A−北西エリア 03.舎人公園1周コース
 



コース 踏破記  

今日は足立区の「A−北西エリア 03.舎人公園1周コース」を歩きます。最初に歩いたのは2022年6月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年11月に改めて歩きました。

スタート地点:日暮里・舎人ライナー舎人公園駅西口

 1.舎人公園

 2.入谷緑地公園

 3.皿沼公園

 4.谷在家公園

 5.西新井みどり公園

 6.西中第二公園

 7.諏訪木西公園

 8.西伊興小学校

 9.舎人公園

ゴール地点:日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口


スタート地点の日暮里・舎人ライナー舎人公園駅西口から歩き始めます。



ポイント1.舎人公園

舎人公園は、公園中央で十字に交わる道路(尾久橋通り・舎人公園通り)で4区画に分けられています。西側敷地(A・D地区)に陸上競技場(3種公認)・テニスコート・野球場などのスポーツ施設、東側(B・C地区)には水鳥が見られる大池や親水広場などの自然と親しむスペースやキャンプ場が設けられています。また、南東部にはバードサンクチュアリの施設もあります。バードサンクチュアリーとは、野鳥たちだけの住処で、巣作りに適したガマやアシ、そして雑木林などの環境管理を行ない、観察舎からは様々な野鳥たちを観察できる施設です。公園の面積は、東京ドーム約14個分の64.96ヘクタールで、23区内の都立公園としては3番目の規模(1位:水元公園、2位葛西臨海公園)になっています。



尾久橋通りを舎人公園に沿って北上し、舎人公園北通りとの交差点を左折します。


マップを左に90度回転すると上が北方向になります。


道路の左手には、北足立市場があります。北足立市場は、青果物と花き部を併設した東京都中央卸売市場のひとつで、足立区北東部における青果及び花き流通の拠点市場となっています。首都高速川口線「足立入谷」インターから近く、日暮里・舎人ライナー「舎人公園」駅からも徒歩10分とアクセス良好な市場です。毎年秋には「市場まつり」が開催され多くの人々で賑わいます。青果部は、千住にある足立市場の取扱量増加に伴う狭隘化を解消するため、青果部のみを移設する形で昭和五十四年9月17日に開場しました。花き部は、周辺の花き地方卸売市場5市場を統合し、昭和六十三年4月25日に東京都中央卸売市場としては初の花き部として開場しました。市場内には巨大な倉庫が並んでいます。



ポイント2.入谷緑地公園

北足立市場と道路を隔てた向かい側には、東西に細長く延びた入谷緑地公園があります。入谷緑地公園は、樹木が生い茂り、緑が一杯の気持ちの良い公園です。



園内に遊具などはありませんが、広々した敷地に曲がりくねった遊歩道が作られ、散策できるようになっています。初夏は新緑を、夏はまぶしいくらいの緑を、そして、秋は赤や黄色に色づく紅葉を楽しめるのが魅力です。紅葉の季節は、遊歩道に落ち葉が敷き詰められます。園内にはベンチがあちこちに置かれ、のんびり休憩するのにもぴったりです。モニュメントタイプの時計塔、野鳥の巣箱などもあります。


左は初夏、右は晩秋の風景です。


公園の終端から交差点を渡ると、南の方向に向かって緑地が延びています。江北北部緑道公園と繋がっているためにその一部のように見えますが、緑地には公園らしき施設は何もなく、単なる緑地みたいです。



