青龍B自然がいっぱい四季折々満足  

コース 踏破記  

今日は江東区の「青龍B自然がいっぱい四季折々満足」を歩きます。東京メトロ東陽町駅から横十間川親水公園・仙台堀川公園・木場公園と巡り、最後は大横川の河津桜を堪能します。最初に歩いたのは2022年の2月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年2月に改めて歩きました。

青龍B自然がいっぱい四季折々満足

親水公園と木場公園に広がる自然を満喫できるコース。春には木場公園沿いに咲く河津桜も楽しめます。

「青龍B自然がいっぱい四季折々満足」の歩行距離は約4.2km(約6、000歩)、歩行時間は約1時間3分、消費カロリーは約189Kcalです。

スタート地点:東京メトロ東陽町駅出入口1
ポイント1 横十間川親水公園
豊砂橋の南側一帯は「生物の楽園」。野鳥の島や花菖蒲園、田んぼ、水車と「都会で田舎の趣」を体感♪
ポイント2 仙台堀川公園
野鳥の島〜大横川の間では、「やすらぎの滝」や埴輪のレプリカ(!!)、トーテム・ポール(?!)に出会えます。
ポイント3 木場公園
3地区を木場公園大橋で結ぶ都立公園。10月には園内の池で、伝統芸「木場の角乗」が披露されます。
ポイント4 都市緑化植物園
木場公園の南地区にある無料植物園。帰化植物見本園があります。
ポイント5 河津桜
茂森橋〜沢海橋の大横川沿いは、1月下旬から約1か月間、淡紅色に染まります。

ゴール地点:東京メトロ木場駅出入口1


スタート地点の東京メトロ東陽町駅出入口1から歩き始めます。出入口1は、永代通りと四ツ目通りが交差する東陽町駅前交差点の角地に面しています。ちなみに、四ツ目通りという道路名は「四ツ目妖怪」に因んで名付けられたということではありません。竪川を渡る四之橋がもともとは「四ツ目橋」という橋名だったので、それを道路名にしたのです。ちなみに、ちなみに、竪川に架かる橋の名前は、隅田川に近い方から順に「一之橋」・「二之橋」・・「六之橋(埋め立てられて橋はない)」となっています。このうち、二之橋を渡る道路は「清澄通り」、三之橋を渡る道路は「三ツ目通り」、五之橋を渡る道路は「明治通り」となっています。「三ツ目通り」と「四ツ目通り」に愛称名が付けられなかったのは不憫です。



四ツ目通りを北に向かいます。左手に都立深川高等学校があります。大正十三年(1924年)に第一東京市立高等女学校として設立され、昭和二十五年(1950年)に都立深川高等学校と改称し、男女共学となりました。卒業生に、アニメ監督のえんどうてつや氏・女優の五月みどりさんなどがいます。



深川高校の先に高層ビルが建っています。

東京イースト21

憩いと潤いのある街、東京イースト21は1992年開業。ホテル、ショッピングモール、オフィスビルを有する大型複合施設です。ホテルは多彩な客室と大型宴会場、プール、結婚式場を備えるラグジュアリーホテル。ショッピングモールはスーパーマーケット、レストランなど多様 なテナントやイベントスペースで構成され、地域住民、オフィスワーカーの生活をサポートしています。

Tokyo East 21

Tokyo East 21 opened for business in 1992. This complex contains a hotel, a shopping mall and office buildings. The hotel has various luxurious guest rooms, a large banquet hall, a pool, and ceremonial rooms for weddings, while the shopping mall contains many restaurants and event spaces, which are utilized often by the workers in the attached office buildings.




深川高校の角で右折します。左手に江東区役所があります。ウオーキングマップを頂きましたね。

江東区役所

江東区は、親水公園など豊かな水辺と緑が暮らしの中に息づく「水彩都市」です。江戸文化の風情を残す下町のイメージがある一方で、臨海部では未来型の都市整備が進んでいます。区では、「SPORTS & SUPPORTS KOTO City in TOKYO スポーツと人情が熱いまち江東区」をブランドコンセプトに国内外に区の魅力を積極的に発信しています。

Koto City Office

Koto City is filled with greenery and waterways, making it a "waterscape city". While the older parts of town still retain their traditional atmospheres from the Edo period, the bay area showcases a modern cityscape that continues to grow and develop. The city's branding concept is "SPORTS&SUPPORTS KOTO City in TOKYO", which encapsulates the city's love for sports and the active support of its warm communities.




