朱雀G有明(お台場)青海  

コース 踏破記  

今日は江東区の「朱雀G有明(お台場)青海」を歩きます。東京オリンピックが終わって解体・改修工事が続くお台場北エリアを周遊し、海浜公園の砂丘を眺めつつ自由の女神像の精巧さに驚かされます。最初に歩いたのは2022年の2月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年3月に改めて歩きました。

朱雀G有明(お台場)青海

有明から台場方面の海に向かってまっすぐのびる眺望のひらけた空間が満喫できます。東京2020オリンピック・パラリンピックに向け街並みもダイナミックに変化しています。

「朱雀G有明(お台場)青海」の歩行距離は約4.8km(約6、860歩)、歩行時間は約1時間12分、消費カロリーは約216Kcalです。

スタート地点:りんかい線国際展示場駅
ポイント1 防災体験学習施設(そなエリア東京)
大地震からの避難方法が模擬体験できる防災体験学習施設です。
ポイント2 東京都虹の下水道館
毎週土・日曜と祝日は、下水道のお仕事体験や有明水再生センターのツアーを実施。
ポイント3 のぞみ橋
有明西運河にある橋は観光&夜景の人気スポット♪
ポイント4 お台場海浜公園
砂浜と「自由の女神像」のレプリカが目印!
ポイント5 ダイバーシティ東京プラザ
ショップとレストラン、実物大ユニコーンガンダム立像が魅力!

ゴール地点:りんかい線東京テレポート駅


スタート地点のりんかい線国際展示場駅から歩き始めます。



国際展示場駅から都道484号に出ますと、そなエリア東京の南側にがん研有明病院の建物が見えます。昭和九年(1934年)に癌研究会附属病院が豊島区上池袋に開設され、平成十七年(2005年)に現在の場所に移転し、同時にがん研究会有明病院(通称:がん研有明病院)と名称を変更しました。



ポイント1 防災体験学習施設(そなエリア東京)

そなエリア東京は、平成二十二年(2010年)に有明にオープンし、平成二十六年(2014年)にリニューアルオープンした防災について学べる無料防災体験学習施設です。地震災害後の支援が少ない時間を生き抜く知恵を学ぶための防災体験学習ツアー「東京直下72hTOUR」を中心とし、被災地や避難所の様子を再現した実物大のジオラマが展示されています。首都直下地震について、なぜ起きるのか?いつ、どのような被害想定なのかを紹介する首都直下地震特設コーナー、地震発生後を生き抜くヒントや備えたいグッズを紹介したコーナーもあります。また、首都直下地震発生時に緊急災害現地対策本部の候補地となるオペレーションルームも見学窓から見ることができます。



1階は防災体験ゾーンになっていて、「地震発生後72時間の生存力をつける、体験学習ツアー」をテーマにして、タブレット端末を使って「防災クイズ」に挑戦したり、音響・照明・映像により余震が繰り返されるジオラマの中をタブレットを使ったクイズで注意事項を確認しながら避難場所へ移動したりします。シネマステーションでは、首都直下地震の再現CG映像を上映しています。



2階は防災学習ゾーンになっていて、防災ギャラリーでの防災ゲーム体験、レクチャールームでのアニメや映像の上映、窓からのオペレーションルームの見学、情報ラウンジでの防災学習などが可能となっています。



防災ゲームなるものも紹介されています。

防災ゲーム@

なまずの学校
震災後に発生するさまざまなトラブルを紙芝居形式で出題し、トラブルを解決するアイテムカードを出してもらい、得点を競うゲームです。震災時における「入手しやすさ」「使いやすさ」の観点から正解ごとに得点がついています。

ぼうさいDuck
安全・安心の「最初の第一歩」を、からだを動かし、声を出して遊びながら学んでもらうためのカードゲームです。カードには、災害や日常の危険から身を守るだけではなく、挨拶など日常の習慣について学ぶものも含まれています。

あそぼうさいカルタ
地震・津波から身を守るために大事なことを子どもに伝え、記憶に残すことが、いざというときに、その子の命を救うことになります。そうしたことを絵でイメージをわかせながら、繰り返し遊んで学べるカルタです。

Disaster relief card games (1)

Disaster relief card games "Namazu" catfish school
This is a game in which players gain points by presenting cards showing solutions to various problems that may arise after an earthquake presented in Kamishibai (picture story show) style. Points are given in accordance with the degree of "availability" or "usability” of the respective solutions.

