- @高島平散策コース 【自然ルート】
- コース 踏破記
- 今日は板橋区の「@高島平散策コース 【自然ルート】」を歩きます。西台駅をスタート地点として、新河岸川を渡り、寒風吹きすさぶ荒川土手を散策し、昭和の遺産高島平団地を巡ります。最初に歩いたのは初冬の2021年12月でしたが、記憶が薄れてきましたので2024年7月に改めて歩きました。なので、冬と夏の写真が入り交じっています。
@高島平散策コース 【自然ルート】
整然と区画された住宅地域と産業拠点の性格を持つ最も広いエリア
「@高島平散策コース 【自然ルート】」の歩数は約9,143歩、歩行距離は約6.4km、歩行時間は約96分、消費カロリーは約288Kcalです。
スタート地点:都営地下鉄三田線西台駅東口
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- ポイント1 舟渡大橋
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- ポイント2 荒川土手
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- ポイント3 リサイクルプラザ
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びん、缶の中間処理の行程の見学、リサイクル家具の展示、販売(抽選)をしています。また、シャワー、ロッカー室(有料)が設置されており、スポーツの汗を流す事ができるほか、屋上ではバードウォッチングを楽しめます。
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- ポイント4 熱帯環境植物館グリーンドームねったいかん
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東南アジアの熱帯雨林を温室、冷室、ミ二水族館で再現し、自然を体験することができます。夏季及び土日祝日に限り、喫茶室ではマレーシア料理が楽しめます。
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- ポイント5 こども動物園高島平分園[徳丸ヶ原公園内]
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ヤギやヒツジ、モルモットとふれあえる小さな動物園です。かわいいシカやウサギ、セキセイインコもいます。
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- ポイント6 高島平団地とけやき並木
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昭和四十年代に団地の整備が行われ、現在の高島平の風景が作られていきました。約600m続くけやき並木は、団地とともに成長し、四季折々の美しさを見せてくれています。
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- ポイント7 前谷津川緑道
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ゴール地点:都営三田線高島平駅東口
スタート地点の西台駅東口から新河岸川に架かる「舟渡大橋」に向かって歩き始めます。
- ポイント1 舟渡大橋
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舟渡大橋は、都道447号赤羽西台線の新河岸川に架かるアーチ型の二重構造の橋で、上部は車両・下部は歩行者専用の歩車分離式の橋になっています。
下の階の歩道部分はスロープから入場することが出来るため、自転車でも通行が可能になっています。
舟渡大橋の新河岸川下流側は大きく変形しているため、橋からの景色が面白く、映画やTVドラマなど様々な作品でロケ地として撮影が行われています。2021年に訪れた時は左岸側は何もない空き地でしたが、2024年現在はその場所に巨大な物流施設が建っています。「MFLP・LOGIFRONT東京板橋」という名称で、延床面積約77、400坪を誇る都内最大の物流施設になるのだそうです。物流施設として最高レベルのスペックを実現し、さらに未来のドローン物流を見据えたR&D区画も整備されるとのことです。殺風景な場所ならロケ地に向いているのでしょうけど、こんなに真新しい巨大なビルが背景だと、ドラマのストーリーにそぐわなくなりそうです。
左が2021年12月の写真、右が2024年7月の写真です。
舟渡大橋を渡ったところに「舟渡水辺公園」があります。舟渡水辺公園は、旧荒川の河道跡(蛇行跡)を入江として整備した親水公園です。新河岸川沿いに位置し、親水テラスがある他、健康器具が多く設置されています。
公園の中ほどに、「北京市石景山区 友好の水辺」と記された碑が置かれています。
板橋区の友好都市
北京市石景山区
板橋区は、1997年10月8日、中国の首都北京にある石景山区と友好交流協力関係に関する合意書に調印しました。この友好都市提携を記念して、1997年12月18日、板橋区を訪問した石景山区長と板橋区長が、記念植樹を行いました。「エンジュ」と「シダレヤナギ」は、ともに中国原産で北京市内でもよく見かける木です。石景山区は北京市の西に位置し、天安門から区の中心まで約16km、地下鉄で約20分の距離です。人口約30万人、面積約86平方キロメートル、区の名前は区内にある石景山にちなんで名付けられ、夏商時代(紀元前21世紀〜前11世紀)からの悠久の歴史があります。
舟渡大橋を渡り、「荒川土手」に向かいます。
