練馬区(氷川台コース)
踏破記
今回は練馬区の残りの「工兵坂」を巡ります。昨日のゴール地点である豊島園駅からスタートします。豊島園駅は、豊島園跡地に建設中のテーマパーク「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 −メイキングオブハリー・ポッタ−」の2023年中の開業に合わせて大規模な改修が行なわれています。改修工事は大詰めを迎えていますが、テーマパークの玄関口としては外観はフツーな感じですね。
石神井川沿いの遊歩道を進んで氷川台に向かいます。石神井川は、小平市花小金井南町にある小金井カントリー倶楽部敷地内の湧水を水源として、小平市・西東京市・練馬区・板橋区・北区を流れ、北区堀船三丁目で隅田川に合流しています。石神井川には地域によっていろいろな呼称があり、小平市・西東京市では「悪水」、西東京市・練馬区の一部では「大川」、練馬区・板橋区では「石神井川」、北区では「音無川」・「王子川」・「滝野川」と呼ばれていました。「滝野川」という河川名は北区滝野川の地名に残っていて、昔はこの地域の石神井川が「川の流れが滝のように勢いよく激しかった」ことに由来しています。遊歩道の脇に標識の石柱が建っています。
石神井川 名前の由来
石神井川は、石神井村を流れていたので、この名になったと言われています。石神井村の起こりは、その昔、井戸を掘ったところ石棒が出たので、これを石神としてあがめ、その井にちなんで石神井となったと伝えられています。また、一説には三宝寺池から出たとも言われています。
遊歩道脇に立派な松の木が聳えています。
ねりまの名木 堰婆さんのクロマツ
石神井川の堰守り婆さんが住んでいたところ。婆さんは蛇になったと伝えられ、のちに住まい跡に祠が建てられ人々が咳止めのお参りをするようになったといわれています。この由来を偲んで指定されました。
遊歩道脇には供養塔も祀られています。
不動明王座像と敷石供養塔
石神井川に架けられる「大橋」は、江戸時代後期には存在しており、埼玉道から現在の新桜台駅辺りで分岐して北西に伸び、ふじ大山道へ至る旧道(田中道)が通っていました。向かって中央の不動明王座像は、文政四年(1821年)二月二十八日に旧下練馬村早淵(現在の早宮二丁目および早宮一・三・四丁目の一部)の念仏講中が建立したものです。正面には「不動明王を造立し奉り村人の安全を祈る所」と刻まれています。向かって右側の敷石供養塔は、寛政四年(1792年)閏二月十一日に八日講中・念仏講中によって建立されたもので、その後享和三年(1803年)二月に宮ヶ谷戸(現在の早宮三・四丁目の一部および練馬三・四丁目の一部)の玄覚という人が金三両一分を寄進したことも刻まれています。正面には上部に不動明王を表す梵字「カーンマン」の一字が刻まれ、その下に「建立し奉る鋪石供養塔」と刻まれています。言い伝えによれば、相模の大山(神奈川県伊勢原市)へ詣でる人がここで禊を行ったといいます。かつて早淵や宮ヶ谷戸の人々が、「大橋」のたもとで交通の安全を祈願し、道や橋に敷石を(持って?)行って整備していたことがわかります。
遊歩道の右手に公園があり、その奥の小高い崖の上に神社が鎮座しています。正面の表参道石段はなかなか立派です。練馬区の坂に入れてもいいですね。「高稲荷神社」は、高台に稲荷があるので「高稲荷」と言われるようになったとされています。また、若者が大蛇に見込まれて沼に引き込まれたという「高稲荷と大蛇」の伝説も伝わっています。
<ねりまの昔ばなし>
この近くの旧家の篠家の若者はよく釣竿をかついで魚を捕りに行きました。若者は魚を捕るより、紅葉を見に来る美しい娘さんに会うのが楽しみだったのです。ある日いつものように若者がいそいそと沼にやってきましたが、どうしたことか、その娘さんの姿がありません。あちらこちら沼の周りを探しますと、娘さんは沼の奥の薄暗い淵に立っていました。胸を躍らせて近づいた若者は足を滑らせて沼に落ち、そのままずるずると深い沼の底に沈んでしまいました。後には釣竿とびくが浮いているだけでした。村人は若者が大蛇に見込まれて、沼に引き込まれたに違いないと、その霊を慰めるために沼を見下ろす崖の上に「高稲荷神社」をお祀りしたということです。
庚申塔も建っています。
庚申塔
この庚申塔は、かつて埼玉道から現在の新桜台駅辺りで分岐して北西に伸び、石神井川の大橋を渡ってふじ大山道へ至る旧道の辻(桜台二丁目43番地)に所在しました。正面中央に青面金剛立像が浮彫りされ、上部に青面金剛を表す梵字「ウーン」が刻まれます。向かって右側に「奉造立庚申待成就所」、左側に「于時元禄二天己(つちのと)巳二月十七日」、両脇に「敬白」、下部に八人の氏名が刻まれます。元禄二年(1689年)二月十七日に八人が庚申待の成就を記念して造立した庚申塔であると考えられます。
石神井川沿いの有楽町線氷川台駅から北東方向に進み、駐在所前交差点で左折します。氷川台二丁目交差点の先で右折して曲がりくねった住宅地の路地を進みますと、仲町小学校の手前から坂が下っています。
- 7.工兵坂
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工兵坂は長さが約200mほどの緩やかな坂です。今神道と呼ばれるこの道は、雨期には膝まで浸かるほどの泥濘で交通が困難でした。大正十五年に地元の人々によって改修工事が行われた際に、近衛工兵大隊が助力したため「工兵坂」と呼ばれるようになりました。
今日のゴール地点の有楽町線の氷川台駅に着きました。
ということで、練馬区で最後の「氷川台コース」を歩き終えました。次は、谷だらけの渋谷区の坂を巡りたいと思います。
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