Course6.月島 運河の橋から街を眺めて  

コース 踏破記  

今日は中央区の「Course6.月島 運河の橋から街を眺めて」を歩きます。勝どき駅から朝潮運河・晴海運河沿いに進み、晴海臨海公園の超高層マンション群の間を縫って、隅田川テラスから築地市場跡を眺め、最後は豊洲大橋の中間部に設けられたビュースポットから夕日に映えるレインボーブリッジを眺めます。最初に歩いたのは2022年の2月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年1月に改めて歩きました。

Course6.月島 運河の橋から街を眺めて

「Course6.月島 運河の橋から街を眺めて」の歩行距離は約7.0km(約10、000歩)、歩行時間は1時間約45分、消費カロリーは約315Kcalです。

スタート地点:都営地下鉄大江戸線勝どき駅出入口A2
ポイント1 月島橋
月島橋からは多くの屋形船や釣り船が眺められます。運河からは潮の香りも漂っています。
ポイント2 晴海臨海公園
まっすぐ伸びたレンガ色の歩道と緑の芝生。明るく爽やかな気分にさせてくれます。
ポイント3 黎明橋公園
晴海地域の中心にあるリフレッシュスポット。健康器具や広場があり、軽い運動にも適した公園です。
ポイント4 隅田川テラス
隅田川テラスからは旧築地市場と開通したての築地大橋という築地の歴史が目に入ります。
ポイント5 朝潮小橋
勝どき地区と晴海地区を繋ぐ歩行者橋。橋の両サイドにある小さなベンチでひとやすみできます。

ゴール地点:豊洲大橋中央区境


スタート地点の勝どき駅出入口A2から歩き始めます。勝どき駅には、清澄通りに面して出入口A2aとA2bがあります。背中向かいに位置していますので、どちらの出入口を使ってもいいのですが、方向的にはA2bが便利です。



ポイント1 月島橋

出入口A2bの直ぐ先を清澄通りと交差して流れる月島川に月島橋が架かっています。月島川は、明治二十五年から明治二十七年にかけて造成された月島1号地(現在の月島)と月島2号地(現在の勝どき)の埋め残し水面から生まれました。隅田川から月島川水門を経て分流し朝潮運河へと繋がる全長530mの小さな運河で、現在は中央区勝どきと月島の境界となっています。月島橋は、橋長が43.6mで、昭和四十六年に架橋されました。橋の上からは、月島川に多くの屋形船や釣り船が係留されているのが眺められます。船宿もありますね。



月島橋を渡った橋桁の袂に、「大震火災横死追悼之塔」と書かれた慰霊碑が建っています。「横死」とは、「災禍などのために天命を全うしないで死ぬこと」です。大正十二年(1923年)に発生した関東大震災では、月島の対岸に位置する築地側から飛び火があり、火災は月島の全域に拡大しました。この石塔は、火災で亡くなった住民や火災から逃れようと隅田川に飛び込んで犠牲になった人達を慰霊するために建立されたようです。



晴月橋で朝潮運河を渡ります。



中央区立新月島公園を回り込むようにして晴海通りに出ます。春海橋西交差点は、私が走った当時の東京マラソンで、佃大橋から朝潮大橋を経由して豊洲に向かう北から東方向への転換地点でした。苦しいアップダウンの区間から開放されて、やっと平坦な道路に出られて微かな希望が湧いてきたことを覚えています。



月島第三小学校の古風な校舎の脇の歩道橋を渡ります。月島第三小学校は、昭和十年(1935年)11月15日に東京市月島第三尋常高等小学校として創立されました。平成六年(1994年)に新校舎が落成しました。平成の校舎としては格調高いデザインですね。



歩道橋を下りますと、正面に超高層巨大マンションが聳えています。「パークタワー晴海」は、2019年2月に竣工した地上48階建てのマンションです。総戸数は1076戸にもなります。高層階からは都心の景色を一望でき、特に夜景は美しいそうです。大規模なタワーマンションのため、共用施設も充実しています。居住者専用のシャトルバスも運行されていて、夜間でも銀座周辺からダイレクトに帰宅することが出来るなど、毎日の通勤・通学の面も魅力的なアクセス環境となっています。



敷地に設置されている標識などが何となく童話の世界のような気がしたのですが、外構コンセプトデザインを担当したのがディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドなのだそうです。なので、まるでディズニーリゾートのような雰囲気を醸し出しているのです。敷地はイマジネーションランドと名付けられ、「くじらアイランドの伝説」として5つのゾーンと12のシーンストーリーを受け継いでいます。ディズニー好きな方には夢のような住まいですね。それにしても、サンディエゴとかパリ迄の里程を示す必要があるのでしょうか?



