- A−北西エリア 01.見沼代親水公園コース
コース 踏破記
今日は足立区の「A−北西エリア 01.見沼代親水公園コース」を歩きます。最初に歩いたのは2022年の5月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年11月に改めて歩きました。
- 施設名
- 見沼代親水公園
- 概要
- かつて、見沼代親水公園は農業用水として区の農業を支えていましたが、その役割を終えた用水は、昭和五十九年4月に、憩いの場の親水公園として誕生しました。親水路の長さは約1、700mあり、親水水路沿いに約70本のサクラを見ることができます。
- 住所
- 足立区舎人四丁目5番から古千谷本町四丁目8番まで
スタート地点:都営日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口
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ポイント1.舎人公園
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ポイント2.古千谷さくら公園
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ポイント3.氷川神社
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ポイント4.古千谷橋
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ポイント5.見沼代親水公園
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ポイント6.公園休憩所
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ポイント7.水車池公園
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ポイント8.見沼代親水公園駅
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ポイント9.神領堀親水緑道
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ポイント10.入谷中
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ポイント11.入谷中央公園
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ポイント12.入谷中郷公園
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ポイント13.入谷南中
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ポイント14.舎人公園
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ゴール地点:都営日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口
スタート地点の都営日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口から歩き始めます。
- ポイント1.舎人公園
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舎人公園は、公園中央で十字に交わる道路(尾久橋通り・舎人公園通り)で4区画に分けられています。西側敷地(A・D地区)に陸上競技場(3種公認)・テニスコート・野球場などのスポーツ施設、東側(B・C地区)には水鳥が見られる大池や親水広場などの自然と親しむスペースやキャンプ場が設けられています。また、南東部にはバードサンクチュアリの施設もあります。バードサンクチュアリーとは、野鳥たちだけの住処で、巣作りに適したガマやアシ、そして雑木林などの環境管理を行ない、観察舎からは様々な野鳥たちを観察できます。公園の面積は、都立公園の中で3番目の広さを誇り、東京ドーム約14個分の64.96ヘクタールあります。23区内の都立公園としては3番目の規模(1位:水元公園、2位葛西臨海公園)になっています。
毎年11月中旬には陶器市が開かれ、大勢の買い物客で賑わいます。今は未だ開店準備中のようで、買い物客は疎らですが。
公園の入口広場にある噴水から奥の噴水広場に向かって水路が引かれています。両側には高い樹木が並び、なかなかの景観です。
ガチョウが木陰で休んでいます。
湿原には遊歩橋が設けられ、一休みできる東屋もあります。
大池では釣りも楽しめます。
お花見広場を中心に、ソメイヨシノ・カンヒザクラ・ギョイコウなど24品種・約千本の桜が植えられ、長い期間お花見が楽しめます。毎年、3月下旬には「舎人公園千本桜まつり」が開催され、ステージイベントの他に物産展なども出店され、大勢の花見客で賑わいます。
ソリ専用の人工芝でのソリ遊びが楽しめるソリゲレンデは、通年楽しめる舎人公園の人気アクティビティです。巾が44m・最大斜度16度のAゲレンデと最大斜度20度のBゲレンデがあり、3〜12歳がまでの子どもが無料で利用できます。
自然の傾斜を利用したターザンロープもあります。この他、幼児用の遊具を揃えた広場や、ウォータースライダーのある都内でも珍しいじゃぶじゃぶ池(浮球の池)、山を模した2連のザイルクライミング・ボルダリング・ネット遊具などの難易度が高めの遊具がある児童公園もあります。
舎人公園は駅前の入口から北に向かって傾斜がついています。なので、北側の出口付近はかなりの高さがあります。赤と白が斑になった足立清掃工場の煙突は、2025年に竣工したシティタワー千住大橋に次ぐ高さを誇っています。
階段を下りて、舎人公園北通りに出ます。
舎人公園北通りに面した交差点の角に「TipTop coffee(ティップトップコーヒーカフェ)」というお店があります。ただの喫茶店ではなく、月1回(第3土曜日)の「お絵描き教室」・2ヶ月に1回の「デジタルお絵描き教室」・毎月1回(日曜日)のネイル教室・不定期の「工作教室」・その他のインベントが開催されています。コーヒーやジュースのお値段はもうちょっと値段を高くしてもいいのでは?