文化センター東交差点を左折し、横十間川親水公園に向かいます。右手に「イキイキ生鮮市場東陽町店」というスーパーがあります。新鮮な野菜やお肉やお魚などの生鮮食品が揃っていて、特にお惣菜は種類豊富で激安価格です。お散歩は始まったばかりですが、つい惣菜に食指が動かされます。



ポイント1 横十間川親水公園

横十間川は墨田区・江東区を流れる運河で、一級河川に指定されています。天神川・釜屋堀・横十間堀・横十間堀川とも呼ばれていました。万治二年(1659年)、徳山重政・山崎重政によって開削されました。横十間川の名称は、江戸城に対して横に流れ、川幅が十間(18m)あったことに由来します。天神川とも呼ばれていたのは、亀戸天神の近くを流れていたからです。江東区亀戸と墨田区業平の境界で北十間川から分かれ、南へ流れます。ここから竪川が交差する地点に至るまでは、川の中央が両区の区境となっています。竪川と交差し、さらに小名木川と交差しますが、そこにはX字状の小名木川クローバー橋が架かっています。仙台堀川と交差した後で西に流路を変え、江東区東陽で大横川に合流します。横十間川の周囲は地下水の汲み上げによりゼロメートル地帯となり、天井川となっていましたが、扇橋閘門等により堰き止められ、常時排水することによって、海水面より1メール以上水位が低く保たれています。水位が低下したため、小名木川クローバー橋から大横川に合流する地点までの区間は埋め立てられ、横十間川親水公園として整備されています。

横十間川親水公園

由来
横十間川は、江戸城から眺めると、横に流れ、江戸時代当時、川幅が約10間(約18m)あったことからこの名がつきました。横十間川が流れる区内中央部は、地盤が区内の平均的な高さにあることから、水面を多く残した親水性の高い公園として造成し、「区民の水辺」と名付けました。園内には、気軽に水と親しめる水上アスレチックやボート場などのほか、野鳥の島、生物の楽園、水車小屋、そして花ショウブ等が、四季折々に訪れる人々を楽しませてくれます。




大横川が南から西に川筋を変える地点に菖蒲園があります。梅雨時には菖蒲の花が咲き乱れます。



今の時期は梅が見頃です。菖蒲園の北側は池のようになっていて、亀も甲羅干しをしています。



池の北端には水車小屋が建っています。樋を伝って流れ落ちる水で水車を廻すようです。小屋の中には何があるのかな?


3年前(左)は小屋は藁葺きでしたが、今はスレート葺きに建替えられています。水車も新調されていますね。


池の畔に、水質浄化システムの案内板があります。かなり専門的なことが書いてあります。そこまで詳しくなくても。。。

横十間川親水公園の水質浄化システムのしくみ

横十間川親水公園では、オゾン発生器とポーラスコンクリート+吸リン材を使って、水質浄化を行っております。

横十間川親水公園に設置している、オゾン発生器による本循環システムは、空気を原料ガスとするオゾン発生器よりオゾンガスを発生させ、エジェクタノズルより放出することで浄水・殺菌等を行っております。

  1. 浄化用ポーラスコンクリートの表面に、バイオフォルム(微生物の膜)が発生する。
  2. 水中の植物性プランクトン(その遺骸も含む)と溶存態の有機物は、バイオフォルムで分解・無機化され、水(H2O)と二酸化炭素(CO2)となる。
  3. 浄化用ポーラスコンクリートの中の空隙には酸素の無い嫌気圏ができ、この中にも微生物が住み着く。
  4. 水中に硝酸イオン(NO3)として存在する窒素化合物はポーラスコンクリート内の嫌気圏により酸素を奪われ、窒素ガスとなって大気中に放出される。
  5. プランクトン体内に含まれるリン化合物もバイオフォルムおよび嫌気圏により、溶存性のリン酸イオン(PO43−)になる。
  6. 最終的にリン酸イオン(PO43−)は、吸リン材により吸着されて水中から除去される。
  7. 水中のリン濃度と窒素濃度がさがり、汚濁の原因となる植物性プランクトンが増殖できなくなり、水をきれいに保つ。