ポイント2 晴海臨海公園

晴海臨海公園は、晴海地区にある区立の公園です。運河を望める全長約600メートルの水辺テラス・子供用遊具のある芝生広場・運動広場があり、中央区立公園で二番目の広さとなる公園です。芝生広場には、アスレチックタイプの複合遊具・すべり台・動物の侵入を防ぐ網で囲まれた砂場・スプリング遊具の他、大人も利用できる健康促進遊具があります。運動広場は少年野球場として使用できますが土日祝日は登録している団体のみ使用できます。公園内で見られる植物はサクラ・シラカシ・ヤマモモ・ツツジ・ノムラモミジ・マツバギクなどがあり、四季折々の草花を鑑賞できます。



晴海運河に面した長いテラスでは釣りを楽しむ人もいます。シーバスやサバなどが釣れるようです。公園の脇から晴海大橋が架かっています。晴海大橋は、晴海埠頭と豊洲埠頭を結ぶ道路橋で、橋長は580メートルあり、2006年3月25日に開通しました。橋は左右に分かれ、中央に首都高速10号晴海線が通っています。



公園の入口の直ぐ先に、真新しい「ふるさと晴海資料展示館」が建っています。



Quiz Spot

晴海臨海公園にある「ふるさと晴海資料展示館」には、何が展示されていますか?


展示館には、晴海連合町会の神輿(大人・子供・山車)三点セットが展示されています。

ふるさと晴海資料展示館

平成二十三年に造営された大小神輿と曳き太鼓。地域の歴史的写真及び資料、地域活動の写真などを展示。

沿革之特徴
晴海地域は今も開発が進んでいる中央区の中でも新しい地域です。晴海運河側に「水辺のテラス」やプロムナードを備え、ベイエリアの夜景も楽しめ、東京の新しい観光スポットとしても注目される晴海臨海公園。この公園入り口にあるのが「ふるさと晴海資料展示館」です。建物はまるで神輿を模したような方形<ほうぎょう>屋根。屋根の一角には蕨手のように反り返ったデザインを取り入れて、そこに「晴海」の文字が金色に輝いています。展示館には大きなガラス越しに町会の神輿3点セット(大人、子供、山車)を見ることができます。これらは晴海の「海」をイメージした青がイメージカラーになっています。この神輿は、成長を続ける町の地域コミュニティーを育むシンボルとなり、これから増大する国内外の観光客の鑑賞に堪える美しさと迫力を備えたものと言えるでしょう。

祭り
住吉神社の例大祭で、この神輿は担がれます。晴海地域は昭和になってから完成した土地で、祭に参加する人が少な過ぎるために、最後まで神輿を担げないこともありました。元々、晴海には自前の神輿がなく、住吉神社の大祭にはレンタル神輿で参加していましたが、40年来の住民の念願が成就し、平成二十三年に浅草の神輿師・宮本重義氏によって晴海の神輿が完成しました。また、晴海地域に人口が増えたことで人手不足が解消され、今では地域の子供たちで賑わっています。

展示品の紹介
■晴海連合町会役半纏
■担ぎ半纏
  住吉神社大祭で着用されます。晴海をイメージしたブルーの生地に背中に晴海の文字を入れています。

Harumi Community Museum
Harumi Rengo Chokai (Harumi Community Association)

Relax and feel at home at Harumi Community Museum and Park (new symbol of the town with its own history)
Newly made big and small MIKOSHIS and TAIKO (Japanese drum) Historical data and photos of the area are also showcased.

