五色不動巡りコース
- コースのご紹介
五色不動
左から、最勝寺(目黄不動)・永久寺(目黄不動)・南谷寺(目赤不動)
左から、金乗院(目白不動)・教学院(目青不動)・龍泉寺(目黒不動)
五色不動
五色不動とは、五行思想の五色(白・黒・赤・青・黄)の色にまつわる名称や伝説を持つ不動尊を指し示す総称です。同様の呼称は各地に存在しますが、東京の五色不動は、目黒不動・目白不動・目赤不動・目青不動・目黄不動の5種6個所の不動尊の総称です。目黄不動のみ、2ケ寺にあります。五色不動は江戸五色不動とも呼ばれていて、江戸幕府三代将軍の徳川家光が大僧正天海の建言により、江戸の鎮護と天下泰平を祈願して江戸市中の周囲5つの方角(東・西・南・北・中央)の不動尊を選んだとされています。特に、目黒不動・目白不動・目赤不動は、江戸の名所として「三不動」の名で知られていました。このうち、目黒と目白は山手線の駅名にもなっていて、特に目黒は区名ともなっています。なお、五色不動は基本的に天台宗や真言宗の系統の寺院にあります
目黄不動 最勝寺 江戸川区平井
目黄不動 永久寺 台東区三ノ輪
目赤不動 南谷寺 文京区本駒込
目白不動 金乗院 豊島区高田
目青不動 教学院 世田谷区太子堂
目黒不動 龍泉寺 目黒区下目黒
踏破記
五色不動巡りの出発点がどのお寺になるのかは決まっていません。なので、都内で最も東に位置する江戸川区平井の最勝寺から歩き始めることにします。
一日目:平井駅から学習院下電停まで(最勝寺・永久寺・南谷寺・金乗院)
ということで、総武線の平井駅にやってきました。最勝寺は地図で見ますと、平井駅からゆりのき橋通りに出て、総武線の高架下から荒川に向かう名もなき通りを進んだ先にあるようです。逆井庚申塚通りを越えた先で右折して住宅地の路地に入ったのですが、これが迷路のようになっていてグルグル回っているうちに自分が何処にいるのか分からなくなってしまいました。とあるお寺の裏門のところで中にいた人に訊ねたところ、正門の並びに4つのお寺があり、そのどれかだと教えて頂きました。小松川高校の裏手の通りに出てみますと、荒川土手に近いお寺が最勝寺でした。山門の赤い囲みの中の仁王様は目が黄色で、これが目黄不動かと思いましたが、実際は境内右手の不動明王堂の中に鎮座されています。元々は本所表町(現在の墨田区)にあったそうですが、大正二年(1913年)に此の地に移転してきたのだそうです。最勝寺から小松川高校の裏手を進み、小松川小学校の向かいから平井駅通りに進みます。本当はこのルートが平井駅から最勝寺に行く最短のルートだったみたいです。平井駅をガード下で通り抜け、駅北口から蔵前橋通りを横断し、平井橋を渡って平井街道を進みます。小村井交差点で明治通りに入り、白鬚橋で隅田川を渡り、大関横町交差点手前の永久寺に立寄ります。最勝寺と同じ目黄不動尊を祀っているお寺ですが、私が行くといつも門が閉まっています。今日はここで歩きを中断する予定だったのですが、時間が早かったので次の南谷寺に行こうと思います。東日暮里東交差点を左折して弧状に進み、東日暮里二丁目交差点から日暮里中央通り(通称、日暮里繊維街)から日暮里駅構内を経由して、夕やけだんだん階段から谷中銀座を通り抜けます。三連休の中日で通りは観光客で溢れています。コロナは完全に記憶の彼方といった感じです。よみせ通りを経て団子坂下交差点から団子坂を上ります。坂上には真新しい森鴎外記念館ができています。夏目漱石や高村光太郎もこの近所に居を構えていたそうです。駒込大観音様を拝んでから、向丘二丁目交差点を右折して本郷通りを北上します。南谷寺で目赤不動尊堂を拝みます。お堂の前には「江戸五色不動」と記された石碑が建っています。南谷寺から金乗院までの最短ルートは込み入っていて分かりづらいため、遠回りですが不忍通りに入って目白台を目指すことにします。日本女子大の先の目白台二丁目交差点で目白通りに入り、鬼子母神表参道向かいの高田一丁目交差点を左折して宿坂(しゅくざか)を下ります。旧鎌倉街道の坂道だそうで、あまりの急坂のためにコンクリート舗装の表面に滑り止めの円型の凹みが付けられています。金乗院で目白不動堂に詣でてお堂の中を覗き込みますと、不動明王像が照明に照らされて燦然と輝いています。残念ながら、目の色までは判別出来ませんでした。金乗院を出たところで雨粒が落ちてきました。あっという間に本降りになり、時間も遅かったので都電荒川線の学習院下電停で今日の歩きを終えることにします。平井駅から学習院下電停まで、久しぶりに3万歩を越える歩きでした。次は学習院下電停から太子堂の教学院まで歩くのですが、一日で行けるかな?
