日比谷公園から徳川将軍家の菩提寺増上寺へ至る区間です。途中の愛宕山は、遠く房総の山々まで眺望できたという江戸一番の景勝地でした。大正時代末には、ここに日本最初のラジオ放送局が置かれました。御成門は将軍参詣の際用いられた増上寺の裏門です。壮麗な三門(三解脱門)の向こうには、現代の巨大な電波塔、東京タワーがそびえています。
赤羽橋を渡り、多くの坂に縁どられた三田の高台をめぐります。付近にはコンドル設計の三井倶楽部や慶応義塾大学構内の三田演説館、同大学図書館など、名高い洋館が沢山あります。勝海舟・西郷隆盛が江戸開城をめぐって談判したのも、ここ三田の地です。両雄が出会ったのは、田町駅近くにあった薩摩藩蔵屋敷でした。
伊皿子坂から第一京浜に抜けると、ここはかつての東海道です。江戸時代は海岸沿いの道であり、高輪大木戸までが江戸の御府内でした。背後の高台には寺院が多く、中でも高輪泉岳寺は四十七士の墓所として知られています。品川は東海道第一の宿駅で、高輪から大井に至る南北2Km、海沿いの細長い宿場町でした。
三田から魚籃坂を抜けて、坂沿いに白金の台地をめぐります。白金はかつて武家屋敷と寺社領が多く置かれた山の手の土地柄です。国立自然教育園、東京都庭園美術館、池田山公園などはいずれも広大な武家屋敷地でした。目黒通りの南に広がる寺町は増上寺八ヶ寺で、江戸時代に増上寺が建立した子院群です。
『芝高輪コース』は、日比谷公園を起点にして、西新橋、芝公園、赤羽橋、三田を経由して伊皿子に至ります。ここで2つのルートに分かれ、一方は第一京浜を通って品川駅に至り、もう一方は魚籃坂を経て目黒通りに入りJR目黒駅に至る9.5kmに及ぶコースです。もっとも伊皿子坂でルートが分かれますから、徒歩で全行程を歩くとすれば品川駅から伊皿子坂までの戻りを加えて、実行程は11kmになります。
西多摩青梅付近から東方に扇状に広がるのが武蔵野台地ですが、芝・高輪はその東端部にあたります。台地は雨水の流れによって複雑に浸食され、東西に横切る古川を中心に数々の谷が刻まれています。その先端にあってひときわ高い愛宕山は、江戸時代には江戸湾から遠く房総の山々まで一望できた景勝地です。近くには増上寺があり、三田・高輪に至るまで寺社関係の町が形成されました。幕末には多くの寺院が外国公館として使用され、数々の事件の舞台になりました。今でも港区の大使館の多さは、群を抜いています。地下鉄泉岳寺駅付近の高輪大木戸跡は、かつての江戸の玄関口です。現在の国道15号(第一京浜)沿いには東海道が通じ、すぐわきには海が広がっていました。第一の宿駅品川宿周辺は、江戸市民の絶好の行楽地でもありました。
このコースは、次の4つの区間に分かれています。
今日は朝から雨でした。晩秋の雨は冷たく、気分まで暗くなります。今日のランチ&お散歩は中止か。。。と、所在なげに外を眺めます。交差点では信号が変わるたびに傘の列が続きます。お昼はどうしようかな。。。と思っているうちに、傘を差さないで歩いている人が見受けられるようになってきました。どうやら雨は小降りになってきたようです。今日のランチは近くで済ませようかと、傘を持って外に出てみますとラッキーなことに雨は止んでいました。ぐずぐずしていたために、時刻は2時近くになっています。未だランチサービスをやっているお店もありますが、何となく興冷めな感じです。よぴっ、今から近場を散歩しよう!
