A−北西エリア 07.竹の塚第五公園・元渕江公園コース  



コース 踏破記  

今日は足立区の「A−北西エリア 07.竹の塚第五公園・元渕江公園コース」を歩きます。最初に歩いたのは2022年7月でしたが、記憶が薄れてきましたので2025年11月に改めて歩きました。

スタート地点:竹ノ塚駅東口

 1.竹の塚第五公園

 2.竹の塚第四公園

 3.竹の塚第三公園

 4.竹の塚彫刻の道

 5.保木間小学校

 6.保木間公園

 7.東保木間一丁目

 8.総合スポーツセンター

 9.渕江高校

10.元渕江公園

11.生物園

ゴール地点:保木間一丁目バス停


スタート地点の竹ノ塚駅東口から歩き始めます。



ポイント1.竹の塚第五公園

竹の塚地区には第一から第九までの公園がありますが、竹の塚第五公園はその中で一番駅から近い、カリンロード商店街の中ほどにあります。園内には、すべり台・ブランコ・シーソー・鉄棒などの定番の遊具、砂場、そして夏には水遊びができる設備があります。水遊び場は浅めのプールになっていて、幼児でも楽しめます。水道やベンチ・トイレもあり、近所の子どもたちで賑わっています。



竹ノ塚駅周辺では令和四年3月20日に駅南北の2か所の踏切が廃止され、令和六年3月には平成二十三年度に事業認可された連続立体交差事業(鉄道高架化)が完了しました。引き続き駅前広場や都市計画道路などの基盤整備を進めていくと共に、駅前のUR団地の再生や、エリアデザイン計画と整合性のある駅の東西が一体となった街造りが進められる計画になっています。この一環として、東口交通広場整備を推進するため、都市計画区域に含まれているUR竹の塚第三団地3号棟の敷地をURから足立区に譲渡し、竹の塚第五公園の敷地はUR都市機構へ譲渡し、UR竹の塚第三団地3号棟の移転先として活用されることになりました。これに伴い、竹の塚第五公園は令和六年12月27日をもって、都市計画公園としての位置づけが廃止されました。



2025年に再訪した時は、既に竹の塚第五公園の敷地は更地となっていました。



ポイント2.竹の塚第四公園

竹の塚第五公園からカリンロード商店街の通りを進むと、マックスバリュー竹の塚店のはす向かいに、動物をテーマにした竹の塚第四公園があります。



公園内には、ラッコやうさぎのスプリング遊具があり、小さな子どもでも楽しめるような工夫が施されています。ブランコは2つともお尻をカバーするバケットタイプのもので、幼児向けになっています。その他、滑り台・シーソー・砂場など、一通りの設備が揃っています。また、日除け付きのベンチがあり、公園内に大きな木々が沢山植わっていて日陰が多いため、暑い日でも快適に過ごすことができます。トイレは象がデザインされ、子どもにも親しみやすく、家族で公園遊びが楽しめます。周辺にはスーパーやホームセンターがありますので、ショッピングのついでに立ち寄ることもできます。



ポイント3.竹の塚第三公園

竹の塚第四公園の先の竹の塚五丁目南交差点を渡った右手に竹の塚第三公園があります。この通りには3つ(現在は2つ)の公園があるんですね。交差点の手前で商店街は途切れていますので、住宅街の中の公園といった感じです。



公園内には自由に遊べる広場があり、走り回ったり、縄跳びをしたり、思い思いに遊べます。遊具は滑り台・ブランコ・シーソーなどが公園を囲むように配置されています。この公園は夏になるとじゃぶじゃぶ池がオープンし、水遊びを楽しめる公園になっています。じゃぶじゃぶ池の脇には、公園のシンボル的存在であるリスの石像があります。大きな木も適度に植えられていますので、木陰のベンチで大人達も快適に過ごせます。



