G新小岩エリア  

コース 踏破記  

今日は葛飾区の「G新小岩エリア」を歩きます。新小岩駅北口をスタート地点として中川の葛飾区側を周回し、西井堀緑道を経て、新小岩駅のガード下を通り抜けてルミエール商店街を巡り、新小岩駅南口でゴールします。

G新小岩エリア

「G新小岩エリア」の歩行距離は約7.8km(約11、140歩)、歩行時間は約1時間57分、消費カロリーは約351Kcalです。

スタート地点:JR新小岩駅北口
ポイント1 外谷汐入庭園
昭和初期の実業家の個人庭園を改修して造られた公園。春には藤が、秋には紅葉が見頃。
ポイント2 旧逆井道
ポイント3 上品寺(えんま寺)
ポイント4 奥戸東公園
ポイント5 奥四あおぞら公園
ポイント6 西井堀せせらぎパーク
ポイント7 ルミエール商店街
全長420mのにぎやかなアーケード街。生鮮食品や写真館、大衆居酒屋など様々な店が軒を連ねている。

ゴール地点:JR新小岩駅南口


スタート地点のJR新小岩駅北口から歩き始めます。



新小岩駅北口駅前広場にモンチッチの像が建っています。モンチッチは、葛飾区西新小岩にある人形メーカーの株式会社セキグチによって製造・販売されている、猿に似た妖精の生き物をイメージした人形です。モンチッチは昭和四十九年(1974年)1月26日に発売されました。「モンチッチ」の名前は、フランス語の「モン」(私の)と「プチ」(小さく可愛いもの)を合わせた「私の可愛いもの」と、日本語の「ちっちゃい」という音、モンキーのモンとおしゃぶりをチューチューと吸っていることなどに由来しています。昭和六十一年(1986年)を最後に日本での発売は一旦終了しましたが、平成八年(1996年)に約10年ぶりに日本での人形の発売を再開しました。平成二十四年(2012年)12月2日、モンチッチの発祥の地がセキグチ本社のある葛飾区であることから、葛飾区観光協会の広報課長に就任し、葛飾区では今後区内のイベントなどでモンチッチの着ぐるみを各イベントのPRキャラクターとして出演させることにしています。平成二十八年(2016年)4月9日には、旧セキグチドールハウス(元セキグチ工場)跡地に「モンチッチ公園」が葛飾区によって新たに開設されました。令和四年(2022年)1月26日、モンチッチの48回目となる誕生日に新小岩駅前北口広場に「モンチッチくん」と「モンチッチちゃん」の高さ1メートルほどの銅像が建立され、除幕式が行われました。



同時に、7種類のモンチッチを配置したミニサイズの銅像も建立されました。

モンチッチ −この指とまれ−

モンチッチは、1974年に葛飾区西新小岩にある株式会社セキグチから誕生しました。国内外で人気を博し、手にした方の心に寄り添う可愛らしいキャラクターです。株式会社セキグチと葛飾区は、モンチッチ公園の開園、モンチッチがデザインされたマンホールや時計塔の整備など、葛飾区ゆかりのキャラクターであるモンチッチを活用した「モンチッチに会えるまち かつしか」の実現に向けて取組みを進めています。本モニュメントは、モンチッチパパからの贈物です。




新小岩駅北口から蔵前橋通りに向かう途中に、立派な門構えの東京聖栄大学があります。東京聖栄大学は、栄養士の養成教育で長い伝統のあった聖徳栄養短期大学を母体とし、平成十七年(2005年)4月に開学しました。健康栄養学部に管理栄養学科と食品学科を置き、「食と健康」に関する研究を行い、最新の情報を元に栄養・食品に関する専門知識と実践を踏まえた技術・技能を身に付け、社会で活躍できる「食の専門家」の育成を目標としています。創立以来多くの卒業生を世に送り出し、栄養士養成校として広く社会的に認知され、評価されています。



