- K双鷺公園〜白鷺せせらぎ公園コース
- コース 踏破記
- 今日は中野区最後のコースである双鷺公園〜白鷺せせらぎ公園コースを歩きます。鷺ノ宮駅に近い双鷺公園をスタート地点として、妙正寺川沿いの周辺を巡ります。
双鷺公園〜白鷺せせらぎ公園コース
双鷺公園〜白鷺せせらぎ公園コースの歩行距離は約2.4km(約3,430歩)、歩行時間は36分、消費カロリーは約108kcalです。
スタート地点:双鷺公園【上鷺宮と下鷺宮を二分する場所であったことが名前の由来となった公園です】
↓ (約0.2km:約 3.0分)
@福蔵院【真言宗豊山寺派の寺院。境内には立派なカエデの木があり、紅葉が見事です】
↓ (約0.4km:約 6.0分)
Aオリーブ橋
↓ (約1.3km:約20.0分)
B西大和公園【子ども向け遊具のほかに、健康遊具も充実している公園です】
↓ (約0.5km:約 8.0分)
ゴール地点:白鷺せせらぎ公園【憩いの広場には、複合遊具や健康遊具などがあり、子どもから大人まで楽しめます】
スタート地点の双鷺公園から歩き始めます。双鷺公園は、西武新宿線鷺ノ宮駅の南口に接して流れている妙正寺川に沿って遊歩道を200m程下流に歩いた左岸奥にある小さな公園です。妙正寺川は妙正寺池を源流とし、蛇行を繰り返しながら西武新宿線の線路と交差を繰り返して、最終的に高戸橋のところで神田川に合流しています。鷺ノ宮駅は、妙正寺川が西武新宿線の駅に最も近づく地点のひとつです。公園の入口には、「双鷺公園」と表示された石板が置かれています。案内板には、双鷺公園の名前の由来が記されています。「双」は、かって地名が上鷺宮と下鷺宮に分かれていたことを表し、「鷺」は鷺宮から採られたとのことです。「鷺」は訓読みでは「さぎ」ですが、音読みだと「ろ」と読むみたいですね。
双鷺(そうろ)公園
この公園を双鷺公園という。双鷺とは、古く江戸時代から昭和七年この地が東京市へ編入されるまで、近くの双鷺橋に沿った道路を境に南側を下鷺宮、北側を上鷺宮と称し、鷺宮を二分する位置にあることに由来する。近くの双鷺橋は、鷺宮音頭の一節に「若い二人の楽しい夢がゆれるこの橋 ゆれるこの橋双鷺橋」と詩われている。その昔、人里離れたこの橋の畔で若者達がロマンの花を咲かせたことから、今なお「恋の双鷺橋」として語りつがれている。昭和二年西武鉄道が開通する前のこの付近は、鷺宮田圃と称し、灌漑用水が清流をたたえ、武蔵野特有の大黷フ陰には萱葺きの農家や白壁の穀倉長屋門などが点在し、素朴な田園風景が見られた。蛙鳴き蛍飛びかう寂寞たる緑田も、文化の流れに淀みなく幾星霜を重ね首都の一角として発展し、鷺宮老人福祉センターと共に双鷺公園が誕生した。
公園は閑静な住宅地にあり、周囲には木々が植えられ、初夏の風が涼しそうです。でも、ベンチには木陰は届かず、おじさんは日光浴をしているのでしょうか?公園に隣接して鷺宮すこやか福祉センターがあります。障害者支援・地域の生活支援、それに高齢者向けの施設も備わっています。
公園の先に「双鷺橋」が架かっています。何ということもない錆付いたコンクリート製の橋ですが、かっては「恋の双鷺橋」と呼ばれていたんですね。鷺宮音頭でなく、歌謡曲になっていたら知名度はもっと上がったことでしょう。