Disaster Preparedness Duck
This is a card game played to learn "the first step to take" to playfully ensure safety and security while using actual movements and words. Cards contain various wise comments ranging from a reminder of the importance of daily greeting customs to how we can protect ourselves from disasters or from daily potential dangers.

Asobosai (Let's play disaster preparedness) card game
Conveying wisdom concerning "how we can protect our lives from earthquakes or tsunami" to children and having the children memorize these may eventually save their lives. "Asobosai" cards help children repeatedly acquire wisdom by embracing images as they play with the cards.

防災ゲームA

クロスロード
「クロスロード」とは、「岐路」、「分かれ道」のことです。災害に直面し対応することは、ジレンマを伴う重大な決断の連続です。ゲームをしながら防災対応を自らの問題として考えるとともに、自分とは異なる意見・価値観があることへの気づきも得られます。

シャッフル
災害時に役立つ様々な知識・知恵・技の手順を、遊びながら身につけることができるカードゲームです。ガスメーターの復帰方法などの手順が描かれた4枚のカードを、考えて正しい順番に並びかえ、正解するとポイントがもらえます。

GURAGURA TOWN
「阪神淡路大震災」の教訓を活かして開発されたすごろくゲームです。ゲーム中に突如発生する地震に対して、自分の持っているアイテムを工夫して使うことで、問題を解決します。災害時に役立つアイテムを楽しみながら覚えることができます。

ぼうさい駅伝
防災クイズに解答しながら、コマを進めるすごろく形式のゲームです。チームを組んだ2人が、ボード上5つに区切られた区間を交互に解答しながらタスキをつないでいくので「駅伝」と命名されました。ゲームをしながら楽しく防災知識が学べます。

Disaster relief card games (2)

Crossroad
"Crossroads" are situations where we have to make decisions. Confronting disasters and responding to them means having to make grave decisions one after another as we deal with each dilemma. While playing the Crossroad game, players think about disaster response as a personal challenge, as they learn about other people's different opinions and values.

Shuffle
This is a card game intended to teach a variety of knowledge, wisdom and skills which will be useful when we encounter a disaster. One example is to sort 4 cards showing steps in the gas meter restoration procedure into correct order. A player earns points by putting them in the correct order.

Sugoroku-Style Disaster Preparedness Game "GURAGURA TOWN"
This is a Sugoroku-style game developed based on lessons acquired from the Great Hanshin Awaji Earthquake. Players solve problems by effectively using whatever items each has when an earthquake suddenly occurs during the game. Players can learn useful ways to protect themselves from disasters while enjoying the game.

Disaster Preparedness Road Relay
This is a Sugoroku-style game whose players proceed by answering questions about disaster preparedness. Two people make a team and pass a sash to each other while answering questions in turn on 5 sections on the board. This is why the game is named Road Relay. While playing the game, players can acquire knowledge about disaster preparedness.




災害時の様々な状況に対応したヒントが書かれたボードが数多く立ち並んでいます。また、日常の品々を工夫して災害時に役立てる工夫も紹介されています。



シアターでは、映像を使った災害の実態を学ぶことができます。また、情報ラウンジでは、パソコンを操作して自ら学習することもできます。



屋上からは防災公園の全景を眺めることができます。

屋上庭園

防災体験学習施設(そなエリア東京)は屋上緑化されており、庭園内は自由に見学いただくことができます。天気が良い日には東側の展望デッキから葛西臨海公園の観覧車もよく見えますので、お食事やピクニックを楽しむ等、休憩・休息の場としてご利用ください。