ポイント4.竹の塚彫刻の道

竹の塚第三公園の直ぐ先で右折すると、URの竹の塚第一団地に沿って「竹の塚彫刻の道」が600mにわたって延びています。



竹の塚彫刻の道は、平成三年(1991年)から平成四年(1992年)にかけて、「財団法人足立区まちづくり公社」により、合計7点の彫刻作品が設置されました。それぞれ彫刻は、団地地帯と歩道の間に作られた空間に点在しています。竹の塚彫刻の道は、「ふるさとの風景にとけこむ道」という点で評価が高く、平成五年(1993年)に国土交通省の「手づくり郷土賞」を受賞しています。



団地の27号棟と18号棟の間を抜ける道路の入口には、足立五色桜をイメージした陶板レリーフが貼られた壁が建っています。陶板レリーフ「足立五色桜」は、平成四年(1992年)1月に設置されました。製作したのは、「クレアーレ熱海ゆがわら工房、クレアーレ信楽工房」で、大きさは縦が1.5m・横が4mあります。ちなみに、「足立五色桜」は、明治期に「荒川堤の五色桜」と呼ばれ、人々に親しまれた桜の名所でした。しかし、交通量や花見客の増加等で桜の樹勢が衰えていき、第二次世界大戦後は薪としての伐採が続き、昭和二十二年頃に桜は姿を消しました。そこで、「荒川堤の五色桜」を復活させるべく、荒川左岸土手に4.4kmの桜並木が整備されました。一般的な桜よりも開花時期が遅い里桜が植えられています。



壁の脇には、竹の塚彫刻の道に展示されている彫刻作品の設置図と説明書きがあります。

竹の塚彫刻の道

足立区では、まちづくりの一環として心豊かな潤いのあるまちをつくるため、芸術性豊かな彫刻を設置しています。足立区における「彫刻のまちづくり」推進のシンボルとして、この通りを竹の塚彫刻の道と指定し、より質の高い彫刻を集中的に配置しました。設置作品は、足立区彫刻のまち委員会の助言指導を受けて作家を決定し制作したものです。



作品名と作家
1 Chimney(煙突)   島剛
2 石の風           堀内健二
3 泉             小泉俊己
4 空を眺めながら       柏木昌
5 地殻より          岡本敦生
6 創造の箱          斎藤史門
7 自我−その確立       桑名良知




「1 Chimney(煙突)」と「2 石の風」は公園の通りよりも北側にあったようで見逃しました。「3 泉」は、平成三年(1991年)に、彫刻家の小泉俊己氏により制作され、竹の塚彫刻の道の一角に設置されました。一見すると少し変わった作品です。円錐形の丸い器の先の上端に犬か狼の頭部だけが飾られています。ちなみに、小泉俊己氏は、昭和三十三年(1958年)に東京に生まれ、昭和五十八年(1983年)に多摩美術大学彫刻科を卒業しました。そして、昭和六十一年(1985年)に多摩美術大学大学院美術研究科を修了しています。

竹の塚彫刻の道

作品名  泉
作者名  小泉俊己(1958年〜)
制作   1991年
作者のことば
自然の大きな流れを表現したいと思っている。水はその流れの象徴的存在である。水は世界を常に循環し、時間を記憶する。そして、我々生命体は、水と共に生き、その循環の一部として世界に組み込まれていくのである




「4 空を眺めながら」は、平成四年(1992年)に彫刻家の柏木昌氏により制作されました。この作品は、空を見上げる女性の彫刻で、女性は太陽を浴びて気持ち良さそうに見えます。

竹の塚彫刻の道

作品名  空を眺めながら
作者名  柏木昌(1952年〜)
制作   1992年
作者のことば
何かゆったりとした、ノビノビした、やすらいだ物。そしてホノボノとした感じの物にしたい。




