- 15.左近川親水緑道
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左近川親水緑道
左近川親水緑道は、平成九年に開通し、総延長は2,000メートルあります。既存水路の左近川のゆとりある川幅を活かして整備を行い、釣りも楽しめる空間となっています。また、隣接する新田コミュニティ会館の前庭として、寛ぎと憩いの場になっています。
- コース 踏破記
- 今日は江戸川区の「15.左近川親水緑道」を歩きます。海岸水門をスタート地点として、左近川の上流に向かって川沿いに左近樋門まで歩きます。
スタート地点:海岸水門
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ゴール地点:左近樋門
スタート地点の海岸水門に位置する左近川親水緑道始点から歩き始めます。かっては東京湾に面していた海岸水門ですが、その後葛西地域の埋め立てにより水門の役割は終わり、現在は取り壊し中とのことです。ちなみに、新田コミュニティ会館は緑道開始点の北側に建っていたようですが、見逃しました。
左近川は、江戸時代には旧江戸川から直接東京湾に流れ込んでいました。農業用水としてだけでなく、河港としても利用され、かっては三枚洲で漁業やノリ養殖業を行う「べか舟」が沢山停泊していました。昭和四十七年(1972年)に葛西沖が埋め立てられて流路を失ったことで、左近川は旧江戸川と荒川・中川を結ぶようになりました。昭和五十二年(1977年)からは河川ではなく、水路(公共溝渠)として扱われるようになり、左近樋門から海岸水門までは左近川親水緑道、海岸水門から荒川・中川までの人工水路は新左近川と呼ばれ、流域は新左近川親水公園・新長島川親水公園・新左近川マリーナとして整備されています。左近川と新左近川は、都道450号線が通る海岸水門橋の下で繋がっているようです。ちなみに、左近川の左近とは、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・旗本であった向井忠勝の官位である「左近衛将監」に由来しているとの説があります。
緑道の傍らに「星流れて」というタイトルの彫像が建っています。作者の谷口淳一氏は京都府出身の彫刻家で、1991年に日展特選を受賞しました。日展会員・日本美術家連盟会員・日展審査員を歴任し、京都市役所前広場や岡山駅前広場などに数多くの作品を提供しています。元巨人軍「沢村栄治像」(三重県伊勢市)や全国高校野球選手権大会の優勝メダルも制作しています。タイトルと彫像の関係がよく分かりませんね。
新左近川親水公園がコンクリート護岸で整備されているのに比べると、左近川親水緑道は石積みや丸太の護岸が多用されていて、自然な水路になっています。敢えてでしょうか、流れの中には水草も残されています。
水路に「海岸小水門」と書かれた小さな太鼓橋が架かっています。この場所には海岸水門とは別に、小さな水門があったのでしょう。
水路の脇に案内板が立っています。
左近川親水緑道
左近川は、江戸川のかつての分流の一つの川道の跡で、葛西においては河港のつとめを果たしてきた川で、漁業のさかんであった頃は、大きな役目をしてきました。左近川の左近とは、人名だという説があります(江戸川史より)。その左近川も、平成六年より3年にわたる工事の末、平成九年に「左近川親水緑道」として完成しました。上流部は石積みによる護岸、中流から下流にかけては丸太による護岸とし、都市の親水緑道として、人々にやすらぎをあたえる散歩道に生まれ変わりました。また、たくさんの木々や草花が四季折々の花を咲かせ、みなさまの目をたのしませてくれると思います。
この辺りは水路なのか草地なのか分かりませんね。
水路の脇に先ほどと同じ内容の案内板が立っています。こちらはボロボロになっていますが、何故でしょうか?
現在は埋め立てられていますが、かって仲割川が左近川に合流していました。仲割川の堀跡は仲割川遊歩道として整備されています。
左近川親水緑道は、仲町会館入口交差点で環七と交差し、環七の先から再び緑道が続いています。
暫く水路は途絶え、幅広い遊歩道が続きます。財団法人サンワみどり基金から寄贈された楠が聳えています。
水路が復活しました。
左近川くろまつひろばは、左近川親水緑道の対岸側に位置した、川の畔の緑化空間です。中央にこじんまりとした広場があり、その周りを囲むようにパーゴラ付きのベンチやスツール・トイレが設置されています。多種さまざまな植物が丹精込めて育てられていて、庭園に遊びに来たような気持ちにさせてくれます。季節ごとの移り変わりも美しく、穏やかな水辺の景観と共に豊かな自然を感じさせてくれます。ちなみに、クロマツの名前は、アカマツと比較して幹の樹皮が黒褐色であることに由来します。針葉はアカマツより硬く、枝振りも太いことから男性的と解釈され、別名「雄松(オマツ)」や「男松(オトコマツ)」とも呼ばれます。
広場の花壇の中に、「雲の賛歌」と題した彫像が建っています。作者の杉浦康司氏は昭和二十四年(1949年)に東京で生まれた彫刻家です。東京藝術大学で陶芸を専攻し、昭和五十年(1975年)に卒業後、初個展を開催しました。氏の作品は、自然の風景と融合させたインスタレーションや、陶の木立シリーズなどで知られています。
緑道の北側に隣接した東葛西スポーツ公園には、田んぼが設けられています。苗が植えられているのは一部だけのようです。田植えの途中であまりの重労働に根を上げたのかな?
緑道の終点に着きました。緑道の両側には何故か松の木が沢山植えられています。
石垣の間から水が勢いよく流れ出しています。この先の左近樋門から旧江戸川の水が取水されているのでしょうか?
ゴール地点の左近樋門に着きました。ちなみに、水門と樋門の違いですが、水門は、高潮や水害などが発生した際、門を閉じることで内水域の水位上昇を防ぐ役割を持っています。河川・運河・用水路・湖沼・貯水池・港湾などで河川堤防を分断する形で設けられています。これに対し、樋門は河川や用水路でよく見かける施設で、用水の取水や内水の排除を目的としています。水門と同じような外観をしていますが、大きな違いは、河川などに水を排出する水路が土手(堤防)に埋め込まれています。普段は水路から河川へ水が流れていますが、大雨などによる洪水時には、川から水路へ水が逆流しないよう樋門のゲートが閉じられます。
ということで、江戸川区で十五番目のコースである「15.左近川親水緑道」を歩き終えました。次は江戸川区で十六番目のコースである「16.古川親水公園」を歩きます。
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