屋上は緑化され、テラスからは公園の全景が見渡せます。床には「そなエリア東京」を中心にした都心の地図が描かれています。



そなエリア東京は、災害発生時には広域防災拠点施設として本部棟の機能を果たします。

本部棟(有明の丘基幹的広域防災拠点施設・防災体験学習施設)

本施設には首都圏直下型地震等の大規模災害発生時に国(政府)の緊急災害現地対策本部が設置され、園地での広域支援部隊等ベースキャンプや医療支援活動と共に南関東における基幹的な広域防災拠点となります。また、平常時には市民の皆様がご自身で災害に対処するための知識、技術、心構え等について習得頂ける場となります。

Headquarters Building (Ariake-no-oka National Base for Region-wide Disaster-Prevention)

When large-scale disasters like a metropolitan vertical earthquake, etc. occur, the local emergency headquarters of the national government for disaster management, serving as the base for region-wide disaster-prevention in the south Kanto district, will be set up in this headquarters building, basecamp for emergency response units prepared or medical care support available in the park, while in normal times the citizens may have a chance to learn knowledge, skills and .perparation to personally tackle disasters here.




また、そなエリア東京とがん研有明病院の間の広場は、災害時医療支援用地として活用されます。

災害時医療支援用地

本部棟と癌研有明病院に挟まれた約1haの園地部分については、災害時の救助活動と医療活動の連携のための情報共有化、トリアージの実施のための資機材・設備の提供等、災害時医療体制の支援のための用地となります。コンクリートブロック部分は、救急車両が通行可能な舗装となっています。

The site with an area of about 1ha sandwiched between the headquarters building and the Cancer Institute Hospital (Ariake) is used for medical care support in a time of disaster, rescue operations effectively done and various equipments or facilities provided for triage. The roads in the site are well paved so that ambulances may pass.




そなエリア東京は、東京臨海広域防災公園内にあります。

東京臨海広域防災公園

東京臨海広域防災公園は、都市再生プロジェクトの一環として平成十六年1月に決定された「東京湾臨海部基幹的広域防災拠点整備基本計画」に基づき、整備された総面積13.2ha(国営公園6.7ha、都立公園6.5ha)の広域防災公園です。この公園は、大規模な災害発生時には災害対策基本法に基づく緊急災害現地対策本部や広域支援部隊のベースキャンプ等が設置され、国の災害応急対策の拠点となります。

Tokyo Water wide Area Disaster Rediction Park

This park was prepared under the 'Basic Plan on the Improvement of Tokyo Disaster-Prevention Base for a Wide Region in Waterfront Areas' determined as a part of the Urban Regeneration Project in January 2004, with a total area of 13.2 ha consisting of a national government park area (6.7 ha) and a municipal park area (6.5 ha). When large-scale disasters occur, the local emergency headquarters of the national government for disaster management will be set up in this park, basecamp for emergency response units, etc. prepared.




公園内には、各種の防災設備が設置されています。

公園用防災設備

本公園の園地内には、様々な公園用防災設備が設置されています。これらの設備は、平常時に訓練・学習用等として使用されるほか、発災時には災害対策用機材として活用できます。

■電源・LAN端子内蔵型照明柱(11基)   ■防災パーゴラ(4基)
■仮設トイレ用排水設備(4箇所)       ■かまどベンチ(6基)

Park Facilities for Disaster-Prevention

Various facilities for disaster-prevention are prepared in this park. Those facilities are used for an emergency drill or disaster-prevention education in normal times, while in a time of disaster practically used.

- 11 lamppost equipped with electric outlets and LAN connectors
- 4 pergola type shelters
- 4 drainage facilities for temporary toilets
- 6 benches usable as field ranges




広い公園敷地は、災害発生時にベースキャンプ用地として使用されます。

ベースキャンプ用地

ヘリポートおよび災害医療支援用地を除く園地部分は、災害時に人命救助や災害復旧のために派遣される広域支援部隊等や全国各地から参集されるボランティアの方々の活動・補給統制所の機能を有するベースキャンプ用地となります。主園路やヘリポートについては液状化対策を行っています。

Basecamp Site

The park area except the heliport and the site for disaster medical care support serves as a basecamp site where emergency response units for lifesaving or restoration and incoming volunteers work in a time of disaster. Appopriate measures against liquefaction have been taken, covering main park roads and the heliport.