葛西橋通りの地下道を抜けた先で、横十間川と仙台堀川が交差し、中央に野鳥の島があります。



木のてっぺんに鳥が休んでいます。渡り鳥でしょうか?



ポイント2 仙台堀川公園

横十間川親水公園から仙台堀川公園に入ります。仙台堀川に架かる萩橋を渡った先に東屋が建っていて、周囲は竹林で覆われています。仙台堀川は、江東区を流れる河川です。旧中川と隅田川を結ぶ運河のひとつでした。仙台堀川は、江東区木場の大横川交差地点を境にして、東西で河川形態は全く異なります。大横川交差地点から隅田川までの区間は河川水面は海水面と同じ水位であり、途中で平久川と大島川西支川に分流し、江東区清澄付近で隅田川に合流します。合流する手前には清澄排水機場があります。大横川交差点より東側では仙台堀川は堰き止められて海水面より水位が低くなっており、埋め立てられて仙台堀川公園となっています。「仙台堀」の名前は、北岸にあった仙台藩邸の蔵屋敷に米などの特産物を運び入れたことに由来します。そのため、「仙台堀」とも呼ばれていました。以前は小名木川〜横十間川間に開削された砂町運河、横十間川〜大横川間の十間川、大横川〜隅田川間の仙台堀川と分けられていましたが、1965年の河川法改正によりひとつにまとめられました。大横川と交差する地点では三十間川とも呼ばれていました。



仙台堀川公園は、小名木川と接する桜井橋から江東区道大門通石住橋付近までの3.6kmの区間を占める、都内最大規模を誇る江東区立の公園です。「区民の森」という愛称で親しまれています。桜の季節になると、旧境川橋付近より北側の遊歩道沿道は出店も多く、花見客で賑わいます。サイフォンなどで公園内に通水しているため、水は塩辛く、淡水と海水の混ざった汽水域を好むハゼも泳いでいます。仙台堀川は、寛永年間以後に開削され、運河として利用されてきました。さらに横十間川より上流が明治以降に延長されました。昭和になり工業地帯として発達すると、仙台堀川の流れている一帯は付近にあった工場などからの地下水の汲み上げにより地盤沈下が激しくゼロメートル地帯となっていました。これによって川の水位より低い土地が出来上がり、護岸壁の高さもどんどんと上げていかなくてはならない状況でした。特に木場公園から東側の江東内部河川では台風の時などは護岸壁を超えて川から水が溢れる危険がありました。このような危険を回避するために、1982年に木場公園から東部の江東内部河川は扇橋閘門等を設けて堰き止め、排水機場から常時排水することによって水位を下げることとしました。そして水位の下がった仙台堀川東側は埋め立てて公園とする工事が進められました。工事は1978年に始まり、公園としては1980年4月1日に開園しました。その後も工事は進み、1986年に全面的に完成し、仙台堀川の多くは樹木と川とを身近に感じることのできる親水公園と大きく変わりました。西側の境界は大横川合流地点で、北は小名木川合流地点までとなっています。大横川合流地点より西側は仙台堀川として河川になっています。流域は、江東区の北砂・東砂・南砂・千石・東陽にまたがっています。公園は各地区ごとにテーマがあり、そのテーマごとに趣向を凝らした造りとなっています。途中で、同じく河川を埋め立てて作った横十間川親水公園と合流しています。



東屋の先には広場があり、トーテム・ポールが目を引きます。

トーテム・ポール(TOTEMPOLE)

