11.品川池上コース
『品川池上コース』は、品川駅を起点にして旧東海道を歩き、立会川にかかる浜川橋に至ります。ここから2つのコースに分岐し、一方は大森駅から馬込を経由して池上駅に至り、もう一方は大井埠頭中央海浜公園を巡って東京モノレール羽田線の流通センター駅に至る14.5kmに及ぶコースです。品川駅から旧東海道沿いの商店街を南に下ります。浜川橋で二手に分かれ、一方はウォーターフロントへ、もう一方は文学の里馬込をめぐり、本門寺のお山へと至ります。海の香りと丘陵に眠る歴史を訪ねるコースです。
このコースは、次の4つの区間に分かれています。
- 品川宿場散歩 (品川駅−浜川橋: 3.9km)
品川駅を出発し、第一京浜の喧騒を離れ旧東海道に入ります。延々と続く細長い商店街は、南北2キロに渡ったというかつての宿場町の名残りです。街道沿いには品川神社をはじめ、東海寺、品川寺、海晏寺等が点在します。日本橋から品川までの距離は2里(約8キロ)です。下町辺りからブラリと出かけるにはちょうどいい距離で、これらの寺社は江戸市民の格好の行楽地ともなっていました。
- 馬込文士村散歩 (浜川橋−龍子記念館: 5.1km)
立会川の先から旧東海道を離れ、東海道線を横断します。モース博士の発見で知られる大森貝塚を経て大森駅前の商店街に入ります。この辺りは、内陸側に小高い丘陵がせまる台地の縁です。坂を上って大田区郷土博物館、龍子記念館とめぐる台地上の一帯が馬込文士村でした。この地には、震災後、尾崎士郎・宇野千代夫妻をはじめ、川端康成、室生犀星、山本周五郎ら多くの文学者達が移り住みました。
- 本門寺散歩 (龍子記念館−池上駅: 2.6km)
日本画家、川端龍子の作品を保存・展示する龍子記念館から日蓮上人入滅の地、池上本門寺へ向います。本門寺の創建は鎌倉時代です。関東で最古最大といわれる五重塔をはじめ、広大な寺域には堂塔が並び立っています。狩野深幽、加藤清正、幸田露伴、力道山、市川雷蔵ら著名人の墓も多くあります。ここから池上駅は直ぐです。
- 大井なぎさの森散歩 (南大井一丁目−流通センター駅: 2.9km)
旧東海道を立会川で離れ、ウォーターフロントへ向います。大井競馬場の北側を通り、京浜運河を渡ると目の前には大井埠頭中央海浜公園が広がっています。東側が野球場、テニスコート、陸上競技場などのある「スポーツの森」、西側が野鳥観察や釣り等、水辺のレクリエーションのための「なぎさの森」です。京浜運河沿いに南下すると東京港野鳥公園が見えてきます。
いんやぁ、今日もよぴお天気ですねぇ。。。本当は家でゆっくりしたぴところですが、こうもお天気が良ぴとねぇ。。。つべこべ言わずお出かけしましょう!今日はどこに行きましょうかね?残りのコースをチェックしましょう。比較的長いコースですが、手近かなところで『品川池上コース』を選びます。行き帰りの交通手段は便利なのですが、難点はコースが途中で分岐していることです。それもバスとか電車で簡単に戻れるところであればいいのですけど、臨海地帯なもので生憎とそういった手段がないのです。ま、ダメなら日を改めて行けばいいしな。。。と単純に割り切ってしまいます。自由気ままなお散歩ですから、そういうところは幾らでも融通がききます。さあ、お散歩七つ道具を揃えて出発です。
このコースの起点である品川駅までは山手線で直ぐです。11時前には駅の高輪口に着くことができました。師走の月曜日の朝ということもあって、駅の構内を歩く人たちは何となく気ぜわしそうです。時刻は10時55分です。万歩計をリセットして旧東海道を目指して歩き出します。品川駅の前には第一京浜が走っています。お正月には箱根マラソンのコースになっている道路です。駅前にはホテルとか飲食店が並んでいますが、ちょっと外れると生活感のない実に殺風景な風景が続きます。ですが、何やら行列ができています。月曜日の昼前に何でこんな行列が。。。と思いつつ通り過ぎようとしますと、京浜急行の高架線路の地下に賑々しいレトロな感じの文字が並んでいます。沢山の供花が並んでいるところを見ますと、お店の開店祝いのようです。こんなところに何のお店だろうと思ってよくよく見ますと、『麺達七人衆 品達』と書いてあります。どうやら今流行の全国各地の人気ラーメン屋さんを集めた広場みたいです(高架の下だもんで、細長い空間なのですが)。ちょうどオープン直前だったからでしょうか、みるからにラーメン好きそうな若者やラーメンには一家言ありそうなおじさん達が今や遅しと開店を待っています。お散歩前の腹ごしらえをしようかと思ったのですが、先が長いのでパスします。(興味のある方はこちらをご覧下さい)