History and Point
This museum displays Mikoshi (portable shrine) for adults and children, Dashi (festival float), and panels and photos of Harumi's seven decades of history. Mikoshi are made using various techniques, including engraving, sculpting, the inlay of shells and sea-colored cloisonne, creating an impressive sight. Harumi Canal flows next to Harumi Seaside Park, where the museum is located, providing a wonderful night view of the Tokyo Bay area and attracting attention as a new tourist destination. The museum is illuminated at night, creating a splendid ambiance that differs from the daytime.




大人神輿の由緒についても書かれています。

晴海町内神輿由緒

この神輿は、昭和四十年来より永年に亘る晴海住民の一途な想いと憧れの心が一つになり造営されたものである。東京浅草聖天町 神輿師 宮本重義の作にして平成二十三年八月完成。

台輪寸法 二尺五寸
真鍮鋳物製台輪角金具、極上龍巻蕨手を有した屋根唐破風型神輿 白木造

彫刻・彫金・螺鈿など随所に江戸神輿の伝統技法が施され更に青染め鍍金を施した透かし金具、青色の七宝焼を施した瓔珞や吹返し金具などを用いて晴海色を表現。
匠の伝統技法と斬新さが融合した総欅造りの逸品である。

History of the Harumi Neighborhood Mikoshi

This is the long-awaited realization of the Harumi residents' enthusiasms and aspirations since 1965 It was completed in August 2011 by Miyamoto Unosuke Shoten Co., Ltd. in Asakusa, Tokyo. Yanekarahafu-style Mikoshi featuring a sweeping curved roof Base measurements: 75-cm sides Use of brass fittings on the four corners of the base Roof with the lavishly-decorated Warabite design imitating bracken and dragons projecting from its four corners Unpainted wooden structure The framework called "Masugumi" supports the roof The 12 wooden animals of the Chinese Zodiac surrounding the square framing are carved by a traditional method. Wooden carvings of guardian dogs (at Shinto shrine) and dragons are placed on its four corners. Traditional techniques of chasing, carving and mother-of-pearl inlaying used in popular mikoshis in and around Edo (Old Tokyo) can be seen here and there in this Mikoshi. It also comes with cut-out fittings plated with blue-dyed gold, blue cloisonne ornaments and flap fittings which represent the uniqueness of the Harumi district. The Keyaki (Japanese zelkova) -wooden Mikoshi is one of the most outstanding structures being in harmony of traditional craftsman's skills and novelty.




晴海三丁目交差点を左折します。歩道上に楽天の配送ロボットが走っています。完全無人かと思ったのですが、先導するオペレータがいるようです。



公益財団法人日本無線協会は、無線従事者国家試験および無線従事者に関する講習・訓練を実施する非営利団体で、昭和五十六年(1981年)に財団法人無線従事者国家試験センターとして設立されました。平成二年(1990年)に日本無線協会に名称が変更されました。インターネットの時代に無線は不要と思われる方もいらっしゃるでしょうけど、ネットの繋がらない辺地や遠く外国の人達と交信できる機能は当分使い続けられることでしょう。



歩道脇の植え込みの中に、日本初の万博開催を目指して設立された事務局棟跡の案内板が立っています。

紀元二千六百年記念
日本万国博覧会事務局棟跡

この地域には、昭和十五年(1940年)に日本を会場とする初の万国博覧会(紀元二千六百年記念日本万国博覧会)の開催に向けて建設した万博事務局棟がありました。紀元二千六百年記念日本万博の会場予定地は、京橋区晴海町の月島第四号埋立地(現在の中央区晴海)と深川区豊洲の月島第五号埋立地(現在の江東区豊洲)を主会場とする150万平方メートルの広大な敷地でした。この万博は、昭和十五年三月十五日から八月三十一日までの170日間で、4500万人の来場を見込んだ国家的プロジェクトでしたが、戦争の激化や参加国の減少により、開催直前に延期されたため「幻の万博」といわれています。万博事務局棟は、昭和十三年(1938年)九月、開催に先立って会場予定地に建設された最初の建物でした。施工は株式会社大林組が担当し、木造二階建、間口約102メートル、奥行約40メートルの日本建築で、延べ面積約5485平方メートルもある事務局庁舎でした。しかし、建物の竣工と同年に万博の開催延期が決定されたため、陸軍の傷病兵収容所(東京第一陸軍病院月島分院)へと転用されました。昭和十五年に完成した万博のメインゲート・勝鬨橋の開橋式では、当院で療養中の兵士がくぐり初めを行ったエピソードも残されています。豪壮な万博建築として竣工した事務局棟は、昭和期の度重なる戦禍の中でその姿を消しました。