大型ヘリコプターの離発着に対応できる面積約2.6haのヘリポートは、7機分の駐機場も併設され、平常時は各種防災訓練等の場として利用されます。

ヘリポート

このヘリポートは、災害時において被災区域内では治療が困難な負傷者等を被災区域外の医療施設にヘリコプターにより搬送し、より高度かつ適切な治療を受けて頂く広域医療搬送や、現地対策本部用の資材・人員等を輸送するために設置された大型輸送ヘリコプター対応の臨時ヘリポート(場外離着陸場)です。

Heliport

An emergency heliport for a large transport helicopter to use is prepared in the park. In a time of disaster the helicopter transport seriously injured persons to a place where they can receive enough medical care, or staff and materials to the local headquarters for disaster management




広大な公園は直裁が美しく、平常時には幼稚園児の遊び場になっています。



都道484号に戻ります。都道484号は、有明中央橋北交差点・南交差点から環二通りとなります。有明中央橋北交差点の左前方に、有明コロシアムの巨大な建物があります。有明コロシアムは、東京都生活文化スポーツ局が所管するスタジアムで、約1万席の観客席を備えた有明テニスの森公園のセンターコートです。大田区田園調布二丁目にある田園テニス倶楽部のメインスタジアムとして昭和十一年(1936年)に開場した田園コロシアムが老朽化し、周辺が市街化していて拡張も困難なことから、東京港の埋立地である有明にあった東雲ゴルフ場跡地の一部を利用して、国際大会も開催可能なテニスコートを東京都が新設することとなり、昭和五十八年(1983年)5月に有明テニスの森公園が開園し、昭和六十二年(1987年)4月に有明コロシアムが開場しました。開場当初は屋根なしでしたが、平成三年(1991年)4月にスライド式開閉屋根が取り付けられ、日本初のスライド式開閉屋根を備える全天候での利用が可能なスタジアムとなりました。テニス大会のほか、各種スポーツ大会や様々なイベントで多目的な利用が可能となっています。こけら落としは米米CLUBのコンサートツアーの東京公演で、この年は尾崎豊もコンサートを行い、2日間で2万人を動員しました。平成二十九年(2017年)10月から令和二年(2020年)3月にかけて、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、老朽化設備やバリアフリー化への改修工事のために休館し、2020年東京オリンピック・パラリンピックでテニス競技のメインコートとして使用された後、令和四年(2022年)3月22日に再開館しました。



有明コロシアム東交差点で左折し、有明テニスの森公園と広大な荒れ地の間を西に進みます。荒れ地が途切れたところに真新しい校舎が建っています。江東区立有明西学園は、江東区初の小中一貫校として、平成三十年(2018年)4月1日に開校しました。学校は前期課程(1年生から6年生)と後期課程(7年生から9年生)に分かれています。独特の形状をした校舎は、平成三十年度のウッドデザイン賞「農林水産大臣賞」を受賞しています。



ポイント2 東京都虹の下水道館

有明テニスの森交差点の向かいに有明水再生センターの施設があります。有明水再生センターは、平成七年(1995年)に運転を開始した臨海副都心とその周辺地域の汚水を処理する東京都下水道局の下水処理施設です。



有明水再生センターの付属施設として虹の下水道館があります。虹の下水道館は東京都下水道局の下水道をテーマとした体験型の広報施設で、平成八年(1996年)に有明下水処理場(現在の有明水再生センター)の見学説明室として開設されました。平成二十四年(2012年)12月から休館して実物大施設の設置などの改修を行い、平成二十五年(2013年)4月20日に再オープンしました。下水道管や下水処理場の監視室などを実物大で再現した施設が設置されていて、これらの実物大施設を使ってマンホール内の探索や清掃などといった体験をすることができます。



