10.言問コース





『言問コース』は、東上野五丁目を起点にして、浅草寺・隅田公園を経由して、隅田川に架かる桜橋に至る区間と、言問橋を起点にし、向島を経由して墨堤通りから東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅に至る区間の2つから構成されています。両区間を合わせて7.3kmに及ぶコースです。浅草には独特の雰囲気があります。生活と伝統が無理なく調和しているのです。寺院が多く、民間信仰の息づく町だからでしょうか。江戸時代には、新寺町と呼ばれたほどです。従って浅草ではどんな小さな寺も見逃せません。かっぱ寺と呼ばれる曹源寺、はなし塚のある本法寺、啄木歌碑の等光寺・・・・。全て見て回るでだけでも1日以上はかかります。とは言え、浅草寺町の主役はやはり浅草寺です。家康以前からの古い歴史を持つこの寺には、平日も参詣客が絶えません。浅草寺を東に抜ければ、まもなく隅田川です。言問橋を渡って墨堤通りを歩けば、七福神巡りが楽しめます。子育て地蔵から白髭神社にかけての湾曲した道は、かつての土手の名残です。防災拠点の住宅棟の中に立つ隅田川神社には水神様が祀られています。

このコースは、次の3つの区間に分かれています。

  1. 浅草寺町散歩 (東上野五丁目−仲見世: 1.9km)

    浅草通り周辺に寺院が集まったのは、明暦3年(1657年)の大火の後でした。このため、この界隈は江戸時代には新寺町と呼ばれていました。ビルの上に巨大なコックの顔が見えたら、その下は飲食店用の道具類なら何でもそろう合羽橋道具街です。道具街をやっと抜けると、今度は仏壇仏具店がズラリと軒を連ねています。雷門まではもうすぐです。

  2. 三社まつり・墨堤散歩 (仲見世−桜橋: 1.5km)

    雷門をくぐってにぎやかな仲見世通りを抜けます。浅草寺の起源は江戸期をはるかに遡る推古天皇の御世(628年)のことです。もちろん都内最古の寺です。本堂西側の奥山は江戸時代、見世物、大道芸のメッカとなった異界です。その”俗”のエネルギーは六区興業街に受け継がれています。境内裏の浅草神社は別名三社様と呼ばれています。5月の三社祭は、神田、山王、深川とともに江戸を代表する祭の一つです。墨堤、隅田公園をめぐり、X字型の桜橋に至ります。

  3. 隅田川七福神散歩 (言問橋−鐘ヶ淵駅: 3.9km)

    隅田川は、ウォーターフロントとして新たに注目を集めています。言問橋を渡り、向島の地を訪ねます。川沿いの隅田公園は、墨堤桜の花見が有名です。また墨堤沿いに歩く隅田川七福神めぐりは、江戸庶民の風流な正月行事でした。



いよいよ『東京歴史と文化の散歩道』も最後のコースとなりました。年内に全23コースを歩き終えたかったので、歳末も押し迫っていますが『言問コース』に挑戦します。さすがにこの時期になりますと、身軽なお散歩スタイルでは寒さもひとしお堪えます。例によって、北から南の方角に歩くことにします。このコースは東上野五丁目という手がかりのないポイントが起点になっています。終点は東武伊勢崎線の鐘ケ淵駅です。一昔前なら浅草まで地下鉄で行き、そこから東武線に乗り換えるしかなかったのですが、今では東京メトロの半蔵門線で押上駅に行き、そこで東武線に乗り換えることができます。ホームが同じですから、乗り換えの手間もかかりません。という訳で、電車を乗り継いで12時50分に鐘ヶ淵駅に到着しました。空には目だった雲もなく、おまけに風も殆ど感じない上天気です。お散歩日和とでも云うのでしょうか。万歩計をクリアして駅前の商店街を歩き出します。昔ながらの下町風情を残した商店街を抜けますと、墨堤通りに出ます。隅田川の堤とほぼ平行して走る幹線道路です。年の瀬も押し詰まった平日の午後なのですが、交通量はそれほど多くはありません。

