C馬事公苑界わいコース・用賀駅→馬事公苑(1)  

コース 踏破記  

今日は世田谷区の「馬事公苑界わいコース・用賀駅→馬事公苑(1)」を歩きます。東急田園都市線用賀駅をスタート地点として、用賀中町通りを北上し馬事公苑けやき広場に至ります。  

「馬事公苑界わいコース・用賀駅→馬事公苑(1)」の歩行距離は約1.6km(約2,290歩)、歩行時間は約24分、消費カロリーは約72kcalです。

スタート地点:東急田園都市線用賀駅東口

ゴール地点:馬事公苑けやき広場


スタート地点の東急田園都市線用賀駅東口から歩き始めます。



用賀駅に直結して高層タワービルが建っています。世田谷ビジネススクエアは、28階建の超高層ビルを軸に、8つの建物からなる商業・業務施設です。「ニューオフィスゾーン」として、旧東急玉川線車庫跡地2.9haに、複合機能(業務・商業・住宅・文化)の調和と駅前空間の整備を目標として開発されました。水と樹木に囲まれた散歩道・庭園・プロムナードを配したデザインになっていて、人が行き交うことを考慮しながら最先端の機能を備えています。全体はタワービルと中低層建築群で構成されていて、タワービルは街の象徴ともなり、隣接する東名高速道路を通って東京都心に入る際のランドマークとなっています。緑の屋上を階段状にステップダウンする構成の中層棟を高速道路側に配置し、敷地北側の遊歩道には2階建ての低層建物が面しています。遊歩道は用賀駅から世田谷美術館へのアプローチとなっていて、東急グループが敷地の一部を提供したことで、敷地西側で整備が止まっていた「いらかみち」が駅まで延長され「用賀プロムナード」が完成しました。



用賀駅前商店街を進み、用賀駅入口交差点で左折して用賀中町通りに入ります。



通りの左手に真福寺の参道が延びています。真福寺の創建は天正年間で、開基は用賀村の開拓の功労者飯田図書です。飯田図書は後北条氏に仕え、用賀の地に住みついた後に勢力をつけて苗字・帯刀が許されたといわれています。真福寺は等々力にある満願寺の末寺で、本尊の大日如来は奥沢にある浄真寺の住職の作だといわれています。古くから山門が赤かったため、「赤門寺」とも呼ばれています。現在の山門は昭和二十八年(1953年)に完成しました。真福寺は真言宗の瑜伽(梵語で【ヨーガ】とも読まれます)の道場跡に建てられ、それが地名の用賀(ようが)の由来になったという説もあります。

瑜伽山真如院 真福寺由来

当寺は真言宗智山派に属し京都東山七条、総本山智積院の末寺。御本尊は金剛界大日如来。大日堂には胎蔵界大日如来(石像)を安置する。創建は今から四百有余年前戦国時代永禄元亀の頃と伝える。法印宗円和尚により開山され、開基は飯田図書(法名花厳院芳誉善慶居士、天正元年三月八日歿)。江戸時代の享和三年(1803年)本堂、庫裡が全焼し、後に文化十年(1813年)再建された。山門は、古くは現在地より南、大山道に面し朱塗りであった為赤門寺とも呼ばれていた。境内左側の宝筐印塔は元文四年(1736年)の建立。六地蔵、芭蕉句碑、上人塚碑、太子堂、庚申堂等は昭和年代当地に移設されたもの。又、山号は近時、実相山から瑜伽山に改められた。玉川八十八ヶ所霊場第三十九番札所。




境内に芭蕉の句碑が建っています。「木槿」は、俳句では秋の季語で、栃木県下都賀郡野木町友沼にある法音寺にも芭蕉の句碑が残されています。ちなみに、木槿は韓国の国花だそうです。

芭蕉句碑

江戸時代後期、用賀村大山道沿いで手広く醤油業を営んでいた商人鈴木六之助(俳号天由)が建立した句碑

   道の辺の 木槿(むくげ)は馬に 喰われけり

松尾芭蕉が貞享元年(1684年)秋、野ざらし紀行の旅に出て、大井川近くで詠んだ句




右側の祠が嘉永年間に建立された太子堂、左側の祠が弘化四年に建立された庚申堂のようです。

庚申堂・太子堂由来

武州荏原郡用賀村字向ノ高橋亀(?)太郎・鈴木長兵衛ノ両世話人ハ、講中廿五名ト共ニ、弘化四年秋地区街道ノ安全ト村民ノ除災獲福祈願ノ為庚申像ヲ、又嘉永年間職方ノ守リ本尊トシテ聖徳太子像ヲ建立(現用賀町1の233)シタリ。此度ソノ境内地ヲ消防署拡張用地トシテ提供ノ為、講中総会議決ヲ得テ、其堂ヲ真福寺境内ニ移転スルモノナリ。




馬事公苑の西側に沿って進み、北西の角から五輪愛馬通りに入ります。



東京農大の「食と農の博物館」が建つ区画内に「上用賀二丁目ファミリー農園」があります。ファミリー農園は、世田谷区民が土に触れ、野菜作りを楽しむ場として世田谷区が管理しています(但し、業務は外部の団体に委託)。ファミリー農園は1区画で約15平方メートルが利用でき、水道・物置・農機具(クワ・スコップ・レーキ・ジョウロ)などの農作業に必要な設備が備えられています。野菜や花など、自分の好きなものを自分のペースで作って楽しむことができます。私も1年だけですが、家庭菜園をやったことがあります。素人の悲しさ、出来損ないの野菜ばかりで、殆ど食べられる状態で収穫出来ませんでした。あと、野菜に付く虫と夏の時期の蚊にはホトホト悩まされました。見る分にはいのですが、実際にやるとなると大変です。農家の方の苦労が偲ばれます。



ゴール地点のけやき広場に着きました。



用賀の地名が「瑜伽」の道場に由来するとは初めて知りました。「用のない人が住む町」ではなかったんですね。次回は「馬事公苑界わいコース 用賀駅→馬事公苑(その2)」を歩きます。




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