- ポイント2.古千谷さくら公園
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古千谷さくら公園は、「TipTop coffee」の北方にある舎人保育園に隣接する区立の公園です。面積は1、443平方メートルの土の広場で、子どもたちは思い切り走りまわったり、キャッチボールやサッカーなどのボール遊びして楽しむことができます。広場を取り囲むように大きな木々が植栽されていて、遊び疲れたときには木陰でのんびりと一休みすることもできます。
足立区の公園でよく見かける里帰り桜の木が植えられています。
ワシントンからの「里帰り桜」
足立区江北の一帯は、昭和初期まで「荒川の五色桜」と呼ばれる桜の名所でした。様々な品種の桜が植えられていて、花の時期には、白や黄色、淡紅や濃紅色などに彩られ、五色の霞がたなびくように見えたところから。この名が付いたと言われています。明治四十五年、当時の東京市長、尾崎行雄は日米友好の証として「荒川の五色桜」の苗木十二品種三千本を、アメリカの首都ワシントンに贈りました。現在、市内のポトマック公園は、世界的な桜の名所となっています。しかし、本家の「荒川の五色桜」は堤防工事や戦争、公害等の影響で、残念ながら衰退してしまいました。足立区では「五色桜」を復活させるために、昭和五十六年二月、区政五十周年記念事業として、ポトマック公園の桜の枝三十五品種三千本の里帰りを実現しました。この枝から苗木を増やし、あわせて「荒川の五色桜」に由来する品種を集め、区内の公園や学校などに植えました。新しい桜の名所として「都市農業公園」や「荒川桜づつみ」などがうまれています。ここに植えられている桜は、これらの桜の一部です。貴重な、歴史的財産でもある「里帰り桜」を、招来にわたって大切に大きく守り育てていきましょう。
- ポイント3.氷川神社
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足立区を北西に貫く赤山街道は、元は綾瀬小菅御殿から旧赤山城(現在の埼玉県川口市)へと続く街道でした。赤山街道沿いには氷川神社が殊の外多く、合計20社ほどあり、古千谷氷川神社もそのうちの一社です。古千谷氷川神社は赤山街道の古千谷橋近くの古千谷最高部に位置し、村が一望できました。かつては80mほどの長い参道があり、鳥居は参道入口にありました。古千谷氷川神社の創建年代は不明ですが、古千谷村が開かれた際に創建され、古千谷の鎮守社でした。祭神は須佐之男命で、境内社として北野神社と諏訪神社を祀っています。明治七年に村社に列格しました。
境内社に菅原神社があります。菅原神社は北野天満宮から御霊分けをした神社です。諏訪神社は見当たりませんでした。
力石が奉納されています。というか、単に置かれています。
- ポイント4.古千谷橋
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古千谷橋交差点に着きました。古千谷は「こぢや」と読みます。古千谷という地名は、舎人地域の東(コチ)に位置していたことに由来します。
かっては見沼代用水の水路に古千谷橋が架かっていたのでしょうけど、今は橋の痕跡を示すものは何もなく、交差点の名前に残っているだけです。
古千谷橋交差点は赤山街道に面しています。人家が殆どなかった江戸時代には、古千谷氷川神社も街道から眺められたことでしょう。
- ポイント5.見沼代親水公園
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江戸時代初期には利根川と荒川は現在の越谷付近で合流していて、氾濫を繰り返していました。この両川を引き離し、その跡を一大水田地帯にする大土木事業が行われました。利根川は文禄二年(1594年)から60年をかけて流れを少しずつ東に移していく工事が行われました。これを利根川東遷といいます。この工事により、それまで東京湾に流れ込んでいた利根川は銚子で太平洋に注ぐようになりました。荒川は寛永六年(1629年)に熊谷の久下で元荒川を締め切り、流れを西に移して入間川と隅田川を通じて江戸湾に注ぐ流路に変えられました。これを荒川西遷といいます。これらの工事によって、大河川が遠のいた跡の池沼地帯では耕地を広げるために池沼の水を排水する落川や農業用水を貯めておく溜井が幾つも造成されました。これらの大土木事業を行ったのは、伊奈備前守忠次を始めとする伊奈一族です。忠次の次男半十郎忠治は、荒川を付け替えた同年に現在のさいたま市東部に広がっていた見沼の東岸と西岸が最も近づく附島(緑区)と木曽呂(川口市)の間に約8町の長さから「 八丁堤」と呼ばれる堤を築き、見沼へ流れ込む水を貯留しました。これが、「見沼溜井」です。見沼溜井から水を引く「見沼用水」のお陰で周辺の新田開発が進みました。