東武鉄道大師線の終点大師前駅の北に、古くから厄除け開運で名高い西新井大師の総持寺があります。天長3年(826年)の弘法大師の創建といわれ、牡丹の名所としても有名です。ここから東へ、東武伊勢崎線を越えて島根の町に至ります。国土安穏寺は、徳川将軍が鷹狩りや日光詣の折りに立ち寄る御膳所でした。旧日光街道は、すぐ東側を走っています。鷲神社を経て旧道を歩き六月の町へ向います。平安時代、奥州征伐に向かった八幡太郎義家はこの地で野武士と戦い、苦戦の末勝利を得ました。それが6月の炎暑であったことから、村名を六月村、勧請した八幡神社の別当を炎天寺と名づけたと云われています。炎天寺は小林一茶『やせ蛙まけるな一茶是にあり』の句碑でも名高いところです。ここから北へ向い竹の塚駅に至ります。
伊興からは遺跡が多く発掘されており、ここが足立区でも早くから開けた土地であることを示しています。古墳も数多くありますが、現在残されているのは白旗塚古墳のみです。白旗塚は直径12m、高さ25mの円墳で、5・6世紀のものと推定されています。一方、伊興の寺町は、関東大震災後に浅草の寺院が多数移転してできた新しい街です。東岳寺には、『名所江戸百景』の初代安藤広重の墓があります。保木間堀(現在暗渠)沿いには、五代将軍、綱吉の生母桂昌院の墓がある法受寺をはじめ、易行院、東陽寺等の寺社が並んでいます。古千谷五丁目が終点です。
『西新井竹の塚コース』は、東武大師線の大師前駅を起点にして、西新井駅・竹ノ塚駅を経由し、古千谷橋に至る6.8kmに及ぶコースです。西新井大師から東武伊勢崎線沿いに北上し、古寺社の多い島根、六月の町を巡ります。コース北側の伊興は、遺跡が多く発掘され、古くから開けた土地です。震災後には新しい寺町が形成されました。
このコースは、次の2つの区間に分かれています。
東京には初詣の名所として知られる神社仏閣が数多くありますが、『西新井竹の塚コース』の起点である西新井大師もそのひとつです。地図で調べてみますと、東武伊勢崎線から大師線に乗り換えて行くみたいです。とりあえず、日比谷線の北千住までの切符を買います。運が良ければ東武伊勢崎線への直通電車に乗って西新井駅まで行き、そこで大師線に乗り換えます。私の場合は、運が悪く北千住止まりの電車に乗ってしまいました。北千住の駅は、日比谷線のホームが上の階にあり、東武伊勢崎線のホームは下の階にあります。急ぎの場合は、下の階に降りて東武電車に乗り換えた方が早い場合もあります。私は急ぎませんので次の伊勢崎線への直通電車を待ちます。昔の北千住駅のホームはとても狭く、朝の通勤ラッシュの時間帯には殺人的な混雑ぶりでした。今は広々としたホームになっていて、その上半蔵門線も別の線路を使って伊勢崎線に乗り入れています。東京の通勤事情もどんどん良くなっていくものです。
などと、昔の感傷にふけっている間に次の電車が到着しました。お昼前の時間帯ですので電車はガラガラです。北千住駅から西新井駅までは僅か4駅です。西新井駅に着きますと、隣のホームに二両編成の鄙びた電車が停車しています。きっとあれだろうと思って、急いでホームの階段を上がり目指す電車のホームに向かいます。と思ったのですが、何故かホームに下りる階段の前には改札機が立ちはだかっています。終点で精算すればいいのに。。。と思いましたが、仕方がありません。精算機の前に立って切符を買い直そうとしますが、北千住駅からの精算と西新井駅から大師前駅までの切符の買い方がよく分からず、モタモタしている間に大師線の電車は出てしまいました。。。
やっと切符を買って改札を通ります。つうか、切符は改札機に吸い取られ、切符なしになってしまいます。ヘンだなぁ。。。と思いましたが、大師線は始発の西新井駅の次が終点の大師前になっていて、しかも大師前駅には普段は駅員さんが常駐していないとのこと。。。珍しいシステムですね。暫くして次の電車が入ってきます。どうやら10分間隔で運行されているようです。電車が動き出しますと、両側の景色がやけに接近して見えます。オヤ、大師線って単線運転なんですねぇ。。。ゴトゴトと大きなカーブを描きながら電車は走り、直ぐに大師前駅に到着します。なるほど、改札口はフリーパスです。今日も良いお天気ですね。でも風が少々強く吹いています。時刻は12時半になっています。万歩計をリセットするのも忘れ、西新井大師に向います。路地ひとつ越えた先に、大きな屋根が見えました。西新井大師(正式には、総持寺というようですが)の本堂みたいです。
師走に入ったばかりの平日ですので、もちろん参拝客は数えるほどしか見当たりません。それでも参拝客目当ての露店が何軒か開いています。西新井大師は『厄除け火伏せの大師さま』として知られていますが、牡丹の名所でもあるそうです。生憎と冬の季節には見るべき花もありませんが、本堂の横の築山をちょっと歩いて裏手に回ります。巡礼のお坊さんの像が高い台座の上に立っています。どうやら、西新井大師を創建した弘法大師のようです。参拝が目的ではありませんので、裏門から出てコースを歩き始めます。おっと、万歩計をリセットしていませんでしたね。改めてゼロにセットします。直ぐに大師線の高架下に出ます。高架をくぐってちょっと歩きますと、環七の広い通りに出ます。環七を少し歩いたところで伊勢崎線を跨ぐ西新井陸橋を渡ります。陸橋の下には何本もの線路が入り組んで敷かれ、引っ切りなしに電車が通っていきます。陸橋を渡り終え、環七通りを少し歩いたところで左折し島根を北上します。
直ぐに長い塀で囲まれたお寺が見えます。でも入り口がなかなか見つかりません。結局、塀に沿って一周したところで、やっと国土安穏寺(こくどあんのんじ)の入り口が見つかりました。左手には『天下長久山』と書かれた立派な山門があります。でも何故か庭の片隅に建てられていますので、入り口としては使われていないようです。このお寺は、徳川将軍家の御膳所として二代秀忠、三代家光が鷹狩りや日光参詣の折にしばしば立ち寄ったとのことです。そういえば、旧日光街道がすぐ近くを通っていますね。国土安穏寺から少し北に行ったところに、『島根鷲(わし)神社』があります。島根村の鎮守であったらしく、立派な木組みの神社です。