東伏見・三浦屋東伏見店
小噺をひとつ。。。
昔々、木阿弥というお坊さんがいまひた。真面目なお坊さんでひたが、ある時旅の途中で病気になったバテレンの神父さんを助けたお礼に葡萄の木とチーズをもらいまひた。殺生とは縁のない木阿弥さんは、その葡萄の木をお寺の畑に植えて大切に育てたそうでひゅ。そのうちに葡萄の房が実り、使い道も分からぬままに土瓶に入れておったら発酵してワインになりまひた。何やらよぴ香りに引かれ、試しに一口飲んでみたらこれがおいぴいのなんのって。。。これを毎年繰り返しているうちに、木阿弥さんはすっかりワインにはまり込んでひまいまひた。そのうちにワイン好きが高じてお彼岸にも檀家回りをせず、葡萄の収穫に精を出しておりまひた。
さすがに村人の前ではチーズを片手にワインと言う訳にもいかず、ワインは赤茶に白茶、おつまみのチーズは豆腐と言いくるめておりまひた。こうして、お経の合間にも赤茶ならぬワインで喉を潤しておったそうだす。でもそんなことが村人に分からぬ筈はありません。村人は木阿弥さんを生臭坊主と陰口をたたいておりまひた。ある日、木阿弥さんはふと思いまひた。バテレンさんの神様はワインでお清めをするのだと。さうだぴっ!かの天竺にもワインはあるんだひ、お釈迦様も葡萄の葉の上でワインを飲みながら悟りを啓かれたに違いなぴっ!早速、とある説法の席でおもむろに切り出します。『村の衆、お釈迦様は葡萄の葉っぱの上で悟りを啓かれたそうな!この赤茶はその実を煎じて熟させたもんじゃ!口に含めばこなたでも悟りが啓けるぞよ。。。飲んでみよ!』
村の衆はおそるおそるワインを口に含みます。『お坊様ぁ、この赤茶はおいぴいでごじゃりますな!』。二口・三口と飲むうちに慣れない村の衆は段々と気分が高揚してきます。『ありがたやっ!悟りが啓けまひたっ!』。『でひょうっ!これからは拙僧のことを生臭坊主と言うでなぴぞ!』。ふふ、これでおおっぴらにワインが飲める。。。と木阿弥さんが思うておりまひたら、そのうちに村人はすっかり赤茶好きになってひもうて、しょっちゅう悟りを啓きたがります。噂が噂を呼んで、ついに赤茶の話が本山に届いてひまいまひた。そんな話は聞いており申さぬ!と本山の高僧から木阿弥さんに呼び出しがかかってしまいます。木阿弥さんは一計を案じ、本山にはワイン。。。いや赤茶でなく、天竺渡来の紅茶を持参することにします。
『これ木阿弥よ、赤茶とはどなぴな味がするか申してみよ』。『ハハーーーッ、こはコーチャと申ひまひて天竺の地でとれまひた聖なる茶葉を煎じたものでござりまする』。『して、味の方は?』。『そのままでは苦ぴので、砂糖を少々入れまする』。『フム、甘いのか?わしにも飲ませてみよ』。木阿弥さんは用意した紅茶をおもむろに取り出します。『はよ飲ませんかいっ!』。紅茶を茶碗に注ぎ砂糖を入れます。高僧は口に含んで一気に飲み干します。味の薄い精進料理に慣れた高僧の口には、この紅茶は極楽浄土の味に思えたことでしょう。『うまぴ!この茶は本山に移すべしっ!』。高僧は早速に配下の僧を木阿弥さんのお寺に差し向け、葡萄の木を一本残らず引き抜いて本山のお寺に移しまひた。でも気候が合わなかったのか、はたまた土があわなかったのか、葡萄の木は全部枯れてしまいまひた。かわいそうな木阿弥さんは、村の衆共々二度とワインを口にすることはできませんでひた。村人は木阿弥さんのことを、『元の木阿弥』と言ったそうでひゅぅ。。。
私のお勧めのワインは次の通りです(説明文はラベルから転記しました)。
- (赤) イタリア: TERRA NOSTRA (1999)
- 厳選された最高のサンジョヴェーゼ種にシリエジオーロ種とカベルネ・ソーヴィニヨン種をブレンドして造られる『テッラ・ノストラ』は、2年間の木樽熟成や瓶詰め前の品質検査等、時間と手間を充分にかけたその製造過程により、暖かみのある色艶と新鮮な果実味がふんだんに引き出されています。チェリーとプラムのエッセンスに仄かなオークの枝味が特徴的です。トスカーナ州のI.G.T.格付けです。やや重で、肉料理に良く合います。
三浦屋さんはごく普通のスーパーなのですが、その割にはワインの種類は揃っています。千円近辺のワインにも、思わず手にとって眺めてしまう面白いものがあるのです。お散歩の途中なので何本も買えませんが、如何にもトスカーナらしいラベルのこの赤にしました。そう、このラベルは見覚えがあります。確か、中目黒の酒屋さんで見かけたような。。。帰ってからチェックしたら、ヤッパシ。。。(ここをご覧下さい)
トスカーナの赤らしく、かなり濃い色をしています。赤よりかは黒に近い感じです。香りはそれ程ではありませんが、相当に辛口です。こういう赤ワインは、暫く空気に触れさせて味をまろやかにする必要があります。今日のところは味見だけにして、残りは明日のお楽しみにしましょう。。。
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