しばらく歩きますと、第一京浜は本線と五反田方面に向う道と細い八ツ山通りに分岐します。旧東海道には八ツ山通りから行くのが近道です。ところがこの通りの入り口には京浜急行の踏み切りがあって、いわゆる開かずの踏み切りなのです。あまりにひんぱんに電車が通るもので、タイミングが悪いとなかなか遮断機が上がりません。私は別に急ぐ必要もないのですが、車を運転している人にはちょっとイラつく踏み切りです。ようやっと遮断機が上がり、旧東海道目指して歩き始めます。ガイドには、道に沿って2km近く商店街が連なっているとありますが、通りの両側にはお店などなくてそんな感じではありません。ヘンだな。。。と思って交差点でもうひとつ内側の道路を見ましたらお店が見えます。どうやら旧東海道はこちらのようです。
ようやっと旧東海道に入りました。道路は細いのですが、確かに道の両側にはお店が並んでいます。スーパーなどの大きなお店はなく、昔ながらの商店街の感じです。のんびりと歩いて行きたいのですが、この道路はやけに車が通りますね。ほぼ一車線の幅しかありませんから、車が来たら道路の端っこに避けなければなりません。平行して走る道路もありますので、ここは歩行者専用にして頂きたいですね。ところで、品川は、江戸の四つの宿場町のひとつでした。これらは『歴史と文化の散歩道』に全て含まれていて、私も内藤新宿、板橋、千住の3つを歩きました。今回品川宿を歩いて全宿制覇ということになります。どうでもいいことですけど、何となく嬉しいですね。旧東海道には、聖蹟公園の中に『品川宿本陣跡』の看板が立てられています。看板だけで本陣の雰囲気を残すものは何もないのですが。。。品川宿は北品川宿と南品川宿の2つに分かれていたのだそうですが、その境界が目黒川にかかる品川橋だったそうです。このあたりが日本橋から二里の距離だったそうです。二里といえば8kmほどですが、普通に歩けば2時間しかかからないのに宿場とは現代の感覚ではちょっと理解できないですね。
旧東海道の沿線にはお寺や神社が多く集まっています。品川神社には、板垣退助の墓や『品川富士』と呼ばれている富士塚(富士山に行けない人のために築かれたミニチュアの富士山のこと)などがあります。残念ながら、神社は第一京浜の向こう側にありますので参拝はパスします。東海寺(東海禅寺とも云うようです)は沢庵和尚が開基したと伝えられていますが、第一京浜の向こう側にありますのでここもパスします。海晏寺は旧東海道から近いのですが、第一京浜の向こう側にありますので、ここもパスします。品川寺は、江戸六地蔵(奥州街道の東禅寺、甲州街道の太宗寺、中仙道の真性寺、水戸街道の霊巌寺、千葉街道の永代寺、それに東海道の品川寺)のひとつなんだそうです。ここは青物横丁駅と旧東海道に挟まれたところにありますので、何とか参拝できました。
旧東海道は大井町に入ると、さすがに商店街も途切れます。立会川に架かる浜川橋に着いたのは12時過ぎでした。万歩計は5、698歩を示しています。ここで『品川宿場散歩』は終わりとなります。ここから『品川池上コース』は、馬込を経て池上駅に至るコースと、京浜運河を越えて大井埠頭中央海浜公園を巡るコースとに分岐します。未だ時間がありますので、長い距離の『馬込文士村散歩』を歩くことにします。旧東海道はまだ続きます。暫く歩きますと、旧東海道は鈴が森で第一京浜と合流します。鈴が森といえば、北の小塚原と並んで江戸時代の刑場として知られています。小塚原の刑場跡は『千住コース』で立ち寄ったのですが、小塚原回向院と延命寺に碑文が残る程度で、当時の資料はあまり残っていませんでした。鈴が森刑場跡にも大経寺というお寺があって、鈴が森刑場で処刑された人たちの供養をしているそうですが、お寺と同じ敷地に供養塔やお墓と共に当時の磔の台座や火炙りの台座が残っています。何となくギョッとするものですが、実際に処刑に使われたものだと思うと磔や火炙りにされた罪人の苦しみが伝わってきます。ちなみに、ここで処刑されたのは、丸橋忠弥・白井権八・八百屋お七・白木屋お駒などだそうです。
火炙台の台座は丸型、磔台の台座は角型になっています。何か理由があるのでしょうか?
