17.野川コース(二回目)









『野川コース』は、二子玉川緑地を起点にして、調布市の野川公園に至る11.7kmのコースです。

<総合案内板のコース紹介>

三鷹市にある野川公園から世田谷区二子玉川緑地運動場まで野川沿いの平坦な11.7kmのコースです。神代植物園、東京天文台、調布飛行場、深大寺、多摩霊園など東京の一大緑地ゾーン「武蔵野の森」に接続し、緑豊かな散策路として、また快適なサイクリングロードとしても楽しめます。

<パンフレットのコース紹介>

ハケの湧き水が作りだした野川の流れを、多摩川べりの二子玉川緑地から川上にさかのぼるコース。川の両岸には快適なサイクリングロードが設けられている。コース沿いの住宅街にはまるで“鎮守の杜”のような深い緑が点在し、武蔵野の息吹を伝えている。砧公園、深大寺、神代植物公園、国立天文台等の近隣の一大緑地にも気軽にアクセスできる。残念ながら野川の流れはほとんどが柵で仕切られ、じかに水辺まで降りていけるのは、武蔵野の原生林をそっくり保存した”成城みつ池”付近等わずかのエリア。だが、コース終点の野川公園にまでさかのぼれば、そこには流れもゆるやかな浅瀬が広がっている。湧き出る地下水は美しい小川となり、子供たちが水遊びを楽しんでいる。



10年前になりますが、東京都が制定した「武蔵野の路」21コースを歩きました。このうち、9コースについては踏破記を書きましたが、残り12コースについては未完となっていました。今回、一念発起して踏破記が未完のコースについて、再度歩き直して完成させようと思います。

今回は「野川コース」です。起点は二子玉川緑地になりますが、あまりに緑地が広いので何処が起点か分かりません。とりあえず、二子橋袂からマンション横の歩道を通って兵庫島に向かいます。兵庫島といっても、完全な島ではありません。島の名前の由来はかくのごとしのようです。

「兵庫島」のある場所は、古来は多摩川と野川のデルタ地帯であり、兵庫島ももともとは完全に島の形をしており、また洪水のたびに何度か移動していたという。それが、洪水によって他の河川敷と陸続きになり、現在に至る。「兵庫島」の名がつけられたのは中世。1358(正平13)年に新田義貞の次男である新田義興が多摩川矢野口の渡を渡河した際に江戸荘領主の江戸遠江守の策略によって底に栓が仕掛けられた船に乗ってしまう。船頭が栓を抜いて逃げるのと同時に足利方軍勢が攻めかかり、義興はもはやこれまでと自害する。しかし、気強い従者達には川を泳ぎきって敵兵に立ち向かい、自害して果てる者もあった。中でも由良兵庫助・新左衛門の兄弟は、舳先にたち、刀を逆手に取り直して互いに自分の首を切り落とした。その壮絶な死を遂げた由良兵庫助の死体が多摩川と野川の合流部にあるデルタ地帯の島に流れ着いたのであるが、これに対して村人達は災いを恐れて兵庫助をこっそりとこの島に供養した。これが兵庫島の名の由来であるとされる。

野川が多摩川に合流する直前に架かっている兵庫橋を渡りますと、目の前に小高い丘が見えます。何で中州に丘があるのかと登ってみますと、歌碑が立てられていました。若山牧水の歌で、「多摩川の 砂にたんぽぽ 咲くころは われにもおもふ 人のあれかし」とあります。牧水も孤独だったんですね。



コース図によりますと、兵庫島公園から二子緑地に進み、何面かのグランドの中ほどが起点になっているようです。そこから北に進んで吉澤橋の袂から野川の上流に向かって遊歩道(サイクリング道にもなっています)を歩くのが正しいのではないかと思います。緑地を真っ直ぐに進むと、野川のルートからどんどん離れていきますのでご用心。



野川コースはとにかく川沿いにひたすら歩きます。従って、名所・旧跡の類には殆ど出会えません。野川沿いに歩き出してから直ぐのところに、真新しい野川水道橋があります。橋の袂にはモニュメントが設置されていて、野川水道橋の由来が書かれています。大正12年に当時の渋谷町営水道が砧下浄水所を造り、多摩川から取水した水を駒沢給水塔に貯水の上、渋谷方面に給水したのですが、水を送るための水道本管は、はじめ野川の川底に埋設されていました。昭和35年に野川が改修された際に水道本管が一旦地上に出て川の上を通ることになり、鉄管を支える目的でこの野川水道橋が架けられました。その後46年間水道管のある歩道橋として地域の人たちに親しまれてきましたが、平成18年の野川改修工事で再び川底を通るようになりました。この歴史を残していくために、新しい橋にも水道橋の名前が残されたそうです。モニュメントには、当時使用されていた配水管や空気弁などの部品が展示されています。



野川沿いの遊歩道は、世田谷区が設定した「きしべの路」にもなっています。木製の標識は武蔵野の路で見かけるものと形が似ています。全長8.7kmだそうですが、よく整備されていて、近所にお住いの方にはぴったりな散歩道です。



喜多見大橋の直ぐ先に、世田谷区の「次大夫堀公園」があります。野川沿いにかなり広い面積を占めていますが、次大夫堀とは、江戸の初期に小泉次大夫の指導で開削された農業用水(六郷用水)の別名だそうです。「民家園」も併設されていて、本物の水田をつくり、そこに江戸時代後期の古民家と土蔵、納屋、消防小屋などが移築復元されています。















今でも大きな水車が動いていて、昔の世田谷の農家の暮らしを再現しています。





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『野川コース(二回目)』の歩数は17、563歩、所要時間は3時間29分でした。
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