「5 地殻より」は、平成四年(1992年)に彫刻家の岡本敦生氏により制作されました。一見すると、昔の想像上の宇宙人のようです。作者にも何を表現しているか分からず、自分の本性のおもむくままに制作した作品とのことです。岡本敦生氏は、昭和二十六年(1951年)に広島で生まれ。昭和五十二年(1977年)に多摩美術大学大学院彫刻科を修了しています。原石を分割して研磨し、パズルのように組み合わせた作品や、石の中に異素材を埋め込んだ作品で知られていて、国内で数多くのパブリックアートを制作しています。

竹の塚彫刻の道

作品名  地殻より
作者名  岡本敦生(1951年〜)
制作   1992年
作者のことば
「これは何ですか?何を表していますか?」と質問される事がある。正直なところ「私にもよく分からないんです。でも私の心の底で欲している物が、出てくる様な気がするんです。」




「6 創造の箱」は、平成四年(1992年)に彫刻家の斉藤史門氏により制作されました。「創造の箱」を見ていると、創造力が湧いてくるような感じがします。斉藤史門氏は、昭和二十九年(1954年)に東京に生まれ、平成二十六年(2014年)6月に60歳の若さでこの世を去りました。

竹の塚彫刻の道

作品名  創造の箱
作者名  斎藤史門(1953年〜【2014年】)
制作   1992年
作者のことば
箱の中に箱を重ね合わすことで、一つの形態を創る。箱に内在された空間は、観る側にとって創造力をかきたてる。




「7 自我−その確立」は、平成四年(1992年)に彫刻家の桑名良知氏により制作されました。作者の言葉がとても意味深長です。私たちの既成の概念で物を解釈してしまうので、「新しいものを受け入れる」という行為は想像以上に難しいのです。

竹の塚彫刻の道

作品名  自我−その確立
作者名  桑名良知(1940年〜)
制作   1992年
作者のことば
コレハナンダ アタマノナカデシッテイルモノトムスビツケヨウトナンカシナイデネ ワタシハワタシナノデスカラ




ポイント5.保木間小学校

竹の塚彫刻の道を進んだ右手に保木間小学校があります。校章は竹をモチーフにしてデザインされ、保木間小学校の児童が常に節度を保ちながら若竹のように互いに協力し合って、力強く成長発展を続けていく姿をかたどって校章としたものです。保木間小学校の学区域は3町にまたがっていて、中心の「保」は保木間町、竹の葉は竹の塚町、6枚の葉は六月町を示しています。これら3町内児童の結びつきをますます強めていく意味を安定した三角形で描いています。



ポイント6.保木間公園

保木間小学校の角で左折した先に保木間公園があります。保木間公園は広々とした面積を持つ運動公園で、地域の人たちが集う憩いの場所になっています。



リスちゃんもお出迎えです。

保木間公園

健康づくり・魅力の詰まった公園〜にぎわい・やすらぎの公園〜
緑の中で楽しく体を動かせる施設がいっぱいです。友達同士や親子でボール遊び、のんびりウォーキングなど、公園での健康づくり始めてみませんか?




公園には、野球場・ボール遊びコーナー・広々広場・遊具広場など多目的なエリアが設置され、300mと500mのジョギングコースではゆったりと散歩をすることもできます。



自然が一杯で、いつ訪れても四季を感じることができ、子どもと訪れるのにぴったりです。遊びに散歩に休憩に、目的に合わせて素敵な時間を過ごすことができます。



ポイント7.東保木間一丁目

竹の塚3丁目交差点で国道4号(日光街道)を渡ります。日光街道は、江戸時代に設けられていた五街道のひとつで、日本橋を起点とし、日光坊中(日光東照宮)に至る街道です。道中には21の宿場が置かれ、日本橋から宇都宮までの道程は奥州街道と共通でした。この区間にはもともと古道奥州道がありましたが、日光街道の開通とともに日光街道と称されるようになりました。現在でも、国道4号の宇都宮市以南と、国道119号の通称として用いられています。交差点を渡った先は保木間一丁目になります。