トーテム・ポールは、カナダ北西岸に住む先住民がトーテム崇拝の対象としてきたもので、その造形は、芸術的にも高く評価されています。ここに立てられたトーテム・ポールは、カナダのブリティッシュ・コロンビア州林産審議会から江東区との友好親善と両国の木材産業発展のシンボルとして、1984年4月にカナディアン・シーダークラブを通じて本区に寄贈された3本のうちの1本で、他の2本は新木場駅前、舟木橋児童遊園(*)に立てられています。

注記:(*)舟木橋児童遊園のトーテム・ポールは老朽化のため、撤去しました。




吊り橋も架かっています。



公園の壁に奇妙な模様が浮き出ています。古代人の壁画なのでしょうか?なわけないでしょう。

「本陶壁(高さ2.0m 長さ20.0m)は”しぶき”をテーマとしたもので、静かな流れから、躍動する波に変り、そして渦となり、飛沫となって拡がり、再び波に変化し、おだやかな流れに戻ってゆく現象を焼物独得の配色と造形で表現されている」



四ツ目通りが通る豊住橋の下を潜ります。



豊住橋の先に豊住魚釣場があります。豊住魚釣場は、江東区が運営している無料の釣り堀で、ヘラブナや鯉が放流されています。釣り竿や餌など釣り具のレンタルや販売はしていないので、すべて自分で用意して持参する必要があるものの、利用料金が無料なので連日多くの釣り好き区民で賑わっています。釣り竿は1人1本まで、長さは13尺(3.9m)以内、リール・吸い込み針・ギャング針は使用不可、返しのない釣り針(スレ針)を利用すること等の決まりがあります。釣った魚はキャッチアンドリリースとなっています。釣り堀にはトイレがあり、周辺には飲食店やコンビニもあるので、1日ゆったりとヘラブナ釣りをのんびりと楽しむ休日にぴったりです。この日もヒマなおじさん達で賑わっていました。



しかし、しかし、豊住魚釣場は料金の安い工業用水を利用して運営していましたが、東京都の工業用水事業が廃止となり、令和四年12月28日(水)をもって閉鎖されました。2025年2月に再訪した時はベンチも取り払われていました。跡地はどうなるのでしょうか?



豊住魚釣場の先に千田橋が架かっています。この橋は、関東大地震の震災復興事業のひとつとして架けられた橋梁です。

震災復興橋梁について

大正十二年(1923年)9月1日の午前11時58分、神奈川県西部(または相模湾北西部)を震源とするマグニチュード7.9の大地震(大正関東地震)が発生しました。震災前、東京市の橋の大部分は木橋で、多くの橋が被害を受けました。震災直後から昭和五年(1930年)にかけて、復興事業の一環として架けられた橋梁は「震災復興橋梁」と呼ばれています。東京市に架けられた「震災復興橋梁」の数は、8年間で約400橋で、江東区域にも多くの「震災復興橋梁」が架けられました。一部の橋は、改修や補修を重ねながら、現在も都市の交通を支えています。




大門通りに面した仙台堀川公園の西端に観光高札が立っています。観光高札って何?

観光高札 深川洲崎十万坪

十万坪とは、現在の千石・石島・千田・海辺・扇橋の辺りです。歌川広重の浮世絵「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」には、深川の名所として描かれています。十万坪は、元禄十四年(1701年)に木場などの築地が完成した後に埋め立てが始まり、西との境には大横川が伸びて小名木川以南を「亥ノ堀川」とも呼ばれるようになりました。当地は、享保年間(1716年〜1736年)に近江屋庄兵衛らにより開墾されて庄兵衛の名字から千田新田と名付けられます。寛政八年(1796年)には一橋家の抱地となりました。浮世絵は、葭や薄の生い茂る茫々たる様子を描いています。浮かぶ桶を狙って大鷲が今にも急下降する場面です。桶には何があるのか、なぜ大鷲なのか、興味がつきません。