長大な看板が連なっています。看板のせいか、緑地内にはゴミひとつ落ちていません。



北足立市場北交差点から谷在家公園まで、南北に連なる長〜〜〜い江北北部緑道公園が延びています。



ここも足立区のウオーキングコースになっています。



公園内に遊具などはありませんが、約1キロメートルにわたり、10種類・200本の桜が植えられています。

ワシントンからの「里帰り桜」

足立区江北の一帯は、昭和初期まで「荒川の五色桜」と呼ばれる桜の名所でした。様々な品種の桜が植えられていて、花の時期には、白や黄色、淡紅や濃紅色などに彩られ、五色の霞がたなびくように見えたところから。この名が付いたと言われています。明治四十五年、当時の東京市長、尾崎行雄は日米友好の証として「荒川の五色桜」の苗木十二品種三千本を、アメリカの首都ワシントンに贈りました。現在、市内のポトマック公園は、世界的な桜の名所となっています。しかし、本家の「荒川の五色桜」は堤防工事や戦争、公害等の影響で、残念ながら衰退してしまいました。足立区では「五色桜」を復活させるために、昭和五十六年二月、区政五十周年記念事業として、ポトマック公園の桜の枝三十五品種三千本の里帰りを実現しました。この枝から苗木を増やし、あわせて「荒川の五色桜」に由来する品種を集め、区内の公園や学校などに植えました。新しい桜の名所として「都市農業公園」や「荒川桜づつみ」などがうまれています。ここに植えられている桜は、これらの桜の一部です。貴重な、歴史的財産でもある「里帰り桜」を、招来にわたって大切に大きく守り育てていきましょう。




交差する道路で公園は何カ所も分断されていますが、公園には色々な花が植えられていて、「花の散歩路」になっています。



緑道の右手に、皿沼小学校があります。この辺り一帯の地名「皿沼」ですが、「皿」は開墾地や乾地を意味し、「沼」は沼沢地や湿地帯を指します。このことから、皿沼は開墾された沼地や湿地帯であったと考えられます。



江北北部緑道公園には、約200本の桜の木が植えられていますが、このうち約100本は晩秋に咲く桜のひとつの「十月桜」という品種で、秋から春にかけて、断続的に開花します。十月桜は春と秋に開花する珍しい桜として、地域の人たちによって大切に見守られています。十月桜の他、春に咲くソメイヨシノやカンザンなどの品種も植えられていて、春は4月中旬頃まで花を楽しめます。



11月というのに、チラホラですが桜の花が咲いています。



ポイント3.皿沼公園

皿沼公園は皿沼小学校に隣接し、面積は6、234平方メートルあります。緑の芝生の広場が整備され、周囲には樹や花が植えられています。広場を囲むように、すべり台やブランコ・コンビネーション遊具などの様々な遊具が点在し、どの遊具もカラフルな色彩をしていて、子ども達が元気に遊んでいます。



公園の隅に巨大な石碑が建っています。

皿沼公園

この公園は、江北北部土地区画整理組合事業として、組合員の土地提供により造成したものである。此の地が施工地域のほぼ中央に位置するので、事業完成記念碑を建立する。なお、皿沼町の地名をとり、皿沼公園と銘名す。




公園の北側の奥にも、厳重な囲いの中に巨大な碑が建っています。石碑の上に並べられた丸い球には意味があります。

江北北部土地区画整理事業完成記念碑

二十一世紀へ
昭和二十年戦後、四十数年ほどの激動期はそれ以前の日本の数百年あるいは、見方によっては、有史以来の転変ぶりに匹敵するのではないか。現代はものすごいスピードで疾走する、ジェットコースターに乗って居る様なものだ。総てが目まぐるしく変っていくので実体を正確につかむことは、むずかしい。近頃の一年は、かっての十年、いや百年に匹敵するかも知れない。この地域においても、明治の廃藩置県以来百年、明治四十三年の大水害、大正十二年の関東大震災、更には悲惨な太平洋戦争等で、打ちのめされても、打ちのめされても立ち上がったので、水田地帯は変らず、又交通機関は、東武鉄道、鳩ヶ谷街道に、バスが一時間間隔に走る東京の孤島と言われる処であった。メダカ、フナを追った小川、稲穂波打つ水田、貧しくとも平和な農村地帯に、昭和三十年代より、都市化の波がハイスピードで押し寄せ、スプロール化が目立った。これを見かねた押部、加賀、皿沼、谷在家各地域の先駆者が相寄り、郷土の開発と、住民の明と豊を考えた時、街造りの基幹である区画整理以外にないとの結論に達し、一致協力し、日夜東西奔走して住民の協力を得て、江北北部土地区画整理組合を発足した。此処に四半世紀の間、云ひ知れぬ心血を注ぎ難関を突破し、強固な団結と不屈の精神により、事業の完成を見た。顧り見れば事業中半にして他界された幾多の同志の意志を継ぎ、スプロール化を防ぎ住む人を尊重する環境が整備された。二十一世紀へ先導的役割を果したと確信する。江北北部地区が永遠の生涯と希望に輝く街たらんことを念願して人の球(和)を入れ、記念碑を建立する。尚、組合役員、評価員、総代及び貢献者の氏名を記して後生に伝えるものである。