六六通りを進みます。六六通りの道路名の愛称は、道路の西端が「六月(ろくがつ)」という町名で、東端が「六町」であることに由来しているようです。元々は、六町は六月村の飛び地があったそうで、関係は深かったと思われます。「六月」とは珍しい地名ですが、地名の由来は詳らかでないものの、伝説によると、源義家が当地の土豪と苦戦の末に辛勝したのが酷暑の六月であったからといわれています(旧暦の六月は炎暑の候でした)。


この標識は、コースの道筋を間違えた地点のものです。


東保木間一丁目で左折します。左手には都営住宅が建ち並び、右手には生産緑地に指定された体験農園が連なっています。体験農園は、農園主の指導の下で利用者が自由に野菜作りなどの農業をすることが出来る施設です。



ポイント8.総合スポーツセンター

総合スポーツセンター公園の中に、足立区の総合スポーツセンターがあります。



総合体育館は、昭和五十四年(1979年)4月1日に竣工し、地上5階建てで面積は約1万平米あります。総合体育館の屋内施設としては、観覧席380席を備えた床面積1、512uの大体育室・床面積540uの小体育室・床面積450uの剣道場・床面積225uの柔道場・射場80uのアーチェリー場・射場124uのエアライフル場・アスレチックルームなどがあります。



総合スポーツセンターの屋外施設には、ナイター完備の多目的広場運動場・全天候型8面(ナイター2面)のテニスコート・2面608uの3on3コート・一般用50mと幼児用21mの屋外プール(夏季のみ)・ウォーキングコース・ローラースケートエリアなどが備わっています。「3on3」とは、5人制バスケットボールが10分間のクォーターを4回・合計40分間行なうのに対し、3on3では10分間の1回のみ行ないます。加えて、21点先取で勝ちの「KO(ノックアウト)方式」が採用されているため、10分以内に試合が終了するケースもあります。



多目的広場にはナイター設備が備わっています。広場を囲むように、ウォーキング・ジョギングコースが設けられています。



広場の脇には、健康遊具コーナーがあります。

ストレッチ器具 K−171
ツイストボード

(奥の遊具です)バーにつかり円盤の上に立ち体を左右にゆっくりひねりましょう。腰部のストレッチに役立てましょう。

腕力器具 K−182
アーチラダー

(真ん中の遊具です)腕の力と体の反動を利用してリズミカルに前進しましょう。腕力や握力の向上に役立てましょう。

休息器具 K161 背のばしベンチ

(手前の遊具です)すわりながら、また反対側に立ってゆっくりと背のばし運動をしましょう。無理なく背すじが伸ばせます。




多目的広場の北側は、ふれあい広場とおまつり広場になっています。



公園の南側入口の横には、ハッピー広場があります。元々は「インクルーシブ遊具広場」という名前だったのですが、入園者により親近感を感じてもらうため、広場の名前を一般公募して「ハッピーひろば」に決定したそうです。ちなみに、「インクルーシブ」とは、全てを含むという意味をもつ言葉です。公園に於けるインクルーシブの意味は、障がいのある人もない人も一緒に遊べる場の提供を目指すということになります。車いすのまま介助者と一緒にスロープをのぼりおりできる複合遊具、筋力が弱い子も背もたれに寄りかかって座れるブランコ、車いすに乗ったままでも使いやすいパネル遊具が揃っています。



