渋谷駅から道玄坂上の繁華街を抜けて、閑静な街並の松涛へ向います。付近はもと紀伊徳川家の下屋敷でした。東大教養学部のある駒場周辺は江戸時代の鷹狩り場です。それ以前は馬の放牧地であったと云われ、駒場の地名もこれに由来します。近くの駒場公園には高見順、伊藤整らによって創設された日本近代文学館などの施設があり、また公園と庭を接して、柳宗悦の創設した日本民芸館が建っています。
烏山川緑道に沿って太子堂を歩きます。地名の由来となった聖徳太子堂があるのは円泉寺です。その聖徳太子像は弘法大師の作と云われています。吉田松陰ゆかりの松陰神社、井伊家の菩提寺、豪徳寺を経て、かつての世田谷の中心地、世田谷城跡へ向います。古くはこの地を経由していた大山街道(現在の国道246号)は、小田原の後北条氏と同盟を結んだ世田谷の吉良氏にとって重要な意味を持っていました。その後、吉良氏は小田原の落城と運命を共にし、歴史の表舞台から姿を消したのです。
上町駅から代官屋敷へ行くには、通称“ボロ市通り”を通ります。江戸期の楽市に端を発するこの市は、毎年1月と12月の15・16日に開催され、通りの両側には千軒を超える露店が並びます。代官屋敷は世田谷代官大場氏の役宅で、江戸中期の建築物です。庭園や遊び場なども整備された馬事公苑を通り、砧公園に至ります。園内の世田谷美術館はおしゃれな新名所となっています。
多摩川の流れは世田谷の台地を削っています。コース一帯は、立川市より野川、仙川沿いに連なるハケの斜面です。ハケのわき水を水源とする丸子川(六郷用水)に沿って下り、静嘉堂文庫へ向います。ここは旧三菱財閥の岩崎家別邸でした。高台から遠望する多摩川の景観がすばらしい場所です。丸子川をはなれて二子玉川園駅に至ります。野川、仙川の流れはここで多摩川と合流します。
『世田谷コース』は、渋谷駅を起点にして、松涛・駒場を経て、鳥山川緑道を辿り、馬事公苑・砧公園を経て、二子玉川園駅に至る全長15.8kmの道程です。渋谷駅から明治以来の学問の里、駒場へ向います。烏山川緑道公園を経て、南北朝時代から二百数十年間、世田谷を支配した吉良氏の居城跡を訪れます。馬事公苑や砧公園に武蔵野の面影を偲びつつ、二子玉川駅に至ります。江戸時代、多摩川には多くの文人墨客が来遊しました。
このコースは、次の4つの区間に分かれています。
昨日は、『井の頭深大寺コース』を巡って結構足が疲れました。久し振りにお風呂にお湯を張ってゆっくりと浸かり、お散歩の疲れを癒しました。深大寺のお蕎麦と一緒に頂いた生酒が効いたのか、ぐっすりと眠れました。。。つうか、ぐっすりと眠っていました。と、ベランダの方角からバタバタという羽音が聞こえます。んっつ?また『カラスの黒兵衛』が飛来したに違いありません。このあたりには大木が多いためか、はたまた飲食店から出される生ゴミが豊富なためか、夕方ともなれば数百羽のカラスが空を闊歩しています。それも田舎で見かけるような痩せこけたカラスと違い、『プテロカラスティルス』のように巨大に進化した怪鳥なのです。今までは益鳥として保護されてきましたが、生ゴミは食い散らかすわ、人間は襲うわで、今や都会の嫌われ者になっています。私の家のベランダにもしょっちゅう飛来し、超潔癖症の家主に挑戦するかのようにベランダに落し物をします。放っておけば乾燥した落し物が風とともに部屋の中に吹き込みますし、洗濯物に付着するかもしれません。お〜〜〜、チバツ。。。落し物を見つけ次第、ブラシを使ってゴシゴシ洗い流しますが、これが結構重労働なのです。『予防は最善の治療なり!』の格言(?)に従って、飛来する度に窓を開けて追い払っているのですが、この時にカラスと目を合わせてはいけません。カラスは非常に記憶力が良くて、敵対するヒトに対しては必ず仕返しをします。その因縁で私と仇敵の間柄になったのが『カラスの黒兵衛』なのです。
