I西水元エリア  

コース 踏破記  

今日は葛飾区の「I西水元エリア」を歩きます。中川から大場川が分岐する大場川水門をスタート地点として、水元地区の公園を巡り、金町駅でゴールします。今日から4月になります。

I西水元エリア

「I西水元エリア」の歩行距離は約5.6km(約8、000歩)、歩行時間は約1時間24分、消費カロリーは約252Kcalです。

スタート地点:大場川水門停留所
ポイント1 西水元三丁目公園
ポイント2 西水元宮田公園
ポイント3 水元スポーツセンター公園
ポイント4 葛飾区科学教育センター(未来わくわく館)
「空気」「水」「光」をテーマにした参加体験型展示装置がある。子どもから大人まで楽しめる科学施設。
ポイント5 葛飾にいじゅくみらい公園
約700本の樹木が植えられている区内最大の広さを持つ公園。25種類約90本の桜はお花見に最適。

ゴール地点:金町駅北口


スタート地点の大場川水門停留所から歩き始めます。



中川の下流から大場川の終点には、建設省が施工した幅20m×2門の新大場川水門が設置されています。新大場川水門は、昭和五十四年に完成し、三郷放水路下流域(南側)の内水排除を行なう大場川下流排水機場と連携しながら中川からの逆流防止の役割を果たしています。この地は平坦な低湿地を長距離にわたり大場川が貫流していたことで流れが不良となり、水難が免れない状況だったため、大場川の屈曲路を直流に改めることから始まり、大正時代から改修工事が行われてきました。現在は、第二大場川が開削されると共に、中川と江戸川を連結させた三郷放水路が開かれ、治水の安定化が図られています。



大場川の土手は桜の名所となっています。



葛飾区の北西端に位置する西水元地域には未だ農地が散在しています。農地に混じって農業体験農園もあります。随分と広い区画ですね。



ポイント1 西水元三丁目公園

幸田なかよし通りを進みます。通りの名前は、西水元地域の子どもの大半が通う幸田小学校の通学路ということで命名されたようです。



「水元」の地名の由来ですが、水元と言う呼び名は小合溜(旧名:小合溜井【こあいためい】)からきているといわれています。この小合溜井は、江戸幕府が享保十四年(1729年)に治水のために井沢弥惣兵衛に命じて中川を開削させたことに始まり、平時は 東葛西領50余町村の灌漑用水(上下之割用水)として利用された水源地で田畑を潤す水の流出口であったことから、水の元”水元”になったといわれています。その後、明治二十二年に江戸期の上小合村・下小合村・小合新田・猿ケ又村・飯塚村が合併し、南葛飾水元村となりました。更に昭和七年に葛飾区が誕生すると共に、水元村は水元小合上町・水元小合町・水元小合新町・水元猿町・水元飯塚町となり、いずれの町名にも「水元」の名称が付けられました。これらの各町名は、昭和五十六年の住居表示の施行にともない、東水元・水元・水元公園・南水元・西水元と改称し、現在に至っています。そんな西水元地区には小さな公園が散在し、西水元三丁目公園もそのひとつです。滑り台とスプリング遊具、それに健康器具があるだけの広場のような感じです。



西水元つばき公園もそんな公園のひとつです。平成五年4月1日に開園し、その後全面的にリニューアルされたようで、とてもきれいです。住宅に囲まれた狭い敷地ですが、公園の中央にはフェンスで囲われた葛飾区内でも珍しい乳幼児用スペースが設置されています。ハイハイから一人で立てるようになるまでと説明があり1歳前の幼児でも遊べるようになってます。足元は少し柔らかいクッションがあるので、つかまり立ちをするような遊具と2歳くらいの子どもでも遊べるような遊具が揃っています。尚、西水元四丁目に似たような名前の「西水元つざさ公園」がありますが、こちらは盆踊り大会が開催されるほどの広さがあります。。



ポイント2 西水元宮田公園

西水元宮田公園は昭和五十九年10月9日に開園し、西水元地域では大きめの面積2,530uの公園です。住宅地に囲まれた静かな公園で、園内には綺麗に手入れされた植え込みや高い木が沢山植えられていて緑豊かです。低い滑り台と高い滑り台・丸太の吊り橋・ネットなどが備えられた大きくカラフルな複合遊具・滑り台・ブランコ・スイング遊具・小さな子ども向けの乗り物の遊具(飛行機・雲など)・砂場といった一般的な遊具を備え、砂場のまわりには犬や猫が入らないような柵が設置されているなど、衛生対策が施されています。