双鷺橋を渡った先の路地の右手に福蔵院があります。福蔵院は真言宗豊山派の寺院で、僧頼珍が大永元年(1521年)に創建したとされています。江戸時代には、隣接する鷺宮八幡神社の別当寺(べっとうじ)を務めていました。別当寺とは、神社の祭神が仏の権現であるとされた神仏習合の時代に、神社を管理するために置かれた寺のことです。神前読経など神社の祭祀を仏式で行い、その主催者を別当(社僧の長のこと)と呼んだことから、別当のいる寺を別当寺と称しました。福蔵院は、御府内八十八ヶ所霊場の十四番札所になります。
山門をくぐった先の右側には、江戸初期のころ奉られた石造の十三仏が並んでいます。案内板には、それぞれの忌日毎に救済を行う仏菩薩の名前が書かれています。
福蔵院の十三仏
ここにならぶ仏菩薩が十三仏です。右から不動明王(初七日)・釈迦如来(二七日)・文珠菩薩(三七日)・普賢菩薩(四七日)・地蔵菩薩(五七日)・弥勒菩薩(六七日)・薬師如来(七七日)・観世音菩薩(百か日)・勢至菩薩(一周忌)・阿弥陀如来(三回忌)・阿【しゅく】如来(七回忌)・大日如来(十三回忌)・虚空蔵菩薩(三十三回忌)です。この十三の仏菩薩は、死後の忌日をつかさどるもので、冥界で生前の審判を受ける死者の救済を願ってまつられたものです。このように自他の供養がまとめて修められることから、室町時代以降、民間で広く信仰されました。銘によれば、八体は、寛文六年(1666年)の大日如来像を最古として、貞享二年(1685年)の普賢菩薩像に至る十九年間に造立され、あどの五体は破損したものとみえ、現存のものは百余年後の寛政八年(1796年)に真言講中の二十七人によって再建されたものです。このように石像で十三体そろったものは都内でもめずらしく、他の石仏と同様、江戸時代後期の日常生活に深く根づいていた庶民信仰の現われといえましょう。
福蔵院は、秋には素晴らしい紅葉を見せる楓の木でも知られています。普通、紅葉といえばモミジですが、モミジという呼び方は日本特有のもので、どちらも同じカエデ属の植物です。違いといえば、日本では楓の中でも特に真っ赤に色づく種類をモミジ、その他は楓と呼んでいるのです。また、境内には推定樹齢350年とされる花梨(カリン)の木があります。花梨の木も紅葉が美しく、古くから庭木として愛されてきました。そんな歴史を感じさせる福蔵院の秋の光景に目を奪われることでしょう。残念ながら今は新緑の季節ですが。
福蔵院に隣接して鷺宮八幡神社があります。塀の上に掲げられた長大な案内板には、神社の由緒が書かれています。
鷺宮八幡神社
御由緒
康平年間(1058年〜1065年)、源頼義公勅を奉じ東国平定後鎌倉街道に面した当地に社殿を建て八幡神の御神霊を奉祀し戦勝感謝国家安泰、源氏の隆昌を祈願したのが始まりと伝えられる。往昔、境内に老樹林立し鷺が多く棲んでいたので、里人は鷺宮大明神と称し、これが地名の起因となった。正保二年(1645年)今川直房所領の頃、八幡神社と改称した。慶安二年(1648年)以降江戸幕府より御朱印七石余を寄進せられ、中野区内に於いて御朱印を付与された唯一の神社で崇敬厚き古社である。
こちらの御由緒板には、戦後の出来事も記されています。新築・改修・境内整備など、様々な工事が行われたようで、地元民の寄進も相当なものだったことでしょう。
八幡神社(通称鷺宮八幡)
由緒