ベッドから飛び起きて窓をガァッと開けますと、案の定『黒兵衛』がベランダの手すりにとまっています。しかも2羽で。。。シッ、シッと言う間もなく、朝のデートを楽しんでいた『黒兵衛』と『黒子』は飛び去りました。幸いに落し物はなかったようです。。。今からベッドにもぐり込むには中途半端な時間です。未だ昨日のお散歩の疲れが足に残っていますが、しょうがない起きることにします。空を見ますと、雲ひとつない秋晴れの良いお天気です!今日は家でゆっくりしようと思っていたのですが、せっかく早起きしたのだし、長距離のお散歩をしてみようと思います。出かける準備が終わったのは10時過ぎです。夕暮れ前の3時までには終点に着きたいので、歩行4時間+ランチ1時間で、行程16km位のルートを探します。『世田谷コース』が良さそうですね!早速、山手線で渋谷駅に向います。
『世田谷コース』の起点は渋谷駅とのことですが、駅のどこにしましょうかね?さふだっ!『忠犬ハチ公』の銅像の前がいいですね。ハチ公口の前の広場には、月曜日の朝だというのに大勢の人たちが集まっています。結構あやしげな人達もいますね。皆さん、甘い言葉やアンケートや寄付集めなどには注意しましょうね。『忠犬ハチ公』の銅像の前で万歩計をリセットします。今日はかなり歩数が稼げそうです。人並みにもまれながら、広場から道玄坂の方向に向います。道玄坂は『シブヤ109』のところで文化村通りに枝分かれします。ガイドには道玄坂を行くように書いてあったのですが、松涛に向うには文化村通りに入って東急本店に向わなければいけません。おかしいな。。。とは思いましたが、ルートに忠実に従おうと、そのまま道玄坂を歩いて行きます。朝の渋谷はネオンのお化粧を落とした街のようです。何か雑然として、イマイチ活気が見られません。激安の食べ物屋さんもあるのですが、お昼には時間もあるし先を急ぎましょう。
道玄坂を上り詰めますと、案の定『首都高速3号線』が見えます。神泉町の交差点ですので、松涛とは完全に方向が違っています。かだらぁ〜。。。と思いつつ、方向を修正するために旧山手通りを進みます。旧山手通りは直ぐに山手通りに合流します。このあたりは道路の拡幅工事をやっているのか、狭くなった車線に大型車がひしめき、歩道を歩いていても排気ガスで息苦しくなります。結局、松涛の見所は完全にスキップし、昭和シェルのスタンドから左の道路に入ります。この道は東京大学駒場キャンパスの裏手に当たりますので、車の通行も比較的少なめです。一般の人は大学内へは入れませんので、上原二丁目の交差点を左に折れて井の頭線の駒場東大前駅に向います。両側には、キャンパスの大木が生い茂っています。小鳥の鳴き声も喧しいですね。カラスも多いのでしょうか?静かな住宅街を歩いていますと、歩道脇に『東京歴史と文化の散歩道』の立派な標識が設置してあります。コースは間違っていないようです。なになに、日本近代文学館はとっくに通り過ぎたと?ま、いいでしょう。。。
井の頭線の線路を渡って駒場野公園に入ります。ここにも標識が設置してあり、ルートの見所が詳しく紹介してあります。有難いですね。公園の中にはナントカ水田があり、米を刈り取った後には青々とした茎が生えています。これから冬が到来するというのに。。。公園をU字型に回って出口に向います。少し歩くと淡島通りに出ます。正面には、筑波大学付属中・高等学校があります。体育の時間でしょうか、運動着姿の生徒さん達が学校の周囲を走っています。後ろの方では歩いている生徒さんもいますね。いや、殆ど歩いていますね。それもお喋りしながら。哲学でも論じているのでしょうか。。。
学校の裏手を回って階段を下りたところに、『目黒川緑道』があります。というか、この道は直ぐに終点となり、その先は『烏山川緑道』と『北沢川緑道』につながっています。この道は非常によく整備されていて、四季折々の花々と共に、淀橋浄水場で処理された下水が小川となって清らかな流れを生み出しています。元が下水だったとは到底思えないような清流です。お散歩はこんな道を歩かないといけませんね。今日は『烏山川緑道』を『世田谷城址公園』まで歩きます。三宿を通りますが、緑道は両側が住宅なので、通り道にナウイ美味しいお店はありません。そろそろお昼時ですが、ずんずん歩いて行きます。住宅の屋根が途切れますと、小春日和の暖かい日差しが体中に注ぎます。上着を脱いで、シャツの腕を捲り上げて歩きます。秋晴れのお散歩は気持ちがいいですね。
