I西新宿で大人な街あるき  

コース 踏破記  

今日は新宿区の「I西新宿で大人な街あるき」を歩きます。新宿駅南口をスタート地点として、新宿駅西口の高層ビルの間を巡り、新宿中央公園の新緑を満喫します。  

「I西新宿で大人な街あるき」の歩行距離は約4.5km(約6,400歩)、歩行時間は69分、消費カロリーは約207kcalです。

スタート地点:新宿駅南口
↓ (約0.3km:約 5.0分)
@SUICAのペンギン広場
広場から眺める新宿駅に発着する鉄道などは、新宿ならではの光景。
↓ (約2.2km:約33.0分)
A東京都庁
建築家丹下健三氏が設計し、平成三年に完成。第一本庁舎45階の展望室は、地上202mの高さから都内を一望できます。
↓ (約0.5km:約 8.0分)
B新宿中央公園
淀橋浄水場跡に設けられた緑豊かな公園。夏開放のジャブジャブ池には多くの親子連れが訪れます。
↓ (約0.9km:約14.0分)
C平和祈念展示資料館(新宿住友ビル33階)
戦争体験のない世代にも歴史を伝えるためにできた資料館。実物資料、ジオラマなどを展示。
↓ (約0.6km:約 9.0分)
ゴール地点:新宿駅西口


スタート地点の新宿駅南口から歩き始めます。新宿駅南口は甲州街道を挟んで、南口改札と新宿駅新南口の甲州街道改札が向かい合っています。コースマップでは、南口改札前をスタート地点とし、甲州街道を渡って新宿駅新南口に向かいます。ちなみに、甲州街道を渡ると、そこは住居表示では渋谷区の代々木二丁目になります。



新宿駅新南口の駅舎の2階から4階にバスタ新宿があります。バスタ新宿は、高速バスターミナルやタクシー乗降場などを集約した交通ターミナルです。バスタ新宿の開業前は新宿駅西口周辺に高速バスの乗降場が19ケ所に分散していました。バスタ新宿の開業により、118社のバス事業者が乗り入れ、1日の発着便数は最大1625便、停車場数は15、行先は39都府県の300都市にも及び、高速バスターミナルとしては日本最大の規模となっています。2015年に国土交通省がターミナルの愛称を公募し、選考の上最終的に「バスタ新宿」に決定されました。選定理由としては、「バス・タクシーの乗降場を中心とした立地特性をとらえており、交通の複合ターミナルであることをイメージできる」ことや、「誰からも呼びやすく覚えやすい言葉であり、末永く多くの人々に親しまれ、愛されることが期待できる」ことなどが挙げられました。



新宿駅新南口の駅舎の歩行者広場に「SUICAのペンギン広場」が設置されています。令和二年(2020年)にリニューアルされたばかりの施設です。SUICAはJR東日本の ICカード乗車券として2001年11月18日にデビューし、その記念セレモニーが開催されたのが新宿駅という縁があります。



広場の中に、「SUICAのペンギン」をオブジェ化したブロンズ像が置かれています。高さ約2.5m(台座含む)の像は、未来へ向かって歩んでいく姿を表現しています。台座の裏面(線路側)には、SUICAの歴史を記載したカードパネルが設置されているそうですが、植え込みに遮られて見落としました。



広場からは複雑に絡み合った線路を走る電車、左手には新宿高島屋が入る「TIMES SQUARE」やエンパイアステートビルを想わせるNTTドコモ代々木ビル、右手にはJR東日本の本社ビルが眺められ、オープンデッキと相まって新宿の隠れた観光スポットになっています。