墨堤通りを少し歩きますと、道路に面して『イーズ激安市場』という看板が目に入ります。スーパーと幾つかの小売店が集まった下町のモールのような感じの広場です。私は『激安』の文字には弱いので、スーパーの中に入ってみます。店内は思ったよりも広く、商品も豊富です。野菜に、お肉に、お魚とお決まりの順番に見て回ります。フム、お正月のお買い物でも。。。と思ったのですが、それではお散歩は早々に中止になってしまいます。残念ながら今日は見るだけにします。再び墨通りに出て南下します。道路沿いの小さな公園には、榎本武揚の銅像が建っています。雨の日も風の日も雪の日もひたすら台座に立ってのお勤めご苦労様です。墨堤通りと隅田川の間には防災公園を兼ねる東白髭公園があります。でも公園だけでは火災時の被害を食い止められないので、墨堤通りに沿って長々と都営白髭東アパートが建てられています。アパートを防火壁にするとは驚きの逆転の発想ですね。公園を横切って隅田川神社に向かいます。神社は思ったよりも小さく、目だった建物もありません。公園の中を歩き、明治通りから墨堤通りに戻ります。更に歩いて行きますと、墨堤通りから少し入ったところに白髭神社があります。ここは隅田七福神のひとつで、『寿老神』を祭ってあるそうです。七福神に詳しい方は、『寿老人』ではないか?と思われるかもしれませんが、これは隅田川沿岸の七福神を選び出した時に寿老人を祭ってあるところだけが見つからなかったので、百花園のある寺島の鎮守である白鬚大明神をその御名前からして白い鬚の老人の神様だろうからと寿老人にあてたことから来ているとのことです。寂しさを感じる白髭も見方を変えれば長寿のしるしという未来志向の考え方ですね。



白髭神社から住宅地の中に入っていった路地の奥に向島百花園があります。立派な門構えの奥には百花繚乱の庭が広がっているのでしょうけど、冬の季節だし、入場料も必要なので今日のところは入園を諦めることにします。そうそう、ここは隅田七福神の中の『福禄寿尊』を祭ってあります。『毘沙門天』を祭ってある多聞寺は鐘ヶ淵駅の北にありますので、今日のコースから外れていて回れません。こうなれば隅田六福神を全部訪れてみたいものです。再び墨通りに出たところに小さな地蔵様が祭られています。『子育地蔵』とのことですが、下町の地蔵様らしくお掃除が行き届いています。墨堤通りの基点を過ぎて向島の小粋な路地に入ります。ここには、殆ど隣り合うようにして七福神の中の『弁財天』を祭った長命寺と、『布袋尊』を祭った弘福寺が建っています。七福神巡りには好都合です。更に向島の路地を歩きます。路地のあちこちには風情のある料亭が目立ちます。なるほど、向島は東京の裏座敷なのですね。隅田川の堤防と路地に挟まれたところに、『恵比寿神』と『大国神』を祭った三囲神社があります。ひとつの神社でふたつの神様を祭るとは、御利益も倍になって余程目出度い神社ですね。それに石碑がやたらと目に付きます。余程いわれのある神社なのでしょう。三囲神社の先に、隅田川に架かる言問橋があります。うっかり下の道を歩いていますと橋を通り越してしまいます。橋から下りてきた道路に出て、言問橋を渡ります。『言問コース』は不規則な2つのコースに分かれていますので、この言問橋袂が『言問橋−鐘ヶ淵駅コース』の終点(本当は起点)となります。時刻は14時37分、万歩計は7、285歩を示しています。