- ポイント2 荒川土手
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倉庫街を抜けて、荒川の土手に上ります。私のようなヒマを持て余す人間はいないのか、遊歩道にも河川敷にも人影は殆ど見当たりません。
板橋花火大会は、毎年8月の第一土曜日に、対岸の戸田橋花火大会と一緒に行なわれますが、板橋区側の花火鑑賞ポイントはちょうどこの辺りになります。
いたばし花火大会(板橋十景)
昭和二十五年(1950年)に板橋区と戸田町(現戸田市)との境界変更が行われ、翌年にその記念として花火大会が開催されたのがいたばし花火大会の始まりです。対岸では戸田橋花火大会が同じ日に開催され、両大会で合計約10、000発以上の花火が夜空を彩り、毎年数十万人もの人出があります。最近では、「実力のいたばしの花火」として、マスコミ等からも注目されており、東京のみならず関東近県から多くの人が訪れ、隅田川の花火大会と共に東京を代表する花火大会となっています。
気のせいか、河川敷に向かう土手の斜面が階段状になっています。ひょっとして、これは花火の観覧席仕様になっているのでしょうか?板橋区内の代表的な観光名所には、「板橋十景」と書かれた石柱が建っています。これは、平成十五年2月に板橋区の区制70周年を記念して区民の応募により選定されたものです。「いたばし花火大会」は、その3番目になります。ちなみに、今回の板橋区散策コースでは、これら十景(「田遊び」の重複を加味すると十一景になりますが)全てを訪れることが目標です。
荒川土手に隣接する「リサイクルプラザ」に向かいます。
- ポイント3 リサイクルプラザ
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リサイクルプラザは、瓶や缶の分別・再資源化工場に併設された複合施設で、入館無料で誰でも自由に利用することができます。シャワー・ロッカー室・トイレ・自販機・駐車場などを備え、休憩コーナーでは飲食も可能になっています。空気の澄んだ日には、屋上から富士山・浅間山・男体山・筑波山を望むこともできます。不要となった家具・衣類などのリユース販売や、ごみの3R(発生抑制・再使用・リサイクル)の啓発、環境学習講座・イベントも開催しています。また、再資源化工場の作業をガラス越しに見学することもできます。
リサイクルプラザから「熱帯環境植物館グリーンドームねったいかん」に向かいます。新河岸川に架かる徳丸橋の下流右岸に板橋清掃工場の煙突が聳えています。現在の板橋清掃工場は三代目で、平成十四年(2002年)に竣工しました。稼働を始めてから20年が経過しますが、建物はとても綺麗です。何より、工場の敷地内には多くの樹木が植えられていて、森の中の工場といった感じです。
徳丸橋の上流左岸には、東京ガス板橋整圧所の3つ並んだガスタンクが見えます。菅田将暉さんと有村架純さんが主演し、2021年1月29日に公開された恋愛映画「花束みたいな恋をした」でロケ地になったみたいです。
- ポイント4 熱帯環境植物館グリーンドームねったいかん
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「熱帯環境植物館グリーンドームねったいかん」は、隣接する板橋清掃工場の余熱を活用した室内植物園で、それまでの温室植物園を改修して平成六年(1994年)9月に開館しました。開館と同時期に、板橋区はマレーシアのペナン州政府と「友好提携に関する共同声明」に調印しています。2020年9月から改修工事を開始し、2021年4月20日にリニューアルオープンしました。この植物園には、深海魚や珊瑚礁の魚類などの海水生物が飼育されている水槽から、アジアアロワナや国内で唯一の展示が知られている世界最大の淡水エイであるヒマンチュラ・チャオプラヤなどの東南アジアの熱帯魚が飼育されている大型水槽などがあるミニ水族館から始まり、ニッパヤシマングローブ林、そしてフタバガキ科、ラン、シャクナゲなどの他の植物を含む、300種類以上の東南アジアの植物をもつ温室があります。喫茶室「クレア」は土日・祝日のみの営業で、マレーシアカレーやナシゴレンなどアジア料理を提供し、平日は休憩所として開放しています。
熱帯環境植物館グリーンドームねったいかんから「こども動物園高島平分園」に向かいます。
- ポイント5 こども動物園高島平分園
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こども動物園高島平分園は、鳥や魚以外を飼えない高島平団地の子供達のために、昭和五十四年(1979年)に設立されました。ポニーやヤギやモルモットなどと直接触れ合えるとても小さな動物園です。
一番人気は直接触れ合えるモルモットですが、ポニーや羊も直ぐ手の届く距離で眺められます。
こども動物園に隣り合って「徳丸ヶ原公園」があります。此の地は、かって草刈場が広がる徳丸原と呼ばれていました。
徳丸ヶ原
高島平・三園・新河岸一帯は、江戸時代徳丸原と呼ばれ、台地寄りに水田がありましたが、荒川寄りには近在の村々の入会地として秣や肥料のための草刈場が広がっていました。当地は、当初幕府の鷹場でしたが、のちに鉄砲稽古場として大砲や鉄砲の稽古が行われるようになりました。天保十二年(1841年)には、五月七日〜九日の三日間にわたり、長崎の町年寄高島秋帆によって初めての西洋式砲術調練が行われました。秋帆は、弁天塚(現、新高島平駅)付近に陣を構え、門弟らに筒袖上衣に裁着袴、頭に黒塗円錐形のトンキョ帽という兵装束をさせて、砲兵・騎兵・歩兵の三兵による銃陣を行いました。この時の演習の様子は、区立郷土資料館で所蔵する「高島四郎太夫砲術稽古業見分之徳丸図」に描かれています。明治時代になると、徳丸ヶ原は民間に払い下げられて開墾が行われ、最終的に約四百ヘクタールの徳丸田んぼ・赤塚たんぼと呼ばれる一大水田地帯が出現しました。昭和四十年代になると、東京周辺の住宅難の解消を目的に開発が行われ、高層団地や地下鉄の建設、住宅地の分譲が進められて現在の街が形成されました。高島平の地名は、当地で砲術訓練を行った高島秋帆にちなんで付けられたものです。