西新小岩一丁目交差点で蔵前橋通りを横断し、満開の桜並木の続く道を中川方向に進みます。



令和四年(2022年)7月にオープンした「にこわ新小岩」は地域活動センター・子ども発達センター・保健センター・子ども未来プラザ・保育園の機能を集約した複合施設です。「にこわ」という名称は「にこにこ」と「輪」を合わせた造語で、「笑顔の輪が広がる場所になるように」との想いが込められています(2022年3月に訪れた時は未だ工事中でした。)



上平井水門は、中川と綾瀬川との交流地点に建設され、中川・綾瀬川への高潮遡上を防ぐ役目を担う重要な水門です。昭和四十四年に竣工し、国内唯一の鋼製ローラーゲート(パイプフィーレンデール構造ローラーゲート)・径間30m×4連・門扉高さ11.1m・重量215tの規模で、他の水門よりも大きな門扉と巻上げ機を持っています。フィーレンディール構造とは、「トラス構造をピン接合でなく剛接合にしたラーメン構造」です。斜めに走る鋼材がなく、梯子を横倒しにしたような形状をしています。



ポイント1 外谷汐入庭園

外谷汐入庭園は、昭和初期に米穀商を営んでいた実業家の外谷辨次郎の邸宅に作庭された池泉回遊式庭園が遺族から葛飾区へ寄贈されたことを機に公園として改修整備した歴史ある庭園です。風情あふれる情景は四季折々に表情を変え、春には藤、秋には紅葉が楽しめます。「汐入庭園」という名前は、この公園の近くを流れている中川(荒川と並行して流れている)から水を引き入れ、東京湾の潮の満ち引きに合わせて庭園の変化を楽しめる「汐入式」の庭園になっていたためです。

外谷汐入庭園

当園の敷地は、米穀商を営んでいた実業家の外谷辨次郎氏のご遺族から葛飾区に寄贈されたものであります。そして葛飾区が既存の庭園跡を改修し、整備したものであります。外谷氏が大正十二年の関東大震災後、この地に邸宅を構えてから、庭づくりが始められ、昭和八年頃に、現在の池や築山などの原形がほぼ出来上がりました。池には、敷地の西方を流れている中川の水を引き入れていた堰が残っています。これは当時水源を確保するとともに海の干満にあわせて、池の汀(みぎわ)と水面の様相の変化を楽しむいわゆる「汐入り庭園」を模したからであります。また、庭石は紀州・筑波・伊豆小豆島など全国から産出される十九種類の自然石が使われ、他に石灯籠や石塔などもふんだんに配されており、大正から昭和初期の潤沢な古き良き時代の面影を残しています。




そしてもうひとつ特徴的なものは、現在もよく形を残している飛び石などの庭石や石灯籠などの石造物です。特に石橋の周辺には大きな赤石や紀州の青石なども配され、その数で言うと日本全国から集めた19種類の自然石が使われているそうです。



上平井橋は中川に架かる都道450号線の橋で、明治時代以前は、現在の上平井橋よりやや下流側に「上平井の渡し」と呼ばれる中川の渡船場があり、渡し場の上流で中川と 綾瀬川が合流していました。現在の橋は昭和四十年(1965年)10月に完成し、架橋後に上平井水門とかつしかハープ橋が建設され、周辺の景観は大きく変容しました。かつしかハープ橋は綾瀬川に架かる橋で、昭和六十二年(1987年)開通し、首都高速中央環状線を通しています。橋梁デザイナーの大野美代子氏のデザインによる世界初の曲線斜張橋で、更にその曲線はS字を描き、路面には勾配もあるという複雑な立体構造をしています。2本の主塔は高さがそれぞれ65m、29mと異なる特殊な橋です。その曲線と48本のワイヤーが織り成す姿は美しく、楽器のハープに見立てて公募によりその名が付けられました。



中川の土手下に「モンチッチ公園」(正式名称:西新小岩五丁目公園)があります。



公園は、床面にはモンチッチの絵がタイルで描かれ、トイレの外壁にモンチッチとベビチッチの写真がラッピングされている他、滑り台などの遊具やジャンプタッチなどの健康遊具を設置しています。