ポイント3 のぞみ橋

のぞみ橋は、有明西運河を跨ぎ、江東区有明と港区台場を結ぶ長さ246.9メートルの橋です。有明西運河に架かる新都橋・有明橋・青海橋・夢の大橋・あけみ橋と平行し、その中で一番北に位置しています。そのため、南方向を眺めると、橋が多く連なる様子から未来都市を思わせる光景が感じられます。歩道は充分な広さがあり、観賞用エリアも設置されており、テレビドラマの撮影などにもよく使われます。



のぞみ橋は知る人ぞ知る夜景の穴場スポットで、橋上では360度のパノラマが広がり、パレットタウンの大観覧車・東京タワー・レインボーブリッジ、頭上には曲線美を描く首都高速道路、橋下に行き交う屋形船なども眺められます。



ポイント4 お台場海浜公園

ゆりかもめ線お台場海浜公園駅からお台場海浜公園に入ります。お台場海浜公園は、台場公園(第三台場)と一体となって入り江を囲んで砂浜や磯が広がる公園です。四季を問わず楽しいひと時を過ごすことができ、特にお台場海浜公園から見る夕暮れ(サンセット)や夜景はとても優雅で美しく、あらゆる人の心を癒します。砂浜や芝生からのんびり眺めるのもよいですし、展望デッキやスカイウォークから眺めるのもお勧めです。



デックス東京ビーチは、ゆりかもめ開業後の台場エリアに建てられた最初の大型商業施設で、平成八年(1996年)7月12日にオープンしました。船をモチーフにした地上8階建てのショッピングモールで、1・2階は主に駐車場、3階以上に店舗・レストラン・アミューズメント施設が配置されています。平成十二年(2000年)12月2日に香港の街並みを再現した「台場小香港」などが入る新館のアイランドモールが完成しました(台場小香港はその後閉鎖)。平成十四年(2002年)10月26日には、昭和三十年代の下町の商店街を再現した「台場一丁目商店街」がオープンし、その後もレゴブロックをテーマにした屋内型パーク「レゴランド・ディスカバリーセンター東京」や、著名人そっくりの蝋人形館「マダム・タッソー東京」など、大幅なリニューアルも適宜行われています。



新島のモヤイ像が展示されています。モヤイ像は、伊豆諸島新島村の名物の石像で、イースター島のモアイをモデルにしたものです。新島には「抗火石(コーガ石)」という珍しい石が産出されます。抗火石は新島とイタリアのリーパリ島のみで採掘されるといわれ、新島での埋蔵量は約10億トンと推定されています。軽く、彫刻刀などで容易に加工できるという性質を持っていて、この石を材料として作られたオブジェが「モヤイ像」です。地元の観光協会理事(当時)でアーティスト(こけし彫り職人)の大後友市氏が考案したもので、新島の「モヤイの丘」など島の各地には多数のモヤイ像が存在します。デザインもイースター島のモアイ像を真似た形だけではなく、さまざまな形状のものがあります。「モヤイ」はモアイを真似た名前ですが、日本語の「舫う:船を綱で繋ぎ留める」や、「催合う、最合う:力を合わせる・助け合う・共同作業をする・共同で使用する」の意味もあります。新島は、昭和五十年代には渋谷駅のモヤイ像など盛んに日本各地にモヤイ像を制作して寄贈しました。お台場のモヤイ像もそのひとつと思われます。

新島のモヤイ像

新島には古くから「もやい」という美しい習慣があった。太平洋の真っただ中で、島民が互いに助け合って生きる、いわば共助の意識から生まれた素朴な人々のやさしい心根を表す「絆」だったのだ。台場に集う人々よ、もの言わずモヤイ像はあなた方に何を語りかけるであろうか。願わくば「もやい」会う連帯の心、絆を大きく成長させる出会いの場にしてほしいものです。