ポイント9.渕江高校

都立淵江高等学校は、昭和四十六年(1971年)4月に足立区の都立高校では3校目の普通科高校として開校しました。通称「淵高(ふちこう)」と呼ばれています。進学先は約3〜4割が4年制大学に、約4割が専門学校に、約1〜2割が就職へ進んでいます。部活動は運動部・文化部ともに盛んに行われています。硬式野球部や女子バスケットボール部などが大会に出場しています。体育祭・藍青祭(文化祭)・合唱祭の三大行事と校外学習や修学旅行など、年間を通して行事が充実しています。夏冬ともに制服があります。平成十八年度から国際理解教育に力を入れ、年に2回から6回の国際交流を行なっています。これまで、駐日トルコ大使による講演会や東京学芸大学留学生の訪問などを実施しています。また、ボランティア活動を学校設定科目として位置付けていて、3年間の活動時間に応じて単位を認定しています。また、「人間と社会」の一環として、地域清掃活動や足立フレンドリーマラソンの運営補助なども行っています。



ポイント10.元渕江公園

渕江高校から一本道を進むと、元淵江公園の裏手に着きます。元淵江公園は、昭和四十四年(1969年)6月10日に開園しました。入口の奥には、手に避雷針(?)を持った女の子が立っています。


こちらは正面入口です。


園内には草地広場・憩いの広場・多目的広場・遊具広場の他、高木が林立するけやきの森やメタセコイヤの並木、それにひょうたんの形をした釣りのできる大池・小池などがあり、近隣住民などに利用されています。

元渕江公園

元渕江公園は1969年に開園した公園です。草地広場や釣り池、足立区生物園など様々な楽しみどころがあります。毎年12月には、当公園をメイン会場としたイルミネーションイベント「光の祭典」が行われます。竹ノ塚駅東口から公園を結ぶけやき大通りもイルミネーションで美しく彩られます。




草地広場は、ピクニックやレクリエーションに最適です。団体の食事場所としても利用することができます。広場を囲むように桜が植わっていて、毎年春には多くの花見客で賑わいます。春先には、足立区の花であるチューリップも咲き乱れます。

ジンダイアケボノ(神代曙) 科目/属名 バラ科/サクラ属

1912年に日本からアメリカに寄贈したソメイヨシノの種から生まれた「アケボノ」を日本に逆輸入し、接ぎ木して誕生した品種です(1991年に品種認定)。花は中輪、一重咲きの淡紅色で、ソメイヨシノに比べて開花が少し早いと言われています。また、ソメイヨシノがかかりやすいと言われているてんぐ巣病などの病気にも強く、健やかな成長が期待できる桜です。




公園内には、何カ所かで里帰りした桜が植えられています。

ワシントンからの「里帰り桜」

足立区江北の一帯は、昭和初期まで「荒川の五色桜」と呼ばれる桜の名所でした。様々な品種の桜が植えられていて、花の時期には、白や黄色、淡紅や濃紅色などに彩られ、五色の霞がたなびくように見えたところから。この名が付いたと言われています。明治四十五年、当時の東京市長、尾崎行雄は日米友好の証として「荒川の五色桜」の苗木十二品種三千本を、アメリカの首都ワシントンに贈りました。現在、市内のポトマック公園は、世界的な桜の名所となっています。しかし、本家の「荒川の五色桜」は堤防工事や戦争、公害等の影響で、残念ながら衰退してしまいました。足立区では「五色桜」を復活させるために、昭和五十六年二月、区政五十周年記念事業として、ポトマック公園の桜の枝三十五品種三千本の里帰りを実現しました。この枝から苗木を増やし、あわせて「荒川の五色桜」に由来する品種を集め、区内の公園や学校などに植えました。新しい桜の名所として「都市農業公園」や「荒川桜づつみ」などがうまれています。ここに植えられている桜は、これらの桜の一部です。貴重な、歴史的財産でもある「里帰り桜」を、招来にわたって大切に大きく守り育てていきましょう。