NEWOMANは、JR新宿ミライナタワーの1階〜4階と新宿駅新南口の駅舎2階にルミネが展開する商業施設です。従来のルミネより年齢層が高めの30代〜40代のより上質で本物志向の大人の女性をメインターゲットにしています。エキナカ(改札内の物販店)は銘菓・惣菜などを中心に展開し、エキナカを囲う形で路面に面したエキソトにはカフェや飲食店などがが配置されています。約8割の店舗が新宿初出店といわれています。オイスターバーといえば、アトレ品川の「グランド・セントラル・オイスター・バー&レストラン」が有名ですが、新宿のNEWOMANにはWHARF(ワーフ)というお店が入っています。WHARFは「埠頭・波止場」の意味を持つオイスターバーで、シンガポール発祥・日本初上陸とのことです。「牡蠣と人が集う賑わいの港」をコンセプトに、生牡蠣やカキフライなどの牡蠣料理をはじめ様々な海鮮料理を提供しています。ちなみに、カキフライは日本独自の調理方法らしいです。西洋では古代ローマにおいて牡蠣は生食するものでした。この食文化を引き継ぐ形で世界中に拡散している欧米文化圏(フランスを中心に、イタリア・アメリカ・オーストラリアなど)では牡蠣は生で食するのみで、フライ料理は見当たらないようです。私も海外でカキフライは見たことがありません。



新宿副都心の超高層ビル群の先頭を切って1971年に竣工した京王プラザホテルには、武蔵野の雑木林を模した庭園が造られています。一年を通じて四季の変化が美しく、しばし緑陰で涼んだり、休憩していく人もいます。雑木林庭園は、ランドスケープデザインの新時代を切り拓き、自らを「外空間作家」と称した深谷光軌氏がホテル開業時に手がけた作品で、武蔵野の原風景を高層ビルが建ち並ぶ都市景観に見事に調和させた傑作として、今なお語り継がれ、訪れた人々を癒しています。「みどりの新宿30選」にも選ばれています。



新宿住友ビルの敷地の角に両手を広げた神父さんのようなブロンズ像が置かれています。新宿副都心のあちこちにはいろんなパブリックアート作品が展示されていて、さながらオープン美術館の様相を呈しています。この像は「対話」というテーマで富永直樹氏が制作したものです。言われてみれば、そう見えないこともないのですが。。。 



パリのノートルダム大聖堂を想わせる都庁舎は、丹下健三氏の設計(構造設計は武藤清氏が担当)により平成二年(1990年)12月に竣工しました。



都庁舎はツインタワーになっています。第一本庁舎は地上48階・地下3階・高さ243mで、竣工時には池袋のサンシャイン60を抜き、日本一の高さを誇っていました。バブル景気の最中に計画された超高層ビルであり、「バベルの塔」をもじって「バブルの塔」、また投入された税金から「タックス・タワー」と揶揄されることもありましたが、東京の観光名所のひとつとして人気を集め、第一本庁舎の45階に設置されている展望室には訪れる人が絶えません。地上202メートルの高さから東京の街を一望できます。夜間はライトアップされ、コロナ渦の緊急事態宣言時には「血の塔」と化しました。第二本庁舎は地上34階・地下3階・高さ163mで、業務棟となっています。第一本庁舎の32階と第二本庁舎の4階には職員食堂があり、来庁者は誰でもセルフ方式で利用できるそうです。食材ロス削減のため、バイキング形式にしてもらえたらいいのですが。



都庁舎の隣には広大な新宿中央公園が位置しています。新宿中央公園は前のコースでも訪れましたが、今回は南側の入口から入ります。入口を進んだ左手には夏の間開設されるジャブジャブ池があり、多くの親子連れが訪れます。今は梅雨前ですので、池は干上がって誰もいません。



新宿中央公園は「ふれあい通り」によって南北に分かれています。ふれあい通りを跨ぐ歩行者用陸橋には「公園大橋」という名前が付いています。新宿副都心を地図で見ますと、正方形の区画が整然とマス形に並んでいます。これはかっての淀橋浄水場の浄水池をそのまま利用して区割りが行われたためです。



公園内には様々な植栽がなされていますが、主な樹木には案内板が立てられています。何気ない梅の木にも歴史があるんですね。

この梅は「銀世界」と呼ばれています

明治十三年頃、新宿角筈(現在のパークタワービル敷地内)に銀世界と呼ばれた梅林があり、明治の終わり頃にその地を東京瓦斯が買収いたしました。その頃あった梅の木の何本かは、現在の都立公園に移植されて梅林として存続しています。その後、東京都庁の西新宿への移転等の慶びを記念する事等から地元「西新宿をよくする会」の発意で、東京農業試験場のご協力により、芝公園の梅に(の?)木から「接ぎ木」をして育てた苗木を新宿中央公園に植樹したものです。平成三年十二月、この植え込みに「五本」、公園大橋を渡り東側の法面(のりめん)内に「十五本」植えられました。




