2022年酉の市巡りコース

コースのご紹介

酉の市

酉の市は、例年11月の酉の日に行われる祭で、酉の祭・大酉祭・お酉様ともいわれます。埼玉県ではおかめ市と呼ばれることも多く、12月に行われるのが一般的です。酉の市は、鷲神社・酉の寺・大鳥神社など、鷲や鳥にちなむ寺社の年中行事として知られ、関東地方を中心とする祭りです。多くの露店で威勢よく手締めをして「縁起熊手」を売る祭の賑わいは年末の風物詩となっています。江戸時代には、武蔵国南足立郡花又村(現在の足立区花畑)にある大鷲神社(鷲大明神)が栄え、「本酉」と言われました。この花又鷲大明神を産土神とする近在住民の収穫祭が江戸酉の市の発祥とされています。現在の大鷲神社の祭神は日本武尊で、東征からの帰還の際に此の地で戦勝を祝したといわれています。江戸時代には、花又の鷲大明神(本地)は鷲の背に乗った釈迦とされました。この神社の酉の市は15世紀初めの応永年間に始まるとされ、参詣人は鶏を献納して開運を祈り、祭が終了した後浅草観音堂前(浅草寺)に献納した鶏を放ちました。江戸時代後期になり、浅草の鷲神社と酉の寺の長國寺境内で行われた酉の市が最も著名な酉の市となりました。現在の足立区花畑の大鷲神社を「上酉・本酉」、千住にある勝専寺を「中酉」、浅草の鷲神社と酉の寺長國寺を「下酉・新酉」と称していて、江戸時代に最も盛大な酉の市はこの3カ所であったといわれています。幕末には巣鴨や雑司ヶ谷などの大鳥神社でも酉の市が開催されるようになり、明治時代になると千住・勝専寺の酉の市は閉鎖されましたが、江戸時代から続く酉の市はいくつかあり現在も賑わっています。浅草の鷲神社と酉の寺長國寺の東隣には新吉原という遊郭が存在し、酉の市御例祭の日には遊郭内が開放されたといわれ、地の利も加わって最も有名な酉の市として現在に至っています。規模(熊手店約150店舗・露天約750店)や賑わい(毎年70万人〜80万人の人出)とも日本一の酉の市となっています。

2022年は酉の市が11月4日・16日・28日の3回あります。「酉の日」は毎日に十干十二支を当てて定める日付け法で、「酉」に当たる日は、12日おきに巡ってきます。ひと月は30日なので、日の巡り合わせによって11月の酉の日は2回の年と3回の年があります。初酉を「一の酉」、次を「二の酉」、3番目を「三の酉」といいます。「三の酉」まである年は火事が多いとの俗説があり、そのために三の酉がある年には平年にもまして歳末にかけて社会一般で火の用心が心掛けられ、熊手商の多くは縁起熊手に「火の用心」のシールを貼って売り出します。熊手は、福を「掃き込む、かきこむ」との意味があります。

踏破記

二の酉:都営地下鉄五反田駅出入口A2から雑司が谷電停まで(目黒大鳥神社・新宿花園神社・雑司が谷大鳥神社)
    【目黒駅〜新宿駅は電車を利用】

今日は二の酉です。昨日は東京では久しぶりに雨が降りましたが、今日は秋晴れです。といっても11月の半ばなので、都心でも木々は紅葉を迎え、街路には落ち葉が舞っています。今日はスタートが遅れ、一部の区間は電車で移動しましたので距離的にはイマイチの歩きとなりました。最初は目黒の大鳥神社に詣でますが、目黒駅からだと近すぎるので五反田駅をスタート地点とします。駅前の桜田通りから目黒川緑道に入ります。幽霊旅館と噂され、地面師による詐欺事件の舞台となった土地には高層マンションが建ち上がっています。目黒川が大雨で溢れ、ムサコ(武蔵小杉)の二の舞にならなければいいのですが。山手通りに出て大鳥神社に向かいます。