今更ながらですが、仙台堀川公園の案内板が立っています。

仙台堀川公園

由来
仙台堀川は、江戸時代にその沿岸に仙台藩伊達氏の蔵屋敷があったことからこの名がつきました。仙台堀川が流れる区内東部は特に地盤が低く、「天井川」で常に水害の危険にさらされていた地域でした。そのため防災性を考慮し、緑に重点を置き「区民の森」として造成しました。園内には、桜並木、花の小径、サイクリングロード、多目的広場、親水池などに加え、彫刻、陶壁や護岸ギャラリーなど、心なごませる芸術作品が数多く配置されています。




石住橋の袂に千石地蔵尊の祠がひっそりと建っています。昭和二十年(1945年)3月10日の東京大空襲により焼野原と化し、犠牲となった人々の慰霊のために建てられた地蔵尊です。

千石地蔵尊の由来

昭和二十年三月十日未明、米軍機の大空襲により、我が郷土は焼野原と化し、掘割や路傍、学校などで、尊い生命が数多く奪われ、殆ど肉親に逢うこともなく葬られました。劫火(ごうか:世の終末に全世界を焼きつくすという大火)に追われて逃げ惑い、離れ離れになった家族の行方を捜して、焼跡に住み続けた。杉岡挂治郎氏らの有志が、夥しい死者の霊を悼み、同年五月頃、当地に地蔵尊を祀り、供養を続けて参りました。この度山崎ムメ氏外有志が、地区内の風致化に伴い、豊かな景観に添う御堂修築を発願し、会員及び地元の有志や企業のご賛同により竣工しました。茲にみ霊のご冥福を祈り、二度と無残な悲しみを繰り返さぬよう、恒久平和を希って、この碑を建立します。




仙台堀川は大栄橋で大横川と合流します。大横川は、墨田区・江東区を流れる運河です。かつては流域により亥の堀川や大島川と呼ばれていましたが、1965年の河川法改正により大横川に統一されました。ただし、派流である大島川西支川・大島川東支川・大島川水門などは改称されていません。かつて亥の堀と呼ばれていたのは、小名木川から木場までの区間です。墨田区の業平橋付近で北十間川から分流し南へ流れ、竪川・小名木川・仙台堀川と交差し、横十間川と合流します。江東区木場付近で西に流路を変え、大横川南支川(大横南川支流または大横川南川支流ともいわれていますが、大横川南支流が正しそうです)を分流し、平久川と交差します。江東区永代で大島川西支川を合わせ、その先で隅田川に流入します。



大栄橋は、大正十二年に発生した関東大震災の復興事業の一環として架けられた「震災復興橋梁」のひとつです。主構造にトラスを用いた橋梁になっています。トラスとは、まっすぐな直線部材で構成された骨組構造のことです。大栄橋は斜材の傾斜の方向を交互に変えたトラスの一種であるワーレントラス構造になっています。平成八年に床版・橋面・高欄・橋台敷・桁補強・橋名塔・橋梁灯などを整備する景観工事が行なわれました。



ポイント3 木場公園

崎川橋交差点を右折し、仙台堀川を離れます。崎川橋もトラス構造をしていますので、震災復興橋梁のひとつなのでしょう。仙台堀川はこの先も西に向かって流れ、木場公園を南北に分けています。南北に分かれた公園を結ぶのは木場公園大橋です。人道橋ですが、斜張橋を支えるケーブルが長く延び、美しい姿をしています。



左手には広大な木場公園が広がっています。

木場公園


広い園内には、シンボルの木場公園大橋、イベント広場、冒険広場、ふれあい広場、都市緑化植物園などがあり、憩いの広場となっています。また、毎年10月に行われる「江東区民まつり」のメイン会場でもあり、園内の北側には、「東京都現代美術館」もあり多くの人でにぎわいます。またバーベキュー場やドッグランも併設されています。
Kiba Park

This wide space, used by many for recreation and relaxation, features the representative Kiba Park Ohashi Bridge, a playground area, a barbecue area, a dog park, and a botanical garden. Every October, the Koto City Community Festival is held here to great excitement. The north part of the park leads up to the Museum of Contemporary Art Tokyo, another popular destination.




