薬師あいロード経由)」では今日流したところもしっかりご紹介しますので、そちらも一緒に見て頂けたらこのコースの魅力も増すのかなと思います。
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