今度は鈴が森から真っ直ぐに西に進みます。東海道線を超えて池上通りに面したところに大森貝塚遺跡庭園があります。庭園とはいっても公園のようなもので、受付も資料館もありません。入り口に庭園内の見所が書かれていますが、拍子抜けするくらいの内容です。小高く盛り上がった丘の裏手に回りますと、バロセロナのグエル公園にあるガウディのトカゲ像のようなオブジェがあります。大森貝塚とガウディにどんな関係があるのだろうと思っていましたら、トカゲの像ではなくただの波のオブジェでした。つまり、古代にはそこまで海岸が迫っていたという意味らしいのです。。。庭園には、この他に大森貝塚の記念碑や発見者であるモース博士の胸像などがあります。大森貝塚遺跡庭園は品川区の施設ですが、ここからほんの目と鼻の先が大田区との境界になっています。そういう訳で、大田区に入った直ぐのところにも大森貝塚の記念碑が建っています。こちらはビルの間の細い通路の先に石碑があるだけで、特に資料は展示していないようです。更にビルの前にはホタテ貝(?)を模った記念碑も設置してありましたが、こちらは記念碑に隣接する会社が独自に作られたもののようです。昔、小学校だか中学校の教科書に大森貝塚のことが記述されていたように記憶していますが、実際に見たのは初めてです。ちなみに、モース博士が発見した当時は近くに大森駅しかなかったので大森貝塚と名付けられたのだそうです。地理的には『大井貝塚』の方が正しいのでしょうね。
カミーノのシンボルもホタテ貝だったような。。。
池上通りを少し行きますと、まもなく大森駅です。池上通りを歩いている時はそんなに感じませんが、大森駅の周辺には急な坂があちこちに見受けられます。見下ろすような谷間に飲食店街が連なっているところもあります。古代には今の東海道線のところまで海が迫っていたのでしょうね。大森駅のまわりは商店街になっています。何やら香ばしい匂いがしてきたと思ったら、小さなパン屋さんの軒先で焼きたてのメロンパンを販売していました。余りの香ばしさに、一個買おうかという衝動にかられましたが、さすがに一個だけでは買いづらく断念しました。あの時に買っておけば。。。と、今でも思い出しては後悔しています。大森駅前には『馬込文士村』の大きな案内図が立っています。文学オンチの私でも名前を聞いたことのある作家や随筆家・評論家の住居(跡)がキラ星の如く印されています。なるほど文士村という名前に相応しいところですね。駅を過ぎたあたりの交差点から右上に上る急な坂があります。『暗闇坂(くらやみざか)』というオドロオドロしい名前の付いた曲がりくねった急な坂です。暗闇坂の由来ですが、昔この坂の北側には八景園という庭園があり、この坂が細く曲がっていて、八景園の樹木がうっそうとおおいかかって昼間でも暗かったためにこの名前がついたといわれています。暗闇坂を登っていきますと、周囲は住宅地になります。著名な文士の旧宅は必ずしもこの道沿いにあった訳ではありませんので、結局文士の住居(跡)はひとつも見つけられませんでした。。。
山王は今でも高級住宅地ですが、歩いてみますとそのアップダウンの激しさが身をもって感じられます。お散歩とはいってもかなり足に堪えます。環七を越えて馬込に入りますと、アップダウンは少なくなり、歩くのも随分と楽になってきます。喉が渇いてきましたね。駄菓子屋の前の自動販売機で暖かいジュースを買います。普通は120円なのですが、ここでは100円で売られています。しばし両手でペットボトルを握り締めますと、冷え切った手に感覚が戻ります。それにしてもこの『ポッカポカレモン』は美味しいです。西馬込駅の近くを通り、善照寺を曲がって『馬込桜並木通り(桜のプロムナード)』に入り、龍子(りゅうし)記念館を目指して歩きます。桜のシーズンにはお花見の人たちで賑わうのでしょうけど、師走のこの時期は静まり返っています。歩道が広いので車を気にすることもなく、ゆっくりとお散歩を楽しみます。龍子記念館は桜のプロムナードが途切れた先にあります。下町の住宅地には不釣合いな大きな建物です。今は記念館になっていますが、残念ながら今日は月曜日で休館でした。。。