Empire of Japan 2600th Anniversary Celebrations
Site of the Japan World Exposition Secretariat

Here stood the Secretariat for the planned Japan World Exposition of 1940, also called the Empire of Japan 2600th Anniversary World Exposition. The grounds set aside for the exposition extended over 1.5 million square meters on parcel 4 of the Tsukishima reclaimed land area in Harumicho, Kyobashi-ku (now Harumi, Chuo-ku) and on parcel 5 of the Tsukishima reclaimed land area in Toyosu.Fukagawa-ku (now Toyosu. Koto-ku). A project of the national government, the exposition was planned to welcome some 45 million visitors over 170 days, from March 15 through August 31.1940. However it was postponed due to wartime tensions and the withdrawal of participating nations, and came to be known as the "phantom expo". The Secretariat was the first building on the exposition grounds, completed in September 1938. Constructed by Obayashi Corporation.it was a two-story wooden structure with frontage of 102 meters, depth of 40 meters, and floor area of 5485 square meters. After the decision in late 1938 to postpone the exposition, the building was converted to serve ill and wounded soldiers as the Tokyo No.1 Army Hospital. Tsukishima Branch. In 1940, soldiers staying at the hospital led the procession across the Kachidoki Bridge during the opening ceremonies for the bridge and the main gate to the exposition grounds. Erected as a magnificent structure for a grand exposition, the Secretariat was destroyed a few years later in one of the many ravages of the Second World War.




その晴海の万博用地は、2020東京オリンピックの選手村として利用されました。選手村の跡地は、今や晴海フラッグとして人気を集めるマンション群になっています。



朝潮運河に奇妙な形の橋が架かっています。黎明小橋は、勝どき四丁目と晴海三丁目を結ぶ歩行者専用橋で、令和六年3月25日に供用が開始されました。橋長は84.9m・幅員は5.0m・橋梁形式は四径間下路式連続トラス橋となっています。完成したばっかしなんですね。



ポイント3 黎明橋公園

晴海通りと朝潮運河に面して黎明橋公園があります。黎明橋公園は、平成二十五年に整備され、水やミストの出る噴水・アスレチック遊具・芝生広場・バスケットゴール・豊かに茂った木々など、晴海通りの脇ながら静かにひと休みできる魅力が盛り沢山の公園です。



大人用の健康遊具もあります。足つぼマッサージのための石板、痛そう。。。



晴海通りを渡って、晴海アイランドトリトンスクエアの敷地に入ります。トリトンスクエアは、3棟のオフィスビルを中核とした複合商業施設ならびに住居群です。この場所には、かって前川國男が設計した日本住宅公団(現在の都市再生機構・UR)の晴海団地(晴海高層アパート)などがありました。建物の老朽化を踏まえ、その跡地および周辺の総面積約10haを都市基盤整備公団と再開発組合による施行で再開発を行い、中央区のマスタープランに基づき「職・遊・住」のミックスユースをコンセプトとした新しい街づくりに取り組んで、2001年4月14日にオープンしました。ふたつのビルの間に空中回廊が架けられているのが特徴的で、ランドマークになっています。トリトンスクエアの名称の由来ですが、海に囲まれた街である晴海をギリシア神話の海の神であるトリトンと掛け合わせ、さらに「トリ=Tri=3」をキーナンバーに、職・遊・住の3つの都市機能の調和性と、3棟のタワービルのイメージを併せて命名されました。また、この3棟のオフィスタワー(X棟・Y棟・Z棟)の他にW棟があり、この4つからスクエア(四角)と名付けられまし。た


空中回廊ですが、人は通れるのかな?横揺れ防止のジョイント装置のようにも見えますが。


朝潮運河の上にはトリトンスクエアの入り口と勝どき地区を結ぶ全長94mの動く歩道である「トリトンブリッジ」も架けられ、運河上の強い風雨をしのぐ快適な移動空間を実現しています。