環状七号線の交差点を渡る際には排気ガスの洗礼を浴びますが、直ぐに緑道に復帰します。国士舘大学の裏手を回って、世田谷城址公園のところに出ます。というか、標識が見えなかったので行きはしませんでしたが。。。ここで上町駅に通じる商店街に出ます。そのまま南下しますと、東急世田谷線の上町駅に着きます。ちょうど上下線の電車が踏み切りを通過します。二両編成は変わりませんが(というか、駅のホームが短いのでそれ以上は連結できないのかも。。。)、以前乗ったような年代物の車両ではなく、冷房設備付きの最新鋭の車両に変わっています。今度乗ってみたいものです。上町駅から世田谷通りに出ます。ガイドには『ボロ市通り』を歩くと書いてあったのですが、地図にはそんな通りは見当たりません。暫く世田谷通りを歩いていましたら、道の両側に『ボロ市通り』の垂れ幕がずらりと掲げられています。昔ボロ市が開かれていた時に来たことがあったのですが、あまりの人出に驚いたことがあります。今度は12月の15日・16日に開かれるそうですが、また来てみましょうかね。
『ボロ市通り』を外れて、弦巻の閑静な住宅街を歩きます。立派な造りのマンションと保存された緑の木々と小さな公園が点在しています。暫く歩きますと、馬事公苑の裏門に着きます。今日は公開中ですので中を通っても良いのですが、ルートに従って公苑の塀に沿って外側をぐるりと回ることにします。さすがにお馬さんの走るトレーニングコースが併設されていることもあって、半端な広さではありません。塀に沿って歩くだけでも相当な距離です。ほぼ3/4周したところで、やっと砧公苑に向う道に出ました。このあたりは用賀になります。結構歩きましたね。環状八号線を渡って、砧公園の中にある世田谷美術館を目指します。馬事公苑も相当に広いのですが、砧公園はその倍以上の広さです(馬事公苑が18ヘクタールで、砧公園が39.1ヘクタールだそうです)。公園の中に入りますと、まるでフォンテンブローの森のように木々が生い茂っています(見たことはありませんが)。一応、公園内の道にはあちこちに方向を示す標識がありますが、芝生の途中で道が途切れることもあります。フォンテンブローの森なら行き倒れになってしまうのでしょうけど、ここは都会の公園ですからナントカ脱出できます。ようやっと公園の出口に出た頃には2時を回っていました。既に18,000歩以上歩いています。ちょっと足が疲れてきました。
砧公園を出て最後のルートを歩きます。東名高速道路を疾走する車を眼下に眺めながら、岡本に入ります。高級住宅地で知られる町ですが、このあたりはそうでもないようです。ガイドには『丸子川(六郷用水)』に沿って進み、静嘉堂文庫を目指すのだそうです。住宅地の間の路地を歩いているうちに、小さな川に出合いました。川沿いに歩いていきます。聖ドミニク学園の脇を通った先で、川沿いの小道はフェンスで行き止まりとなりました。道なりにバス通りを歩いて行きますと、右手に『静嘉堂文庫』の門札が見えます。美術館と文庫を併設しているようですが、正門は大きな扉が閉まったままです。美術品と本には興味はありませんが、多摩川は眺めてみたいものです。残念ながらパスします。『静嘉堂文庫』の先で、再び『丸子川』に出会いますが、今度は野川沿いに二子玉川園を目指すことにします。でも地図を見ますと、野川沿いの道は途中で途切れています。仕方ありません、二子玉川商店街と表示された道を進みます。狭い道に大型車が列をなしています。排気ガスと埃で息が詰まりそうです。このあたりまで来ると、お散歩には向きませんね。
ようやっと玉川高島屋の裏手に出てきました。そういえば、今日はランチは未だですね。高島屋にはレストラン街がありますが、今日は運動靴で歩いたもので、館内に入るには気が引けます。駅前にならぶファーストフードのお店の中に、『ドーナツ全品105円!』の垂れ幕を見て入ろうかと思いましたが、『新潟中越地震救援』とかのノボリが歩道にはためいていて、怪しげな人たちが甲高い声で募金を募っています。気分が悪いので声の届かないところにさっさと移動したら、そこは今日のお散歩の終点である二子玉川園の駅でした。う〜〜〜、今日は『Walk&Walk』になってしまったぞぉ!