雨上がりのお散歩では、水溜りと上空から落ちてくる滴の両方を気にしなければなりません。交通量の多い幹線道路の歩道では、車がはねる水飛沫も要注意です。足元・頭上・車に気を配りながら歩かなければなりませんので、コースにある名所・旧跡にまでは目がいきません。やっぱり今日は止めとけば良かったかなぁ。。。と後悔しながら、通いなれたJR目黒駅から白金方面に歩き出します。このコースは日比谷公園が起点ですが、このお天気ではどこまで行けるか分かりませんので、終点から逆向きにコースをとります。JR目黒駅から直ぐのところに『誕生八幡神社』というところがあります。毎年9月に行われる『目黒のサンマ祭り』の舞台となっている神社です。当日はサンマを焼くもうもうとした煙が立ち込め、長蛇の列はどこが末尾か。。。と思えるほどです。
首都高速2号線をくぐって上大崎の交差点を渡ると、左手に『東京都迎賓館』と『国立自然教育園』が見えます。都心とは思えないほどの広大な敷地に木々が密集し、原生林かと見間違えるほどです。自然のままに手を加えていないため、園内では道に迷ってしまうことさえあります。今は紅葉が都心にも達し、ここなら手軽にもみじ狩りが楽しめます。『外苑西通り(通称、プラチナ通り)』へ折れる交差点を過ぎた当たりから、目黒通りの道幅が急に広くなります。道路の拡幅工事が計画されているのか、両側の建物は建て替えでピッカピカの新築です。渋滞が減るのはいいのでしょうけど、補償金だけでも莫大な金額になるのではと都民として気になるところです。
更に進みますと、右手に都ホテルが見えます。その先で目黒通りは終わり、国道一号線(桜田通り)に合流します。本来のルートは、左に曲がって魚籃坂から伊皿子坂に抜けるののですが、何回も通った道ですので直進して高輪の方に向かいます。坂の上で右に折れ、昔住んだことのある高輪4丁目交差点を目指します。ここいらには大小取り混ぜてやたらとお寺があります。それは昔と変わっていないのですが、国道一号線との間の敷地には巨大なマンション群が建設されています。昔は何があったのかな。。。と思い出そうとしても出てきません。それどころか、住んでいた場所すら分からなくなっています。変わらないのは、クラシックな火の見櫓が印象的な高輪消防署だけです。。。
四丁目の交差点から坂を下りて第一京浜に向かいます。空を見上げますと、ところどころに青空がのぞいています。第一京浜を右に折れ、品川駅に向います。駅前の高層ビルは見えるのですが、駅までは結構な道のりです。ふぅっつ、ようやっと品川駅に辿り着きました。未だランチは食べていなかったなぁ。。。と気が付き、駅の食堂に出ている『長崎皿うどん』に目が行きます。ここで食べてお散歩を終わりにするか、はたまた気力を振り絞って日比谷公園を目指すのか、大いなる判断の分かれ道です。結局、美味しそうでしたが皿うどんは諦めてお散歩を続けることにします。
また同じ道を戻るのはつまらないので、今度はパシフィックホテルを左に入って高輪プリンスホテルの裏手を回って先ほどの高輪四丁目交差点を目指します。昼時であればホテルの高級ランチバイキングを頂けるのになぁ。。。と、未練がましくメニューを眺めます。今度別のお散歩コースを歩く時に来ようと心に決めて、今日のところは諦めます(もっとも、時間的にも終わっていたのでしょうけど)。四丁目交差点に戻って、今度は伊皿子の交差点を目指します。途中、木々がうっそうと茂る大邸宅の前を通ります。何やら4・5人のグループがTVカメラを抱えて歩いています。ビシッと服装を決めた長身の女性がマイク片手に『あれが高松宮邸ですぅ。。。』とかなんとか話していましたので、紀宮様のご婚約関連のレポートを撮っているのでしょう。通行人は私だけでしたので、マイクを向けられないように視線を外してそそくさと立ち去ります。
伊皿子の交差点から三田に向って坂を下りていきます。このあたりには学校も多いようで、カバンを背負った生徒達が連れ立って家路に向っています。西の空を見ますと、大分お日様が傾いています。あれぇ〜、もう4時かぁ。。。と焦ります。日比谷公園まで行き着けるのでしょうか?ま、巡礼の道とは違って行き倒れになる心配はありませんので、歩けるところまで歩いていきましょう。坂を下りたところから桜田通りに出たところに慶應大学が見えます。周辺には学生さん向けの飲食店も何軒かありますが、あんまり学生街の食堂といった趣はありません。皆さんランチはどこで食べておられるのでしょうか?