木場公園の歴史が書かれた案内板が立っています。

都立木場公園ができるまで

木場公園は、仙台堀川をはさみ南北にまたがる面積24.2haの総合公園です。昭和四十四年11月に発表された江東防災6拠点の一つとして、大震火災時の避難広場に位置づけられています。また、昭和五十二年4月には「天皇陛下御在位五十年記念事業公園」に指定され、昭和五十三年2月に都市計画決定されました。この公園の計画区域のほとんどは、公園事業に先だって始まった木材関連企業の「新木場」地区への移転跡地です。昭和五十三年3月の事業認可の時点で約65%の土地を取得しており、昭和六十二年度には土地の取得が全て完了しました。その後、北地区から本格的に整備を始め、平成四年6月に都立美術館と地下鉄工事を行っている以外の区域を開園しました。長い年月と多くの課題を乗り越え、開園にこぎつけることができたのは、土地建物所有者を始め、地元関係町会、江東区、区議会などの理解と協力のおかげです。公園の整備計画では、下町らしさを強調しつつ、安全な防災空地の確保と快適な生活環境をつくることをめざしました。また、芸術文化、スポーツなど多様な公園利用状況をふまえて次のような考え方で公園整備をすすめました。
  1. 江東地区の防災拠点の一つとして、樹木を出来るだけ多く植え「水と緑の森林公園」とする。
  2. 記念物的な施設や公園橋をつくり、「記念公園にふさわしい景観」をつくる。
  3. 芸術文化の中心的施設として、東京のシンボルともなる「都立美術館」をつくる。
  4. 身近なスポーツ施設として、「テニスコート」をつくる。
  5. 身近な生活の緑と密着(した?)施設として、「緑の相談所」をつくり、これと連携した「都市緑化植物園」をつくる。なお、公園の南北を結ぶ「木場公園大橋」は、仙台堀川や葛西橋通りを一気にまたぐ斜張橋で、この地域のシンボルとなるものと期待しています。




ここでコースを間違えたことに気付きます。本当は、大栄橋の西詰から大横川沿いの遊歩道を北上するようになっていたのです。なので、大栄橋まで戻り桜並木が続く遊歩道に入ります。右岸側の遊歩道は未解放なので、左岸側の遊歩道を上流方向に進みます。遊歩道には桜並木が続き、大横川の中でも桜の名所となっています。



福壽橋を渡り、三石橋との中間地点から木場公園に向かいます。



北の冒険広場口の右手には、長大な東京都現代美術館(MOT+)の建物があります。



「MOT+」とは、ミュージアムという言葉の頭文字のMに、積極性や上昇性を表す「もっと」を掛け、更に「+」を加えることで「もっともっと・・」ということをイメージしているのだそうです。よく意味が分かりませんが。。。



建物脇の広場に奇妙なオジェが建っています。アンソニー・ガロが1991年に制作した「発見の塔」なのだそうです。本来は塔の中に入れるみたいなのですが、安全上の理由から現在は眺めるだけになっているようです。鋭い金属製なので、怪我をするかもしれないですね。



2025年2月に再訪した時は、2023年に亡くなった坂本龍一のインスタレーション作品を紹介する個展「坂本龍一 音を視る 時を聴く」をやっていました。「インスタレーション」とは、1970年代以降一般化した、絵画・彫刻・映像(動画)・写真などと並ぶ現代美術における表現手法・ジャンルのひとつです。ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術です。



東京都現代美術館の南側には、北地区の中心的施設である広大な円形イベント広場があります。10月には「大江戸神輿まつり」が開催され、関東各地から集まった地域の神輿が練り歩きます。舞台もあり、階段状の観客席も設けられています。



葛西橋通りと仙台堀川を挟んだ木場公園の北地区と南地区を繋ぐ「木場公園大橋」は、全長250m・主塔の高さ60mの規模です。広々とした橋の上は車両が通行しない歩行者専用橋のため、安心してお散歩やジョギングが楽しめます。