しかし次第に見沼溜井だけでは水が不足するようになりました。その後享保十二年(1727年)に徳川吉宗の命を受けた井沢弥惣兵衛為永が新たに利根川から用水を引き、見沼溜井は干拓して新田開発し、排水路として中落悪水路(現芝川)を掘削する工事を行いました。見沼たんぼの誕生です。利根川から引かれた水は、見沼に代わる用水なので「見沼代用水」と呼ばれました。見沼代用水は、取水口の利根川から見沼まで全長60kmで、そこからかつての見沼用水に繋げましたので、末端は現在の東京都足立区までの84.5kmにも及びました。その見沼用水路跡の足立区内に昭和五十九年(1984年)3月に憩いの場として誕生したのが見沼代親水公園です。
(注)悪水路とは、主に農業排水や生活排水を流すために作られた水路のことです。一般的な河川とは異なり、主に余分な水を排出する役割を担っています。
見沼代親水公園は、20年程前に「歴史と文化の散歩道」と「武蔵野の路」でも訪れました。案内板の保存状態がいいですね。地元の方々の民度の高さが見て取れます。
今回のコースには、見沼代親水公園と神領掘親水緑道が含まれています。
見沼代親水公園は、いくつかのゾーンに分かれています。「まどろみ」とは、眠気を催して少しの間浅く眠ることや、うとうとする様子を表している言葉です。水路を眺めながらベンチに腰掛けているとまどろみしたくなりますよね。
- ポイント6.公園休憩所
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見沼代親水公園の中程に休息所があります。畳敷きの休息所は初めて見ました。
「せせらぎゾーン」には、じゃぶじゃぶ池があります。じゃぶじゃぶ池は半円型のプールで、底面には沢山のリスが描かれています。斜面から水が流れてくる仕組みになっていて、子ども達に大人気です。親水水路が隣接しているため、プールで遊んだ後は生物観察もできます。
- ポイント7.水車池公園
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水車池は、じゃぶじゃぶ池の向かいの岩山の下にあります(ありました)。
いつの頃か分かりませんが(多分、じゃぶじゃぶ池が出来た頃?)、水車は撤去され、現在は埋め立てられて更地になっています。
標識も書き換えられています。
公園に面して、小さな神社が建っています。
足立区登録文化財に選定されている舎人諏訪神社の本殿は、天保七年(1836年)に建てられました。立川重蔵の作で、江戸末期の神社建築の作風を残しています。昔この地に夫婦杉という2本の杉がありました。見沼代用水を造ったに時に2本の杉の間に溝を通したため、土地の人達は祟りを畏れて、婚礼の時に前を通らないようにしたという伝説があります。
公園の終端に着きました。
- ポイント8.見沼代親水公園駅
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見沼代親水公園駅は、2008年に開業した都営日暮里・舎人ライナーの終着駅(始発駅)です。足立区と東京23区内の最北端の駅で、東京都交通局が管理する駅の中でも最北端に位置しています。駅名は、駅の北側にある見沼代親水公園から名付けられました。「見沼」は、かって埼玉県さいたま市と川口市にあった沼です。駅や公園の所在地は「舎人」であり、駅名を決める際に足立区が行った公募では、1位が482票の「舎人駅」で、2位の「見沼代親水公園」駅は156票と大差がつきました。しかし、足立区の指針として、同公園を「快適な居住環境をつくる重要な施設」と位置付けていることを踏まえ、区は「見沼代親水公園駅」を推薦順位第1位とし、2006年11月13日に正式決定しました。見沼代親水公園駅は、島式ホーム1面2線を有する高架駅で、車両基地のある舎人公園駅との間に、出入庫を兼ねた区間列車(営業列車)と回送列車が設定されています。
日暮里・舎人ライナーは東京都交通局が運行していることもあり、終点の見沼代親水公園駅で軌道が途切れています。埼玉県まで延びていないものの、一応は延伸も視野に入れた形になっています。見沼代親水公園駅から都道58号線を北へ約350m歩くと、埼玉県草加市になりますので、駅は都内にありますが、埼玉県民の利用者が多いのも事実です。しかし、現状では東京都による埼玉県への延伸計画はありません。
尾久橋通りを渡ると、見沼代親水公園は左にカーブしながら延びています。
この区間は水生植物園ゾーンになります。
水生植物園ゾーンに植えられている水草
- ハナショウブ アヤメ科
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Iris ensata Thurb, var hortensis Mak, et Nemoto.
