渋谷区(広尾・恵比寿コース)
踏破記
今日は前回の上原と広尾・恵比寿の北側地区に引き続いて、広尾・恵比寿地区の残りの南側の坂を巡ります。前回のゴール地点である恵比寿駅からスタートします。
渋谷橋交差点から広尾一丁目交差点にかけて、明治通りの歩道の桜は満開で花のトンネルになっています。
明治通りから50mほど内側に入った路地の左手に、東北寺の墓地に向かって右方向に曲がりながら坂が上がっています。
- 38.ネギ山坂
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ネギ山坂は長さが約55mほどのやや急な坂です。坂名は、昔この辺りにネギ畑があったことに因んでいるといわれています。
坂上に面して東北寺の墓地があり、入口は遙か離れた反対側にあります。ちなみに、東北寺の山号「禅河山(ぜんがさん)」は、釈迦が6年間続けた苦行を中断して沐浴し、スジャーター(日本語表記はスジャータ)に乳粥を施されたというガンジス川支流ナイランジャナー川(漢名・尼連禅河)に由来します。スジャーターは、釈迦が悟る直前に乳粥を供養して釈迦の命を救った娘です。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、コーヒーフレッシュ(コーヒーミルク)の商品名として使われていますね。
明治通りと外苑西通りが交差する天現寺橋交差点で右折して外苑西通りを恵比寿三丁目交差点に向かいます。天現寺橋は青山方面から南下してきた笄(こうがい)川が渋谷川に合流し、古川と名を変える起点となる場所に架かる橋です。笄川は現在は暗渠となっていますが、天現寺橋の下で開渠になっています。天現寺は地名ではなく、交差点の角にあるお寺の名前です。ドライバーには首都高2号目黒線の天現寺ランプでお馴染みですね。天現寺地域はセレブタウンとしても知られ、慶応義塾幼稚舎や都立広尾病院、それにニュー山王ホテルが近くにあります。明治の初め頃は「広尾が原」と呼ばれるほどの田園地帯で、福澤諭吉は好んで天現寺界隈を散歩し、「狸蕎麦(たぬきそば)」という店でそばを食べていたといいます。そうしているうちにこの風景を気に入り、土地を購入して広尾別邸としたのが慶応義塾幼稚舎の始まりです。ニュー山王ホテルは米海軍が管理している施設で、来日する米軍関係者の宿泊や在日米軍勤務者の保養所・社交場として使われています。私が道に迷った軍人さんを送り届けたホテルです。
恵比寿三丁目交差点から渋谷同胞幼稚園に向かって細い坂が上がっています。渋谷同胞幼稚園は、アメリカ人宣教師コーサンドにより創立された豊沢教会が運営する100年以上の歴史をもつ幼稚園です。
- 39.和田坂
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和田坂は長さが約45mほどの緩やかな短い坂です。坂名の由来ははっきりしませんが、かって和田氏という人がこの坂の近くに住んでいたことに因んでいるといわれています。
恵比寿郵便局交差点のひとつ手前の路地を左に入り、その先で右折した左手に細い路地があり、そこから坂が上がっています。
- 40.伊達坂
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伊達坂は長さが約80mほどのクランク状に曲がったやや急な坂です。享保年間から明治維新まで、この周辺には伊予宇和島藩の伊達家の下屋敷がありました。明治になって「伊達跡」・「伊達前」という町名となり、昭和初めに両町が合併して「伊達町」になりました。坂名は、「伊達町」に因んで名付けられたとのことです。
3羽のハトさんが通せんぼをしています。
恵比寿橋は、跡地が恵比寿ガーデンプレイスになっているかつてのビール工場から東京市中に馬車でビールを運ぶために渋谷川に架けられた橋です。地元の方は恵比寿橋のことを「ビール橋」と呼んで親しんでいました。欅坂46の「渋谷川」という曲にも恵比寿橋が歌詞に登場しています。欅坂46のフルコーラスではなく、弾き語りのデュエット曲です。なかなかいいですよ。
恵比寿橋南交差点から恵比寿ガーデンプレイスの北端辺りまで長い坂が上がっています。
- 41.ビール坂
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ビール坂は長さが約460mほどの左右に曲がりながら上がる緩やかな坂です。坂名は、旧エビスビール工場に因んでいます。
坂上の恵比寿ガーデンプレイスにはサッポロビールの本社があります。壁には、かってのビール工場の長閑な風景を描いたプレートがはめ込んであります。出来上がったビールは樽に詰めて出荷していたんですね。坂道で車から落ちて転がったら渋谷川まで止まらなかったことでしょう。
恵比寿ガーデンプレイスの「俺のBakery」はランチタイムが終了間近でまたの機会にします。恵比寿三越は閉店し、跡地は「センタープラザ」という商業施設になっています。
恵比寿スカイウォークの入口脇に、半地下の山手線を跨ぐ恵比寿南橋が架かっています。別名「アメリカ橋」と呼ばれています。
アメリカ橋 (正式橋名 恵比寿南橋)
アメリカ橋は、1926年に架設されましたが、当時の橋は、1904年に開催されたセントルイス万博(アメリカ)に出展された橋を架設した事から、この橋が「アメリカ橋」と呼ばれるようになりました。現在の橋は、二代目ですが、平成十八年の改修にあたり、安全性の向上を図ると共に周囲の景観に配慮し、街路灯については、世界的に著名な照明デザイナーの石井幹子さんによってデザインされました。この改修は、景観の向上について東京恵比寿ロータリークラブより提言と協力をいただき、渋谷区が計画をしたものです。渋谷区では、歌の題材としても皆様に親しまれているこのアメリカ橋を今後とも大切にしていきます。
歌のデータ 昭和五十四年のヒット曲 アメリカ橋 歌 狩人 作詞 奥山恍伸 作曲 信楽順三
平成十年のヒット曲 アメリカ橋 歌 山川豊 作詞 山口洋子 作曲 平尾昌晃
恵比寿スカイウォークから恵比寿駅の改札口に向かいます。スカイウォークから先日見付けられなかった福徳稲荷社を探しましたが、何処にあったのか分かりませんでした。ひょっとして、この建物の隙間にあったのかな?
今日のゴール地点である恵比寿駅東口(エビスビール口)に着きました。
ということで、渋谷区で最後の「広尾・恵比寿コース」を歩き終えました。次は、桜満開の目黒区の坂を中心に巡りたいと思います。
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