朝潮運河を桜小橋で渡ります。桜小橋は、朝潮運河に架かる橋長87.8mのPC3径間連続ラーメン橋です。月島・勝どき・晴海地区の回遊性を高め、晴海通りの歩道者の混雑緩和と災害時の避難路確保のために計画された、勝どきと晴海を結ぶ歩行者専用橋です。橋の全体のシルエットは水辺の魅力を引き立てることを意識し、薄い桁がふわりと浮いて見える形とされました。シンプルですが、水上からの眺めも考慮した柔らかい曲面の桁下面や、桁と橋脚の一体的な形状、彩りを添えるカラフルな地覆タイルなど、上質で親しみを感じられるよう全体から細部まで丁寧にデザインされています。また橋上空間も、橋の袂に向けて幅を広げ、暖かみのある舗装や水面を眺めやすく手触りの良い高欄、タイルや自然石を用いた端部の収まりにより、歩きやすく佇みたくなる空間を目指してデザインされました。照明についても、屋形船などと共に魅力的な夜景をつくり、利用者の安心感も高めるようになっています。こうしたことから、2019年度の土木学会デザイン賞優秀賞を受賞しています。



桜小橋の袂に、朝潮運河の歴史を解説した案内板が立っています。

朝潮運河の歴史

朝潮運河は、佃・月島・勝どき・豊海と晴海地区との間を流れる延長約2.2kmの人工水路です。この運河は昭和六年(1931年)以降における晴海地区の段階的な埋め立てに伴って形成されました。かつては資材運搬航路として多くの船舶が行き交う時代もありましたが、その後の宅地化などにより運河の周辺環境は大きく変貌を遂げています。現在では、新たなまちのにぎわいと古い石積み護岸や行き交う屋形船の風情とが調和し、多様な生物や緑豊かな自然環境をもつ貴重な水辺空間となっています。

History of Asashio Canal

Asashio Canal is an artificial waterway about 2.2 kilometers long, running between the districts of Tsukuda, Tsukishima, Kachidoki and Toyomi and the Harumi district. The canal was formed as a result of a phased reclamation of the Harumi district since 1931. In the past, many ships traveled the canal to carry materials, but the surrounding area dramatically changed because of housing development and others. Today, it is a valuable waterfront area enjoying many forms of life and leafy natural environment in harmony with the bustle of the new town, the ancient masonry river wall and the traffic of houseboats.




勝どき駅の北西側裏手に月島第二児童公園があります。毎月第二週末には「太陽のマルシェ」が開催されます。日本最大規模のマルシェだとかで(本当かなぁ)、全国から集まった農家の方々がその時々に採れたフレッシュな旬の野菜や果物や加工品を生産者との会話を楽しみながら購入できるのはもちろん、買った食材の調理法をその場で学べる「食育の場」も設置されています。「食べる・買う・学ぶ・体験」がひとつになった新しい形の都市型マルシェだそうです。



月島第二児童公園内の「平和の広場」には、「平和を願い核兵器のない世界の実現」をテーマとして、平和モニュメントが設置されました。

平和モニュメントについて

「中央区平和都市宣言(昭和六十三年3月15日)」の趣旨を踏まえ、「平和」への理解を一層深めるため、「平和を願い核兵器のない世界の実現」をテーマとして平和モニュメントを設置したものです。
設置 平成二十三年(2011年)8月9日 中央区

■内容
区立小学校16校の子どもたちが作成した原画をもとに、障害のある方が制作に協力して「モザイク平板」に加工し、台座に取り付けました。

■参加した区立小学校
城東小学校    有馬小学校
泰明小学校    久松小学校
中央小学校    阪本小学校
明石小学校    佃島小学校
京橋築地小学校  月島第一小学校
明正小学校    月島第二小学校
常盤小学校    月島第三小学校
日本橋小学校   豊海小学校