ノハナショウブを日本で改良した園芸品(種)で、多くの品種がある。ここに植えられているものは、イタコ、シオサイ、オトメユメ、ハクチョウ等である。
- カキツバタ アヤメ科
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Iris laevigata Fischer.
水湿地に生える多年草。5〜6月頃先に青紫色(稀に白色)で、径12cm内外の花を次々と2〜3個つける。
〔分布〕温帯:北海道〜九州・朝鮮・東シベリア
- セキショウ サトイモ科
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Acorus gramineus Soland.
林中の小川に沿って生える多年草。花期は3〜5月。
〔分布〕温帯、暖帯:本州〜九州.ヒマラヤ
- クロモ トチカガミ科
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Hydrilla verticillata Casp. (L.f.) Casp.
池や沼や流水中に生える多年草。花は8〜9月。水面に浮かんで開花する。
〔分布〕温帯−熱帯:北海道(稀)〜九州.マレーシア、オーストラリア、マダガスカル、ヨーロッパ(稀)
- ヒツジグサ スイレン科
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Nymphaea tetragona Georgi
池や沼に生える多年草。花は6〜9月。長柄の頂に花をつけ、夜間は閉じる。
〔分布〕温帯。暖帯:北海道〜九州・ シベリア、ヨーロッパ、中国、インド北部
- トクサ トクサ科
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Equisetum hiemal
やや涼しい地方の山間谷川辺に自生し、また観賞用として植えられている多年生草本。
〔分布〕本州、中部以北.
- セキショウモ トチカガミ科
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Vallisneria asiatica Miki
淡水中に生育する多年草。花は8〜10月。雌雄異種。雌花は花茎が細長く、水上に浮かべる。雄花は円錐状の花床につき、水上に浮かぶ。
〔分布〕温帯−熱帯:北海道〜九州。東亜?
- ミズオオバコ トチカガミ科
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Ottelia japonica Miquel
沼や溝中等に沈水してはえる一年生無茎草本。花は8〜10月。両性。
〔分布〕温帯。暖帯:本州〜九州。
水路は途中で地下に潜り、遊歩道が終端まで延びています。
終端から左手に神領掘親水緑道が始まります。
- ポイント9.神領堀親水緑道
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神領堀は、足立区北西部の舎人五丁目の見沼代用水から分岐し、南西部の江北二丁目まで全長6kmの水路でした。このうち環七以南の約1.1kmが平成十五年から平成二十五年までの10年間をかけて整備され、神領堀緑道となりました。平成二十一年〜二十二年にはふるさと桜のオーナーを募集し、神領堀沿いに里桜が植樹されました。桜の季節は江北地域学習センター脇から荒川土手までの緑道で様々な里桜を楽しむことができます。
神領堀親水緑道
- 御神領堀
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御神領堀は綾瀬川から西の足立区域を潤した見沼代用水支流の用水です。江戸時代には流域の伊興・鹿浜・加賀皿沼・堀内・沼田・高野・舎人などの村々によって用水組合が作られ、地域の人々によって管理・運営された歴史的に重要な用水です。
緑道自体は真っ直ぐですが、蛇行した水路が設けられ、見た目に変化を感じさせるように工夫されています。
緑道はダスキン入谷支店の手前で終端となります。
ダスキン入谷支店角の交差点を右折した先に入谷氷川神社があります。道路の脇から長く延びた参道の先に立派な石造りの鳥居が建っています。入谷氷川神社の創建年代は不明ですが、豊臣秀吉の関東攻めの際に白幡を立てたことから白幡八幡と呼ばれるようになったといわれ、戦国時代後期には八幡社であったことが分かります。江戸幕府昌平坂学問所が編纂した「新編武蔵風土記稿」にも、「八幡社」という神社が既にあったとされています。明治七年(1874年)に舎人の氷川神社から須佐之男命を分祀し、「氷川神社」に改称しました。