残りのコースは言問橋の少し上流に架かる桜橋が起点(本当は終点)になっています。重複しますが、言問橋から隅田公園の中を通って桜橋に向かいます。桜橋は理由は分かりませんが、世界的のも珍しいと思われる”X”の形をしています。車も通る橋でしたら中心部で大クラッシュが起きるのでしょうけど、幸いにしてこの橋は歩道しかありません。つまり、歩行者専用の橋なのです。幅も広く、中央部分には寛げる広場もあります。折角ですから、”X”字の全ての経路を辿って歩くことにします。14時54分に桜橋の袂に着きました。ここから浅草寺を経て東上野五丁目まで3.4kmを歩きます。街中ですし、楽勝です。先ほど通った隅田公園の中を歩きます。桜の季節には大変な混雑となりますが、師走の平日となれば人出は閑散としています。おかげで今まで気にも留めなかった石碑が幾つか見つかりました。『春の うららの 隅田川 のぼりくだりの 船人が 櫂の しづくも 花と散る ながめをなにに たとふべき。。。』で知られる『花』の碑もあるんですね。思わず口ずさんでしまいそうです。。。



再び言問橋の袂に出て、今度は浅草寺に向かいます。雷門から入るのではなく、裏手から入ります。広い境内にはお正月も間近ということもあって、門松とか注連縄の飾り付けが急ピッチで進んでいます。浅草寺はお寺ですが、同じ敷地に浅草神社も祭られています。神仏仲良く並んでいますので、一度に両方が拝めます。



浅草寺の本堂から仲見世の狭い通りに出ます。ここは年中人でごった返すところなのですが、師走の夕方だというのに今日も沢山の人出です。ガイジンさんも目立ちます。江戸の名所として外国にも知られているのでしょう。そんなガイジンさん向けのお土産を売るお店もありますが、食い意地のはった参拝客向けには『あげまんじゅう』が好評のようです。通りのあちこちのお店で実演販売をしています。横浜中華街の肉まんと同じように、揚げたてのまんじゅうを1個単位で紙にくるんで売ってくれます。アツアツのあげまんじゅうは、歩きながらでも食べることが出来、その上なかなかに美味しいものです。仲見世通りの先には雷門があります。いつもながら巨大なちょうちんです。ガイジンさんもビックリといった感じです。



雷門を通って吾妻橋に通じる道路に出ます。ここから国際通りまで道なりに進みますが、ついでに浅草六区の方に足を延ばしてみます。東宝前の広場には有名スターの手形が彫られた石版が埋め込まれています。映画俳優や歌手に混じってお笑い界の人たちも仲間に入っています。スターのイメージとは違って、手形の大きさは大小様々です。この通りには歓楽街を控えているためか、飲食店が多いですね。ランチならぬディナーでも頂きたいところですが、時間もありませんので先を急ぎます。国際通りからひとつ通りを下り、浅草通りを上野駅の方向に進みます。菊屋橋からお料理の道具街として有名な合羽橋の通りを北上するらしいのですが、この当たりからコースが怪しくなってきます。お正月に浅草七福神巡りをした時に偶然見つけたのですが、合羽橋そばのカッパが祭ってあるところに『歴史と文化の散歩道』の碑があり、それによりますとここから終点(本当は起点)の東上野五丁目までのルートが違っていたようです。残念。。。



最後に、伊能忠敬や谷文晁、それに幡随院長兵衡などの江戸時代に活躍した有名人の墓がある源空寺に立ち寄ってみたのですが、夕暮れ時で遅かったせいか生憎と門は閉まっていました。残念。。。そういう訳で、とりあえず、東上野五丁目の何の関係もない四つ角のところで今日のお散歩を切り上げることにします。時刻は16時19分になっています。太陽はとっくに沈んでいます。ランチ抜きで今日もWalk&Walkになってしまい結構疲れましたが、これで念願の『歴史と文化の散歩道』全23コース:240.5kmを年内に歩き通すことができました!体重が随分と減ったのも嬉しいのですが、それ以上に今まで気にも留めなかった東京の歴史と文化の名所・旧跡を再認識できたことが良かったですね。コースを間違えたところは後日巡るとして、次は年が明けてから『武蔵野の路』に挑戦です。今夜はワインで祝杯をあげましょう!


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万歩計の記録によりますと、『言問コース』の歩数は、14、415歩でした。
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