新宿中央公園の高台は富士見台と呼ばれています。淀橋浄水場時代から存在していたもので、頂上に六角堂が建っています。高層ビルのなかった当時は富士山が綺麗に眺められたことでしょう。石碑には、そのいわれが記されています。

富士見台

この丘は公園の最高所(標高 東京湾中等潮位+45米)で、はるか西空に秀嶺富士を仰ぐ展望台である。なお、ここにある六角堂は淀橋浄水場時代のものを補修してそのまま残した。また通路の飛び石は浄水池の壁に使われていた明治三十年頃の古い煉瓦てある。




案内板も立っています。六角堂はかっての浄水池群の西端の高台に建てられています。ここから浄水池の全景を眺めるために設置されたのでしょう。東に浄水池、西に富士山の眺望が楽しめる六角堂には物見遊山の人々が押し寄せたことでしょう。

旧淀橋浄水場六角堂

六角堂は、旧淀橋浄水場の洋風四阿(あずまや)で、階段を上がった先にある富士見台と呼ばれる築山上にあります。建てられた時期は、明治三十九年から昭和二年の間と考えられています。公園整備の際に、当時の地盤をそのまま残し、浄水場時代の記念物として保存しました。今では、浄水場があった当時の施設等はほとんど無くなり、この六角堂は現存する 貴重な施設であることから、平成二十五年3月に新宿区の「地域文化財」に認定されました。六角堂の足元にはレンガを用いた飛び石があります。これは浄水場に使われていたレンガを再利用したものです。

かつての六角堂と淀橋浄水場の様子

当時の淀橋浄水場を訪れた見学者は、六角堂付近で場内を眺めながら説明を受けたり、休憩したりしていました。六角堂がある富士見台は、明治三十九年から始まった沈でん池の増設工事で発生した残土を使い、築山にしたものです。




左側が旧淀橋浄水場当時の六角堂、右側が昭和三十六年の淀橋浄水場(赤い丸が六角堂)です。これらの浄水池跡に超高層ビルが林立するとは誰も想像すらできなかったでしょうね。



新宿中央公園の緑の多さには圧倒されます。周辺には企業が入居するオフィスビルが多く、昼休み時には大勢のサラリーマン達が散策したり、石段に腰を下ろして休んだりと、癒やしの場になっています。



植栽の中に、「やわらぎ」というテーマのブロンズ像が置かれています。これもパブリックアート作品のひとつなのでしょう。子供が母親の手から落っこちそうですが。


やわらぎ。ゆっくりと溶けあう母と子の間の温かい火のように、めぐりあう心と心をあえかに暖めあおう。

注:「あえか」とは、「夢や希望などが儚(はかな)げで美しいさま」をいいます。




公園内の植え込みの中に、「写真工業発祥の地」という案内柱が立っています。その横には文化財認定のプレートが置かれています。

地域文化財 第3号 六桜社跡

明治三十五年〜昭和三十八年の間操業していた、六桜社(現コニカミノルタ)の写真感光材製造工場の跡である。




案内柱には「写真工業発祥の地」のいわれが記されています。

写真工業発祥の地

この地は、明治三十五年五月、小西本店(現・コニカミノルタ)が、写真感光材料の国産化を図り、研究所と工場(六桜社)を建設し、製造を始めたところである。同社は、さらにカメラの製造も始め、写真フィルムの国産化にも成功した。その後、昭和三十八年、新宿副都心建設事業により、八王子・日野へ移転した。今日わが国は、世界の写真王国となっているが、その礎は、この地で築かれたものである。




公園の外れに、緑濃い雑木が生い茂る一画があります。ビオトープは、生物群集の生息空間を示す言葉で、ギリシア語の「bio(命)」と「topos(場所)を合成した造語です。元々は、ドイツで生まれた生物の生息場所を意味する概念です。生物が住みやすいように環境を改変することを指すこともあります。日本では1990年代から環境共生の理念のもとで、環境改善の意味合いでビオトープの名を冠した事業が行われるようになってきました。ある生物を保護するとしても、その生物単体の採取を規制するだけでは駄目で、その餌となる生物や繁殖地、さらに餌となる生物が食する植物など関連する自然生態系全体を維持する必要性が次第に認識されてきています。新宿中央公園ビオトープでは、都市ではなかなか見ることができなくなったバッタやチョウなどのさまざまな生き物や草花たちに出会うことができます。