釣り池では、釣り具を持参すれば誰でも釣りを楽しむことができます。釣れる魚種は、ヘラブナ・コイ・タナゴなどです。



釣り池の畔には、白鳥やフラミンゴがいます。作り物ですが。



生きもの原っぱには、サファリパークのように沢山の動物たちが闊歩しています。作り物ですが。



本物の鴨も園内を闊歩しています。



元淵江公園のシンボル的な存在が、高さ20mを超えるメタセコイヤの並木です。



元淵江公園は、毎年11月下旬からクリスマスの時期にかけて竹ノ塚駅東口から元渕江公園までの竹の塚けやき大通りの街路樹がイルミネーションで飾られる「光の祭典」のメイン会場として知られています。12月下旬には、ステージや物産展などのイベントが開催されるなど、多くの人で賑わいます。2025年に再訪した時は、冬の風物詩にもなっている光の祭典の開催直前で、大きな看板が掛かっていました。



2025年は、開催初日の11月29日(土)と30日(日)に物産展「キラキラ☆マーケット」が開催され、その他にも週末などには特別企画が予定されています。地元商店街や町会・自治会・友好自治体(新潟県魚沼市・長野県山ノ内町・栃木県鹿沼市)による物販のほか、足立区を中心に活動するクリエイターや地域ブランドによる「クリスマスマーケット」も楽しめます。広場には物販店のテントが並び、メリーゴーラウンド(回転木馬)やバイキング船などの遊具もスタンバイしています。今年は新企画として、「わくわく◇HANABI(花火型電飾)」が実施され、ボタンを押すと色とりどりの花火が打ちあがるようになっているとのことです。週末などには、「ほっとカフェテリア」と称したケータリングカーによる飲食の提供も行なわれます。



光の祭典で毎年恒例となった8本のイルミネーションツリーは、レーザーと音楽のコラボで光の祭典を盛り上げます。未だ点灯はされていませんが、LEDの準備は万端のようです。



ポイント11.生物園

元淵江公園の中に、平成五年(1993年)10月1日に足立区生物園が開館しました。足立区生物園(動物園・水族館)は、昆虫や両生類、それに魚類や哺乳類など様々な生物に触れられる施設で多くの人が訪れます。平成二十五年(2013年)から改装工事のため長期にわたり閉園していましたが、平成二十六年(2014年)4月に再開しました。ミュージアムショップでは、ここでしか入手できないオリジナルグッズが販売されています。温室で観察できるチョウを解説した「チョウの観察シート」や、カメラ好きのスタッフが撮影した生き物たちの写真集、ヘビの抜け殻などユニークなグッズがあり、オンライン販売もされています。



平成二十八年(2016年)には、年間入園者が20万人を突破し、芝生広場に記念の桜の木の植樹が行なわれました。

生物園年間来園者数
20万人達成記念植樹
【ソメイヨシノ 】

達成日:2017年3月19日
植樹日:2017年3月26日
第1回さくらフェスタにて




エントランスに設けられた出会いの広場には金魚の大水槽があります。

金魚の歴史

観賞魚として長い歴史のある金魚。日本では室町時代より飼育されていた歴史があります。

貴族のたしなみから庶民の観賞魚へ
金魚は江戸時代まで飼育方法が確立されておらず、貴重で高価なものでした。庶民の手には届かず、貴族が観賞し楽しんでいました。江戸時代中期以降になると、養殖が確立され、上野の不忍池を中心に大規模な養殖が始まりました。このころになり庶民にも広く浸透し、金魚すくいなどの文化も生まれました。

金魚の養殖の繁栄と衰退
明治になり、養殖は江戸川区を中心に行われ、大正で最も栄えました。しかし、第二次世界大戦に入ると食糧確保のために養殖池は食用鯉の養殖や稲の育苗に使われ、多くの養殖業者が無くなりました。

養殖は足立区でも!
足立区も綾瀬川の周辺では、1980年ごろまで金魚の養殖がおこなわれていました。洪水の際は、養殖池から逃げた金魚を当時の子供たちが追いかけ、捕まえていたそうです。




エントランスの左手にある「生きもの研究室」では、様々な特別展や企画展を開催しています。2022年に訪れた時は「うんち展」を開催していました。写真は撮りませんでしたが。



2025年に再訪した時は「生きる骨(コツ)展」をやっていました。

いろいろな骨の形

体を支えたり、内臓を守ってくれている骨。その形には生きものが生きる
コツが詰まっている。生きものによっていろいろな骨の形を見て、骨から見える姿を見てみよう!