入谷氷川神社は入谷村の鎮守で、「入谷古墳」という古墳の上に建てられています。境内には、足立区が建てた「入谷古墳跡」の碑があります。
史跡 入谷古墳跡(入谷氷川神社)
入谷古墳については、文政五年(1822年)徳川幕府が各地の村などを調査して作成した「新編武蔵風土記」入谷村の記録に「八幡社 塚上ニアリ。土人白幡八幡卜称ス。古岩槻攻ノ時、当所二幡ヲ立シヨリ、カク称セリト云」とある。この地域は東京東部低地(足立区・葛飾区・江戸川区・北区・荒川区・墨田区)の北辺にあたり、足立区内でも最も早い時代(四世紀頃)に古代の人々の集団生活がはじまった場所の一つである。毛長川沿岸には舎人遺跡・伊興遺跡・花畑遺跡などの多くの古墳時代の遺跡が確認されており、これらの遺跡とともに多数の古墳が過去に存在したことが知られている。昭和四十九年、当地の区画整理事業に当り、予定ではこの塚の半分以上が削られるところであったが、地元住民の熱意によりこの塚が保存されることになった。入谷氷川神社氏子総代が中心となり、計画を変更し保存に協力したのである。現在、区内に残されている古墳は東伊興の白旗塚古墳一基のみとなってしまっている。古墳の可能性の高いこの塚が保存されることは、きわめて有意義なことである。
参道の脇に庚申塔を祀った祠が建っています。
庚申さまについて
この塔は庚申塔と言います。庚申供養のため庚申講の人達により建てられました。六手の青面金剛像と鬼や三猿等が彫られています。庚申信仰は、中国から伝わってきた道教信仰で、十干十二支の庚申(かのえさる)の日に行われ、初めは宮中や貴族の信仰でしたが、その後は武士階級に広がり、江戸時代になると民間にも庚申信仰が広がりました。初めは信仰行事でしたが、娯楽が少ない時代のため集会や親睦となり、村人が結衆するための講中が作られ、六十日ごとの庚申の日に講が行われ、講員が一巡し結衆の証として庚申塔を建立しました。庚申塔は、村の入口付近にあるため道祖神や道しるべの役目もあり、疫病や泥棒除けとも言われました。特に、庚申さまの付近では、不思議に子供が事故から救われる事が多かったので、何時の頃からか子守り庚申さま・子育て庚申さまと呼ばれるようになり、村人から厚い信仰を受けるようになりました。
この塔の右側 入谷村講中三十八人
左側 享保十七壬子年十月吉日(1732年)
以前は神領堀から仲郷堀に分岐する入谷町四三五番地先の新井橋にありました。昭和五十七年十月、東京都の区画整理事業により当地に移設されました。平成十八年、足立区登録有形文化財(民俗資料)になりました。
拝殿前の階段の脇に黄色く色づいた銀杏の大木が聳えています。
足立区指定 保存樹林 第20号
入谷氷川神社の樹林は、昭和三十五年ごろまで一面田畑の広がる風景でした。現在は住宅街の中にあって緑の砦となっています。新緑、緑陰、木々がゆする木枯らしの風情も感じられます。この景観を末永く守り続け、歴史を刻んでいきたいと思います。
拝殿の前には、何故か招き猫が。
- ポイント10.入谷中
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足立区立入谷中学校は昭和五十一年(1976年)4月1日に開校しました。卒業生に柔道家の渋谷恒男氏がいます。ちなみに、「足立区」の地名の由来ですが、「足立」という地名は大化の改新(645年)後に制定された「武蔵国足立郡」に由来します。この足立郡は、現在の足立区から埼玉県北部にかけての広大な地域を指していました。「入谷」の地名の由来は、毛長掘から「入り込んだ」湿地帯という地形に由来するとされています。古墳時代には既に人が住んでいたと考えられていて、入谷氷川神社の下には入谷古墳が残っています。1970年代頃までの入谷は農耕を主体とした近郊農業地域でした。その後、土地区画整理事業により住宅地としての整備が進み、足立流通センターの完成や首都高速川口線の開通により、物流と流通の拠点として発展しました。
- ポイント11.入谷中央公園