お台場海浜公園には、海上バスの船着き場が設置されています。お台場海浜公園からは、日の出桟橋や浅草行きの便を運航しています。お台場海浜公園から見る夕暮れや夜景はとても美しく、レインボーブリッジや東京タワーなどの東京港の景観を360度一望でき、特別で優雅な時間を過ごせます。



SKYWALKを通って自由の女神像に向かいます。展望台からはレインボーブリッジの全景を眺めることができます。



建物越しに、現在スキャンダルに揺れているフジテレビの特徴ある建物が眺められます。未来的なデザインのフジテレビ本社ビル(正式名称は、エフシージービル)は、お台場のランドマークとして知られています。フジテレビジョンのほかBSフジを始めとするフジサンケイグループの企業が本社やスタジオなどを置いています。「世界のタンゲ」といわれた日本を代表する建築家の丹下健三が手掛けた巨大プロジェクトの中で最後に直接指揮をとった建築物です。日本の放送局の本社社屋の中で最も大きな建物であり、日本の民間放送局として最大級のスタジオ床面積(300坪)を持っています。建物は縦横の比率をハイビジョンテレビの画面の縦横の比率と同じ16:9としています。建物の低層部には公開スペースを1階に設け、主なスタジオを3階に設置するという構造になっています。高層部は「オフィスタワー」と「メディアタワー」の2棟からなり、この両棟を12階・18階・24階の3フロアーの階にあるコリドール(渡り廊下)で連結する構造となっています。2棟のビルの間にそびえる球体は直径32メートルあり、外装は腐食の心配がないチタンで作られています。2007年6月のリニューアルの際に「はちたま」という愛称が与えられました。地上100mに位置する「はちたま」は、レインボーブリッジなどの臨海副都心を270度見渡せる展望室となっています。



自由の女神像といえば、ニューヨークのリバティ島にある自由の女神像が有名です。リバティ島の自由の女神像は、高さ(台座から右手のトーチまで)が46.05mで、台座まで含めると93mもあります。一方、お台場の自由の女神像は、高さが11.5mで、台座を含めても17.4mしかありません。ですが、お台場の自由の女神像はスケールこそ小さいですが、重量は9トンもあり、かなり本格的な作りをしています。お台場の自由の女神像は二代目で、初代の像は「日本におけるフランス年」事業の一環として1998年4月29日から1999年5月9日まで設置されていました。初代の像は、パリのセーヌ川のシーニュ島に1889年に作られた本家「自由の女神像」を、設置から109年目にして初めてパリを離れ、はるばる海を渡ってお台場海浜公園に設置したものです。この事業では、フランス大統領のジャック・シラクと内閣総理大臣の橋本龍太郎が参加して、1998年4月28日に点火式が行われました。記念公開後はフランスに帰る予定の自由の女神像でしたが、レインボーブリッジを背景としてお台場に立つ優美な姿は日仏友好のシンボルとして多くの人々に愛され、像のフランスへの帰国が近づくにつれてお台場にも新たな像の建設を望む声が強まりました。そうした背景のもと、オリジナル像からの完全復刻像製作案が立ち上がり、オリジナル像所有者であるパリ市に申請し、日本におけるフランス年実行委員会や駐日フランス大使館の協力を得て、1999年3月にパリ市からの正式許可を受け、フランスに帰った「自由の女神像」から型を取ったレプリカ制作が開始されました。そして2000年12月22日、フランスのクーベルタン鋳造所にて製作され、運ばれたお台場の自由の女神像(二代目)が序幕されました。このフランス政府公認のレプリカは「台場の女神」という別名で呼ばれることもあります。ちなみに、ニューヨークの自由の女神像は、1886年にフランス政府からアメリカ独立100周年を記念して贈られたもので、パリの自由の女神はそのお返しとしてフランス革命100周年を記念してパリに住むアメリカ人達から寄贈されたものです。