桜田通りを真っ直ぐに進みますと、赤羽橋に出ます。このあたりには真新しい高層のオフィスビルが幾つも立ち並んでいます。本来のコースは増上寺を通って愛宕山に向うのでしょうけど、桜田通りをそのまま歩いていたら、飯倉から神谷町に出てしまいました。このあたりもビルの新築ラッシュです。それも巨大なオフィスビルが多いですね。そんなに需要があるのかと他人事ながら心配になってきます。神谷町の駅の周辺も垢抜けてきました。昔は殺風景な街だったのですけど、今流行のお洒落なカフェなんかが軒を連ねています。時間があればコーヒーでも頂きたいところです。更に進みますと、虎ノ門の通りに出ます。巨大な霞ヶ関ビルは光に輝いています。もう日はとっぷりと暮れています。家路を急ぐ。。。あるいは飲み屋に急ぐサラリーマンの方々がそれぞれの目的に向って通りを歩いています。私も急がnight。。。
霞ヶ関の官庁街を抜けると日比谷公園は目の前です。ライトアップされた噴水はこの時間帯でないと見られません。でも公園の中は暗いので通り抜けはちょっと躊躇されます。公園に沿って歩いて行きますと、古びた日比谷図書館が見えます。内幸町から日比谷通りに入ればお散歩の終点(本当は起点)は目の前です。ここまで歩いてあんまし面白いところはなかったですね。ランチも食べ損なったし、このまま帰るのも収穫がないなぁ。。。とふと左手の公園内を見ますと、何か明かりの輝く建物があります。何でしょうか?思い切って暗い公園の中に入って建物に近づいてみますと、『十円カレー』で有名なレストラン松本楼でした。噂には聞いていたのですが、こんなところにあったのですね。何でも、昭和46年の秋に沖縄返還協定反対の過激派グループにより火炎瓶を投げられ建物は全焼してしまいましたが、全国からの励ましにより2年後に再建され、その時から感謝の気持ちを込めて毎年9月25日の記念日に十円カレーをふるまうようになったのだそうです。来年は、是非松本楼特製の十円カレーを食べてみたいものです。
本来であればランチを頂きたいのですが、この時間ならディナーしかありません。ナニナニ、ディナーセットは3600円か4400円。。。お散歩の途中に寄るにはチョット躊躇されます。カレーもあるにはあるのですが、700円では雰囲気的に注文しづらいですね。しょうがない、オムレツとハンバーグが一皿になった1500円の洋食プレートにしましょう。。。お店に入りますと、さすがに内装はなかなかに格式があります。3階にはフレンチ・レストランがあるそうですが、1階でこの雰囲気ならかなり期待が持てます。今度、何かの機会に行ってみたいものです。未だ5時を回ったばかりなので、お客さんは2−3組しかいません。ふと見ますと、外のオープンテラスにも幾つかテーブル席が並んでいます。お昼なら何が何でも外で頂くのですが、この時間帯に外に出たら風邪を引いてしまいます。外に通じるドアの横のテーブルに座ります。さすがに老舗のレストランらしく、お給仕のサービスは洗練されています。いつもなら『ワインリストを。。。』と言うところですが、洋食プレート一皿では水で我慢するしかありません。あそこのお爺さん達はワインで乾杯しているのに。。。
洋食プレートには、最近流行のタンポポオムレツとハンバーグと付け合せの野菜が盛られています。タンポポオムレツとは、チキンライスの上にオムレツを置き、上面をカットして両脇に開いたものです。見た目が一面タンポポのお花畑のようで、映画監督の故伊丹十三さんのアイデアから生まれたのだそうです。特製デミグラスソースがかけられていて美味しいですね。付け合せの野菜もとろけるように柔らかくて絶品です。さすがに老舗の洋食屋さんの味は違いますね。それにしても、寒さもなんのそののお客さんがいて、外のテラス席に出入りする度に背中がスースーとして寒いっ!