龍子記念館から池上本門寺に向います。時刻は2時40分です。ここまで既に14、793歩を歩いています。結構足が辛くなってきました。山王ほどではありませんが、この道も長い上り坂になっています。途中に『汐見坂』の標識が立ててあります。かつてはこの坂から、大森の海や白帆、それに海苔浜まで見えたのだそうです。この道を真っ直ぐに進みますと、池上本門寺の裏手に着きます。ここから広大な本門寺の敷地をぐるりと半周するように塀に沿って歩きます。本門寺が小高い丘の上にあるせいか、長い坂が続きます。コースは単に本門寺の周囲をまわるようになっているのですが、塀ばかり眺めていても面白くないですね。本門寺を東西に分ける道路に入って本堂に立ち寄っても良かったのですが、第二京浜(国道一号線)に出てしまったので今更戻るのも大変です。西の院か何かから境内に入り、狭い石段を上って本堂の前にでます。驚くべき敷地の広さと本堂の巨大さです。これなら10万人の初詣の人出にも充分対応できます。狩野深幽・加藤清正・幸田露伴・力道山・市川雷蔵ら著名人の墓もあるそうですが、どこにあるのか全く分かりませんでした。山門をくぐり、今度は石段を降りて池上駅に向います。ほんの5分ほどで池上駅に着きました。時刻は3時半です。万歩計は19、368歩を示しています。いまから浜川橋に戻って『大井なぎさの森散歩』を続けてもいいのですが、浜川橋までの適当な交通手段がなく、バスで近くまで行っても流通センター駅に着くまでには日が沈んでいることでしょう。真っ暗な公園の中は歩きたくありませんので、今日のお散歩はひとまず終了とします。池上駅から電車を乗り継いで帰宅の途につきます。結局今日もランチにはありつけませんでした。。。
日を改めて浜川橋に来ました。先日歩けなかった『大井なぎさの森散歩』を歩きます。立会川を越え、大きな道路に沿って大井競馬場の北側を歩きます。場内からはレースの案内がスピーカーを通して聞こえてきます。巨大な京浜運河に架かる勝島橋を越えると、広大な大井埠頭中央海浜公園が目の前に広がっています。手前側が『なぎさの森』、奥の方がスポーツ施設のある『スポーツの森』になっています。その間には大きな通りが縦断しています。この通りを入った先に『なぎさの森』の入り口があります。『なぎさの森』は、およそ1km以上は続くと思われる縦に細長い公園です。園内の遊歩道を歩きますと、昼間でも薄暗いくらいに木々が茂っています。こんな海岸によくもまた植林したものです。『なぎさの森』には、森の他に人口のなぎさが造られています。京浜運河を渚に見立てているのですが、浜辺の海水は驚くほどきれいです。砂浜だけでなく、岩なども自然に近い状態に置かれていますので、水辺の生物も海水の浄化に寄与しているのかもしれません。暖かい日には浜辺の芝生に腰を下ろして一休みするのもいいですね。『なぎさの森』から少し先に環七通りが走っています。片側4車線の巨大な道路ですが、まわりに大型倉庫が立ち並んでいるせいか、トラックが多く目につきます。京浜運河に架かる大和大橋を渡ると、『大井なぎさの森散歩』の終点である東京モノレールの流通センター駅は目の前です。浜川橋からおよそ50分、万歩計は4、348歩を示していました。。。
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万歩計の記録によりますと、『品川池上コース』の歩数は、23、716歩でした。
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