葛飾清掃工場は敷地面積約52、000uで、平成十八年12月に竣工し、焼却能力は250トンX2炉基の一日当たり500トンです。ゴミの焼却によって生み出された余熱は、水元学び交流館や水元総合スポーツセンターで利用されています。



ポイント3 水元スポーツセンター公園

水元スポーツセンター公園は、葛飾清掃工場を囲むようにつくられた公園で、清掃工場の東、北、西、南側に分かれています。



体育館には、様々な競技に対応できるアリーナ、常駐のスタッフがマシンの使い方や正しいフォームを指導してくれるので初めての人でも安心して利用できるトレーニングルーム、25mx8コースの他に歩行用や幼児用やジャグジーもある温水プール、柔道や合気道等に適した第1武道場・剣道や空手等に適した第2武道場、鏡張りのフィットネススタジオなどが備わっています。



水元スポーツセンター公園の一画に「ポニースクールかつしか」があります。ポニースクールかつしかは、葛飾区制施行50周年記念事業のひとつとして、昭和五十七年8月に開園した子どものための社会教育施設です。幼児から中学生までの子どもたちがポニー(小型種の馬の総称)の世話や乗馬、子ども同士の交流を通して豊かな人格形成を図っています。乗馬は、軽乗(けいじょう)といわれるアクロバット乗馬も取り入れています。事業内容は大きく分けて、引き馬・個人教室・団体教室の3種類で、個人教室には健常児・障害児を合わせて約300人の子どもが参加しています。障害児の乗馬教室(パートナーアニマル)は全国的にも珍しく、様々な障害のある子どもたちが乗馬を楽しんでいます。馬場はかなり広く、一周すれば十分楽しめそうです。引き馬は、インストラクターが轡をとって馬を引き、子どもは乗っているだけで操作をしなくてよいので、小さな子どもでも安心して気軽に楽しめます。



多目的広場は、サッカー・フットサル・少年軟式野球・ラグビー・グラウンドゴルフなどで利用できます。



水元スポーツセンター公園の広大な敷地は区画整理によって生み出されたようです。公園の一画に区画整理完成記念碑が建っています。施工面積は百万uといいますから、東京ドーム1個分に相当します。水元スポーツセンター公園の敷面積が56.6万uですから、区画整理全体の6割を占めていることになります。

区画整理完成記念

沿革
当組合は昭和四十二年九月東京都知事より設立認可を受け、ここに二十六年有余の歳月を費やし全ての事業を完了し、所期の目的を達成しました。これも偏に役員はじめ関係各位の一方ならぬご協力の賜と深く感謝申し上げる次第であります。当組合の総面積はおよそ109ヘクタールで水元地区の中心地域であります。しかし、昭和四十二年十一月区画整理に対する猛烈な反対運動が巻き興り解散の為の臨時総会を開き、組合の解散は一応は回避されたものの、爾来五年間事業を全く行う事が出来ず、空白の期間を経過したのであります。昭和四十七年総会を開催し、新執行体制が確立され、翌昭和四十八年大幅な事業計画変更の認可を得、漸く事業が本格的に進展したのであります。事業執行に当たっては地権者との意志の疎通を最大の眼目とし、誠意を盡し信頼の回復に努め、多くの難しい問題を逐一関係各位の深い理解と協力に依りすべて解決し、事業の完成をみるに至りました。




いいづか公園は平成十三年3月31日に開園し、割と広い1、705uの敷地があります。防災拠点公園でもあり、大きな広場が備わっています。丸太やロープなどを使った滑り台や動物を模ったスプリング遊具が設置されています。



みよし公園は昭和六十三年10月1日に開園し、1、730uの敷地があります。長方形の形状をしていて、大きな広場とクライミングも出来る複合遊具の滑り台や芋虫タイプのスイング遊具・ブランコ・鉄棒・フェンスで囲われた砂場などが備わっています。滑り台の入口はトンネルになっていて、ワクワク感があります。



ポイント4 葛飾区科学教育センター(未来わくわく館)

東京理科大学葛飾キャンパスは、平成二十五年(2013年)4月に三菱製紙中川工場跡地に設置されました。中川工場は、製紙業界の不況で平成十五年(2003年)3月に閉鎖されたとのことです。