ゴリラの骨格模型があります。

骨から見るゴリラ

ニシローランドゴリラ
アフリカ中西部の熱帯雨林に生息し、果実や昆虫などを食べています。ゴリラは、現在生きている霊長類の中で最大の種です。


頭骨の出っ張り(矢状隆起)には顎の筋肉が多くつくため顎の力が強い。


指が長く、親指以外の4本の指の第1関節と第2関節の間を地面に着ける四足歩行(ナックルウォーク)を行う。


人間と比べて股関節の前方に重心が位置し、姿勢が前に傾いている。主に四足歩行で移動する。




「ジャングルの世界」では、東南アジアに広がる熱帯雨林を流れる川に生息する様々な生きものの様子を再現しています。



「磯の世界」では、磯の岩陰や砂だまりに隠れる生きものの様子を再現しています。



チョウの大温室は、1階と2階の吹き抜けの屋内展示と屋外展示場からなっています。チョウの飼育室ではチョウの飼育をしていて、質問を受け付けてくれます。大温室では、1年を通してさまざまなチョウが飛ぶ姿を観察できます。



「昆虫ドーム」は、カマボコ型の屋外の施設で昆虫の生態を観察することができます。「むしむしコーナー」は、昆虫の魅力を様々な角度から紹介する展示コーナーです。2025年に再訪した時は、「きらめくゴキブリ展」を開催していました。



「観察展示室」では、熱帯魚から両生類・爬虫類など様々な生きものを観察できます。



これはオオサンショウウオかな?



これはピラルクみたいです。2014年4月に生物園にやってきた当時は、体長が僅か14cmだったそうです。



里山をイメージした庭園には小型の生きものが集まります。



「オーストラリアドーム」では、オーストラリアの生きものたち(カンガルーやワラビー)の暮らしぶりを眺めることができます。

オーストラリアと足立区

オーストラリアのベルモント市と足立区は姉妹都市(※)です。これまでお互いに文化交流や公園設立などを行ってきました。

(※)姉妹都市とは、文化交流や親善を目的とし、お互いに交流を深めていく都市という意味です。

ベルモント市って?
オーストラリアの西海岸部に位置する市です。西オーストラリア競馬発祥の地で、市の紋章にも馬の姿が描かれています。市内にあるパース空港は西オーストラリア州への空の玄関口となっています。

姉妹都市となったワケ
足立区は、海外都市提携へ向けて足立の魅力を紹介した情報誌を発行しました。興味をもったベルモント市から交流の申し入れがあり、これをきっかけにベルモント市と足立区は姉妹都市提携をしました。

交流事業
足立区はこれまで、学生使節団の派遣、サッカー、合唱を通じての交流など、ベルモント市と様々な交流を行ってきました。また、お互いの都市名のついた公園をつくりました。

ベルモント公園
足立区にあるベルモント公園は東武線梅島駅より徒歩5分の場所にあります。現地の工芸品などを展示した施設があります。

ADACHIパーク
ベルモント市にあるADACHIパークは夏には45℃を超える乾燥地帯にあります。日本庭園の特徴を取り入れている公園です。




地下にも展示室があります。様々な生きものを飼育するには、知識や道具、設備など必要なものがたくさんあります。「地下展示室」では、その活動のほんの一部を見ることができます。



ゴール地点の保木間一丁目バス停に着きました。



ということで、足立区で七番目のコースとなる「A−北西エリア 07.竹の塚第五公園・元渕江公園コース」を歩き終えました。次は足立区で八番目のコースとなる「A−北西エリア 08.舎人公園・五色堤公園コース」を歩きます。




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