L.日暮里・舎人ライナーコース  

コース 踏破記  

今日は荒川区の「L.日暮里・舎人ライナーコース」を歩きます。舎人ライナー熊野前駅をスタート地点として、舎人ライナー日暮里駅までの短い区間を舎人ライナーの高架に沿って歩きます。最初に歩いたのは2022年の1月でしたが、記憶が薄れてきましたので2024年12月に改めて歩きました。

L.日暮里・舎人ライナーコース

「L.日暮里・舎人ライナーコース」の歩行距離は約2.4km(約3、429歩)、歩行時間は約36分、消費カロリーは約108Kcalです。

スタート地点:舎人ライナー熊野前駅

ゴール地点:舎人ライナー日暮里駅


スタート地点の舎人ライナー熊野前駅から歩き始めます。熊野前駅から終点の日暮里駅までは僅か2駅しかありません。



尾久橋通りに面して、立派なゲートが印象的な「川の手もとまち商店街(愛称:「あいびいろーど」)」の入口があります。商店街の名称の由来は分かりませんが、下町風情に溢れるお店が並んでいます。商店街の入口のすぐ脇に焼き鳥の屋台があり、そこから雅な長唄が聞こえてきます。この「小さなやきとり屋」を営む白井英子さんは三味線の師匠であり、岡安流・岡安喜代八さんに師事し、長唄の名取を務める人物なのです。焼き鳥を焼きながら、唄の稽古に余念がありません。焼き鳥は1本80円とのこと。その数軒隣の「ヘアーサロンキムラ」の店先に並んでるのは生首ならぬ人形の首。パーマ等の練習用の頭で、スタッフや昔からのお得意さんが自由にペイントしたものなのだとか。また、ショーウィンドウを飾っているポップな絵画は、木村さんの息子さんがフランスで購入したものだそうです。



荒川区立赤土小学校は、大正十三年(1924年)6月5日に北豊島郡尾久町(当時)の尾久尋常小学校(現・荒川区立尾久小学校)から分離して開校し、昭和三十一年(1956年)に現在の校名になりました。今年で開校100年だそうです。百周年を記念して、キャラクター「なでりん」が誕生しました。令和六年3月に、校花「なでしこ」をモチーフにして全校公募の中から生まれました。デザインを考えたのは令和6年3月に卒業した6年生で、保護者の方にデータ化してもらい、いろいろな「なでりん」を作ったそうです。小学校のゆるキャラは珍しいですね。



赤土小学校の真ん前には、舎人ライナーの駅があります。小学校の名前を冠した駅があるとは驚きですね。



田端新町一丁目交差点で明治通りと交差します。交差点は五差路になっていて、田端駅に繋がる都道458号線も分岐しています。



尾久橋通りは、西日暮里六丁目交差点で冠新道と交差します。冠新道商興会は、戦後すぐから賑わいを見せ始めた商店街で、通りには肉屋・青果店・花店・洋品店などの物販の店が地元の人たちの暮らしを支えています。「イベント商店街」の別名を持つ冠新道商興会は、その名の通り一年中多彩なイベントで賑わっています。3月の桜まつり・7月の夜店市&盆踊り大会・9月の佐渡おけさ・10月のハロウィンなど様々な催しが実施されています。ちなみに、冠新道の名称の由来ですが、冠新道の「冠」は江戸時代に新堀村の名主を務めた冠家の名字に関係しています。冠家は、現在の西日暮里地区に多くの土地を所有していた大地主で、近代には冠権四郎氏が日暮里町の助役を務めるほどの地域の有力者でした。冠権四郎氏は、大正五年(1916年)に現在の西日暮里六丁目の辺りの所有地を区画整理して冠町一〜三丁目と名付けました。その際、同時に道路を新設したのですが、これが冠新道だったのです。つまり「冠町の新しい道」が、文字通り冠新道と命名されたのです。



西日暮里駅の手前の片瀬陸橋で、舎人ライナーは三段構えの高架となります。尾久通りはアンダーパスになり、半地下に潜ります。地上部分にはJR常磐線貨物線が通っています。



舎人ライナーは、西日暮里五丁目交差点付近で大きく向きを変え、尾久橋通りと共に日暮里駅に向かいます。



舎人ライナーは、西日暮里二丁目交差点で直角に向きを変え、日暮里駅に到着します。



ということで、荒川区で十二番目の「L.日暮里・舎人ライナーコース」を歩き終えました。次は荒川区で最後のコースである「M.明治通り沿い都営バスコース 」を歩きます。




戻る