自由の女神像

原題:世界を照らす自由の女神像
1998−1999「日本におけるフランス年」を記念し、パリ市セーヌ川の中州シーニュ(白鳥)島に1889年に設置された「自由の女神像」が1998年4月より1999年1月までの間、ここお台場海浜公園のこの台座上に移築されました。シーニュ島設置から109年目パリを離れて海を渡った世界初の海外公開でした。レインボーブリッジを背景にお台場に立つ優美な姿は日仏友好のシンボルとして多くの人々に愛され、フランスへの帰国が近づくにともない復刻像の再建を望む声が強まりました。そうした背景のもと、フジテレビと臨海副都心まちづくり協議会・二つの自由の像設置委員会が中心となり、オリジナル像からの完全復刻像制作案をまとめ、オリジナル像所有者であるパリ市に申請。日本におけるフランス年実行委員会、駐日フランス大使館の協力を得て、1999年3月パリ市からの正式許可を受けフランスに帰った「自由の女神像」の型取りが開始されました。

1999年9月
パリ近郊、クーベルタン城内「クーベルタン鋳造工房」(Foundry of Coubertin)で、オリジナル像と同じブロンズ鋳造製法で制作を開始。

2000年10月
完全復像が完成。

2000年12月22日
新世紀に世界を照らす、台場の自由の女神像が除幕されました。


自由の女神の歴史

1876年フランス政府は、アメリカ建国100周年を祝して特別なプレゼントをニューヨーク市に贈りました。このプレゼントこそが、あの有名なニューヨーク港にそびえ立つ「自由の女神像」。考案者はフランス人彫刻家フレデリック=オーギュスト・バルトルディ(1834年〜1904年)です。そして、その返礼として、パリ在住のアメリカ人達による組織「アメリカ・パリ会」からフランス革命100周年を記念してフランス政府に寄贈されたのが、パリの「自由の女神像」です。原題「世界を照らす自由の女神像」−「自由こそが異なる民を結びつける重要な要因」−の理念の元に、1889年11月5日、作者バルトルディ臨席のもとパリ・セーヌ川に浮かぶ中洲シーニュ(白鳥)島に於いて公式に除幕されました。

STATUE OF LIBERTY (STATUE DE LA LIBERTE)

Statue originally named: Liberty Enlightening the World
To commemorate the "Year of France in Japan" (1998 - 1999), the "Statue of Liberty" installed on the Ile aux Cygnes (Isle of the Swans) in the middle of the River Seine in Paris in 1889 was relocated to this pedestal in Odaiba Marine Park from April 1998 to January of the following year. In its 109th year installed on the Ile aux Cygnes, the statue departed Paris, crossing the ocean to be displayed overseas for the first time. The graceful form of the statue located on the island of Odaiba with Rainbow Bridge in the background was adored by many as a symbol of friendship between Japan and France, and calls for a replica of the statue to be erected grew stronger as its return to France drew near. As a result of such developments, mainly through the efforts of Fuji Television and the Tokyo Waterfront City Association's committee for the installation of two statues representing liberty, plans were drawn up to create an exact replica of the original statue, and a request was submitted to the City of Paris, the owner of the statue. With the cooperation of the "Year of France in Japan" Executive Committee and the French Embassy in Japan, the committee obtained formal permission from the City of Paris in March 1999, and started work to obtain a mold of the "Statue of Liberty."

September 1999
Creation of the replica commenced using the same bronze casting method as the original statue at Fonderie de Coubertin (Foundry of Coubertin) on the grounds of Chateau de Coubertin located on the outskirts of Paris.

October 2000
Exact replica completed

December 22, 2000
Odaiba's Statue of Liberty, enlightening the world in a new century, unveiled


History of the Statue of Liberty
In 1876, the French government gave a special present to New York City in celebration of the centennial of the founding of the United States of America. That present is the world famous "Statue of Liberty," which stands at the entrance to New York Harbor. It was designed by French sculptor Frederic Auguste Bartholdi (1834-1904). In return, an organization made up of American expatriates residing in Paris gave France the "Statue of Liberty" replica, which stands in Paris, to mark the centennial of the French Revolution. Under the concepts of "Liberty Enlightening the World," the statue's original title, and "liberty is an ideal crucial to bringing different people of the world together," the statue was officially unveiled on the Ile aux Cygnes (Isle of the Swans) in the River Seine in Paris with the artist Bartholdi in attendance on November 5, 1889.