記念碑の左手には関係者の氏名を記した石碑、右手には区画整理の対象となった地域の図を記した石碑が建っています。総面積は、152.06ヘクタールに及んでいます。ちなみに、1ヘクタールは10、000平方メートルに相当し、これは100mX100mの正方形の面積と同じです。身近な例では、東京ドームの約2.1個分に匹敵する広さです。つまり、東京ドームが320個収まる計算になります。



今でも地区の結束が固いのか、2025年11月に再訪した時には、公園の広場で大宴会が催されていました。



谷在家北公園は、足立区立鹿浜第一小学校に近接する区立の公園です。江北北部土地区画整理事業によって公園が整備されました。面積2062平方メートルの敷地内には、数多くのサクラが植栽されています。例年3月下旬から4月上旬のシーズンには、公園は一面サクラ色に彩られます。地域の代表的なお花見スポットとして、満開のときには大勢の花見客で賑わいます。

谷在家北公園

この公園は、江北北部土地区画整理組合事業として組合員の土地提供により造成したものである。谷在家地域の北に位置するところから、谷在家北公園と銘名す。




ポイント4.谷在家公園

谷在家公園の広大な敷地には、砂地の広場に芝生エリアや遊具エリアと遊ぶところが盛りだくさんです。園内をぐるりと一周できる遊歩道を通って散歩をすると周りの自然に癒されます。春には見事な桜が見られ、ベンチでお花見を楽しむ人の姿も見られます。遊具はすべり台・ブランコ・砂場と定番のものが揃っています。



ちなみに、「谷在家」の地名の由来には諸説あり定かでありませんが、一説によれば、この地域はかつて存在していた「谷田川」の流路跡の「谷」に開拓期に植民した人々が家を構え(在家)、このことが発端となり「谷在家」の地名が付けられたといわれています。



公園の広場は、雨水の貯留と浸透の機能を持っています。

雨水貯留・浸透施設

公園に降った雨水が、すぐに外の道路に出て、水害を引き起こすことがないように、この公園には、図のような施設があります。雨水は、まず透水管で地下に浸み込ま せます。浸み込まなかった残りの水は、一時的に自由広場の中に貯めて、その後ゆっくりと公園の外に出るようになっています。このような理由で、強い雨の後、公園内に水が貯まっていて、御不便をおかけすることがあります。水害防止のためですので、御理解をお願いします。




ポイント5.西新井みどり公園

西新井みどり公園は、公園の名前にも付けられている通り、緑が多く、桜の木もあるのでお花見も楽しめます。園内には野球場もあり、1周360mのジョギングコースも整備されています。



遊具は幅広の迫力あるすべり台が人気です。また、ブランコや砂場なども設置されています。



ポイント6.西中第二公園

西中第二公園は、西中第一公園の北側に南北に細長く整備されています。



西中第二公園は緑道のような雰囲気で、散歩やジョギングには最適です。また、公園にはボール遊びができるネットで囲まれた広場があったり、遊具が置かれていたりと、歩いている途中で色々な楽しみ方が見つかります。高圧線の通り道にもなっています。



西中第二公園の北側に、高道東公園があります。この周辺には沢山の公園が隣接して整備されていますので、公園巡りも楽しい地域です。大きな木も多く、木陰のベンチでのんびり過ごすのもお勧めです。砂場のみで、遊具は設置されていませんが、公園内には花壇も整備されているので、季節ごとの花を楽しみながら散歩をするのもいいですね。



ここにも区画整理事業竣工の記念碑が建っています。碑文は半分以上読み取れませんでしたが、西新井町を中心に、伊興町・谷在家町にわたる地区での第二工区区画整理事業に多くの困難もありましたが、その完工を記念して建立されたと書かれています。