大鳥神社は、日本武尊の東征にゆかりがあるといわれるこの地に、大同元年(806年)創建された区内最古の神社です。江戸地図として古いものとされる「長禄江戸図」に書かれている古江戸9社の1つで、目黒村の総鎮守でもありました。祭神は日本武尊を主神とし国常立尊と弟橘媛命を合祀しています。毎年11月に開かれる酉の市は、東京では古いものの1つといわれており、現在も都内では有数の賑いをみせています。この市のいわれは日本書紀に「十月己酉に日本武尊を遣わして、熊襲を撃つ」とあり、尊の出発日が酉の日であったことから、おこったと伝えられています。毎年9月の例大祭には、目黒通りに大小30余基の町みこしが勢揃いします。それとともに社殿では「太々神楽・剣の舞」が奉納されます。11月の酉の市には、「太々神楽・熊手の舞」が神前で舞われます。境内には、東京都の天然記念物に指定された「オオアカガン」の老木や三猿だけの延宝塔、元禄時代(1688年〜1703年)や宝永年間(1704年〜1710年)の屋根付庚申塔など5基の石造物もあります。また、俗に切支丹燈籠といわれる「織部式燈籠」や、天保六年(1835年)の酉の市に神楽を奉納した記念碑などもあります。

目黒大鳥神社は、山手通りと目黒通りが立体交差する地点の角に位置しています。山手通りに面して立派な鳥居が建っています。大鳥神社は境内が広くないので、境内は熊手売りのテントが占め、露店は目黒通り沿いの歩道に並んでいます。熊手売りのテントには屋号を記した提灯が釣り下げられています。露店では定番のたこ焼きとか焼きそばが売られていますね。食べ歩きの人も目立ちます。酉の市の露店で必ず目にする「切り山椒」ですが、何でわざわざ山椒を売るのかなと思っていましたら、これは香辛料の粉の山椒ではないんですね。切り山椒は和菓子の一種で、(コナカキ:米の粉をかきまぜて煮たてたあつもの)粉に砂糖と山椒を炒った粉を混ぜて練った生地を蒸して臼で搗き、算木形や拍子木形(細長い直方体)に切りそろえた餅菓子なのだそうです。本格的な寒さを迎えるこの時期に切り山椒を食べることによって風邪を引かないようにするといういわれがあるみたいです。


目黒大鳥神社


目黒駅から新宿駅まで山手線で移動し、新宿駅東口から靖国通りに入り、花園神社を目指します。花園神社には靖国通りと明治通りに面して入口があり、それぞれに立派な鳥居が建っています。靖国通りの歩道には、花園神社の遙か手前から露店が並んでいます。新宿らしく、若い人が多いですね。屋台の食べ物を頬張りながら露店を巡る人達が歩道に溢れています。酉の市では、明治通りに面した鳥居が入口になっています。鳥居を潜ると熊手売りのテントが所狭しと並んでいます。規模でいうと、浅草の鷲神社に次ぐ多さでしょうか。花園神社の熊手売りのお店には屋号ではなく記号と番号が書かれた提灯が吊されています。抜け番はあるかもしれませんが、一番大きな数は64でした。見た目では20〜30軒ほど出店しているみたいです。花園神社の酉の市では、日本ではもうほとんど残っていない「見世物小屋」が興行されるそうですが、どこにあったのかな?


新宿花園神社


花園神社から最近度々歩いている明治通りを進んで千登勢橋から目白通りを越え、雑司が谷大鳥神社を目指します。雑司が谷大鳥神社は雑司が谷鬼子母神の直ぐ近くにあり、鬼子母神が道路から離れた奥まった場所にあるのに対し、大鳥神社は都電の線路に面しているので目立ちます。一応、酉の市では大鳥神社も名前が挙がっていますので期待して行ったのですが、何とも規模が小さいですね。熊手売りのテントはひと張りのみで、露店も数軒しか出ていません。まあ、規模が大きければいいということもありませんが。本殿前の参道横に、テーブルの上に日本酒が並んでいますが、売り物なのでしょうか?露店といった感じでないですね。酉の市ではちょっと珍しい風景でした。一日ずれればボジレーヌーボーが並んだかも。


雑司が谷大鳥神社


ということで、二の酉は駆け足で終わりました。まあ、花園神社の雑踏で今年の穢れを落とせたのでよしとしましょう。三の酉はどこに行こうかな?





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