植え込みの中に大きな石碑と案内板が建っています。
東京都指定旧跡
徳丸ケ原
徳丸ケ原は板橋区中西部、現在の高島平、新河岸、三園などかなり広い地域の荒川南岸低地一帯の総称です。徳川幕府の鷹場でしたが、八代将軍吉宗の時代から鉄砲の試射場となり、寛政四年(1792年)に幕府の正式な大筒稽古場となります。徳丸ケ原は、天保十二年(1841年)、江戸時代後期の砲術家であった高島秋帆によって西洋砲術の実射訓練が行われたことで一躍有名になりました。天保十一年(1840年)、アヘン戦争などの情報を得た秋帆は西洋砲術の採用などを幕府に建議、砲術の実力を確認するための洋式調練と実射がこの地で行われました。この徳丸ヶ原での調練の成功で、高島流砲術の名声が高まりました。この碑は秋帆が訓練の際に指揮した弁天塚に建てられていたものを移したものです。
Historic Places
Tokumarugahara
Tokumarugahara is a generic name for the whole place which spread on the south bank of Arakawa River including Takashimadaira, Shingashi and Misono. It had been a hunting ground for the Tokugawa Shogunate. During the period of the 8th Shogunate Yoshimune, it was turned into the firing range, and designated an official training ground for canons in 1792. This place became famous for the western gunnery exercise by Takashima Shuhan (an artillerist in the late Edo period) in 1841. In 1840, Shuhan reported to Shogunate about the Opium War, and proposed that we should reinforce the western-style armament. The exercise and the ballfiring held in Tokumarugahara and let people to perceive the ability of the western gunnery. This public exercise in Tokumarugahara raised fame of the Takashima Gunnery. This monument has been built on the Bentenzuka mound that Shuhan stood on at the exercise, but later was moved here.
石碑には次のように書かれています。
徳丸原遺跡
此より北荒川に至る南北一千米突東西約二千米突の地域は古の所謂徳丸原なり。天保十二年五月、高島四郎太夫先生が幕府の命を承けて門人百餘人を指揮し、始めて洋式の歩砲兵隊操練等を行ひし處とす。
こども動物園高島平分園から「高島平団地とけやき並木」に向かいます。
- ポイント6 高島平団地とけやき並木
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昭和四十年代に相次いでマンモス団地が建設され、高島平団地の付近は急速に発展してきました。現在、街も50年の歳月を経て、周囲の樹々と融合した落ち着いた独自の顔を持つようになってきました。特に高島平団地内を通るけやき並木は、都立赤塚公園前から高島平駅前まで南北に約600mも続き、新緑や紅葉の時期には道行く人もその光景を見上げるほど見事な眺めになっています。
板橋十景の石碑発見!
高島平団地とけやき並木から、六の橋通りを進んで「前谷津川緑道」に向かいます。
- ポイント7 前谷津川緑道
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前谷津川は、かって赤塚新町(東武線下赤塚駅北西)付近から北に流れ、赤塚・徳丸・四葉・西台・高島平を流れて新河岸川に合流していた長さ4.8kmの河川でした。江戸時代から昭和初期には、武蔵野台地の谷内を蛇行し、徳丸ヶ原では水路は定まっていませんでしたが、水田開発後は用水堀として灌漑に用いられました。1955年頃から流域の宅地開発が進み、生活排水路化しました。1965年以降の高島平団地の開発で下流部はコンクリート護岸の人工水路となりましたが、昭和五十九年(1984年)に全区間が暗渠となり、緑道として整備されています。
緑道には小川の流れる公園があり、休息用の東屋や桜並木が整備されています。
ゴール地点の高島平駅に着きました。
ということで、板橋区で最初の「高島平散策コース(自然ルート)」を歩き終えました。次は、板橋区で二番目の「高島平散策コース(歴史ルート)」を歩きます。
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