橋の上からは、葛西橋通りと仙台堀川が眺められます。屋上に巨大なルービックキューブが載っているビルも見えます。玩具関連の会社かと思いましたが、貸しビル「木場パークビル」のモニュメントだそうです。ルービックキューブは、ハンガリーの建築学の教授であったエルノー・ルービック氏が1974年に発明したもので、当時の教え子に3次元幾何学を説明するために考案した木製の立方体が原型になっています。1977年に「マジックキューブ」の名称でハンガリーで発売され、1980年には「ルービックキューブ」と改称して日本など世界各国で売り出されて一大ブームになりました。1982年までの2年間に1億個以上という驚異的な売上を記録することになりました。



木場公園大橋を渡った南地区には、バーベキュー広場もあります。



木場ミドリアムは、展示ひろば・キッズリアム・授乳室などで構成された施設です。、



ポイント4 都市緑化植物園

都市緑化植物園は、入口の噴水に始まり、ガーデニング広場・庭をつくろう広場(洋風・和風)・帰化植物見本園などのコーナーに分かれ、ボランティア「木場公園友の会」によって美しく維持・管理されています。

都市緑化植物園

この都市緑化植物園には、みなさんの家の庭やベランダ、あるいは公園や道路などに植えられる植物を、より知っていただくためのいろいろな見本園をつくりました。さらに、見るだけでなく、植物の手入れや花の植え付けなどに参加、体験していただける場も用意してあります。ぜひここで、緑とのふれあいをお楽しみ下さい。




木場ミドリアムの脇には、帰化植物見本園があります。

帰化植物見本園

ここは、平成四年の木場公園開園時より、貴重な帰化植物を常時300種類以上植栽・育成している帰化植物見本園です。帰化植物は、海外から種が運ばれ日本で生育するようになった草花です。全国の帰化植物愛好家等から提供を受け植栽・育成しています。私たちの身近にある、帰化植物の観察が出来る貴重な場として、帰化植物見本園をご利用ください。この帰化植物見本園は、江東植物愛好会・木場公園友の会と協働し管理をしています。また、植栽・育成・種の収集などは、江東植物愛好会の尽力により、充実がはかられています。




帰化植物見本園に隣り合って、湿性植物見本園があります。

湿性植物見本園

川や池、沼などの水辺には、水中や湿った環境に適応した植物の群落がみられます。そこは、水生昆虫などの小動物や、魚類、鳥類にとって貴重な生息空間となっています。




果樹見本園には様々な果物の木が植えられています。果実が実ったら誰が食するのかな?

果樹見本園

果樹は、実を食べるだけではなく、観賞したり、庭に野鳥を呼んだりといろいろな楽しみがあります。お店で売られているおなじみの果物から、野性味あふれる素朴なものまであります。




キウイの木だそうです。葡萄棚に似ていますね。キウイは温帯の果樹で、秋に果実が実ります。「キウイ」という名称は、ニュージーランドからアメリカ合衆国へ輸出されるようになった際、ニュージーランドのシンボルである鳥の「キーウィ(kiwi)」に因んで1959年に命名されました。キウイはマタタビ科マタタビ属の植物であり、マタタビラクトンがネコの鼻の奥にある「鋤鼻器」というフェロモンを感じる器官を通じてネコを興奮させるため、キウイフルーツの木にはしばしばネコが集まります。

園芸品種の総称 キウイ 鬼木天蓼(おにまたたび)

中国産種をニュージーランドで改良。雌雄異株。新しい果樹。




熊さんのトピアリーがあります。トピアリーとは、常緑樹や低木を刈り込んで作成される西洋庭園における造形物のことです。鳥や動物をかたどったり、立体的な幾何学模様を造る庭園技法のひとつです。

刈込・生垣見本園

樹木は刈り込むことで、形を自由に変えることができます。刈り込みを塀や仕切りとして用いたものが生垣です。




今の時期は梅の花が満開になっています。



ポイント5 河津桜

木場公園を出て大横川沿いの遊歩道を下流に向かって進みます。この付近の大横川の両岸は河津桜の名所になっています。2月には紅色の桜が満開になります。





ゴール地点の東京メトロ木場駅に着きました。



ということで、江東区で三番目の「青龍B自然がいっぱい四季折々満足」を歩き終えました。次は江東区で四番目のコースである「青龍C運河・自然満喫」を歩きます。




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