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入谷三丁目交差点を右折した先に入谷中央公園があります。足立区役所では、古くなった公園の再整備に際し、単独の公園だけで考えるのではなく、エリアごとの公園を見渡して近い距離の公園同士で似たような施設ばかりにならないように公園ごとにテーマを持たせるようにしています。こうすることで、エリア全体に個性ある公園が散らばって存在できるような「パークイノベーション」という取り組みを進めています。入谷中央公園は、このエリアでは大きな公園として、賑わいと安らぎの役割を担う「5つの広場とグランドの公園」として位置付けられています。
入谷中央公園
5つの広場とグランドの公園〜にぎわい・やすらぎ〜
イカをモチーフにした遊具のある広場、子ども広場、日時計のある太陽の広場、風向計のある風の広場、健康遊具のある自由広場、お好きな広場を見つけてください。
「子ども広場」が隣り合った「イカをモチーフにした遊具のある広場」には、イカを題材にしたコンクリート製の滑り台が設置されています。どう見ても只の動物の骨にしか見えませんが。
「日時計のある太陽の広場」にある日時計は、凹面形状をしていて、影を落とすグノモンが2つあり、午前・午後で使わけるという特殊タイプです。
区画整理事業の記念彫像「家族」があります。区画整理事業の記念には巨大な石碑が建てられることが一般的ですが、家族像をモチーフにしているのは珍しいですね。
住宅地の中に農地が残っています。いろんな野菜が植えられていますね。
- ポイント12.入谷中郷公園
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足立区は、「パークイノベーション」と呼ばれる取組みによって公園ごとにテーマを与えて整備しています。入谷中郷公園は、「和風の庭と汽車公園」というテーマが設定されています。
出入口には、一里塚のように松が植えられた盛土山と石灯籠風の園名標柱が立てられ、和風の風情を醸し出しています。
「汽車公園」のシンボルは、小さな滑り台が付属した汽車の複合遊具です。鉄琴風に音が鳴らせる遊びパネルなども付いていて、幼児が楽しく遊べます。
- ポイント13.入谷南中
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入谷中郷公園と道路を挟んだ向かい側に足立区立入谷南中学校があります。入谷南中は、昭和六十一年4月に開校しました。時あたかもハレー彗星が76年ぶりに地球に戻ってきた年でした。
北足立市場は、青果物と花き部を併設した東京都中央卸売市場のひとつで、足立区北東部における青果及び花き流通の拠点市場となっています。首都高速川口線「足立入谷」インターから近く、日暮里・舎人ライナー「舎人公園」駅からも徒歩10分とアクセス良好な市場です。毎年秋には「市場まつり」が開催され多くの人々で賑わいます。青果部は、千住にある足立市場の取扱量増加に伴う狭隘化を解消するため、青果部のみを移設する形で昭和五十四年9月17日に開場しました。花き部は、周辺の花き地方卸売市場5市場を統合し、昭和六十三年4月25日に東京都中央卸売市場としては初の花き部として開場しました。市場内には巨大な倉庫が並んでいます。
- ポイント14.舎人公園
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舎人公園に戻って来ました。舎人公園の地下には、東京都交通局の日暮里・舎人ライナーの車両を格納する基地があります。地下といっても、実際は地面と同じ高さです。土地の掘削は殆ど行わず、舎人公園内北東部の未開園部分(面積約1.1ha)の地上面に構造物を構築後、その構造物全体を土で覆い、上部は公園として供用する半地下方式の車両基地になっています。鉄筋コンクリート構造で、全長533m・幅84.5m・高さ5.4m〜12.3m・床面積約40、000uの規模で、上床版の上には約2mの覆土を行い、現在は都立舎人公園の一部として整備されています。道理で、公園の北側部分が盛り上がっている訳です。車両基地の入口は公園の北西端に設けられています。車両の出し入れに使用する巨大なシャッターが並んでいます。
ゴール地点の都営日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口に着きました。
ということで、「東京23区の散歩道を歩く」で最後の区の足立区で最初のコースとなる「A−北西エリア 01.見沼代親水公園コース」を歩き終えました。次は足立区で二番目のコースとなる「A−北西エリア 02.伊興七福神コース」を歩きます。
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