公園内には、モンチッチの像が沢山置かれています。私が訪れた2022年3月には改修中で、多くの像にはカバーが掛けられていました。



いろんなキャラクターが窓からあなたを見詰めています。



ポイント2 旧逆井道

モンチッチ公園公園前から平和橋通りに至る小道は逆井道と呼ばれていました。旧逆井道について色々と調べてみたのですが、よく分かりません。旧中川の大島と小松川を結ぶ橋は「逆井橋」ですが、これは元佐倉道の橋で、しかも旧逆井道の道筋とはかなり離れています。



道路脇には「天神前橋」という嬌名の親柱が遺されていますので、かって何かの水路(または堀)と交差していたようです。「天神」とは、平和橋通りを渡ったところにある天祖神社ではないかと思います。



上平井天祖神社(葛飾天祖神社)は上平井村の鎮守で、江戸時代以前には神明社・葛西神明あるいは皇大神宮と尊称されていましたが、明治四年(1871年)に天祖神社と改称されました。鎌倉時代に源頼朝の家臣で葛西御厨を伊勢神宮に寄進した壱岐守平清重(葛西三郎)が勧請し、創建したと伝えられています。寛永十八年(1641年)・正徳二年(1712年)・寛延元年(1748年)・天保十五年(1844年)に社殿を改築し、明治十六年と明治三十二年に修築しています。現在の社殿は昭和四十六年(1971年)に造営されました。



ポイント3 上品寺(えんま寺)

平和橋通り沿いに位置する上品寺は新義真言宗の名刹で、江戸時代から広く人々の信仰の対象になっている閻魔(ゑんま)大王で知られています。



閻魔大王座像は境内左側のお堂に安置されています。



閻魔大王は、座像ながらその高さおよそ2mあり、江戸十六閻魔の一尊で、その製作手法から室町時代の作と云われています。その昔、中川の氾濫時に上流から流れてきたお像を村人が奉納したとも伝承されています。

葛飾名所 上品寺の閻魔大王坐像

当寺は新義真言宗にして、八幡山来迎院という。この閻魔堂に安置する閻魔大王坐像は、高さ206cmあり、かって江戸十六閻魔の一つとして栄え、区内最大のものである。閻魔大王は、地獄に住み18の将良と8万の獄卒を従え、死して地獄に堕ちくる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。当寺の閻魔は、江戸中期にもっとも盛んに信仰され、昭和四十七年に閻魔堂が新築され現在に至っている。




上品寺は、南四国南葛八十八ヶ所霊場28番・新四国四箇領八十八ヵ所霊場20番になっています。



道路の脇に小さな地蔵堂が建っています。

地蔵尊の由来

此の地に一寺有り恵見山明王寺地福院と号す。年代不明なるも正福寺末の為正福寺に合併す。今を去ること二百五十六年前享保十七年八月時の地福院住職・高厳和尚の代に村講中の発願による地蔵尊壱躰が建立され永く村人に信仰され今日に至る。この間永年に亘り風雨にさらされ地蔵尊も修復のやむなきに至る。今回正福寺住職並びに総代一同の発願により修復し堂宇を建立し地福地蔵尊と称し本日開眼供養を厳修す。




地蔵堂の先で左折し、西井堀緑道に入ります。東京天然温泉古代の湯は、都内にある温泉施設の中ではとても広く充実した施設と約8、650平方メートルの広さを活かし、開放的でゆったりとした空間になっています。地下1、720メートルから湧き出ている天然温泉で、多彩な10種類の風呂と露天風呂が有名です。女性は神殿造り、男性は東屋風の情緒溢れる湯殿となり、2種類の貸切湯もあります。敷地内には、ゴルフ練習場・ボーリング場・自動車学校もあります。



ポイント4 奥戸東公園

古代の湯の角で右折し、住宅地の中を進みます。ゴルフ練習場の裏手に奥戸東公園があります。平成二年5月8日に開園し、広さは600uあります。遊具は砂場・回転する小さな乗り物・鎖付きの小さな登り棒があります。