二日目:学習院下電停から三軒茶屋駅まで(教学院)
今日は朝から秋の日差しがタップリのお散歩日和です。一昨日の中断地点の都電学習院下電停から歩き始めます。学習院下電停は明治通りに隣接していますので、そのまま明治通りを新宿に向かって進みます。目青不動を祀る教学院は三軒茶屋にあるのですが、新宿からのルートは幾つかあります。地図を見ながら道順を考えていたら、甲州街道から環七を経て世田谷通りに入れば良さそうに思えました。新宿四丁目交差点を右折し、バスタ新宿の前を通り、文化学園前の広い歩道を歩いていましたら、玉川上水旧水路緑道が目に止まりました。この緑道は井ノ頭通りの大山交差点に繋がっていましたね。そこから(地下駅ですが)東北沢駅を経由して三角橋交差点を右折して、どこかで茶沢通りに入れば三軒茶屋に行ける筈です。松蔭学園から池ノ上駅を経て淡島通りを横断し、そのまま道なりの進むと烏山川緑道に出ました。茶沢通りに入らなくても、烏山川緑道を進めば教学院の裏手に出る筈です。何度も通った緑道ですが、植栽は相変わらず綺麗に手入れされています。茶沢通りを越えた先で教学院へ行く道を探しましたが、路地が迷路のようになっていてなかなか見つかりません。やっと路地の角に教学院の入口が見つかりました。民家の入口のような門扉を通った先に、シンプルな2本の石柱が建ち、その横に教学院の案内板が立っています。それによりますと、元々は江戸城内の紅葉山で創立され、青山に移転後の明治四十一年(1908年)に此の地に移転してきたのだそうです。目青不動は、門を入った右手の不動明王堂に鎮座されています。畏れ多くもご尊顔を拝し奉りましたが、目の色は白く光っていて青には見えませんでした。三軒茶屋は魅力溢れる街です。飲み屋さんも多いのですが、今日は用事があるのでここでお散歩を終えることにします。三軒茶屋から最期の龍泉寺までは結構距離がありそうなので、ここで五色不動巡りを中断して正解かも。
三日目:三軒茶屋駅から目黒駅まで(龍泉寺)
今日はどんよりとした曇り空の一日でした。今年、東京は本当に曇りの日が多いですね。昔は10月といえば秋晴れの日が続き、刈り取った田んぼには黄金の稲の束が干されていました。たまに秋晴れの日が出現しますが、すぐに曇りまたは雨のお天気に逆戻りです。いつになったら青空が復活するのでしょうか?とまぁ、愚痴はこのくらいにして今日のお散歩を始めましょう。今日は三軒茶屋駅がスタート地点になりますので、ついでにキャロットタワーのカルディに立寄ってハロウインバージョンのコーヒーを買いましょう。カルディは季節感のある商品が多くていいですね。バレンタインやハロウインやクリスマスやニューイヤーのイベント毎に袋のデザインを変えたコーヒーを販売しています。中身はどうなのか知りませんが、見た目も味の内といいますから、季節を感じながら飲むと美味しさもひとしおです。前置きはこれくらいにして、三軒茶屋から龍泉寺までは一本道ではないので、どう行けばいいのか地図と相談します。とりあえず、三宿通りを進めばよさそうです。三宿といえば、かっては芸能人が夜な夜な集うトレンディなお店があることで有名になりました。三宿の地名は、幕末の頃まで「蛇池」とも「龍池」とも呼ばれていた池があり、水の宿る地ということで「水宿」とついたものから転じて「三宿」となったものといわれています。井の頭線の池の上駅の名前は、駅がこの池の上手にあったことに因んでいるみたいです。五本木交差点で駒沢通りを横断し、東横線の学芸大学駅の北側を抜けて、目黒郵便局前交差点で目黒通りに入ります。元競馬場交差点の東側には、かって競馬の第一回日本ダービーが開催された目黒競馬場がありました。目黒通りの歩道脇に、目黒競馬場跡と書かれた石碑の上に「トウルヌソル号」のブロンズ像が建っています。トウルヌソル号は昭和初期の日本を代表するサラブレッド種牡馬で、第1・5・6・8・9・12回の日本ダービー優勝馬の父なんだそうです。目黒寄生虫館の角を右に曲がって龍泉寺に向かいます。急な三折坂(S字型に折れ曲がった坂)を下って、信じられないような狭さのバス通りを抜けて龍泉寺の境内に入ります。元気の良い人は男坂、そうでない人は女坂を上って本堂の前に進みます。更に階段を上って拝殿の前に立ち、奥をのぞき込みますが、目黒不動明王のお姿は暗くてよく見えません。日本人なら大抵黒い目なので、目も黒いのだろうと思って、退出します。龍泉寺には青木昆陽の墓がありますので、ついでにお参りしていきます。青木昆陽は徳川吉宗の命により蘭学を学び、救荒作物として甘藷(サツマイモ)の栽培を奨励し、甘藷先生と呼ばれました。焼き芋屋さんにとっては神様ですね。龍泉寺の墓地を後にして階段を下り、山手通りに出ます。大鳥神社交差点から再び目黒通りに入り、権之助坂を上って目黒駅に着きました。平井駅から目黒駅まで、都内を半円状に辿って五色不動巡りをしましたが、見所が多くて楽しめました。こういうお散歩もいいですね。
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