熊野神社には前回のコースでも訪れましたが、「熊野神社の文化財A」が見つかりませんでした。神輿蔵だったんですね。

熊野神社の文化財A 神輿蔵

神輿は、神社の例大祭などで氏子区域を巡幸するもので、古くは奈良時代の記録に見られます。普通は木製黒塗で、四角造・六角造・八角造・お宮造などの形式があります。主に屋根・胴・台輪の三部分からなり、屋根上には鳳凰を置き、台には二本の棒を貫きます。神社祭礼の神輿は、通常この棒を肩でかつぐ形です。この神輿蔵には、神社の宮神輿(大神輿)と、熊野神社の氏子の組織である睦の町神輿(大人神輿と子供神輿)が保管されています。宮神輿は、昭和三年(1928年)に十二社と淀橋の氏子により製作されたもので、大祭に巡幸します。




新宿中央公園には、ふたつの人工の滝が造られています。入口広場に面した新宿ナイアガラの滝は、カナダのオンタリオ州とアメリカのニューヨーク州の国境沿いに位置し、北アメリカ大陸の中で最も規模の大きいナイアガラの滝をイメージしています。中央に岩による段差が設けられ、滝しぶきが一段と迫力を増しています。昭和五十七年に完成し、夏には涼を呼ぶ人気のスポットになっています。



もうひとつの滝は、ナイアガラの滝の裏面に造られていて、新宿白糸の滝という名前が付けられています。流下する水の様子が白糸や絹糸を垂らしたようであることから、日本各地の山間にある白糸の滝をイメージしたものです。ちなみに、日本三大名瀑布には、和歌山県那智勝浦町の那智川中流にかかる「那智滝」と栃木県日光市の華厳渓谷にある「華厳滝」と地元の瀑布を含めるのが通例ですが、静岡県富士宮市にある「白糸の滝」を挙げる人が少なくありません。亀が甲羅干しをしている「新宿白糸の滝」を挙げる人はまずいないと思います。



コースマップには、新宿住友ビル33階にある平和祈念展示資料館が訪れるべきスポットとして載せられていますが、生憎(歩いた当時は)コロナ渦で閉館中になっています。コースマップには、「戦争体験のない世代にも歴史を伝えるためにできた資料館。実物資料、ジオラマなどを展示。」と書かれています。今日は特徴あるビルの外観を眺めるだけにします(2022年4月24日現在では、展示を再開しているようです)。



新宿スバルビルには、かって富士重工業(現在のSUBARU)が本社を置いていました。富士重工業は2014年に移転し、その後スバルビルの解体工事が行われ、2019年に更地になりました。現在、跡地は「SHINJUKU ODAKYU PARK」として、時折イベント会場として使われています。JR新宿駅西口から新宿センタービルまで延びる地下通路の新宿スバルビル直下の壁には「新宿の目」というオブジェが展示されていますが、その去就については検討中とのことです。新宿の目は、宮下芳子氏による目を模した高さ3m・幅10mのアクリル製オブジェのパブリックアートです。1969年に製作され、内部に照明が組み込まれていて、「新宿で最も目を引くパブリックアート」と評されています。この大きな目で通行する人を監視しているのでしょうか?



ゴール地点のJR新宿駅西口に着きました。つい最近までは、新宿駅西口から東口に行くには、誘惑の多い地上の思い出横丁を経由するか、丸ノ内線の新宿駅に沿った地下通路を通るしか手段がありませんでした。2020年7月19日、長年の念願だった新宿駅東西自由通路がついに完成し、昭和の時代から続いてきた西口と東口のアクセスの不便さが解消されました。



ということで、「I西新宿で大人な街あるき」を歩き終えました。「大人な街あるき」というタイトルなので、新宿の飲み歩きかと思ったのですが、健康的な昼間のお散歩でした。




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