何かの水路の跡に造られたと思われる歩行者専用の遊歩道を進みます。



ポイント5 奥四あおぞら公園

東奥戸集い交流館に隣接した奥四あおぞら公園は、平成六年11月18日に開園し、広さは613uあります。青を基調とした遊具には、湾曲した梯子や螺旋状の足場が付いたのぼり棒と波打った形の滑り台・柵に囲われた砂場・大人も楽しめる健康遊具などがあります。



ポイント6 西井堀せせらぎパーク

西井堀せせらぎパークは、かってこの辺りを流れていた西井堀という灌漑用水を埋め立てて緑道にした約500メートルの親水公園です。じゃぶじゃぶ池があり、水遊びができるので、夏場には子供たちの元気な声が聞こえてきます。駅からも近く、公園の下には駐輪場も設けられています。



西井堀の由来を記した案内板が立っています。

西井堀の由来

かつて「農業葛飾」といわれた葛飾区には、葛西用水や、上下之割用水など、多くのかんがい用水が発達していました。西井堀は、大用水とも呼ばれた上下之割用水の分流であり、その水源は水元の小合溜から発します。利根川の旧河道であった小合溜は、享保十四年(1729年)幕府の治水事業の一つとしてつくられ、その下流にあたる東葛西領(現在の葛飾・江戸川地域)のかんがい用水として利用されました。用水は岩槻橋を経て南流し、新宿に至ると東に小岩用水路を分かち、幹流は高砂・細田方面に入ります。さらに分流して東井堀、中井堀、西井堀となり、西井堀は新小岩から小松川方面に流れます。しかし、近年、農地の宅地化と産業の工業化によって、かんがい用水の機能は急速に失われ、雑排水路として存続してきました。そして、下水道の整備にともない排水路としての必要性もなくなりました。現在の西井堀は、水路を埋め、緑ゆたかな道や、水とふれあい親しめる公園として生まれ変わっています。




公園は、北側入口広場・せせらぎ広場・柳のトンネル・中央広場・ふれあい広場・竜骨のアーチ・水遊びの広場・南側入口広場と幾つかの区画に分かれています。



北側の入口広場です。



南側の入口広場です。



せせらぎ広場です。



古代生物のレリーフもあります。



ふれあい広場です。



平和橋通りと蔵前通りの交差点に、西井堀に架かっていた巽橋の親柱と欄干が遺されています。巽橋の名前の由来ですが、「巽」というのは東南の方角を指します。江戸深川の芸者衆を巽(辰巳)芸者と呼ぶのも「江戸の東南の芸者」からきています。新小岩の巽橋は何を中心にして「巽」なのかといいますと、明治二年(1869年)に成立した小菅県の県庁が置かれた小菅御殿(現在の小菅拘置所の敷地)から見た方角をいっているのだそうです。小菅県は明治四年に品川県とともに東京府に合併して短い間存在した県です。その小菅県を地域の中心として橋の名前に残っているのです。



ポイント7 ルミエール商店街

平和橋通りを南方向に進んで総武線のガード下を通り、新小岩駅の南側に出ます。駅の南口広場から新小岩ルミエール商店街のアーケードが延びています。「ルミエール」は、フランス語で「採光」という意味があります。新小岩ルミエール商店街は、葛飾区の商店街の中でも歴史は古く、全長約420メートルに約150店舗の専門店が軒を連ねる東京下町の元気な商店街です。昭和三十四年に設置されたアーケードは葛飾区内で初めてのもので、餅つき大会・新小岩さくらまつり(春の大江戸よしむねまつり)・現金つかみ取りが大好評のチャンスセール・よしむねまつり〜ルミエール収穫祭〜・ルミエールイルミネーションなど、四季折々のイベントが盛り沢山あります。下町情緒が溢れ、活気のあるルミエール商店街は新旧折衷を楽しめる商店街です



商店街公認キャラクターよしむねさま&こまつなっちも大人気です。



ゴール地点のJR新小岩駅南口に着きました。



ということで、葛飾区で八番目のコースである「G新小岩エリア」を歩き終えました。次は葛飾区で九番目のコースである「H高砂・奥戸エリア」を歩きます。




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