東京理科大学葛飾キャンパスは、キャンパスアメニティーが充実した環境で先端融合分野を研究する「イノベーションキャンパス」として整備されています。キャンパスには門や塀が無く、隣接する「葛飾にいじゅくみらい公園」と一体化させることで「学園パーク型キャンパス」のコンセプトも掲げています。そのことで、研究・教育機関としてだけではなく、地域住民の憩いの場や地域活性化の拠点としても機能しています。



東京理科大学葛飾キャンパス内にある「科学教育センター未来わくわく館」は遊びから科学に触れる施設です。「光」・「水」・「空気」をテーマにした展示装置があります。強風体験やピタゴラ装置的機器などがあり、実際に体験しながら科学を学ぶことが出来ます。



東京理科大学葛飾図書館棟には図書館やカフェテリアなどがあり、図書館は葛飾区民のみ利用可能ですが、カフェテリアは誰でも利用できます。



ポイント5 葛飾にいじゅくみらい公園

葛飾にいじゅくみらい公園は、区立公園として区内最大の広さ(面積約7.1万平方メートル)を有し、東京理科大学葛飾キャンパスと一体化し、水と緑豊かで明るく賑わいのある公園として平成二十五年に開園しました。



公園には広い原っぱ・サッカーやラグビーなどの利用できる多目的広場・テニスコートなどがあります。原っぱ広場には25種類約90本の桜が植栽されていて、お花見のシーズンには賑わいます。多目的広場の隣にはターザンロープなどの子供向き遊具が揃っています。



池の脇に巨大な鋼球が展示されています。かって、紙の再生に使われた蒸釜なんだそうです。

地球釜

この赤褐色の鉄の球体は、「地球釜(通称)」とも呼ばれる損紙を蒸して再生するための蒸釜です。かつてこの地には、本区における近代工業の先駆的な工場である三菱製紙株式会社中川工場がありました。日露戦争後、紙の需要が増加したことで、合資会社三菱製紙所は紙の大消費地である東京に注目しました。工場建設の適地としては、本所方面への連絡が容易で、常磐線などの鉄道もあり、横浜方面と直接船で航行できる中川と江戸川に挟まれた、葛飾区新宿付近が選定されました。工場名を「三菱製紙所中川工場」と決めて、大正四年から建設を始めて大正六年に操業を開始しました。操業当初に製造された製品には、煙草口紙用紙をはじめ、教科書用紙、模造紙などがあり、その後、大蔵省印刷局から受注した葉書用紙も重要な製品となりました。第2次世界大戦の戦時中には、写真印画紙用原紙(バライタ紙)の製造をはじめ、軍関係の地図用紙等の抄紙や、新紙幣の抄造と旧紙幣の処理なども行っていました。戦後、中川工場は、昭和二十一年4月に大蔵省から紙幣用紙抄造管理工場に指定され、戦争で被災した大蔵省印刷局王子工場が復興する昭和二十四年まで紙幣用紙の抄造を行いました。損紙等をパルプにする作業に使われたのが、昭和二十年から二十一年にかけて設置された球型の蒸釜です。この蒸釜は、地球釜とも呼ばれ、厚さ16mmの鉄板32枚を鋲で球型に仕上げたもので、最大内径4.27mの大きさです。釜の中に、損紙等(5t)と水(9、000l)を入れ、毎分1回転の速度で回転させながら蒸気を注入して蒸し、紙の繊維を解きほぐして再生原料として使用しました。三菱製紙(株)中川工場は、昭和二十二年のキャスリーン台風によって被害を受けましたが、その後、復興を遂げ、バライタ紙やアート紙を量産し、新たにOA関連の感熱紙やインクジェット紙などの製造も手掛けるなどして操業を続けました。しかしながら、工場の移転が決まり、平成十五年3月に86年余りの歴史に幕を下ろしました。その後、UR都市機構が土地を取得し、隣接する三菱ガス化学株式会社の工場も含めた土地区画整理事業や道路等の基盤整備により、まちの骨格を整え、葛飾区、民間事業者とともに新しいまちづくりを進めてきました。中川沿いには、三菱製紙(株)中川工場をはじめとして、いくつかの製紙工場が建設され操業していました。現在では、製紙産業は姿を消してしまいましたが、この地球釜は、本区の近代産業の幕開けの地であることと、かつての製紙産業を記念するモニュメントとして貴重な近代遺産であります。




工場に設置されていた当時の写真です。



ゴール地点の金町駅北口に着きました。



ということで、葛飾区で十番目のコースである「I西水元エリア」を歩き終えました。次は葛飾区で十一番目のコースである「J亀有・お花茶屋エリア」を歩きます。




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