自由の女神像から高架の遊歩道に向かいます。左手にアクアシティお台場があります。アクアシティお台場は、中心ターゲットとして赤ちゃんや小さなこども連れのファミリー層を想定し、年代的には30代を中心としたベビーカーを押す若いファミリーをイメージして、平成十二年(2000年)4月1日に開業した複合商業施設です。



湾岸道路を跨ぐウエストパークブリッジを渡ります。あまりに幅が広いため、広場のような感覚です。奇妙な彫刻像が並んで立っています。未来の「門」を表現した「’96美神(ヴィーナス)の門」という杉山惣二氏の作品で、古いものと新しいものを組み立て、そして住みよい地球と人類への幸せという祈りが託されているとのことです。



ウエストパークブリッジを渡った先は、ウエストプロムナードという遊歩道になっています。右手には、ボールペンを突き立てたようなモニュメントが聳えています。

自由の炎
”LA FLAMME DE LA LIBERTE”

「フランスにおける日本年(1997年〜1998年)」と「日本におけるフランス年(1998年〜1999年)」を記念し、また日仏の友好を讃えるために、「日本におけるフランス年」実行委員会、パリ市、パリー東京協会、ならびに以下に挙げる各フランス企業はフジテレビと臨海副都心まちづくり協議会の協力のもとに芸術家マルク・クチュリエ氏(M.Marc Couturier)のオリジナル作品である本作品を、東京と日本に贈呈した。この作品は、平成十二年11月21日にモーリス・グルドー=モンターニュ(M.Maurice Gourdault−Montagne)駐日フランス大使によって除幕が行われた。

THE FLAME OF LIBERTY
(LA FLAMME DE LA LIBERTE)

To commemorate the "Year of Japan in France" (1997 - 1998) and the "Year of France in Japan" (1998-1999), as well as to celebrate friendly relations between Japan and France, the "Year of France in Japan" Executive Committee, the City of Paris, the Paris-Tokyo Association, and the French corporate sponsors listed below, in cooperation with Fuji Television and the Tokyo Waterfront City Association, presented Tokyo and Japan with this original work by the artist Mr. Marc Couturier.

LA FLAMME DE LA LIBERTE

Pour commemorer et , ainsi que pour celebrer l'amitie entre le Japon et la France, le Comite executif de , la Ville de Paris, l'Association Paris-Tokyo et les entreprises francaises mentionnees ci-dessous, en collaboration avec Fuji Television Network Inc. et le Rinkai Fukutoshin Machizukuri Council (Association du front de mer de Tokyo), ont offert au Japon et a la Ville de Tokyo une oeuvre originale de l'artiste l'artiste M. Marc Couturier. Cette oeuvre a ete devoilee par l'Ambassadeur de France au Japon M. Maurice Gourdault-Montagne le 21 novembre 2000.




ポイント5 ダイバーシティ東京プラザ

ダイバーシティ東京プラザは、平成二十四年(2012年)4月に開業した都市型複合商業施設です。開業に際しては、郊外型の大型商業施設などが設定する商圏を設けず、「劇場型都市空間」をMD(マーチャンダイジング)コンセプトに据え、国内外の観光客やファミリー層をターゲットにしました。物販及び飲食店舗のほか、ライブハウスやアミューズメント施設などが入居しています。



ダイバーシティ東京プラザ前のフェスティバル広場には実物大のユニコーンガンダムが展示されていて、一定の時間帯で実機の変形演出(ユニコーンモードからデストロイモード)が行われています。夜間の演出では、実機のライトアップおよび変形に加え、横の大型ビジョンに特別映像が放映されます。



出会い橋を渡って、ゴール地点のりんかい線東京テレポート駅に着きました。



ということで、江東区で八番目の「朱雀G有明(お台場)青海」を歩き終えました。次は江東区で九番目のコースである「朱雀H埋立地の緑をめぐる」を歩きます。




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