勝鬨橋は、橋長246m・橋巾22m・鉄筋コンクリート造で、中央に二連の跳開部(可動部全開角度:70度)があり、固定部は下路式タイドアーチ構造になっているユニークな橋です。明治時代から幾度となく架橋計画が持ち上がりましたが、明治三十八年(1905年)1月18日に、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として、有志により築地と月島を結ぶ「勝鬨の渡し」が設置されました。「勝鬨橋」の嬌名は、この渡しに由来しています。勝鬨橋は、「日本万国博覧会事務局棟跡」の案内板に書いてありましたように、昭和十五年に国家的イベントとして計画された万国博覧会のメインゲートとして計画されました。昭和八年6月10日に工事に着手し、資材が不足する中で7年をかけて昭和十五年6月14日に完成しました。当時は隅田川を航行する船舶が多く、陸運よりも水運を優先させる可動橋として設計され、大型船舶の通航を可能としました。午前9時、午前12時、午後3時の1日3回、1回につき20分程度跳開部を開け船舶を通していました。昭和二十二年12月24日には都電が開通しています。しかし、東京オリンピックが開催された昭和三十九年以降は跳開回数が年間100回を下回るようになり、昭和四十五年11月29日を最後に跳開されることはなくなりました。平成十年からは夜間のライトアップが始まり、周辺の建物のネオンとの対比を考慮して、アーチ部分をグリーンのライトで構造美を浮かび上がらせ、水平部は橋の線を強調するためにブルーにライトアップされています。川風にあたりながらの隅田川テラスの絶景は、夏の夕涼みに最高の場所です。



ポイント4 隅田川テラス

隅田川テラスとは、防潮堤を補強するための護岸基礎を開放した水辺のテラスのことです。現在までに、都内を流れる隅田川両岸約47kmのうち、約30kmほどが整備されています。隅田川の流域は長い間水害に悩まされてきました。そのため、昭和三十年代から四十年代にかけて防潮堤が造られました。その後、昭和六十二年から防潮堤の耐震性を向上させるためのスーパー堤防の整備が始まりました。その前面に整備されたのが現在の隅田川テラスの始まりとなるテラスです。地域住民やその財産の安全性を確保するだけではなく、住民が川に親しむ機会を作り出そうというのが防潮堤の役割も併せ持つ隅田川テラスの目的なのです。対岸には、今や更地となった築地市場が眺められます。



浜前橋は新月島川に架かる小さな橋です。橋の横には、隅田川から分流する新月島川の水流を制御する浜前水門があります。



築地大橋の高架下を潜り、左折して朝潮運河に架かる朝潮小橋に向かいます。周辺は高層マンションだらけですが、一際異彩を放っているのが「THE TOKYO TOWERS」という2008年に竣工し、総戸数2794戸のツインタワー高層マンションです。外壁を斜めによぎる大胆なグラデーションは、風を受けるヨットの帆のようで、勝どき地区のランドマークになっています。



ポイント5 朝潮小橋

朝潮小橋は、1998年に完成した勝どきと晴海の間を流れる朝潮運河に架けられた人道橋です。運河越しにレインボーブリッジを眺められる夜景スポットとして知られ、橋の途中にはベンチも設けられています。周辺のお洒落な雰囲気と相まって、デートスポットにもなっています。ドラマ「独身貴族」の撮影地でも利用されました。



中央清掃工場を回り込んで環状二号線に出ます。



清掃工場の周囲は、昔は何もなかった空き地でしたが、東京オリンピックを契機に選手村が開設され、その後は晴海フラッグとしてマンション群に変貌しました。



晴海フラッグの脇から豊洲大橋の歩道に入ります。



豊洲大橋は、晴海運河を跨いで晴海埠頭と豊洲埠頭を繋ぐ道路橋で、環状2号線(環二通り)が通っています。橋長は550メートル・幅員は32.3メートル(展望部分では36.1メートル)で、展望部分が歩道上の4箇所に設置されています。



ベンチに腰を下ろして眺めるレインボーブリッジは格別の美しさです。



豊洲大橋のどの地点が中央区と江東区の境界か分かりませんので、中央区側の展望部分をゴール地点とします。

ということで、中央区で六番目の「Course6.月島 運河の橋から街を眺めて」を歩き終えました。次は中央区で七番目のコースである「Course7.日本橋川・隅田川 橋と光の競演」を歩きます。




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