当社の創建は康平七年(1064年)陸奥守源頼義勅を奉じ、東国平定後鎌倉街道に面した当地に社殿を建て、八幡神の御神霊を奉祀し戦勝感謝国家安泰、源氏の隆昌を祈願したのが始めであると伝えられる。往昔境内に老樹、林立し鷺が多く棲んでいたので、里人は鷺宮大明神と称し、これが地名の起因になった。正保二年(1645年)今川直房所領の頃、八幡神社と改称した。慶安ニ年(1648年)以降江戸幕府より御朱印七石余を寄進せられ、中野区内に於て、御朱印を付与された唯一の神社で崇敬厚き古社である。戦後宗教法人法により発足し、昭和二十五年国有境内地3462u(1049坪)の譲与を受け、昭和三十五年本殿・幣殿・拝殿五十坪余改築、及手水舎改築、明治百年記念事業として、昭和四十年御嶽神社、昭和四十二年稲荷神社を同社境内に合併改築、同年神楽殿改築、参集殿新築、石塀設置、昭和五十年天皇陛下御在位五十年記念、狛犬設置、昭和五十六年本殿・幣殿屋根葺替え改修、昭和六十三年天皇陛下御在位六十年記念事業として、社殿改修、常夜燈設置等神社の面目一新し今日に至っている。
境内の一画には巨石が並べられ、「力石」の案内板が立っています。よく読み取れませんが、近在の村々の力自慢達が祭りで力石を競い、最も力持ちだった人の名前を石に刻んで健康と長寿を祈願して奉納したそうです。形も大きさも重さも手頃のようなので、漬物石として活用すれば良かったのに。
オリーブ橋を渡って妙正寺川の対岸に出ます。橋の先に若宮オリーブ公園があります。オリーブ橋とかオリーブ公園という名前は珍しいですね。何故オリーブという名前が付けられたのかといいますと、近くにオリーブで有名な小豆島を舞台にした「二十四の瞳」の作家壺井栄が住んでいたからということだそうです。公園にはオリーブの木が植えられているとのことですが、植物に疎い私にはどの木がそうなのか分かりませんでした。ちなみに、橋の欄干にはオリーブの枝の切り絵が添えられています。
コースマップでは、寿橋で折り返すことになっています。その橋の近くに西大和公園があります。
公園の中には、ブランコやすべり台・鉄棒・砂場などの定番の施設が備わっています。4連のブランコは囲いもあって、安全性も考慮されていますね。すべり台には端っこに突起が付いていますので、滑り終えても直ぐに上に上がれます。よく考えられた作りです。
子供向けの遊具の他に、最近各地の公園に見られる健康器具も備わっています。腕立てボード・ろく木・そろそろ平均台・ゆったりステップ・背のばしベンチなどなど。使い方や効能を説明したボードがあれば尚いいのですが。
みはと公園というのもあります。アザラシかと見間違えるような巨体です。オットセイかも?
ゴール地点の白鷺せせらぎ公園に着きました。公園の背後には高層住宅が並んでいます。白鷺せせらぎ公園は鷺宮の調節池上部多目的広場として整備され、平成二十七年に利用が開始された公園です。遊具やベンチを備え、木々も植えられて住民の憩いの場になっています。隣接して多目的運動場があり、綺麗に敷かれた芝生が特徴です。
調節池というのは、大雨で妙正寺川の水量が増したときに、地下に造られた貯水施設に一時的に川の水を取り込み、増水が収まった後で、貯めた水を川に戻す働きをします。妙正寺川の護岸には増水した水を取り込むための取水口が幾つも並んでいます。
ということで、双鷺公園〜白鷺せせらぎ公園コースを歩き終えました。他のコースでも訪れた場所があり、また短い距離でしたので気楽に歩けました。中野区のウオーキングコースは今回の歩きで全て終了しました。5月1日から5月15日までの半月間でしたが、中野区の魅力を余すところなく堪能することができました。今まで知らなかった名所・旧跡も訪れることができ、改めて中野の魅力を再発見した次第です。次回からは新宿区のウオーキングコースを歩きます。副都心・新宿を探求し尽くします!
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