| 年代 | 事柄 |
| 創設者と当時の状況 昭和五年(1930年) | アメリカ人宣教師のミス・M・A・ペイン先生 【愛恵学園の創設者で昭和三十七年(1962年)まで園長】が再建を任された。 当時この地区は、過酷な生活の中で未就学児童が多く社会福祉施設がないことを知り、 子供達の生活改善のため一生を捧げることを決意し、この地に愛恵学園を創設した。 |
| 昭和五年(1930年) | 「愛の家」が完成し開園。 乳児を預かるナースリースクールと乳幼児健康相談事業を開始。 |
| 昭和八年(1933年) | 「恵の家」が完成し、幼稚園を開設。 |
| 昭和十二年(1937年) | 「光の家」が完成し、 貧しい家庭に生まれ戸籍もなく学校へ行けない子供達を集め、 勉強や昼食を食べさせ生活習慣を身につけさせるという事業を開始した。 |
| 平成二年(1990年) | 当時の西田園長の意を受け愛恵学園の建物と跡地は、昭和六十二年(1987年)から始まった 関原地区のまちづくり(密集事業)に引き継がれた。 地元住民と区により構成される「まちづくり協議会」で検討した結果、 愛恵学園の活動の社会的意義を残し活かしていくために、 まちづくりの発祥の地であり足立区のまちづくりの拠点として整備することとなった。 |
| 平成六年(1994年)4月 | 「関原の森」と名付け、「愛の家」を歴史資料展示や集会施設などを備えた 「愛恵まちづくり記念館」として保存、さらに、「まちづくり工房」や「住区センター」が建設され、 敷地は、広場として地域に開し、防火水槽などを備えた防災の拠点として整備された。 |