不忍池から上野駅正面を通って、下谷の町を歩きます。下谷の名物といえば、入谷鬼子母神の朝顔市と鷲神社の酉の市です。江戸末期の朝顔ブームに端を発するという朝顔市は、昭和25年に再興された7月の行事です。商売繁盛を祈願する11月の酉の市は、熊手を求める人波で大変なにぎわいを見せます。いずれも下町ならではの風物詩です。
樋口一葉の『たけくらべ』の舞台となったのが竜泉界隈です。一葉はこの地で小さな荒物店を開いていました。『たけくらべ』の冒頭にも描かれた見返り柳は、今もかつての日本堤(現在の土手通り)沿いに残っています。土手の端にあたる三ノ輪から小塚原の刑場跡を経て、日光街道へ向います。千住大橋で隅田川を渡ります。芭蕉は深川からここで船を降り、『奥の細道』の旅へと出発しました。細長く続く旧街道を歩めば、やがて日光街道第一の宿、千住の街並が見えてきます。
『千住コース』は、上野公園の不忍の池を起点にして、下谷・竜泉・三ノ輪・南千住を経由し、北千住駅に至る7.8kmに及ぶコースです。東京の北の玄関上野駅正面を抜けて、下谷の町々を廻ります。入谷鬼子母神真源寺の朝顔市も、有名な鷲神社の酉の市も下町ならではの催しです。現在の竜泉界隈は、名作「たけくらべ」の舞台です。台東区立一葉記念館には当時の町並みが模型で再現されています。小説にも登場する見返りの柳はかつての日本堤沿いに今も残りで、江戸吉原をしのぶよすがとなっています。浄閑寺に面した閑静な通りを進み、小塚原刑場跡へ向います。荒川区はまた、明治期の殖産興業の拠点でありました。その用水となった隅田川も近くです。千住は「奥の細道」の旅立ちの地です。千住大橋を渡り、芭蕉にならって旧日光街道を歩めば、あたりはかつての宿場町です。戦前までここは、青物市場としてに賑わいを見せていました。現在も旧道の左右に食料品の問屋が目立ちます。
このコースは、次の2つの区間に分かれています。
昨日は『池袋コース』を歩き、距離の割には随分と疲れました。連日のハードなお散歩で足の裏にマメが出来始め、歩くのも辛くなってきました。なんの、そんな弱音を言っていたのではカミーノは夢のまた夢です。今日も新たなコースに挑戦です。それでもなるべく足に負担をかけないようにと、未歩破のコースの中から選んだのが『千住コース』です。行き帰りが楽な上に、コースが直線的で枝分かれしていません。全長7.8kmですから2時間もあれば回れるでしょう。下町のランチも頂けるかもしれません。いつものようにお散歩7つ道具を揃えて出発です。
外に出て驚きました。昨日の師走の夏日とは打って変わって晴れてはいるものの、冷たい空っ風が吹いているのです。寒い思いまでして歩きたくないし。。。そこで、少しでも風の影響を受けないようにと、北千住から南下することにします。こうすれば北風は防げるし、暖かい午後の陽射しも享受できます。地下鉄で北千住に向います。北千住駅に着いたのは12時半を過ぎていました。西口の駅前広場に出ますと、ルミネと丸井の巨大なビルが広場を圧するようにそびえています。駅前広場から日光街道に通じる道路はバス通りになっているのですが、両側には広い歩道を備えた商店街になっています。こちらのお店は、如何にも下町らしい庶民的な感じです。日光街道に出る手前で左折します。ここにも商店街が長く続いていて、『宿場町通り』とか垂れ幕に書いてあります。
この通りは旧日光街道です。今では昔の風情はどこにも感じられませんが、この通りのどこかに『千住宿本陣跡』の碑があるらしいのですが、見つけられませんでした。千住は下町の庶民的な町だと思っていましたが、商店街のスピーカーからは日本ではそれほど馴染みのないクリスマスソングが流れてきます。物価が安くて暮らしやすいことに加えて、結構ナウイ町なのですね。そんなこんなで、千住大橋を目指して歩きます。真南に向って歩いていますので、午後の陽射しが正面から照りつけます。冬至間近でもこの時間帯の陽射しは結構強いので、体はポカポカと暖まります。旧宿場町とはいっても、今ではもちろん道路沿いに旅館やホテルがあるわけではありません。ただ、他の通りに比べると食べ物屋さんの数は多いようです。下町ということもあり、どのメニューも随分と安いですね!それに加えてランチメニューは豊富で更に格安です。ちょうどお昼時だし、どれにしようかな。。。と優柔不断に眺めながら歩いているうちに商店街は途切れてしまいました。。。
旧日光街道は千住大橋の手前で日光街道(国道4号線)に合流します。昔、このあたりは青物市場があったそうですが、通りのあちこちには江戸時代に営業していた青果問屋等の屋号や商標が今でも掲げられています。『ヤッチャ場』と書かれた看板が何を意味するのだろうと思っていましたら、市場のセリの掛け声が起源なんだそうです。その当時の資料を収めた蔵なども一般に公開されていますが、私が行ったときには何故か閉まっていましたが。。。隅田川にかかる千住大橋のたもとに小さな公園があります。芭蕉が『奥の細道』の旅に出発したとされるところで、公園の中には記念の碑とか、『奥の細道』の旅を解説した看板が立っています。この旅で、芭蕉は誰でも知っている俳句を幾つも詠んだんですね。深川の芭蕉記念館には全ての俳句が紹介してありましたが、あまりの数の多さにどれがどれだかよく分かりませんでした。ここには特に有名な俳句が詠んだ場所と共に地図に書き込まれています。芭蕉が千住で読んだ旅立ちの初句は、『行く春や鳥啼き魚の目は泪(ゆくはるや とりなきうおの めはなみだ)』ですが、本当は、『鮎の子の白魚送る別れ哉(あゆのこの しらうおおくる わかれかな)』だったそうです。別れの情景のインパクトが少ないとのことで差し替えられたようですが、こちらが好きと言われる方もいらっしゃることでしょう。。。俳句だけでなく、『奥の細道』の紀行文もいいですね。徒然草や枕草子や平家物語の書き出しはよく知られていますが、私は奥の細道の序文も名文だと思っています。『月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。・・・』何度見ても(”読んでも”ではありません。。。)素晴らしい文章です。