高道東公園の北側に、諏訪木第一公園があります。公園の東側には、足立工科高校が隣接しています。公園の南側にはすべり台とブランコといった遊具があり、部分的にスロープを伴う長い遊歩道が設置されています。



ポイント7.諏訪木西公園

諏訪木第一公園の北側に、東西に長く延びる諏訪木西公園があります。諏訪木西公園は、面積14、113平方メートルの広々とした敷地に、大広場やミニアスレチックを備えています。園内には約50本の桜などの木々が植栽され、初春にはお花見が楽しめる他、森林浴ができます。また、夏季にはじゃぶじゃぶ池が開放され、子ども達が歓声をあげながら水しぶきをあげています。



初めて見ましたが、公園には犬猫用のトイレが設置されています。犬が便器を跨いで用をたすとは考えられませんし、猫には大きすぎます。そもそも犬猫が言われた通りここに来るかどうかも分かりません。アイデアは良いのですが、果たして利用実績はあるのでしょうか?と思ったのですが、用を足すのは砂場の上で、それを便器に流すのかな?「@便器を使う場合は、網の上で紙ごとホースで洗って下さい。」と「Aコンクリート柱の砂は、汚れたら取り替えします。」の意味がよく分かりませんね。

犬猫トイレ
飼い主の皆様へ

このトイレは、皆様の犬猫のためのものです。
@便器を使う場合は、網の上で紙ごとホースで洗って下さい。
 便器の糞は、ボタンを押して流して下さい。
Aコンクリート柱の砂は、汚れたら取り替えします。
 公園内には、犬や猫の糞は絶対に放置しないで下さい。
 特に砂場内では、子供たちが素手で遊びます。
 糞をさせないよう注意しましょう。




諏訪木西公園の東端に諏訪神社があります。諏訪神社の祭神は建御名方命(タケミナカタノミコト)で、創建年代は不詳ですが、入口の右側に天保十四年(1843年)銘の漱盥石(かんそうせき:手や口を洗い、身を清める水の入った石)があります。総本社は長野県諏訪市の諏訪大社で、例祭日は8月27日です。昭和三十三年頃、伊興町では放火が絶えませんでした。その際、全て木造建築の諏訪神社も放火にあい全焼しました。そして新しく建て替えることになり、昭和三十七年8月に新しい神社に生まれ変わりました。境内には諏訪神社新築記念碑が建てられています。



ポイント8.西伊興小学校

西伊興小学校が開校する以前の西新井第二小学校では、校区に昭和三十八年・三十九年に建設された西新井第二団地、西新井第三団地の公団住宅、西新井四・五丁目の宅地開発で、この地域の学齢人口は急増していました。昭和四十五年度には、校庭にプレハブ校舎3棟を建て、児童数は全校で1、000人を超える大規模校になっていました。 伊興・西伊興地域の宅地開発も激しく、伊興小学校は昭和四十五年には39学級になり、児童の急増は続いていました。両校の大規模校解消を図るべく、新設校設立の署名運動が起こり、元々足立区の資材置き場でもあった現小学校の地に新設校を建てることが決定しました。ただ、両校からの距離も近く、既存の学校を通り越して新設校に通うのかという声もあり、学区域の件で区側と地域とで揉めたこともありました。 結局、学区域は西新井第二小からは西新井三丁目と西伊興町60番地から68番地、伊興小からは西伊興町35番地から59番地となりました。昭和四十七年に開校した際、西校舎は一部だけの完成であったために教室数が不足し、完成するまでの1年程はプレハブ校舎が校庭東側に存在していました。校歌を作曲したのは高木東六で、西伊興小学校の他にも全国の数多くの校歌を作曲しています。



ポイント9.舎人公園

舎人公園に戻ってきました。陶器市が開かれています。



クイズです。全国で陶器の生産量が最も多い県はどこでしょうか?



ゴール地点の日暮里・舎人ライナー舎人公園駅東口に着きました。



ということで、足立区で三番目のコースとなる「A−北西エリア 03.舎人公園1周コース」を歩き終えました。次は足立区で四番目のコースとなる「A−北西エリア 04.竹の塚名所巡りコース」を歩きます。




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